上月城の戦い1 ~嵐の前の~
「上月城を、毛利に渡す」
「「な、なんだって~!」」
俺の発言で、上月城の大広間で始まった軍議が開始早々沸騰した。
上座に座る尼子勝久は、堅く目をつぶり無言で腕を組んでいる。
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ついに、毛利の侵攻が始まった。
毛利側は吉川、小早川、宇喜多の3部隊を合わせ、兵数4万を超える。
まだバージョンアップから日が浅いせいか、プレイヤの参戦は無いようだ。
毛利方の進軍理由は、史実では、宇喜多家からの要請による上月城の奪還。
しかし、AIがその通りに動かなければならない「お約束」は存在しない。
これまで、甘栗忍者隊を使って毛利側の情報収集に努めてきた。
その甲斐あって、毛利軍が上月城に来るまでに、時間の猶予がある。
我が方の戦力は、尼子家3000 佐久間家4000、江利津家5000。
領地守備も考えると、実際に動かせるのは1万程度。
一応、近隣には織田家の兵力で、姫路城の守備部隊と三木城包囲網で数万がいるが、当てにしていない。
ぽえるにスキル『墨子』(籠城系戦法スキル)で、上月城を視察してもらったところ、ゲームとしての上月城は、許容量では万を超える兵が籠れるが、最適数では守備兵5000であるそうだ。
それ以上の兵力を籠城させたとしても、兵数通りの効果を出すことは出来ない。
彼女が言うには、ゲームでの「上月城」はリアルの「上月城」よりも広さも造りも立派な城で、三の丸、二の丸、本丸が整備されており、籠城すれば、毛利家4万と対峙しても、3か月くらいは支えきれるらしい。
とはいえ、半々で籠城、遊撃と分割しても、それらの連携は熟練を要する。
短期間でできるものではないので、戦術的に活用できない城は捨ててしまうことを提案したのだ。
ゲームのシステム上、プレイヤの城や領地は捨てることができない。
必然的に、上月城に犠牲になってもらうしかない。
この軍議での、尼子勝久の決断が、上月城の行く末を決める。
俺とぽえるは、客人待遇でこの場に招かれ、尼子勝久の横に居る。
数十畳の広さのある大広間には、尼子家の配下武将たちが集合している。
しょっぱなから爆弾発言で口火を切った俺を、数人の尼子の配下武将が睨む。
「尼子家再興の夢はどうするのですか!」
「一戦もせずに城を明け渡すとは、言語道断!」
「この城を預けていただいた羽柴殿に申し訳が立ちませぬ」
尼子家の配下武将たちは口々に反対を表明し、広間の床をどんどんと叩いたり、
足を踏み鳴らし、広間は喧騒に包まれた。
各拠点で別々に守ろうという意見が広がり、大勢となったとき、
尼子勝久が静かに立ち上がる。
武将たちの喧騒が、少しだけ静かになった。
「みな、聞いてくれ。毛利は我々の憎き仇敵だ。
ここに籠城していれば、織田の大軍が、毛利を追い払うかもしれない。
だが、それを我々は誇れるか?尼子が毛利に勝った と胸を張って言えるか?」
上月城の大広間に、彼の声が響いていく。
大広間に集まった、尼子の配下武将達は沈黙し、静まり返った。
尼子勝久の話は続く。
「佐久間殿と江利津殿は、一つの策を示してくれた。
これこそ、我が曾祖父、経久の導きである。
我々は毛利を攻める。そして勝つ!皆のもの、私に力を貸してくれ」
戦国時代には珍しく、尼子勝久は自分の配下武将に深々と頭を下げる。
大広間に、一瞬の沈黙が流れる。
「是非に及ばず!」
山中幸盛が大声で叫び、仁王立ちで立ち上がる。
反論をしていた配下武将たちも、続々と立ち上がり、賛意を表明して尼子勝久の周りに集まっていく。
尼子勝久は配下武将たちに囲まれ、甲子園で優勝した野球監督のようにもみくちゃにされている。
いつの間にか、ぽえるまで涙目でその輪に混ざり、俺一人がおいてけぼりだった。
「やりましょう!」
「打倒毛利じゃ~!」
「えい、えい、おー!」
「「おぉ!!」」
「みなさん、今回の策戦を説明します」
「江利津殿が天下の奇策を話すぞ みんな静まれ!」
ぽえるは、すっかり人気者になっている。
俺は、すっかり輪の外になっている。
途中から、打ち合わせの台本と違うんですけど……
アドリブまでこなすなんて、AIはなんて恐ろしい子。
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毛利軍来襲まで、残すところ4日。
現在、全軍をあげて上月城の改築を頑張っていた。
知力や政治、技術の高い武将は、ぽえるの指示のもとで忙しく働いている。
武力の高い武将は手すきの兵士たちを訓練し、士気の底上げに従事する。
俺はその手のスキルもなく、知力も政治も低いので、増改築ではお呼びではない。
自領地で領民たちを戦場に駆り出すために「一時徴兵」を行っていた。
この「一時徴兵」というコマンドは、農民兵という、頭数だけの部隊を組織できる。
だが、領地の民忠を大幅に下げる。
下手な武将に行かせると、その場で反乱がおこってしまうので、魅力特化の俺が直々に出向いていた。
「お館さま、狭いところですまんですが、その辺すわってくんろ」
うちの領地の農民代表、庄屋の大根が、上座に引いた茣蓙を勧める。
彼は、大根畑を振り出しに、大庄屋に成り上がり領地内の水車小屋の管理までも行っている。
「大根」という苗字も、俺があたえたものだ。
デカイ庄屋屋敷には、大根を中心に近隣の主だった農家十数人が顔を並べている。
彼らは、何一つ聞き逃すまいと、真剣な顔でこちらを見る。
「今度、近くで戦を行う」
「知ってますぜ。おら達もひやひやしてるところだで」
「すまんが、お前たち農民も戦に出てもらいたい」
「いいですぜ~」
大根は即決した。
他の農民たちも首を縦に振り、うんうんとうなずいている。
「いや、少しは悩まないのか?合戦だぞ?」
「オラ達は、お館様が何度も戦に行くのを見てるけんども、
戦で死んだやつなんて、ほとんどおらんで?」
これは、無駄な人死を嫌う俺自身の性格もあることながら、
領地最大の建造物である医療系最上位施設「病院」の存在がデカイ。
病院の効果には、病気回復(大)、怪我回復(大)がある。
実はこの効果、領地内だけでなく、進軍中の自軍にまで影響する。
現代風に言うと「衛生兵」とでもいうべき、治癒系スキルを持った兵士が増えてくるのだ。
さらに、兵種も防御に優れる槍兵主体であるため、兵の損耗率は非常に低い。
「この辺が戦になるのなら、おら達の田んぼも危ないでよ。
ちんぴら上がりの足軽にゃ、まかしておけねぇ!」
「「そうだで!」」
「おら達自身で守り抜くべ!」
「「そうだそうだ!!」」
うちの領民の士気が妙に高く、心配していた民忠はほとんど減らなかった。
彼らには、山に隠れてわぁわぁと「偽兵」をやってほしいだけなので、
変にやる気を出されても逆に困るんだよな……
あとで、和尚と茂武山兄弟を派遣して、詳細を詰めさせておくことにした。




