【XIII】死神 狩る側狩られる側
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時は遡って、服部くんとの邂逅直後。
俺は服部半蔵と軽く打ち合わせをした後にわかれ、二俣城の城門へと向かった。
「織田家の戦目付、佐久間内膳正だ。ひかえおろう!」
流水斎が鑑札をひけらかし、門番を土下座させる。
気分は、まるで水戸黄門。
「ここの城主は出迎えも無しか。この戦時に、のんきなものだな」
出来る限り、偉そうで厭味ったらしく振る舞う。
「拙者が、二俣城を預かる中根でござる」
四角ばった顔のいかつそうな男が出てくる。
「そうか、出迎えご苦労」
横柄に挨拶を返しておき、案内された城の大広間では当然のように上座に座る。
「俺は忙しい。早々にやるべきことを済まさせてもらおうか」
「やるべきことと申されますと?」
中根が、目を泳がせながらしらを切る。
「徳川信康の件、明日早々に、処断せよ」
「あ、明日とは、また急な話で……。
準備もそろっておりませぬし、日も悪うございます」
「お主は、明日、武田が攻めてきても、同じことを言うのか?」
中根の額に、冷や汗が滲み出る。
「主のご意向を確認しませんと……、決められませぬ」
「俺が決めた。明日、行え」
それだけ言い残して、俺は大広間を退出する。
こういうとき、俺の異名は盛大に力を発揮してくれる。
かの信玄公の膝元に攻め入った証「甲府の放火魔」。
さらに、武田家四天王のひとりとも槍を打ち合わせ、なんなく退けた という尾ヒレまでついている。
武田家との開戦を控えた今、俺に面と向かって異見を言えるような武辺者は、最前線の一言坂に詰めている。
ここに居るのは、言っちゃ悪いが、留守番武将だけ。
■翌日
今日は、信康の処刑日。
半ば公開処刑でもあるので、徳川家の配下武将(AI)に混ざって、一般のプレイヤたちもちらほらと処刑場に姿を見せる。
信康(大人)を演じるのは、まだ駆け出しのアイドル系俳優。
歴女や徳川マニアに交じって、彼のファンらしき女性がハンカチを手にしながら最前列に陣取る。
年齢制限のあるゲームなので、ある程度の残酷シーンは許される。
とはいえ、切腹シーンは18禁扱いなので、ぽえるのような未成年は処刑が行われる年齢制限ゾーンには入れない。
実は、今日は一言坂の開戦日でもある。
一言坂(特別合戦場内)の入場が可能になるので、主だったAI武将や合戦好きなプレイヤは戦場に出ていて、此処にはいない。俺は、わざとこの日に処刑をぶつけたのだ。
白い砂利が敷き詰められた白洲。
そこに引き出されて座る信康。彼の背後には、介錯役として帯刀した服部半蔵が控える。
中根がおごそかに信康の罪状を読み上げる。
「若っ!なぜ、なぜこのような事を!」
中根が感極まって号泣を始める。
「泣くな、中根。今さら、是非も無し」
信康が、中根の言葉を受けて、彼を慰める。信康の眼からも一筋の涙がこぼれる。
「若!わか~~~」
服部くんは既に涙で前が見えなくなっているようだ。
遠くから見守るファンたちも、ぼろぼろと涙を流し、悲嘆の声を上げている。
みんなで、悲劇の物語にハマりこんでいるが、裏を知るこっちから言わせてもらえば、そろそろいい加減にしてほしい。
彼らは変装した「偽物」。
本当の中根くんは、物置に監禁中。信康は城下町に潜伏。
中根に化けたのが流水斎で、服部は本人だが、信康に化けているのは伊賀者代表。
彼は手品で良く目にする、人体切断されるバニーちゃん役だ。(男だけど)
「あのう、そろそろ始めてもらえますか?」
俺の指示で、相馬が催促する。
すると、背後のプレイヤ達から、いろいろな物体が投擲されてきた。
俺は、『逃げ足』スキルの指示に従い、さっさと離れている。
相馬は、飛んできた陣椅子に直撃して昏倒した。
3人は相馬の言葉で我に返ったと見えて、そそくさと切腹の用意を始める。
「たぁ~!うりゃ~!はっ!はっ!、あ……」
気合の入った太刀が振りかぶられたが、手からすっぽ抜けた。
太刀は、勢いそのままで、ずんばらりと信康の首を切断する。
「くぅ、無念、なりぃ~」
服部の手違いで順番が狂ったせいか、首だけになった信康(偽物)が、無念そうに語る。
いや、首取れてるのに喋るなよ……
幸い、こんなこともあろうかと、立ち入り禁止区域である白州をデカ目にとっておいたので、突っ込みは無かった。
中根役の流水斎ができぱきと後の処理をしていく。
俺は、一応近寄って死亡確認。
棺桶に死体を入れて、手早く釘で打ち付け運び出す。これで、証拠隠滅っと。
「お歴々、彼の遺髪でござる」
そういって、一房の髪の毛を見物席の方に持っていく。
あっという間に、ファンが俺の手からかっさらっていったので、結局追加で3房ほど渡す事になった。
こんな事もあろうかと、村人Aの髪の毛を丸ごと買って(刈って)おいてよかった。
■
混乱に乗じて、さっさと二俣城を後にし、城下町で本物の信康と合流する。
一応、変装をさせてあるので、すぐにばれる事は無い。
城の方は、後の事は、服部くんに任せてある。
「さぁて。懐かしの我が領地に帰るかぁ」
「佐久間殿、この身、しばらくお任せいたします」
さすがに御曹司だけあって、礼儀正しい。
「大船に乗ったつもりでいろ。帰るぞ」
「お館さま。戦目付けのお役目は?」
相馬が目を丸くして聞き返す。
そういえば、すっかり忘れていた。
「そんなのもあったっけ。でも、まぁ二俣城ちゃんとしてたし。いいだろ?」
両手を頭の後ろで組みながら、俺は気楽に答える。
どうせ合戦登録もしていないし、気楽なもんだ。
そのとき、システムメッセージが流れた。
【これより、武田家上洛イベントの合戦が開始されます】
【合戦登録を行われたプレイヤと、武芸師範、軍師、戦目付けの方々は、1分後に強制的に転移されますので、ご準備をお願いします】
「へ!?まさか、強制参加……」
「それは、まぁ、戦目付けですし」
「お館さま、手勢なしとは、今回は新しい試みですのう」
相馬と流水斎がおもしろうそうに言う。
「あ~。信康、俺の領地は高倉山だから。そこに着いたら、まずは寺に行けよ。
和尚は信頼できる人間だから、話せば力になってくれる」
そこまで言ったところで、俺は相馬と流水斎とともに、一言坂の合戦場に強制的に転移させられる。
「落ち武者オンライン」
リアリティがとことんまで追及された合戦では、負け戦は地獄となる。
他に類を見ない、地獄の2時間が俺を持っていた。




