魔弾の射手! ~Kapitel 3~
しばらく一緒に飲んだ後、ほえもんさんは帰っていった。
解決法は見つからなかったが、ほえもんさんと話していたら、
御流後23への恐怖がいつの間にか無くなっていた。
向こうも、同じ土俵の上のプレイヤなのだ。恐れる理由なんて無い。
それに気が付けただけでも、ほえもんさんと和尚と飲んだ時間は貴重だった。
こういうときは、もんぶらんの改良でもしながら、考えを纏めよう。
気を取り直して、工芸所へ向かう。
工芸所では、モブ工員さんたちが一生懸命もんぶらんを生産し、
ひとつひとつ丁寧に、木の箱に詰めていた。
もんぶらんの第三世代目から高級感を出すために小さな木箱に入れて出荷している。
型崩れしにくくなるし、持ち運びしやすい。
木箱には墨痕鮮やかに「さくまめいぶつ もんぶらん」と書かれている。
「みんな、頑張ってるな」
「あ……お館さま こんにちわ」「お、おはようございます」
皆の顔色が優れない。怯えたような目で、こちらを伺っている。
「ん?どうした?」
「また、大量発注 ですか?」
工場長が恐る恐る尋ねてくる。こないだ波野に頼まれた30個追加注文の時か。
あのときは、深夜残業させちゃったからなぁ。
「いやいや、それはない。あの時は済まなかったな」
「それを聞いて安心しました。
あのときは、木箱まで足りなくなって大変だったですからね」
そうだった。
あのときは、作り置きしていた木箱が無くなり、急いで作り足す羽目になった。
最後は、面倒くさくなったので知り合いなのを良いことに、箱に何も書かずに出荷したっけ。
もんぶらんの箱。
何の変哲もない、木でできた小さな箱。
なんか、最近、どっかでこの箱見たような記憶があるな……
わかった!!あの、多聞矢倉だ。
しかし、何故これが、合戦中の矢倉に何個もあったのだろう?
俺の頭の中がフル回転を始める。
そして、一つの仮説を立てる。そこから「俺らしい方法」が見つかった。
ここからは、俺のステージだ!
まってろよ、御流後23、俺のやり方でぶっ倒してやるぜ!
■
俺は3度目の攻城戦に参加していた。
「御流後23」が出てくれる事を祈りながら。
今回の城は、大手門側には良い感じの矢倉が無い。
俺は、絡め手側の門に来ていた。
合戦開始から既に30分。
大手門側は激戦だが、絡め手側は矢倉からの正確無比な射撃により、
近づくプレイヤが皆殺しにされ手詰まりになっていた。
大半のプレイヤはここを諦めて、大手門側に行ってしまった。
此処での戦闘が停止している間に、俺はコール画面を開く。
相手が自分をブラックリストに入れていない限り、キャラ名さえわかれば会ったことの無い相手にでもコールすることができる。
波野から教わった「鷹目理沙」という名前にコールする。
なかなか出ない。だが、そのままコールし続ける。
10回目にして、反応があった。
「もんぶらんの人よね?波野さんから聞いてる。ごめんなさい。
今、合戦中で手が離せない。後でかけなおすから、それでいい?」
「いや、ちょっとだけでいいから、今、話したいんだ」
ゆっくりと、両手を上げたまま、矢倉から見える位置まで出ていく。
右手は電話を意味するように、受話器を形どって、耳に当てておく。
「へぇ、命乞い?」
「いいや、交渉」
「興味無いな。撃っていい?」
何だ、このトリガーハッピー女。あわてて俺は本題にうつる。
「もんぶらんの新作を作ったんだ。
今度のは、生クリームを使って、ふわふわの雪をアレンジした。
さらにイチゴをたっぷりトッピングした、限定生産のスペシャルなやつだ」
少しの間、沈黙が流れる。コールを切らないでくれよ。
「イ、イチゴともんぶらんが合うわけないじゃない。バカなの?」
ふっ、かかった!
新しいもんぶらんの研究のため。
そういう名目で、俺は波野から「追加注文の娘」の情報をできるだけ引き出した。
彼女は、リアル射撃選手。
βテスト時代に「御流後23」とノリで名前をつけたものの、
さすがに恥ずかしくなり、昔好きだった漫画キャラを参考にした名前に変えたそうだ。
中身は、合戦の最中でも、もんぶらんを何個も食べる大食い甘党女。
交渉の材料には、好みのスイーツを用意するのがベストだろう。
どういった味付けが好きか、どういう色合いを好むか、トッピングは何がお気に入りか、
そして、鷹目はイチゴ好き という結論に達した。
その時に「鷹目理沙」という名前も聞きだし、コールすることを予め波野から伝えてもらったのだ。
これぞ「ソーシャル・エンジニアリング」の計!
犯罪と言うなかれ、戦争はどんな手段でも許されるのだよ。
「本当に、そう言えるか?どうせ食べたことは無いだろ?
今までのもんぶらんが失敗作に思えるほど、美味かったぞ」
ごくり と、コールの先から生唾を飲み込む音がする。
「イチゴの甘酸っぱさと、ふわふわのクリーム。
栗の甘みがイチゴの甘酸っぱさを包んで、口の中でとろけるぞ。
限られた数しか作らない、限定生産にするつもりだ。それを10個やる」
「代わりに見逃せ と?」
「いや、撤退してくれ」
「…出来ない、相談ね」
多少の逡巡の後、半ば冷静な声で彼女が答える。
「10個は手付さ。さらに毎週5個、あんたの領地に送っておこう」
再度、コールの先から生唾を飲み込む音がする。
だが、奥歯を噛みしめるような音の後。
「ダメね。私はそんなに安くないわ。その倍は持ってきなさい!」
吐き捨てるように、鷹目から俺が待っていた言葉が紡ぎだされた。
「わかった。倍だな?手付20個に毎週10個。商談成立だ」
コールの先から、鷹目の、ほわわ~という夢見るような息遣いが聞こえた。
「しょうがないわね!今回のところは引いてあげる。全員、撤退!」
悔しさ1割、嬉しさ9割くらいの配分の声で、鷹目は配下に撤退命令を下した。
矢倉から、徐々に人の気配が消えていくのがわかる。
「約束は守ってもらうからね!」
コールは一方的に切られた。
けけけ、食料系のアイテムなんざ、一部の素材以外は材料が安いんだ。
レシピを作るところまでは面倒だが、いったんレシピが完成してしまえば、
10個だろうが20個だろうが、問題ではない。
モブ工員さんは徹夜になりそうだが。
俺は連れてきた配下武将と兵士に号令する。
「よーし、向こうさんは撤退したぞ。全員警戒しつつ前進!」
こうして俺は戦国時代の伝統「調略」により、敵側の武将を撤退させ、
この合戦での勝利に一役買うことになったのだった。




