剣豪たちの時間!
関東平野の中心部に居る。
現代日本なら埼玉県のあたりだ。
ここから北に行くと、東北地方に入る。
だが、いまいち東北地方に行く気が失せていた。
東北地方で有名なのは、佐竹家、伊達家など。
だが、幻庵ジジイの話によると、
佐竹家は、義昭が35歳で病没し、義重が15歳で家を継いだばかり。
伊達家も、輝宗が19歳で家督を譲られたばかりで、祖父稙宗の死や父の晴宗との不和で国内がごたついている。
政宗に至っては、まだ産まれてもいない。
これから東北地方に行っても、面白みが無いのだ。
そして、二つ目の理由として、
バージョンアップの情報が、公式HPに出されていた事だ。
8*8マスへの拡張に、限界突破クエストが設定された。
プレイヤはランダムに指定された全国の戦国大名に、朝廷からの手紙を届ける。
移動範囲が日本列島規模であることを除けば、よくあるお使いクエスト。
さすがに、東北の豪族に島津家等、日本横断は大変なので、距離制限がある。
俺は、初期位置が近畿設定なので、東は関東平野まで、西は中国地方まで。
東北行くくらいなら、中国地方を回った方がありがたみがあるのだ。
このまま関東平野を北上、越後の方からぐるりと回って、美濃に帰ろう。
そう決めたら、この機会にちょっと箕輪城に寄ってみることにした。
箕輪城には、上泉伊勢守信綱がいる。
彼は、平安京イベントの時のバージョンアップで箕輪城に現れた。
武力80以上の豪族は彼からクエスト通称「剣術特訓」を受領出来る。
1日に一度、彼から「特訓」を受けることができ、10日目に判定がある。
判定の結果によって、武力値が上昇したり、珍しいスキルを貰うことができる。
だが、特訓1日につき、1千枚の銀が居るので敷居の高いクエストだ。
俺は武力が足りていないので受けることができない。
実は、佐野がこれを受けていて、今日が最終日なのだ。
PTを組めば、特訓の見学ができるので、最終特訓を見に来たのだ。
まるで、授業参観の気分だ。
箕輪城は、平山の城。
城の西側を流れる川が、天然の要害を作り出している。
晩夏の季節なので、山の緑が青々と茂り、涼しい風が山から吹き下ろしてくる。
VR世界では距離がかなり縮小されているので山超えもそれほどの疲労感は無い。
箕輪城の城下町は、西明屋といい、前橋から少し西へ行ったあたりだ。
箕輪城は、江戸時代初期に高崎城に本拠が移されて廃城となった。
現代では城あとが公園として残るにすぎない。
「お~い、佐野」
「おう佐久間」
箕輪城下で落ちあい、PTをくむ。
「緊張するなぁ。今日で10日目なんだけど、どうなるかな」
佐野は、彼にしては珍しく緊張した面持ちだ。
「で、どうなの?」俺は、武力特化じゃないから、まるで人ごと。
「まぁ、まぁ、だと思う」
上泉伊勢守の特訓は、1時間素振りし続けるとか、正座で問答する といった、
数十種類もの訓練のうちから、ランダムで発生するらしい。
運が良いと、スキル『抜き打ち』(抜刀時のダメージ増加)『無刀の心』(素手で近接攻撃の受け可能)等、
巷で評判のユニークスキルが得られる。
まぁ、水を指しちゃ悪いが、大規模合戦では個人の武勇なんて、たかが知れているんだけどね。
「よし、時間だ。行くぞ」
佐野に連れられて、城下の一角にある大きな道場に行く。
周りには、佐野と志を同じくする、たくさんのプレイヤが居た。
みんな、緊張の面持ちで情報交換をしている。
道場の扉を開けると、転移の浮遊感に包まれた。
そして、以前将軍と相対したときのような、ボス戦エリアに居た。
■
50畳はありそうな板張りの稽古場。
百匁蝋燭が、青銅作りの蝋燭立てに立ち、稽古場の中心部を取り囲むように何十本も並んでいる。
煌々した蝋燭の明かりで、暗さは感じない。
道場の中心で木刀を片手に仁王立ちしているのが、上泉伊勢守。
失礼だが、ぱっと見には、にこやかに笑う、普通のおっさんにしか見えない。
将軍のような、周囲を圧する覇気が欠片も感じない。
見学者は、蝋燭立で囲まれたエリアの外側に配置され、
エリアの内側には行けないようだ。
内側に居るのは、佐野と上泉伊勢守の2人だけ。
「では、始めましょう」
佐野が用意された木刀を掴み、2人の撃ち合いが始まった。
佐野はシステムアシストを利用して、華麗に木刀を打ちつける。
上泉伊勢守は、それをゆらりゆらりと受け流す。
カンカンカンと、木刀の撃ちあう、乾いた音が道場に響く。
だんだん、佐野の息が上がってきた。
上泉伊勢守は、平然とした顔をしている。
横で見学している俺にはわかるが、頭に血が上った佐野は、「ある事」に気がついていないだろう。
上泉伊勢守は、もう10分にもなる打ち合いの間、一歩も動いていない。
足の位置が、最初から全く変わっていない。
体重移動だけで佐野の全ての攻撃をいなしている。
佐野の攻撃は、上泉伊勢守の木刀に吸い込まれ、無様に払いのけられる。
子供をあやすかのような余裕が上泉伊勢守の表情にある。
「佐野!システムアシストを切れ。完全に筋を読まれてる」
佐野は数歩飛び退り、距離を取る。
「でも、俺剣道なんてしらねぇよ」
「どうせこのままじゃ負けるぞ」
はぁーっとため息をつく佐野。
ステータス画面を開き、何かいじり始めた。
システムアシストを切っているのだろう。
「おっし、見てろよ、佐久間ぁ!」
滅茶苦茶な剣術。さっきの滑るような剣風は無い。
だが、足を使わない上泉伊勢守は、その「滅茶苦茶」についていけず、
佐野が上泉伊勢守を押している。
上泉伊勢守の表情に先ほどまでの余裕は無い。
このままいけるか と思った時。
防戦一方だった上泉伊勢守から強烈な突きが放たれ、佐野の左肩を捉える。
佐野は2mほど後ろに吹っ飛ばされた。
「いやはや、すごいね、キミ」
上泉伊勢守がしゃべり始める。気のせいか、声色が違うような気がする。
急に別人になったかのような感覚。
「新陰流の極意は、活人剣。
人が、人であるゆえに作り出せる自分だけの活き方。
どれほど無様でも良い。私の剣を払いのけてみろ」
上泉伊勢守は、ゆっくりとした動きで、佐野に打ちかかる。
佐野は、木刀でそれを払いのける。
さらに上泉伊勢守はゆっくりと打ちかかる。
佐野は、再度払いのける。
10回、20回と繰り返す。
時折、上泉伊勢守が佐野の動きに「脇が甘い」「足を使え!」といったアドバイスをする。
そして、回数を重ねる度に、上泉伊勢守の剣撃が速くなる。
佐野も負けじと全身を使って、上泉伊勢守の刀を払いのけ、あるいは避ける。
本当に、佐野はシステムアシスト使ってないのか?
そう思えるほどの剣速になってきた。俺には、追い付けそうもない。
突如、上泉伊勢守が強烈な突きを放つ。だが佐野は鮮やかに打ち払う。
さっき佐野が直撃して吹っ飛ばされたものと同じ突きだ。
この短期間で、確実に佐野の腕が上がっている。
「ここまでにしようか。客人が来たみたいだから」
上泉伊勢守が元に戻ったような、にこやかな表情で、訓練の終わりを告げた。
佐野は、肩で息をしていたが、その表情はすがすがしそうだ。
「さて、特訓はこれで終わりだ。精進せいよ」
体がふわりと浮かぶような、転移の感覚におそわれ、
俺たちは、城下町の道場前に戻っていた。
「やったぞ!なんかレアスキルゲットした。『水月の理』だって」
システムメッセージが流れたんだろうな。
「それ、どんなスキル?」
「え~と、彼我の武力値の差に応じて近接攻撃のダメージ減少だって」
「すげぇな。あと、称号が、新陰流目録に変わってるぞ?」
このゲームにも、「称号」システムがある。
基本的に、一番インパクトの強いクエストで得られるものがつく。
俺は、平安京イベントの上位ランカーに与えられる「京の英雄」だったのが、
「甲府の放火魔」に変わっていた。
運営の仕事、速すぎるぞ。投網弱体化の時もそうだが。
「佐久間、ありがとな。アドバイス感謝だぜ!」
■箕輪城の何処か■
ほえもんと、上泉伊勢守が2人だけで話している。
「星川くん、いや、この世界では石川くんかな?」
「できれば、石川でお願いしたいです。柳生先生」
ほえもんが苦笑いしながら答える。
「二刀流なんて使ってるから、解る人にはばれてると思うけど。
でも、ゲームってやつは面白いね。
剣術のいろはも知らない子が、剣術の奥義に届こうとする。
そういう、人の不思議さ ってのが垣間見れる。
だから、私はこのゲームの剣術モーションのお誘いがあった時に即決したんだ。
その代わり、ときどき開祖様のふりをして、自由に遊ばさせてもらっている」
「先生もゲーム好きだったのですね、意外です」
「いいや、人を斬るのがいちばん好き」
にこにこと笑いながら、恐ろしいことをさらりと言う。
「じゃ、始めようか。剣客同士、こっち(しんけんしょうぶ)の方が良いだろ?
柳生新陰流と二天一流、面白い取り合わせだよ」
しゃらんと透明な音を立てて、鞘から真剣を抜く上泉伊勢守。
「現実だと法律がうるさくて、真剣の立会なんてできませんものね」
笑いながら、ほえもんも、2本の刀を抜く。
二人は、ゆっくりと道場の中央まで歩み寄る。
ほえもんが突く!ゆらりとかわす上泉伊勢守。
逆手の追撃も刃を打ち合わせることなく、空を切る。
2人以外はだれも居ない空間で、死闘は続くのであった。
次回「忍者戦争!」
上杉配下の忍者、現る。




