北陸の嵐
一方、その頃。
深志城では、ぽえるが頭を抱えながらうなっていた。
手元には越後のMAPを広げ、点在する城や砦には、几帳面な字でメモが書かれている。
そこに、彼女の配下の、忍び頭領が音も無く現れた。
「お頭、春日山城の普請図が手に入りました」
「そこに置いといて。次は、こことここの砦の間に、間道が無いか調べて」
「ははっ」
黒ずくめの男がその場から消える。
先日来、彼女はログインしてからずっとこの繰り返しだ。
「春日山城を落とせ なんて、佐久間さん超無茶ぶり…」
ため息をつきながら、MAPを見つめる。
越後には間道が毛細血管のように広がっているが、要所要所で砦が塞いでおり、
急襲することは難しい。
「う~ん、調略を組み合わせれば、なんとかなるかなぁ」
彼女は、この連合の中で「軍師」と目されている。
だが、知力極みのスキルがもたらす恩得は、合戦には役に立つものの、
実は、戦略にはあまり役に立たない。
知力系スキルの主力は、アイテムとして入手した書籍を読むことで習得する「兵略」である。。
スキル名称は『孫子』『墨子』等になり、具体的には、策、罠、陣形の3つのコマンドが手に入る。
策には、「駆虎」などともっともらしい名前がついており、
『混乱』『偽報』等の、弱体化スキルの成功率を上昇させたり、喰らった時の防御に役立つ。
罠は、もっと直接的に物理/士気ダメージを与える。
最後の陣形は、配下の兵士に陣形を組ませ、攻撃力や防御力の増加を狙える。
知力が高ければ高いほど、ボーナス効果が上がり、陣形変更にかかる時間が短縮される。
陣形を持たない場合、自動的に「無陣」となるので、知力に割り振っていなくても、
ひとつふたつは兵略を取得して、陣形を取っておくのがゲームの最適解である。
知力極みとなると、兵略の選択によって使える策や罠、陣形は無数にあり、
地形効果と組み合わせて敵を翻弄し、罠に嵌め、大打撃を与える。
このゲーム、何はともあれ、大将を落とされた側が負けなのだ。
だが、今ぽえるが直面しているのは、連合リーダーの気まぐれから始まった、
「大和に会いに行くために、春日山城を落とすぞ!」という戦略目標。
戦術的にいくら優れたスキルを持っていても、戦略には役に立たず、
自分の頭で攻略方法をひねり出す。
そこには、兵の移動や補給路、他国との友好/同盟関係、
さらに、プレイヤーの動向も予測しなければならない。
幸い、この連合は政治極みの御神楽のおかげで、物資は潤沢である。
「だいたい見えてきたかな……。
まずは、西の柴田北征軍と連携しないとね」
MAPの上にメモを書きながら、考え出した戦略を再確認する。
こういった仕事は、いつも彼女が行っている。
貧乏くじと思う時もあるけれど、仮想空間とはいえ、
戦国時代でのトップレベルの戦国大名を相手にしていると考えると、歴女魂がうずく。
「そういえば、佐久間さんと佐野さん、何処に行ったんだろ?
佐久間さんには、友好交渉に行ってもらわなきゃ。
ちょっとでも柴田勝家の好意を上げてもらわなきゃね」
いつも彼らが居る大広間に、珍しく不在だったことを気にしながら、
ログアウト時間が迫ってきた彼女は、掲示板に挨拶だけ残してログアウトした。
■
飛騨と信濃の中間地点。
クエスト用に設置された鄙びた村落の片隅のボロ小屋で、男が4人。
俺と佐野、羽柴秀路。
そして、囲炉裏を挟んだ差し向かいに瓢戸斎と名乗る豪傑が一人。
朱く染め上げられた槍は、よく見ると鉄菱が嵌められ、よほどの武力が無いと持ち上げることも難しそうだ。
小屋の真ん中には囲炉裏があり、燗酒の入った鉄瓶がちろちろと火に炙られている。
屋外はまだ昼過ぎなのに薄暗く、初冬の雪が舞い散っている。
「こっから先に行くと命がねぇぞ って言ってるんだよ。羽柴秀路殿」
男は不適に笑いながらそういうと、酒を自分の杯に注いだ。
「何者だ?お前」
佐野が勢いをつけて飛び出し、抜き打ちで男に刀を突きつける。
だが、瓢戸斎は突きつけられた刀を意にも介さず、にやにや笑いながら秀路を見つめている。
「さっき名乗ったろ?」
そして、ゆったりとした動作で酒を飲み続ける。
「どうして、命が無くなるのか聞かせてもらえないか?」
佐野を押しとどめながら、彼に話しかけてみた。
「冷静だな、さすが一国を預かるだけはある。
北陸はお前が思ってるより荒れている。のこのこ歩いてたら、酷い目に会うぜ?」
「でも、神通川から西は、柴田修理さまが押さえている って聞いてるけど?」
横から、秀路が割って入ってくる。
「確かに、織田家北陸部隊が街道を見張ってる。
だが、動きようはいくらでもあるわな」
「忍者か……」
俺は秀路と顔を見合わせる。
プレイヤはゲーム内では不老不死扱い。
「暗殺」は「一回休み」と同じようなもので、その場からの一時的撤退でしかない。
NPCはプレイヤとは異なり、命は一つきりしかなく、運が悪いと死んでしまう。
とはいうものの、ゲームの中での「暗殺」成功率は非常に低い。
武将が兵士に囲まれていれば、成功率は極端に落ちる。
単独行動をしていたとしても、一騎打ちと同じで、
一撃で死亡までいかせるないと、逃げられてしまう。
「狙われるあてはあるのか?」
「う~ん、うち(羽柴家)の行動範囲は西側が主だから、
北陸筋から狙われる筋合いが無いと思うんだけどなぁ」
猿顔をしかめながら考え込む秀路。
確かに、今の状態だと狙われるのは柴田勝家が筆頭になりそうな気がする。
俺自身も、北陸についての情報を思い出してみる。
■
最近はイベントに事欠かない状況にあった。
摂津でおこなわれた有岡城攻め。
関東地方を舞台にしたプレイヤ連合対周辺大名の包囲網。
「御館の乱」から始まった上杉家の分裂。
四国で長宗我部信親の初陣、九州地方では戸次氏の婿取りが行われた。
どこもかしこも、お祭り騒ぎのような状態で、信濃の戦争はあまり話題にはならなかった。
「確か、上杉の内乱に乗じて、本能寺の変後に奪われた土地を、
織田家北陸侵攻部隊として、柴田勝家が取り返しに行ってたんだよな」
「ま、そんなとこさな。人の喪中に攻め込むなんざ褒められたもんでもねぇが、
それは向こうさんも同じだからな」
瓢戸斎は杯の酒を一気に干す。
柴田勝家は、能登(石川県)を攻略し、越中(富山県)に侵攻している。
越中西側を睨む放生津城が開城し、南側の押さえの増山城も攻囲中となれば、
誇張はあるとしても「神通川から西を掌握」と豪語するのもやぶさかではない。
「今更、開城の使者を暗殺しても良い事は無いんじゃないか?」
佐野が刀を納めて、胡坐をかく。
「開城の手続きがキャンセルされて、また戦場になるだけなんだし」
武力極みの佐野に刀を突きつけられても、微動だにしない瓢戸斎は重要人物に見える。
怒らせるのは得策ではない。
この友人は物分りが良くて助かる。
佐野が言うのは最もであって、開城がキャンセルされたところで、
また戦闘が行われるだけだ。
「まさか、時間稼ぎに使われただけかな?」
「それは無いな。
時間稼ぎでどうこうなるような腑抜けた戦を槍の又左がするもんかよ。
どれほどの兵を入れたところで、次の朝日を拝めるものか」
彼は空っぽになった鉄瓶を振りながら、名頃押しそうに最後の一滴までを自分の杯に注ぐ。
「見てきたように言うね」
「見てきたからな」
そういって、瓢戸斎は自分の槍を指差す。
朱色に塗られた殊勲の槍は、心なしかいくつもの刀傷がついているように見える。
「ま、勝ちの見えた戦に興味は無いから、こんなとこに居るのさ」
そういうと、干した杯を懐にしまった。
「じゃ、誰が動いてるんだ??」
俺が、顔を仲間の方に戻すと、
佐野が腕組みをしながら、首を傾ける。
「あちらさんじゃないんなら、こっち側っすね」
秀路が鼻を擦りながら言う。
「なぁ、開城が気に入らない奴が織田方にいるのか?」
我々3人が瓢戸斎の方を振り向くと、彼はもう身支度を整え、小屋から出るところだった。
開け放たれた扉から、寒気と雪が小屋の中に忍び込む。
「おいおい、ここから先は、自分たちで考えな」
瓢戸斎は、にやりと笑うと、外に出て行った。
「おい、ちょっと待ってくれ。
大枚払うから道案内を頼まれて……」
俺は慌てて立ち上がり、彼を追って、小屋の外に飛び出す。
外はまだ昼過ぎなのに薄暗く、雪がはらはらと降っている。
だが、小屋の灯りの届く範囲には、既に人影は無かった。
雪の上の足跡すら無い。
■
十分暖まってから小屋を出ると、寒気が体を突き刺してくる。
だが、味方に襲われる可能性を示唆された上に、時間制限まであるのだから、
あまりのんびりはしていられない。
「次は、城下町まで一気に行くぞ」
「おう」「ういっす」
飛騨高山までは、リアルの15分程度。
奔らせればもっと早く着くかもしれないが、雪道では乗馬スキルが無いと危険
との佐野の助言で、普通の速度で進んでいた。
人っ子一人いない山の道を、我々3人の馬蹄の音が響く。
「北陸攻めってどんな状況だったんだ?」
秀路に尋ねてみる。
「聞いた話っすけど」
そう前置きをして、秀路が柴田勝家の北陸攻めを教えてくれた。
■
越中の主要な城は、越中中心部、神通川を望む本城富山城。
支城は、富山城の南西に位置し、南からの押さえになる増山城。
そして、北東に魚津城、南東に松倉城があり、西に放生津城がある。
それら支城は、富山城を包みこみ、相互防御するように配置されている。
柴田勝家の越中攻略策戦は、秋口から始まった。
厳冬により、撤退を余儀なくされる前に、速攻で城を確保し、
そこを橋頭堡にすることを目指している。
悪く言えば猪突猛進だが、良く言えば背水の陣とも言える。
彼は、自身が掌握する4か国から兵を総動員し、
自身が率いる本隊、佐々成政が率いる佐々部隊、前田利家の前田部隊の3隊に分割した。
まず、越中第二の城、増山城へ本隊が攻めかかり、西の守りである放生津城へ前田隊を向けた。
最後の佐々隊は富山城からの救援を遮断するための遊兵として、富山城付近に配置された。
兵数にしておよそ5倍の戦力による人海戦術。
対する越中守護の、親上杉方の豪族連合「勝駒」は、
各個籠城して冬を待つと思われた。
だが、大方の予想に反して「勝駒」は富山城から突撃を敢行。
佐々部隊の追撃を振り切り、増山城に増援部隊を入城させた。
増山城は柴田勝家直々に率いる本隊の猛攻をしのぎ切り、
十分な余力をもって今に至る。
一方、富山城から出た増援隊を逃した佐々部隊は、独断で富山城を強襲。
攻城兵器を持たない部隊での強襲は、不意を撃ってこそ意味があるが、
その動きは「勝駒」に読まれていた。
佐々部隊は、プレイヤ傭兵を用意していた「勝駒」と正面からぶつかる事になった。
プレイヤの戦闘能力は一騎当千とまではいかなくとも、100の雑兵をたやすく相手にできる。
ましてや、戦闘できる範囲が限られた籠城では、猛威を発揮する。
佐々成政は、手兵の2割を失い、富山城前から撤退。
放生津城を攻めていた前田部隊と合流したらしい。
そして、前田、佐々の両部隊に重囲された放生津城は開城することになった。
「そういえば、開城って城壁のすぐそばまで敵が来ている状態では出来ないよな?」
佐野が話しかけてくる。
「当然。そんなことがほいほいできたら、城が落ちそうだから第三勢力に開城 なんてことが横行するよ。
何故かはわからないけど、前田利家が陥落寸前の城から部隊を離れさせたんだろうな」
「それが、巡り巡ってうち(羽柴家)に回ってきたらしいんですよね」
秀路がやれやれ という表情をする。
西国専門の羽柴家から見れば、北陸なんて極寒の地に見えるだろう。
「まさか、前田利家がやっかんで暗殺者を放ったとか?」
「それは無いわ~」「無いっすね」
佐野の問いかけに、秀路と俺が即答する。
この世界の前田利家は、義理堅い性格をしていた。
まだまだ知名度も低い俺に、ちゃんと頭を下げられるくらいの度量があった。
「暗殺者を使うような人じゃないし、それに秀吉とはコネが深いから、
秀路を助ける事はあっても、狙う事は無いだろ」
「そうですねぇ。手柄も、誰かにあげちゃうくらいの無欲な人ですし」
「結局、黒幕はわからずじまいかぁ」
佐野が馬上鞭で頭をかく。
そうこうしているうちに、木々の隙間から飛騨の城下町、高山が見えてきた。
高山のそばには、目的地である越中の中心部を流れる神通川の源流のひとつ、宮川が流れている。
現代だと国道41号線が通っているので、車ならあっという間だろうが、
眼前には仮想世界の舗装されていない道が続いている。
高山に来るのは二度目だ。
そういえば、初めて来たときは赤影さんと出会ったっけ。
今は、忍者に追われているっぽいし、飛騨と忍者って何かあるんだろうか。
「走れ!」
ぼーっとしていた俺は、佐野の叫びで我に返った。
はっと後ろを振り向くと、何処に潜んでいたのか、山伏姿の男が弓矢を構えている、
その後ろには、鉄砲を準備しているものも2人ほど、さらに、鉄の棒を構えた男が3人いる。
高山までは、馬であとひと駆けすれば到達できる。
城下町にさえ入れば、エリアが変わり、中は戦闘禁止の安全地帯。
NPCだろうがプレイヤだろうが、戦闘しようものなら治安維持部隊が飛んでくる。
「秀路、先に行け!」
「はい!」
秀路さえ逃がしてしまえば、この場は何とかなる。
プレイヤは、街と街の間を瞬間移動できるので、撤退させられたところで、簡単に追いつける。
佐野が山伏に突っ込んでいく後ろ姿を見ながら、せめて肉盾でもやろうかと思った瞬間。
「うわぁぁあ」
と秀路の叫ぶ声が聞こえた。
振り返ると、投網が馬ごと秀路を捕えている。。
木陰に潜んでいた山伏が2人、網にくるまれた秀路に駆け寄っていく。
『投網』技能は、弱体化されたとはいえ、移動にペナルティを与える。
秀路は必死にもがいているが、暴れる馬の馬上にあることもあって、
刀をぬくことすらままならない。
駆け寄った山伏たちも暴れる馬に手が出せずにいるが、
山伏の一人が背負い袋から鉄砲を取り出し、弾込めを始める。
「うりゃぁぁ」
せめて、山伏の気を引くために突進してみる。
とっさに刀を抜こうとして気が付くが、俺が腰に下げているのは、
刃が無いことでいわくつきのクルタナ。
魅力ボーナスこそあるが、武器としては役に立たない。
そのとき、ふとひらめいた。
(轢いちゃえ)
俺は乗った馬ごと、鉄砲を構えた山伏に体当たりをかける。
鉄砲を構えた山伏が慌てて俺に照準を合わせようとしたときには、
すでに馬は山伏の眼前に居た。
甲高い爆発音を残して、銃弾は明後日の方向に飛んでいく。
騎乗に関する技能も無しに無茶をやった報いか、俺は地面に放り出され、
重傷を負ってしまう。
視界が赤く染まり、システムメッセージが周りを回る。
「なんか、最近こんなのばっかりだなぁ。痛たた」
頭をさすりながら辺りを見回すと、山伏は二人とも地面に這いつくばっていた。
それなりに怪我を負ったのか、腰をさすりながら立とうとしている。
問題の鉄砲は、何処かに弾け飛んだのか、山伏の手の中には無い。
秀路の方を見ると、
なんとか網から抜け出せたのか、高山の門に向かって走り去っていく姿が見えた。
山伏の一人が衝撃をこらえながら、なんとか起き上がる。
「ふん、覚えて居ろ」
山伏が指笛を鳴らすと、他の山伏たちも四方へ散っていった。
高山の方を見ると、門の中に滑り込んだ秀路が、
こちらに手を振っているのが見えた。




