小田原、くらくら!
相模の国に入った。
例の事件のせいで、我が佐久間家は武田家から準敵対国として扱われている。
追手がかかったり、即時に攻め込まれるようなレベルまでは悪化していない。
だが、武田家の支配地域内では大半のクエストが受領できなくなり、全ての店での売り買いにペナルティを受ける。
主犯は、武田領に入国禁止なのでまだマシな方か。
甲府を火の海に変えただけなのに、酷い扱いだな。
本当に、ごめんなさい。
そんな理由で、甲斐周りのルートが使いにくくなったので、相模の国から関東平野に入ることにした。
初めからこうしておけばよかった。悔やんでも悔やみきれない。
ピーンポン。
佐野からコールがかかってきた。
「佐久間~、明日の川中島合戦、一緒に武田側で出陣しないか?
つ・い・に!騎馬部隊500騎完成したんだ。すげぇだろ、行こうぜ?」
佐野の声が弾んでいる。よっぽどうれしいんだろうな。
「いやぁ、ちょっと武田家、好きじゃないからさ……」
正確には、武田家が俺を好きじゃないから なんだけどな。
背後から味方に襲われるのは困る。
「そうだっけ?じゃ、上杉側でもいいけど」
それはそれで、ここぞとばかりに集中攻撃されそうで困る。
「あぁ、いやちょっと、風邪気味だから合戦はやめておくよ」
「そうか、ゲームはほどほどにしろよ、じゃな」
佐野はちょっと残念そうに、コールを切った。
■
相模と言えば、北条家、そして小田原城。
いやぁ、この城、なんといっても広い広い。
戦国時代系のSLGで、一度も初見で落とせたことがない。
攻め込んでも必ず時間切れを喰らってしまう。
史実では、北条家はこの城の堅さのために秀吉と戦うことを選び、敗退した。
1560年代は、まだこんなに大きく無かったはずなんだが、「ノリ」ってやつだろうね。
俺にとっては、あまり印象に残っていない大名だ。
ここと外交組んでも面白いことはなさそうだし、
きっちり食べ歩きしてから先に進もう。
ここの城下町には、このゲームの三大チート施設のひとつ、八幡宮がある。
八幡宮は合戦において兵士の士気低下を防ぐ効果を持つ。
士気が落ちると、部隊の攻撃/防御/移動力が軒並み下がり、さらに兵士の「逃亡」が発生する。
知力特化の武将はスキル『孫子兵法』『墨子兵法』等の兵法スキルから、
いろいろな罠や策略を使用し、敵部隊の士気に対して攻撃を行う。
武力による直接攻撃と異なり、策はかなり広い「範囲攻撃」も取りそろっているので効果は絶大だ。
森部の合戦でも、相馬(知力90超)が策を使用した結果、たった34人の我が部隊が500を超える敵部隊と対して100人超の逃亡者を発生させ勝利している。
知力特化というのは、攻撃にしろ、防御にしろ合戦で無視できない力を持つのだ。
だが、八幡宮の効果が適用されると、士気が落ちにくくなり、逃亡者が発生が抑止される。
別名、知力殺し。
小田原城に攻め込んでも、ガチで兵士を削り切るしかない消耗戦になる。
これが、このゲームにおける小田原城不敗の理由だ。
そんなことを考えながら、小田原かまぼこを堪能した。
軽く火であぶったものはもう最高。
鼻歌気分で市場を覗くとNPCのお店で座り心地の良さそうな黒漆の鞍があった。
最近、馬の移動ばかりだったので、ちょっとケツが痛いなぁ と思ってたんだ。
NPCの店では、たまに「掘り出し物」として業物が入荷されることがある。
この鞍は、武+1の業物で銀1200枚もした。
安くはないが、気に入ったものはしょうがない。即決で、銀を支払い購入。
ちょっと古びてはいるが、使われた形跡もあまり無く、新古品というやつだ。
店のおじさんに鞍を馬に付けてもらって、旅を再開した。
街道に出て、しばらく進む。
次の国は、武蔵になるのかな。
10分ほど馬に乗っていると、だんだん鞍ががくがくしてきた。
どうも、新しい鞍の座りが悪い。
馬から降りて、鞍の調子を見てみる。
どこかが壊れてしまっているようで、留め金がぶらついている。
「こりゃ、困ったなぁ」
鞍の製作レシピを持っていれば、システムアシストが有効になり、
自動で修理することができるようになる。
だが、俺が持っているレシピは、お菓子や調理関係ばかり。
修理したいのなら、ガチの手修理するしかないのだが、そもそも構造がさっぱりわからん。
そこに老僧が通りかかり、鞍を一目見るとにやにやしながら言った。
「ほほ~、こいつは、面倒な鞍を押し付けられたもんじゃ。
拙僧が直して進ぜよう。ほれ、ついておいで」
「じゃ、お願いできますかね」
今から町へ戻るのも面倒なので、老僧の親切に甘えることにした。
老僧は、70歳くらいの年齢で丸坊主、白いひげを長々と風に揺らしているが、
背筋はしっかりと伸びている。
老僧は、俺たちを近くの寺へと導く。ここの和尚さんなのかな??
老僧は手早く鞍を外すと軒先に座り小坊主が持ってきた工具で鞍をいじり始める。
なんとなく、ボトルシップマニアの、リアル爺さんに似ているところがある。
小学生の頃、爺さんが船を作るところを飽きもせずに眺めていたのを思い出す。
ほのぼのとした気持ちで、楽しそうに鞍をいじる老僧の手元を見ていた。
■
「ほっほっほ。出来たぞ。乗ってみい」
「ありがとうございます」
10分くらいで、鞍の補修が終わった。
早速試し乗りしてみると、劇的に乗り心地が良くなっている。
まるで、パイプ椅子とふかふかソファくらいの差がある。
アイテム名称を確認すると、「黒漆鞍 武力+1」だったのが、
「伊勢式北条黒漆鞍 武力+4」に変わっていた。
別物ジャネーノ、これ?
「それは、わしが若いころに作ったもんでなぁ。
作ってる途中に、無くなったと思ったら、また出会えるとはのう。
佐久間殿に使ってもらえるのなら、本望じゃの」
老僧は、真っ白な髭をしごきながら、目を細め感慨深げに語る。
「なんで、俺の事を?」
「だってお主、甲斐の虎坊主に嫌われとるんじゃろ?
北条家は、武田家と同盟組んどるもん。情報は入ってくるわさ」
「ははは……」笑えねぇよなぁ。
「ワシは、あのクソ坊主が大・大・大嫌いでなぁ。
何故か、親父殿の仇のような気がするんだわ。
ぬしの甲府の話な、久しぶりに腹の底からスカっとしたぞ。カカカ」
老僧のステータスを見てみる。
『武:20超 知:70超 政:80超 魅:70超 技:90超』
地味武将ぞろいの北条家で、ここまで高いのは珍しいよね。
「わしは、北条宗哲じゃ。よろしうな」
ちろりん。
【北条宗哲とコネができました。知力+1】
老僧と別れて、道を進む。
彼の言葉が気になったので、ブラウザを立ち上げて、北条宗哲を調べてみた。
彼の父親、北条早雲は何十年も前に他界している。
信玄公が産まれたかどうか、微妙な頃なのに「親の仇」とは何だろう。
北条宗哲、隠居後に幻庵。
前時代の風雲児、北条早雲の末っ子。
早雲の多芸、多才ぶりを受け継ぎ、和歌や連歌、茶道といった教養に優れる。
早雲譲りの伊勢式鞍打ちを得意とし、尺八作りでも有名。
そして、気になる一文があった。
1569年(現在の数年後)
蒲原城の戦いにおいて、彼の次男と三男は共に武田家との戦闘で討ち死にする。
(長男は夭折)
戦国の習いとはいえ、彼にとって信玄は、子供2人の仇になる。
次回は、間話
「人魚注意報!」




