上月城の戦い2 ~無血開城~
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そして、瞬く間に日は流れ、運命の日がやってきた。
明日には毛利軍の先鋒が上月城城下へと到着する。
予想通り、騎馬隊を多く擁する吉川勢が一足早い。
吉川元春を攻めるところから、策戦の第一段階が始まる。
俺は、上月城下から吉川の陣営を目指す。
「佐久間殿、ご武運を」
尼子勝久始め、尼子家の諸将の見送りを受け、一路吉川元春のもとへ、使者として走った。
吉川元春は、武勇に優れた、毛利元就の次男。
しかし、このゲーム世界での「彼」は、一つの趣味をこじらせている。
その発端は、数年前(ゲーム内時間)、人魚の目撃情報が各地で相次いだ事に始まる。
複数の生産プレイヤ達の手で、半裸の「萌え人魚像」が建立された。
「俺様の野望」は、エロ系の表現に厳しく、「下着」が見えたり、布面積がすくない服、
日本風で無い服は、装備不可の「工芸品」となる。
当然、AIが操る人間たちも着る(着せる)ことが出来ない。
しかし、半裸の人魚像が製作できたことで、人形に関しては、制限が存在しないことが判明した。
VR戦国時代で、特産品「フィギュア」とフィギュア用の派手な服が次々と産み出され、
各地の姫君や「大きなお友達」の間に広がっていった。
今川氏真と吉川元春は、知る人ぞ知る、東西のフィギュア収集家武将。
吉川元春は、波野のお得意様なので、俺は裏情報を握ることができたのだ。
今回は、そこを「攻める!」
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俺は、尼子方の軍使として吉川元春の部隊に遭遇した。
偉そうな兜をかぶった髭面の配下武将に案内され、雑兵をかき分けながら本陣へと向かう。
向こうがこっちを舐めているせいか、すんなりと大将のところへ案内された。
内膳正の官位を賜っているためか、一応の礼儀は尽くしてあり、小高い丘に陣幕が張られて大将が待ち構えていた。
吉川元春は、背が高く筋肉質の体つき。げじげじの太い眉。
はっきり言えば、茂武山兄弟の超上位互換。
戦場で前面に立つ猛将系武将タイプとしてデザインされている。
「ふん、降服なら弟に泣きつくんだな。俺は相手になる気は無い!」
開口一番、吉川元春は立ち上がり、傲慢に俺を見降ろす。
この展開は予想のうちにある。
俺は一息ついてから、魅力系スキル『脅迫』を起動。
魅力系スキルは、プレイヤ相手には使うことができない。
そのため、ある程度強めにデザインされている。
『脅迫』は、相手の弱みを握ることで、相手を思い通りに動かす「命令」を行うスキルである。
AIは弱みと命令を天秤にかけ、妥当であれば承諾するが、不当であればその場で反撃を行う。
だが、一度命令が承諾されれば、その命令の遂行が優先される。
ふろいす相手の時は「救世主を描いたタペストリ」を握ったものの、反撃でタペストリごとぶち抜かれ、自動撤退する羽目になった、いわくつきのスキルだ。
「吉川殿。まずこれを見てもらおうか」
俺は懐から、あるものを取りだす。
『脅迫』のために用意した、「お市様フィギュア限定版」の偽物だ。
偽物といっても本物と同じ波野作品であるので、傍目には区別がつかない。
「な! そ、それは!?」
「二人だけでゆっくりと話そうじゃあないか」
吉川元春があわてて人払いを行い、俺たち2人だけが陣幕の中に取り残された。
周囲は、彼の腹心の部下が警戒し、人を寄せ付けないようにしている。
「これは、吉川殿の方がよくご存じであろう。
我が配下の忍は、既に日野山城の秘密コレクション部屋に潜入しておる」
「なん、だ、と……」
吉川の顔色がみるみる青くなっていく。
「三姉妹の方も、既に当方が押さえておるが、ご存じかのう?」
もちろん、そんなのは嘘である。
だが、信憑性を持たせるために赤影さんに頼み、偽筆の報告書が、彼の元に届けられている。
『お市さま、三姉妹さまのフィギュア 紛失』
健太郎からの報告で、フィギュアマニアの吉川が錯乱状態になっていたことは既に掴んでいる。
「返してほしくば、撤退しろ」
「まさに、まさに、鬼畜の所業!」
青ざめていた吉川の顔に血の気が戻り、眼がギラリと殺気を帯びて輝く。
『逃げ足』スキルが危険を察知してガイドカーソルが灯る。
ここらが潮時かな。対応策としてちゃんと手土産を用意してきた。
「上月城を開城して引き渡す。
その代り、それ以上播磨に侵攻せずに撤退してほしい」
話を聞いた吉川の表情が変わり、打算の色が見え隠れする。
「弟と相談させろ」
「良いぞ。お前の大事なフィギュアがいつまで無事でいられるか、保証は無いけどな」
立場が逆転した陣幕の中で、俺は悪役笑いをしながら、内心ほくそ笑む。
悪役の方がやってて面白いな。くせになりそうだ。
「くっ、わかった」
戦略目標である城が手に入るのだから、彼の方も交渉がしやすかろう。
変則的ではあるが、これも『脅迫』の命令に含まれる。
最初から真面目な交渉をしなかった理由は、『脅迫』の命令拘束力を利用するためだ。
あとは、宇喜多と小早川の両勢力を説得できれば事が済む。
俺は、吉川と共に小早川隆景、宇喜多忠家との軍議に臨む事になった。
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吉川元春との談合の翌日。
彼に連れられて、毛利方の軍議に参加する。
以前、東方へは旅行に行ったが、西の方には行ったことが無い。
毛利方の配下武将たちは何れも初対面。
所々で「あれが、甲府の放火魔か」などと嫌な噂をされていた。
小早川隆景は、細面の知力系武将としてデザインされている。
吉川元春とは兄弟なのだが、全く似ていない。
弟の方はクールなイケメンぶりをいかんなく発揮している。
隣に座る宇喜多忠家はぱっとしない、どこにでもいそうなおっさん。
にこにこ笑っているが、目だけは底光りして少し怖いところがある。
彼と比べると、小早川隆景の方が裏表が無さそうに思えてくるのが不思議だ。
吉川元春は、横でいらいらと爪を噛んでいる。
「上月城を開城する代わりに、撤収をして欲しい とか」
小早川が、アルトの声色で伸びやかに喋りだす。
「願ったりかなったりですなぁ」
隣で宇喜多がにこにこしながら何度も頷く。
「兄上は、どうお考えですか?」
「万を超える部隊に籠城と遊撃を繰り返されると面倒になる。悪い話では無い」
吉川元春は当たり障りのない返事をする。
「佐久間内膳正殿、ひとつ伺いたいことがあります。
例えば、この全軍が上月城を受け取った後、そのまま城に残る というのはありですかな?」
「うっ、城の縄張りに全軍が入れるのであれば、どうぞ」
さすがは、小早川隆景。いやらしいところを突いてくる。
「ふぅむ。まぁ、良いでしょう。宇喜多殿、上月城はお約束通りあなたに引き渡します。
我々は、引き渡しを見届けてから撤収することとします。5000ほどの守備を残されては如何か?」
「ええ、そういたしましょう」
宇喜多忠家は、まだにこにこしている。
「佐久間内膳正殿は、急ぎ開城の準備を進めてくだされ。
明日 ということで如何か?」
「わかった。明日の日没までには」
「では、話は付きましたな。上月城に戻られよ」
俺は追い立てられるように陣幕を出て、急いで上月城に戻る。
AIさんと違って、プレイヤはプレイヤ間通信の「コール」ができる。
ぽえると連絡をとって、物資の搬出を開始してもらった。
予め纏めていたこともあるし、今日中には終わるはずだ。
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「話は済んだな、俺は自陣に戻る」
吉川元春が陣幕から荒々しく去っていく。
「では、私もこれで」
吉川に続き、陣幕から出ようとした宇喜多を小早川が引き留める。
「お待ちください、宇喜多殿、旗指物を少し貸しては頂けないでしょうか?」
「何に使われるか?」
「ふふふ、我が兵の一部も偽装させて上月城に残しましょう。
あわせて1万程度も籠めておけば、そうそう簡単に落城することは無い。
我々はゆっくりと帰還し、一波乱あれば転進して叩きましょう」
小早川の話を聞いて、宇喜多の目が細く引き伸ばされる。
「おやおや、兄君にはご相談なしですか。
お互い、優秀な兄を持つと大変ですなぁ」
「そうそう、明日の朝方、日出までには城を引き取りに行ってもらわなければなりません。
速めの出立をお願いします」
「毛利の方々は人使いが荒いですねぇ」
「いえいえ、それほどでも」
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夕日を浴びながら、上月城から尼子勢が次々と撤退していく。
兵糧や武器一切を持ち出し、上月城は空っぽになった。
行先は、俺の領地、高倉山の中腹。
城に残るのは、直接の引き渡しの手続きを行う山中幸盛とその配下十数名のみ。
さすがに、ログイン時間帯が合わなかったので、引き渡しは尼子家まかせにした。
後から彼らに聞いた話では、翌朝早く、まだ日が昇り切らない頃に宇喜多忠家が部隊を引き連れて現れ、
「約束は日没でなく、日出が刻限だった」という、ありがちな難癖をつけてきたらしい。
それはぽえるの予想通り。もちろん、手を打っておいたので、混乱は起きなかった。
その後、宇喜多忠家の配下武将が城内を一回りして安全を確認。
宇喜多忠家は、配下武将の一人を城主に指名して5千の守兵を残し、吉川、小早川共々撤退した。
「夜半になってから、続々と城内に入っていく兵があるようです」
「1万くらいまでは増えるかもしれんなぁ。とはいえ、決戦は2日後だ」
現在、吉川は猛ダッシュで日野山城に向けて帰還中。『脅迫』(ぎあす)の効果恐るべし。
小早川と宇喜多は、各々の本拠に向けて、ゆっくりと帰還している。
あまり速く事を構えると、即座に反転されて挟撃にあうし、遅すぎると策が成り立たなくなる危険が伴う。
決戦は、現実的なラインでゲーム内2日後。




