火種を抱えて
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信濃から、西に向かって山を越えると、飛騨に入る。
VR法で決められている事項のひとつには「苦痛の制限」があり、
ゲームがプレイヤに与えられる苦痛は制限されている。
そのため、体感温度は初冬程度。
我慢できないものではない。
だが、ステータス画面では「寒冷」のバッドステータスがついていた。
このバッドステータスは、行動のスタミナ減少が増える。
さらに、このまま戸外にいると、一定時間ごとに効果が蓄積していき、
「凍傷」に至って怪我扱いになる。
対策は、家屋の中でゆっくりと休むこと。
魔法がある世界ではないし、薬でのお手軽回復もできない。
MAPを呼び出して周囲を確認すると、飛騨の城下町である高山は、
まだ距離がある。
だが、クエスト用の村落がもう少し先にあった。
スキルでスタミナを強化している俺はまだ余裕があるが、
振り返って羽柴秀路くんを見ると、唇が紫に変色しており、
そろそろ休憩を取らないとマズそうだ。
「おーい、佐野、この先に村があるみたいだから、少し休憩しないか?」
彼は少し怪訝そうな顔をしてから、秀路の顔色に気が付いた。
「そうだな。ちょっと休めそうなところを探してくる。
後からゆっくり来てくれ」
そう言って、佐野は馬を操り、駆け出して行った。
佐野は、馬術スキルも持っているので、こういうときは頼りになる。
「大丈夫か?秀路殿」
「はぁ、はぁ、まだ大丈夫っす」
彼は、寒そうに手をこすりながら、馬にしがみついている。
そもそも猿顔であるので、犬に乗る猿のような印象がしないでもない。
「もう少し行ったら村があるから、そこで一休みしようや」
「はい、わかりました」
「しかし、この冬になろうという時期に、北陸に行くのも大変だな」
「いやぁ、それを言うなら北陸でいくさやってるわけですし、
武士は我慢してナンボですわ」
そういいながら、指でカネをあらわす輪を作るあたり、
商業都市で揉まれてきた羽柴一族の顔が見え隠れする。
「北陸で戦してるのなら、俺たちだけで行くのは危なくないか?」
「だいじょぶっすよ。
柴田勝家さまが越中の西側を落としたから、織田家の勢力範囲ですわ」
「ふぅむ。でも、親父さんが直接行ったほうが良かったんじゃないか?」
そう問いかけると、秀路は真面目な顔をして話し出す。
「親父は、摂津の戦後処理で走り回ってますからねぇ。
ここだけの話、織田家に人質になっている吉川元春殿を
解放しようとしているみたいですわ」
摂津の有岡城は、先日、ついに落城した。
レイドコンテンツとして、プレイヤが敵味方入りまじって戦う大戦場。
荒木村重が金銭の限りを尽くして改造したせいもあり、
大阪冬の陣のごとき様相を示していたが、
毛利家の参戦によって、落城となった。
結果、一番手柄は毛利家、二番手柄を秀吉が持って行った。
お市さまは、一番手柄には摂津国を与える と約束していたが、
毛利家では摂津一国の代わりに、人質となっている吉川元春の帰還に動いているそうな。
そして、秀吉もその後押しをしている ということが秀路の言葉から伺えた。
「というのは、表向きで」
真面目な顔から一転し、にやりと笑った猿顔に戻る。
「最近、新しくできたコレの所に入り浸ってるみたいですわ」
そういって小指を立てる。
戦国時代は、十代でもう大人扱いではあったが、親の浮気で子供が苦労するのは大変そうだ。
そんな話をしながら馬を進めていると、道の先に村落が見えてきた。
藁葺きの家が連なっているが、城や砦のような建物は視界に見えない。
村落の入口で、佐野が手を振っているのが見えた。
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このゲームにおける村落は、クエスト専用の区域である。
いちおうはその国の支配者に従ってはいるが、城下町と違って開発することはできず、税収もなく、募兵コマンドも出来ない。
佐野が話をしてくれていたようで、村はずれにある小屋に案内してくれた。
そこがゲームでいうところの、「旅人の宿屋」であった。
ゲームというのは気楽なもので、屋内で少し休めば「寒冷」のバッドステータスはすぐ消える。
減ったスタミナも、食事と休憩で回復できる。
「旅人の宿屋」は、そういった事をおこなうための、いわば避難所である。
他にも、怪我を治療する場合に多少のボーナスがついたり、ランダムで居合わせる旅商人からレアアイテムを購入できたりする。
かつて、βテスト開始直後には、価格設定を間違えたアイテムが売られており、
旅商人の後をつけまわして大金持ちになるプレイヤが続出したそうだ。
その経験からか、今の旅商人は他人に売買できないアイテムしか売られていない。
小屋は隙間風が通るボロ小屋であるが、屋内であるので関係ない。
ゾーン変更時の浮遊感を感じながら小屋の中に入ると、
一人の男が暖炉の火にあたりながら、アタリメを食べながら酒を飲んでいた。
暖炉にかかる鉄瓶からは、燗酒の湯気が立ち上る。
男は浅黒く日焼けした顔で年齢がわかりにくいが、全身が筋肉に覆われているのが冬着の上からでも見て取れる。
こちらにきがつくと、ニカッと楽しげに笑った。
服装は派手な赤や緑に色分けされた、孔雀のような派手な色味の服を、爽やかに着こなしている。
彼のそばの小屋の壁には、朱色の槍と大太刀と打刀が立て掛けられている。
刀の拵えは黄金色に光っているが、派手さの中にも使い込まれた、燻したような色みがあり、相当に使い込んでいることがわかる。
男はPCでは無いので、AIが動かす史実武将か架空武将か、いずれにせよ
高い能力がありそうだ。
「外は寒かったろ。まずは一杯やってけ」
男は、人懐こそうな笑顔を見せると、青竹でできた湯飲みを取り出して、鉄瓶から柄杓で熱燗を注ぎいれた。
湯飲みからは、真白い湯気が立ち上り、おもわず喉が鳴る。
「遠慮せずに飲んでいけ」
男は、そういって、青竹の湯飲みを俺たちに渡してくれた。
湯飲みは竹を無造作に切り取ったもので、酒と竹の香りが入りまじり、鼻腔をくすぐる。
「ありがとう」
礼を言って湯飲みを受け取り、口をつけるとすっきりとした味わいの酒が流れ込んできた。
親父が日本酒に詳しいので、時折相伴に預かるが、
この酒はかなりの上質なものだと思われる。
「ふ~っ」
VRの疑似体験ではあるが、身の内から暖まるような快感が突き抜ける。
「酔いが回らぬよう、ゆっくりと噛みしめるように飲めよ」
男は笑いながら俺たちの様子を眺める。
その様子は、老人のようでもあり若者のようでもあり、年齢がわかりにくい。
「これ、美味いねぇ」
秀路の顔に赤みが戻り、生気を取り戻したことが見て取れる。
佐野に至ってはおかわりまでしている。
「おう、越中の地酒だぜ?美味いだろう」
越中は俺たちの目的地と同じ。
現代の富山県。個人的に思いつくのは、マスの寿司。
酸味の利いた素朴な味がたまらない。
「おっちゃん、越中の人?」
さりげなくお代わりを頼みながら、佐野が彼に尋ねる。
「いや、尾張の出だ。だが、酒は越中に限るな」
男はそういいながら、佐野のお代わりを渡してから手酌で自分の竹杯に注ぐ。
そして、杯を一息に飲み干した後、
「拙者、瓢戸斎と申す」
そういって、おどけて口を突出し、ひょっとこのマネをする。
ふりつけも堂にいったもので、思わず笑いがこぼれる
「似てますわ~ハハハ」
笑いが収まったところで、男が問いかけてくる。
「あんたら越中へ行くのか?」
「そうだよ」
「やめとけ、やめとけ。この寒い中、行ってもろくな事はねぇぞ~」
男がおどけて手を振る。
「そうさなぁ、摂津の新しい都見物でもしてた方がええぞ」
「ま、そういうわけにもいかないんすよ」
火と酒で暖まって、顔色が戻った秀路が返す。
「こっから先に行くと命がねぇぞ って言ってるんだよ。羽柴秀路殿」
ひさびさの投稿です。
さぁて、年度末が明ければ楽になる




