表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/125

狙う者、巻き込まれる者

■ ■富山城


城の周囲では、無数の兵が取り囲み、焚き火で暖を取っている。

ゲームでなくリアルであれば、周囲の山々は禿山と化していただろう。


包囲側の本陣では、佐々成政の四ツ目の旗が雪風に翻る。

まだ積もるほどではないものの、風にまう雪が兵士たちの士気を下げる。

陣地の見回りに出ていた佐々成政は、その様子を見ながら苛立っていた。



彼の上司、柴田勝家は織田家の宿老にして、越前、加賀、飛騨の3か国の太守である。

後の「前田家加賀100万石」とほぼ同じ領域を領し、石高も90万石を超える。

お市さまの「北陸総取り」命令で、上杉家の「お館の乱」に乗じて上杉領に攻め込んだ。


混乱に乗じた侵攻は序盤こそ順調にすすみ、本能寺後の混乱で奪われた、能登を再確保。

七星城を取り返した。

勢いに乗じて攻め込んだ越中でその進みがとまった。


越中は現代でいう富山県。

神通川が中心部を通り、漁港による海産物で有名。

石高は信濃と同じ40万石であるが、それとは別に、海からの実入りが大きい。

中心部にある富山城を本城とし、松倉城、放生津城、増山城が三方から守護している。

かつて、一揆で戦闘経験を積んだ農民によるゲリラ戦で、柴田勢は手を焼いている。



業を煮やした勝家は、冬が来る前に片をつけるため、

部隊を2つに分け、自分は本隊を率いて南の増山城に向かい、

半数を放生津城へ向かわせるとみせかけ、富山城を急襲する策に出た。


それを察した富山城側は、大々的に傭兵を急募。

統一された旗印は無く、思い思いの装いをこらした数百人の豪族プレイヤたちが、

あるものは手兵を引き連れ、ある者は身一つで富山城の防衛に名乗りを上げ、防衛に立ち上がった。


防衛に集った集団は少数精鋭で士気は高く、

急襲部隊を率いた佐々成政の苛立ちの一因であった。

だが、ここまで来て帰るわけにもいかず、やむなく突撃命令を下した。




■ ■富山城 城内


富山城の大広間では、一人の女性が机を前に歩き回っている。

雪のように白い肌に、艶やかな漆黒の髪。

色とりどりの染色が施された晴着を纏い、

眼前の机に並べられたいくつものグラスを手に取り、飲み比べていた。

外からは、戦闘の喧騒が聞こえてくるが、彼女はそれに目もくれない。


しばらくして、喧騒が収まり、大広間に一人の侍が駆け込んできた。

「姉貴!柴田の兵が退いたぞ」

駆け込んできたのは、彼女値目鼻立ちが似通った、赤毛をぼさぼさに立たせた若侍。

「へぇ~」

女性はその報告に興味が無いように、飲み比べの手を止めない。


「忍びの報告だと、農民兵が奴らの糧食を焼いたらしい。姉貴、『煽動』したか?」

「ちょっとお願いしただけよ」

女性は可愛らしく小首を傾げて笑う。




現在、富山城と越中は、上杉景勝と同盟を結んでいるプレイヤ連合『勝駒』の支配下にある。

リーダーは笹倉京姫。外見上は二十半ばの女性プレイヤー。


彼女は、酒造を専門としたプレイヤである。

ゲーム内でデータ化された食品を組み合わせ、古今東西の酒をゲーム内に再現させた、

酒呑みにとって「神」に等しい存在。

彼女に頼めば、相応の代価と引き換えに、どんな酒でも手に入れられる。


いつしか、プレイヤのみならず、NPCも彼女の酒を求めるようになり、一躍有名人となった。

京姫率いる『勝駒』は、本能寺後の越中に現れ、民を瞬く間に纏めあげた。

そして、酒の飲み比べで、上杉に富山城の支配権を認めさせたことにより、

「鯨御前」という呼ぶものもいる。


今回の防衛戦で、彼女が傭兵に提示した報酬は、リアルではお目にかかれない銘酒の数々。

「酒好きに悪人は居ない」のたとえ通り、傭兵たちは銘酒のために全力で柴田勢と戦い、勝利した。

戦勝に湧く城下町では、富山湾の幸を肴に、報酬の酒を飲み比べる宴会が開かれている。



赤毛の侍が大広間に胡坐をかいて座り込む。

「増山城のほうは副長が居るから問題ねぇな。

問題は放生津だな。前田利家が囲んでるし、引き揚げた佐々成政もそっちに向かった」

「じゃ、放生津城が危ないわねぇ」

そういいつつ、京姫の眼は酒杯から離れない。

「すぐに、傭兵たちに向かってもらうか」

「あんた、私の弟なのに風流が無いね。

酒盛りを邪魔するようなことは無粋よ」

やれやれ というように京姫は首を振る。


「柴田勝家もバカじゃないってことね。

王手飛車取りでもやったつもりかしら」

そういいながら、京姫はグラスを傾けた。

「放生津は放棄するわ。でも、柴田には取らせない。

もっと、楽しいことのために使いましょ」



■深志城

その日、俺がゲームにログインすると、佐野から重大発表があった。


「あ~、うちに人質にきてた真田幸村くんのことなんだが」

真田家は、うちの従属下にあるため、人質を要求したら、あの有名な真田幸村(信繁)くんが来た。

壮絶なドラフト大会の結果、佐野が獲得した、期待の新星。

「真田丸の事話したら、是非乗りたいって言うから、操船習得のために武者修行に行かせちゃった」



広間が一瞬沈黙する。

「おい、ちょっと待て!大事な人質だぞ?手元に置かないでどうする!」

「そうですよ!」

横からぽえるも突っ込みに参加する。

「彼は水軍特性高く無いんですから、無駄なスキル取ってどうすんですか」

「いや、水軍系の特性Aあるみたいだせ?真田丸の船長にどうかなと」

「なら認めます」

データ厨のぽえるがあっさり折れたことで、幸村の件はうやむやとなった。



すでに雪がちらほらと振り始め、そろそろ行軍ペナルティが発生し始める季節になった。

こうなると、部隊を動かして何かをすることもできない。

やることも無いので、久々にオープンフィールドを満喫するべく、佐野と馬を奔らせていた。

信濃で起きるクエストの報酬や採取できるアイテムには、薬草系アイテムが多い。


薬草アイテムを病院に持っていけば、このゲームでは貴重な回復薬になる。

久しぶりに、今日はのんびりクエストを進める。



「佐久間~冬の間は、何もしないだろ?金狙いの鉱山探しとかやらね?」

「また、ドラゴン洞窟とか来たらヤダからやらね」

「いや、当たりだろ、ドラゴン洞窟」


このゲーム、地上は戦国時代でシミュレーションだが、

「地下」は運営の趣味人がデザインしたのか、地下迷宮や古代遺跡が存在し、

RPG的な遊び方もできるようになっている。



たわいもない話をしながら、クエストを進めていると、城下町の方から羽柴秀路が馬で駆けつけてきた。

「佐久間殿、佐野殿~」

息せき切らせながら、秀吉譲りのサル顔に神妙な表情を浮かべて馬から飛び降りる。


「お二方に、頼みがあるのです。

自分と一緒に、越中に行ってくださらんじゃろか?」

いきなりな申し出に、俺たちは顔を見合わせる。

「越中?なんでそんなところに」

「いやぁ、放生津城ってとこに行って城を受け取れって、親父から早馬が来たっす」


俺たちが食いついてきた事で、彼の表情が緩む。

懐から手紙を取り出して、見せてくれた。


そこには、見慣れた秀吉の悪筆で、

「ほうしょうづの城を受け取れ」とだけ書かれている。

花押は本物のように見える。

「病身の師匠を連れていくわけにいかないから、

腕の立つ連れが欲しいんだ。報酬ははずむっすよ?」

そういいながら、指をまるくして提示する。

さすがに金銭感覚に優れている。


「これ、期日が結構きついぜ?今すぐ向かわないと」

手紙を見ていた佐野に言われて手紙の片隅をみると、ゲーム内時間で2日程度しか余裕が無い。

今すぐ馬で出発すれば、途中の高山で一泊して、多少の余裕をもって到着できるかな という程度の時間。



「ははっ、『中国大返し』を使えば、あっという間だろ?」

俺はそういって秀路を見る。

『中国大返し』は、移動速度を上昇させる羽柴家専用スキル。

人数や距離に比例して効果が変わるため、3人なら十倍ちかくになるはずだ。


だが、それを聞いた彼はしかめ面で頭をかいた。

「いやぁ、アレ、次に使えるまで、あと半年はかかるんスよねぇ」

「うっ、こないだ使ったからか」

ゲームであるせいで、強力なスキルであるほど、再使用時間を長くしてバランスを取っている。

移動強化系で最強ともいえる『中国大返し』を、先日の戦で使わせてしまった。


「あ~、そういえばそうだっけ。俺らは借りがあるし、いいぜ、付き合うよ」

佐野が快諾する。俺も、我々の為に助力してくれた彼を助けるのに異存は無い。

リアル日本と違って、ゲーム世界の日本は小さい。

安全な織田家領域を伝う形だと、飛騨廻りになる。



こうして、冬の山道踏破という、謎のクエストに突入した。





■ ■放生津城付近

放生津城は、殺気立った柴田軍に包囲されていた。

城の城門は破壊され、門柱すら跡形もない。

城を取り囲む土壁は何か所も崩れた場所があり、この城の防衛力がほぼ無くなっていることが見て取れる。

城内の兵は少なく、士気も低い。


だが、取り囲む攻城兵たちは城に攻め込むことができず、血走った目で城を見つめている。


包囲陣の中で、一人の武将が酒を飲みながら詩を捻っていた。

「う~ん、良い句が浮かばぬなぁ。城下町に繰り出してみるか」

城が落ちていない以上、城下町も敵勢力下にあるので、軍規で城下町に赴くことは許されていない。


武将は思い立った途端、跳ね上がるように立ち上がり、馬に跨って陣を抜け出した。

陣の門を出ようとしたとき、声がかけられた。


「おい、何処へ行く」

武将が振り返ると、この陣地の責任者である、前田利家がしかめ面で腕組みをしている。

「叔父貴、どうせ戦はないじゃろ。風の向くまま気の向くまま」

「ならば、飛騨へ行け。猿顔の少年がこっちへ向かってるはずだ」

「ふ~ん」


武将の叔父が語る「猿顔の少年」に相当する人物は一人しかいない。

武道のみならず、知略に優れ、連歌にも造詣の深い彼には、すぐに思い当たった。


「思惑は?」

「ここに来てほしくないな。来れば、血を見ることになりかねん」


前田利家は、城の本丸を見つめる。

少し前まで、必死に攻め込んでいた場所だ。

だが、今は攻め込むことができない。


前田利家が視線を戻したとき、彼の甥の姿はもう無かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ