人魚注意報!
佐野にコールする。2回目で反応があった。
「佐野~。武力+4の鞍が手に入ったんだけど使わないか?」
「えぇ!欲しい欲しい、でも良いのか?」
「良いよ、その代わり、能力ボーナスは要らんから座り心地のいい鞍を頼む」
「?? わかった。用意しとく」
業物アイテムは、能力値にボーナスが付く。
ボーナスの大小で+1から+10までのランクがある。
+6以上はイベント系の超レア報酬でしか確認されていない。
三日月宗近(武力+9)のような、国宝と名がつく代物だ。
+5まではプレイヤでも生産できるので、ある程度の数が市場に出回る。
生産系に特化したプレイヤが手作りをしたとき、
10個に1個程度の割合で業物+1が出来る。
これは、おおよそ銀1000枚前後で売り買いされている。
+2では50個に1個。+5は稀に入る情報をもとに、
1万個に1個と予測されている。
もちろん、指数関数的に相場は跳ねあがっていく。
だが、業物ボーナスが適用されるのは、複数の業物を所持していても、
最高ランクの1個のみで、重複はしない。
例えば、武力+4の鞍と、武力+2の刀、魅力+2の飾り鈴を持っていても、
最大ランクの鞍のみ適用され、武力+4にしかならない。
つまり、俺が武力+4の鞍を持っていても、魅力+2の飾り鈴の効果を
上書きされてしまう、扱いに困る代物なのだ。
幻庵ジジイめ、余計な魔改造をしてくれた。
腹いせに攻略板に一連の情報を流しておいた。
今頃は大量の豪族が小田原に入り、市場から鞍が一掃され、幻庵ジジイのところに持ち込まれているだろう。
最近、情報板では2つの話題で盛り上がっていた。
一つ目は、次回のバージョンアップで、ついに「大砲」が実装されるということ。
但し、スキル『大砲取扱』が無いと使用や製造が出来ない。
使用できないということは、「暴発」の発生もありえない。
同様に、生産系プレイヤが頑張ろうとも、「工芸品」という置物ができあがる。
データとして確立されたので、「大砲」は豪族の手が届かなくなった。
おまけに「投網」が弱体化という話もあった。
今までは、引っかかったら「脱出するまで行動不能」だったが、
「ペナルティ付きだが行動可能」に変わった。
ちっ。将軍が捕まったのがそんなに悔しいか、運営め。
運営の対応の速さには、舌を巻くばかりだ。
二つ目は、人魚の話題だ。
有名どころではデンマークの人魚姫伝説。
ジュゴンやマナティーの見間違いと言われているが、日本にも人魚伝説がある。
八尾比丘尼として知られる、若狭の国のお話だ。
「俺様の野望」での人魚伝説は、情報板への、ある投稿から始まった。
■俺様の野望 情報投稿板 72国目■
これは俺のフレから聞いた話。
そのフレは「怖いから」と最近ログインしていない。
そいつは釣りマニアで、俺様の野望を始めたのも全国釣り制覇が目的。
あるとき、そいつは自分の領地を流れる川で釣りをしていた。
いつもなら何匹も釣れるのに、その日は一匹も釣れない。
もう一投したら、もう一投だけ と何度もやっているうちに日が暮れてきた。
これを最後にしよう。と心に決め、最後の一投を川に投げ込む。
しばらくして手ごたえがあった。
釣り上げたのは、手のひらサイズの小魚。
いつもなら、この程度の小魚はリリースするのだが、その日はこれが唯一の釣果だったこともあって、持ち帰ることにした。
釣りの道具を片づけて、川を背に数歩歩くと、急に川のほうから生暖かい風が吹き付けてくる。
風で川の水が揺れ、ぱしゃん、ぱしゃんと音を立てる。
「…………」
川の方から、何か声が聞こえたような気がして、振り向いた。
そこには、ざんばら髪をふり乱し、前髪の間から白目のみの片目を覗かせた女性が、両手で這いずりながら川から上がってくるところだった。女性の下半身は脚が無く、魚の尾びれの形をしている。
「か~ぇ~せ~、か~ぇ~せ~」
「うわぁぁぁぁ!」
絶叫しながら魚を取り出すと、さっき見たときはふつうの魚だったモノが、
目の前の女と同じ、手のひらサイズの「人魚」に変わっていた。
あわてて指に絡まった髪の毛を振りほどき、子人魚を打ち捨てて、
緊急ログアウトをした。
そして、一連を「友人」に語り、友人が情報板に書き込んだ というもの。
それ以降、一度もログインしていないので、どうなったのかはわからないという。
人魚伝説として、情報板はヒートアップしていた。
そして、一部の生産系プレイヤが力を合わせ、「萌え人魚像」を作成。
若狭湾に設置される運びとなった。
このゲームは、エロ系の表現にかなり厳しい。
服飾生産では、ある程度以上の布面積が必要とされているし、
「下着部分」が外部に見えるようなデザインは、衣服アイテムとならないので装備できない。
だが、銅像作成の制限は緩かったらしく、半裸の女性像の作成に成功していた。
■
ピーンポン。
佐野からコールが届く。
「佐久間、急いでうちの領地に来てくれ。
川で人魚が釣れたんだ。ちょっと見てくれないか?」
急いで転移し、佐野の領地へ向かう。
もう何度も来ているので、案内されなくとも川の在り処は覚えている。
川岸には、佐野とその配下武将、そして数人の兵士がいた。
モブ住民たちは、遠巻きにその様子を眺めている。
俺が川岸に近寄ると、顔見知りの配下が目礼する。
「アレだ」
佐野が指さす先に、「人魚」が居た。
体長は1m前後。ちゃんと人間の顔をしている。
うすい眉、細くて白目がちで、卑屈そうな目。
上を向いた鼻。ただでさえでかい鼻の孔をさらに大きく見せている。
赤紫色の薄い上唇と、厚い下唇は、とてもアンバランスだ。
そして、顔以外は全部魚。鯉のような鱗が、ぬらぬらと光っている。
人と魚の割合は1:9くらい。どうみても人魚と言うより、人面魚。
親父のゲームコレクションで見た、シーOンにそっくりだ。
人面魚は流暢に言葉を話していた。
「食えよ、さっさと食えば良いだろ。
さ~ば~かれた。俺、さ~ば~かれた。
さばじゃないけど、さばかれた だって。ウケる~」
なんだこいつ、ものすごくウザイ。
「佐久間、あれ、ずっとあぁなんだよ。
もう、人魚ってことでSSとって捨てたいんだけどいいよな」
佐野が困った顔で俺に問いかける。
「刺身だろ?なぁ。一気に刺身でいっとけよ
わさび醤油付けるだろ?ちゅるってか?ちゅるってか?」
「うるせぇよ!もう埋めちまえ!」
ついに佐野がキレた。
「うは、放置プレイ来たコレ」
佐野配下の兵士の手によって、人魚(仮)は深く掘られた穴に埋められる。
その上には厳重に、何層もの石が積み重ねられた。
こうやって、伝説って出来ていくんだろうな。
「佐野、SSは?」
「あ……、忘れてた」
その晩、通りすがりの名無しさんから、人魚(仮)の話が情報板にアップされたが、
軽くスルーされていた。
後日、あの投稿は「釣りを広めよう会」の自作自演と判明した。
人魚目当てで釣りを初め、その魅力にはまってしまう人が多数出ているので、一応の効果はあったようだ。
その一方で、人魚像の制作に味を占めた生産系プレイヤから、「フィギュア」という、新たな特産品カテゴリが産み出されていた。
波野もフィギュアに参入し「お市さま」「浅井三姉妹」で暴利をむさぼっている。
彼女から聞いた話によると、NPC武将にも好評で、有名どころだと吉川元春や今川氏真が収集家だそうな。
次回は、佐野くんにテコ入れ。
「剣豪たちの時間!」




