狙う者、巻き込まれる者
■ ■富山城
城の周囲では、無数の兵が取り囲み、焚き火で暖を取っている。
ゲームでなくリアルであれば、周囲の山々は禿山と化していただろう。
包囲側の本陣では、佐々成政の四ツ目の旗が雪風に翻る。
まだ積もるほどではないものの、風にまう雪が兵士たちの士気を下げる。
陣地の見回りに出ていた佐々成政は、その様子を見ながら苛立っていた。
彼の上司、柴田勝家は織田家の宿老にして、越前、加賀、飛騨の3か国の太守である。
後の「前田家加賀100万石」とほぼ同じ領域を領し、石高も90万石を超える。
お市さまの「北陸総取り」命令で、上杉家の「お館の乱」に乗じて上杉領に攻め込んだ。
混乱に乗じた侵攻は序盤こそ順調にすすみ、本能寺後の混乱で奪われた、能登を再確保。
七星城を取り返した。
勢いに乗じて攻め込んだ越中でその進みがとまった。
越中は現代でいう富山県。
神通川が中心部を通り、漁港による海産物で有名。
石高は信濃と同じ40万石であるが、それとは別に、海からの実入りが大きい。
中心部にある富山城を本城とし、松倉城、放生津城、増山城が三方から守護している。
かつて、一揆で戦闘経験を積んだ農民によるゲリラ戦で、柴田勢は手を焼いている。
業を煮やした勝家は、冬が来る前に片をつけるため、
部隊を2つに分け、自分は本隊を率いて南の増山城に向かい、
半数を放生津城へ向かわせるとみせかけ、富山城を急襲する策に出た。
それを察した富山城側は、大々的に傭兵を急募。
統一された旗印は無く、思い思いの装いをこらした数百人の豪族たちが、
あるものは手兵を引き連れ、ある者は身一つで富山城の防衛に名乗りを上げ、防衛に立ち上がった。
防衛に集った集団は少数精鋭で士気は高く、
急襲部隊を率いた佐々成政の苛立ちの一因であった。
だが、ここまで来て帰るわけにもいかず、やむなく突撃命令を下した。
■ ■富山城 城内
富山城の大広間では、一人の女性が机を前に歩き回っている。
雪のように白い肌に、艶やかな漆黒の髪。
色とりどりの染色が施された晴着を纏い、
眼前の机に並べられたいくつものグラスを手に取り、飲み比べていた。
外からは、戦闘の喧騒が聞こえてくるが、彼女はそれに目もくれない。
しばらくして、喧騒が収まり、大広間に一人の侍が駆け込んできた。
「姉貴!柴田の兵が退いたぞ」
駆け込んできたのは、彼女値目鼻立ちが似通った、赤毛をぼさぼさに立たせた若侍。
「へぇ~」
女性はその報告に興味が無いように、飲み比べの手を止めない。
「忍びの報告だと、農民兵が奴らの糧食を焼いたらしい。姉貴、『煽動』したか?」
「ちょっとお願いしただけよ」
女性は可愛らしく小首を傾げて笑う。
現在、富山城と越中は、上杉景勝と同盟を結んでいるプレイヤ連合『勝駒』の支配下にある。
リーダーは笹倉京姫。外見上は二十半ばの女性プレイヤー。
彼女は、酒造を専門としたプレイヤである。
ゲーム内でデータ化された食品を組み合わせ、古今東西の酒をゲーム内に再現させた、
酒呑みにとって「神」に等しい存在。
彼女に頼めば、相応の代価と引き換えに、どんな酒でも手に入れられる。
いつしか、プレイヤのみならず、NPCも彼女の酒を求めるようになり、一躍有名人となった。
京姫率いる『勝駒』は、本能寺後の越中に現れ、民を瞬く間に纏めあげた。
そして、酒の飲み比べで、上杉に富山城の支配権を認めさせたことにより、
「鯨御前」という呼ぶものもいる。
今回の防衛戦で、彼女が傭兵に提示した報酬は、リアルではお目にかかれない銘酒の数々。
「酒好きに悪人は居ない」のたとえ通り、傭兵たちは銘酒のために全力で柴田勢と戦い、勝利した。
戦勝に湧く城下町では、富山湾の幸を肴に、報酬の酒を飲み比べる宴会が開かれている。
赤毛の侍が大広間に胡坐をかいて座り込む。
「増山城のほうは副長が居るから問題ねぇな。
問題は放生津だな。前田利家が囲んでるし、引き揚げた佐々成政もそっちに向かった」
「じゃ、放生津城が危ないわねぇ」
そういいつつ、京姫の眼は酒杯から離れない。
「すぐに、傭兵たちに向かってもらうか」
「あんた、私の弟なのに風流が無いね。
酒盛りを邪魔するようなことは無粋よ」
やれやれ というように京姫は首を振る。
「柴田勝家もバカじゃないってことね。
王手飛車取りでもやったつもりかしら」
そういいながら、京姫はグラスを傾けた。
「放生津は放棄するわ。でも、柴田には取らせない。
もっと、楽しいことのために使いましょ」
■深志城
その日、俺がゲームにログインすると、佐野から重大発表があった。
「あ~、うちに人質にきてた真田幸村くんのことなんだが」
真田家は、うちの従属下にあるため、人質を要求したら、あの有名な真田幸村(信繁)くんが来た。
壮絶なドラフト大会の結果、佐野が獲得した、期待の新星。
「真田丸の事話したら、是非乗りたいって言うから、操船習得のために武者修行に行かせちゃった」
広間が一瞬沈黙する。
「おい、ちょっと待て!大事な人質だぞ?手元に置かないでどうする!」
「そうですよ!」
横からぽえるも突っ込みに参加する。
「彼は水軍特性高く無いんですから、無駄なスキル取ってどうすんですか」
「いや、水軍系の特性Aあるみたいだせ?真田丸の船長にどうかなと」
「なら認めます」
データ厨のぽえるがあっさり折れたことで、幸村の件はうやむやとなった。
すでに雪がちらほらと振り始め、そろそろ行軍ペナルティが発生し始める季節になった。
こうなると、部隊を動かして何かをすることもできない。
やることも無いので、久々にオープンフィールドを満喫するべく、佐野と馬を奔らせていた。
信濃で起きるクエストの報酬や採取できるアイテムには、薬草系アイテムが多い。
薬草アイテムを病院に持っていけば、このゲームでは貴重な回復薬になる。
久しぶりに、今日はのんびりクエストを進める。
「佐久間~冬の間は、何もしないだろ?金狙いの鉱山探しとかやらね?」
「また、ドラゴン洞窟とか来たらヤダからやらね」
「いや、当たりだろ、ドラゴン洞窟」
このゲーム、地上は戦国時代でシミュレーションだが、
「地下」は運営の趣味人がデザインしたのか、地下迷宮や古代遺跡が存在し、
RPG的な遊び方もできるようになっている。
たわいもない話をしながら、クエストを進めていると、城下町の方から羽柴秀路が馬で駆けつけてきた。
「佐久間殿、佐野殿~」
息せき切らせながら、秀吉譲りのサル顔に神妙な表情を浮かべて馬から飛び降りる。
「お二方に、頼みがあるのです。
自分と一緒に、越中に行ってくださらんじゃろか?」
いきなりな申し出に、俺たちは顔を見合わせる。
「越中?なんでそんなところに」
「いやぁ、放生津城ってとこに行って城を受け取れって、親父から早馬が来たっす」
俺たちが食いついてきた事で、彼の表情が緩む。
懐から手紙を取り出して、見せてくれた。
そこには、見慣れた秀吉の悪筆で、
「ほうしょうづの城を受け取れ」とだけ書かれている。
花押は本物のように見える。
「病身の師匠を連れていくわけにいかないから、
腕の立つ連れが欲しいんだ。報酬ははずむっすよ?」
そういいながら、指をまるくして提示する。
さすがに金銭感覚に優れている。
「これ、期日が結構きついぜ?今すぐ向かわないと」
手紙を見ていた佐野に言われて手紙の片隅をみると、ゲーム内時間で2日程度しか余裕が無い。
今すぐ馬で出発すれば、途中の高山で一泊して、多少の余裕をもって到着できるかな という程度の時間。
「ははっ、『中国大返し』を使えば、あっという間だろ?」
俺はそういって秀路を見る。
『中国大返し』は、移動速度を上昇させる羽柴家専用スキル。
人数や距離に比例して効果が変わるため、3人なら十倍ちかくになるはずだ。
だが、それを聞いた彼はしかめ面で頭をかいた。
「いやぁ、アレ、次に使えるまで、あと半年はかかるんスよねぇ」
「うっ、こないだ使ったからか」
ゲームであるせいで、強力なスキルであるほど、再使用時間を長くしてバランスを取っている。
移動強化系で最強ともいえる『中国大返し』を、先日の戦で使わせてしまった。
「あ~、そういえばそうだっけ。俺らは借りがあるし、いいぜ、付き合うよ」
佐野が快諾する。俺も、我々の為に助力してくれた彼を助けるのに異存は無い。
リアル日本と違って、ゲーム世界の日本は小さい。
安全な織田家領域を伝う形だと、飛騨廻りになる。
こうして、冬の山道踏破という、謎のクエストに突入した。
■ ■放生津城付近
放生津城は、殺気立った柴田軍に包囲されていた。
城の城門は破壊され、門柱すら跡形もない。
城を取り囲む土壁は何か所も崩れた場所があり、この城の防衛力がほぼ無くなっていることが見て取れる。
城内の兵は少なく、士気も低い。
だが、取り囲む攻城兵たちは城に攻め込むことができず、血走った目で城を見つめている。
包囲陣の中で、一人の武将が酒を飲みながら詩を捻っていた。
「う~ん、良い句が浮かばぬなぁ。城下町に繰り出してみるか」
城が落ちていない以上、城下町も敵勢力下にあるので、軍規で城下町に赴くことは許されていない。
武将は思い立った途端、跳ね上がるように立ち上がり、馬に跨って陣を抜け出した。
陣の門を出ようとしたとき、声がかけられた。
「おい、何処へ行く」
武将が振り返ると、この陣地の責任者である、前田利家がしかめ面で腕組みをしている。
「叔父貴、どうせ戦はないじゃろ。風の向くまま気の向くまま」
「ならば、飛騨へ行け。猿顔の少年がこっちへ向かってるはずだ」
「ふ~ん」
武将の叔父が語る「猿顔の少年」に相当する人物は一人しかいない。
武道のみならず、知略に優れ、連歌にも造詣の深い彼には、すぐに思い当たった。
「思惑は?」
「ここに来てほしくないな。来れば、血を見ることになりかねん」
前田利家は、城の本丸を見つめる。
少し前まで、必死に攻め込んでいた場所だ。
だが、今は攻め込むことができない。
前田利家が視線を戻したとき、彼の甥の姿はもう無かった。




