信濃国攻防戦 7
■ ■ 山県隊
「もう少しだ、もう少しで富士見砦ぞ!」
赤備えの騎馬隊に生気が蘇る。
山県は全ての速度向上系スキルを総動員し、部隊を急行させる。
スキルの効果範囲にある直属部隊以外は、強行軍についてこられずに脱落している。
しかし、山県には、野戦であれば佐久間を一撃で屠る自信がある。
野戦で追いつけなくとも、部隊を富士見砦前面に展開させ、足止めするだけでも意味がある。
その想いが山県を駆けさせていた。
走り続けた彼らの前に、数人の騎馬の一団が見えた。
「追いついたぞ!」
彼らは、物見として警戒していた一団らしく、山県隊の姿を見ると慌てて馬首を返し、走り去っていった。
「追え!逃がすな」
彼らの奔り方から見て、彼らが本隊の元に行く と勘が伝えている。
突撃を始めた山県を追って、旗下の騎兵たちも走り始めた。
騎乗の練度は、山県隊の方が高い。
追われる物見と追う部隊の距離が徐々に詰まっていく。
物見の一団は、突然道を変え、まばらに木の生える林に入っていった。
山県隊も彼らを追って林に入る。
落葉が始まった林は姿を隠すには向かないが、集団が駆け回るには狭すぎ、
弓矢を射掛ける事も出来なくなる。
山県は、ひとつ舌打ちをして陣形を組み替え、縦隊で彼らを追っていく。
だが、物見たちを助けた林も長くは続かず、やがて途切れた。
待ち構えていたように、山県隊の武将が弓矢を射掛けると、2,3人が落馬して消えた。
「残りは捕えよ。敵の目的を吐かせる」
その声に、武将たちは弓を納める。
彼らを追って小高い丘を越えると、眼下には数千もの騎馬部隊が休憩していた。
「よし!追いついた」
先頭の騎将は、後続に聞こえるような大声で叫ぶ。
眼下の部隊も、その声が聞こえたかのように、各人が馬に飛び乗り、戦闘隊形を組み立て始める。
「ここに何があるというのか……」
追いついた山県は首をひねる。
眼下の兵士は、佐久間に属する旗を翻している。
山県の元に入っていた情報では、北の魔女の動きも聞こえてこない。
それが、真田昌幸に操られた誤認識であったことを、山県が知るはずもない。
山県が後続部隊を待つ間に、眼下の騎馬集団はみるみる数を増やしていく。
「こ、こんな所に伏兵を設けるとは」
配下の武将たちが、青ざめた顔で山県の周りに集まってくる。
敵兵の一部が、包囲網を敷き始めたのが見えた。
「怖気るな!、ここが我らの死に場所と心得よ。押し通るっ!」
山県昌景は、ひとつ吠えると10倍の敵に向かって突撃を始めた。
■ 富士見砦
「信濃路の砦を3つとも押さえた という証拠はあるか?」
俺の問いに応え、真田昌幸が兵士に合図をする。
すると、兵士に突き飛ばされて、道服の老人がよろけながら前に出た。
「この方は、白洲砦守将の武田逍遥軒どのだ。
ご覧のとおり、我が虜囚である。
そして、最後の砦は、山県不在に付け込み、信之が内より落しておる」
そういうと、戦利品であろう、山県の旗印を一本、地面に放り投げた。
「ふぅむ」
俺が特化している「魅力」は、交渉事を得意とする。
そのスキルの中には、嘘を見破るものもある。
知力で対抗できるとはいえ、彼の発言に嘘は感じない。
第一、ここで嘘をついたところで、配下を走らせればすぐに嘘はばれる。
壮大な時間稼ぎ とも考えたが、逍遥件ほどの大物を捕縛までする必要は無い。
頭の中で計算が走る。
甲府への道を邪魔する3つの砦は、すべてが「大砦」格。
大砦は、支城クラスの防御力に加えて万を超える兵を籠らせることができる。
ここから先には、3つの大砦が立ちはだかっている。
各々に武田の精鋭が籠り、連携して防衛される事を考えれば、力攻めで落とすことは不可能だろう。
籠絡するとしても、かなりの時間がかかる事は間違いない。
3つもの大砦の攻略にかかる歳月と費用を思えば、支城一個との取引は悪くない。
しかし、砥石城は本城である深志城に近すぎる。
逡巡している俺の横から、三毛村さんが助け舟を出してくれた。
「砥石城でなく、他の支城ではどうかぁ?」
しかし、真田昌幸は、首を振る。
「真田の本領である、砥石と小県以外では取引にならぬ。
だが、そちらの思いも解らぬではない。
我等真田一族は、属国として佐久間殿に仕えよう。
そこまでが我等のできる譲歩だ」
「属国」「従属」という設定は、ある勢力が他の勢力に臣従している場合を示す。
属国は、盟主国に1割の上納金を修める、勝手に外交を行えない、
盟主国からの指示を尊重する といった義務がある。
織田家と柴田家、羽柴家がこの関係にある。
「もし、この取引が受け入れられないのであれば。
徳川にこの話を持っていく」
「むぅ……」
彼はよほど調べ上げているのか、的確にこちらの痛いところをついてきた。
徳川家の勢力は三河駿河に加え、遠河の一部にまで及ぶ。
その石高は信濃の2倍近い。
それだけの大国であるが、信康事件の行き違いから、俺たちと徳川家の関係は好ましいものでは無い。
(真田昌幸を懐に取り込み、武田家と直接対決するか
徳川に武田家との対決を押し付けるか)
悩んでいる俺を、真田昌幸は値踏みするように見据える。
つまるところ、武田家との対決をするかどうかに、この問題は収束する。
織田信長、毛利元就、上杉謙信らのチート武将が居ないこのステージでは、武田信玄が最強の敵になる。
(勝てるか?秀吉の後ろ盾は無いぞ……)
三毛村さんが考え込んだ俺の顔を見上げる。
「お館さまのしたいようにするといいぞ。
甲斐と上野の2か国しか持っていない武田なんて、10か国の毛利家より弱いし」
「そうだけどさぁ」
軍師らしくない三毛村さんのアドバイスで苦笑が盛れる。
少し、肩の荷が降りた気がした。
中国地方では、俺たちは「挑戦者」として毛利に突っ込んでいた。
上月城奪取、月山富田城の奇襲、そして決戦。
何れも、賭け事のような勝負だった。
その時から比べると、どうも最近、守りに入っていたようだ。
「わかった。その話、飲もう」
俺の言葉に、真田昌幸は満足そうに頷く。
「流石は佐久間信濃守。物分りが良くてありがたい。人質を渡そう」
老人は、縄を持った兵士に肩口を小突かれながらよたよたと歩いてくる。
途中で無様に転んでしまった彼に俺は歩み寄り、自分の名を名乗る。
「自分が、佐久間信濃守です」
「そうか。ワシが……」
老人は、口ごもる小声で名乗りを上げた。
しかし、うつむいているせいか、声が小さくて良く聞こえない。
「もう少し、大きな声で頼む」
俺は、声を聞こうと、彼に近づいていく。
その途端、曲がっていた老人の腰がまっすぐに伸びた。
身体に絡んでいた縄がはらりと地面に落ちる。
俺は、脳天に激しい衝撃を受けた。
ガツンという音が、どこからか聞える。
重傷状態に陥ったことを告げるメッセージが目の前を流れた。
地面に倒れていく視界の中で、老人は黒鉄造りの軍配を握りしめていた。
「ごほっ、ごほっ」
重傷効果により、一時的に身体が動かせなくなる。
「初めて会うな、佐久間とやら。
ワシが武田徳英軒信玄だ。甲府の礼、返したぞ」




