表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/125

信濃国攻防戦 6

■ ■ 山県部隊 本陣

「急報!敵騎馬2000移動中!」

本陣で煙が晴れるのを待っていた山県昌景は、急報を受け取った。

相次いで物見の騎兵が駆け込んでくる。

彼らの報告によると、佐久間部隊の一部が煙の中をひそかに動きだしていた。



「我等の後背に回る気か?」

「いや、こちらを無視して東に向かっているようだが……」

本陣の絵地図には、この盆地の略図が記されている。

その上を、赤いコマが動いていく。

「凄まじく速いな……」

騎馬での戦闘に熟練した山県隊の武将から見ても、その移動速度は尋常ではない。


「どうせ、我らに恐れて逃げ出したのであろうよ」

顔の下半分が髭で覆われた武将が笑いながら腹を叩く。

「己が慢心こそ恐れよ。ここから東には何がある?」

その場の空気を切り裂くように、山県の声が響いた。

髭の武将は、少し考え込んでから答える。

「南に曲がれば、徳川の領土。援軍を求めに行ったか」

「違うな。佐久間は、徳川に援軍を求められるほど友好的な関係ではない」

そういって、他の武将へと視線を向ける。

「それに、援軍であれば2000もの兵は要るまい」

周囲の武将は考え込む。



「奴らの目当ては、富士見砦だ」

山県が紡いだ言葉に、配下武将は疑問があるような表情をする。

「3砦は手薄ではありますが、大砦です。

高い城壁に囲まれ、城にも等しい。寡兵で落せるものでしょうか?」

「そうです。攻略するには、相応の兵力と時間が必要になります。

佐久間の別働隊は袋の鼠と言えましょう。

追撃し、富士見砦の守備兵と連携して撃滅あるのみ」

側近の勇ましい言葉に山県は答えず、眼を閉じて黙考を続ける。


「だが、後背には、佐久間の本隊が居る。

追撃を行えば噛みつかれよう」

「では、本隊から先に叩くべし」

「うむ。その後に追撃を行えばよい。富士見砦が落ちることはあるまい」



武将たちの議論を薄目で見ていた山県が、

いきなり床几から立ち上がり、絵地図を激しく叩いた。

ぱらぱらと絵地図からコマが零れ落ちる。

「すぐに、真田を連れてこい!」

武将たちの喧騒を裂いて、山県の一喝が響いた。


「山県公、真田隊は内部分裂によって壊滅寸前であるゆえ、戦場から遠く離れております。

連れてくるにも時がかかりますが?」

側近の一人が答える。

「まさか、これも佐久間の罠か!!」

配下武将たちが山県の周りに集まる。

「貴様ら、考えても見よ。

真田の兵にどれほどの被害が出たか?

裏切りと見せかけて兵士を温存し、実損害は殆ど無いはずだ」

「た、たしかに……」

「真田信綱め、我等を裏切っておったか。

富士見砦に内応の手はずがあるとしたら、我々の退路は断たれる」

「なるほど」

「砦に残してある兵力は些少。悪い事に、お館様は北征しており甲府は手薄。

佐久間は甲府まで行き着くぞ!」

配下武将たちが、愕然とした表情に変わる。

「たった5人で甲府を燃やした奴が、一軍をもって甲府に至るか」

「甲斐が終わる……」

配下武将たちの顔色が変わる。


「出立の用意をせよ!全軍を持って佐久間を追うぞ。

殿は小山田!佐久間の本隊を喰いとめよ」

「はっ!命に懸けて」

慌ただしくなった本陣を出て、山県は鋭い眼で東の空を見つめる。

「真田の内応を利用し、ここまでの策戦を建てるとは……。

甘く見ていられる相手では無さそうだ」





「ホントに【中国大返し】は速いですね~」

飛ぶように過ぎていく景色を見ながら、ぽえるがきょろきょろしている。

このゲーム内でのプレイヤーは、乗馬の技能を基本能力として持っている。

義経ばりの「鵯越」でもやらないかぎり、落馬はしない。

「急ごう、敵に追いつかれたらしゃれにならん」

「ですね。ところで、佐野さんの方はどうなんですか?」

「アイツ、また補習喰らいやがった。

AIが動かしているから、向うと連絡できないんだよな」

プレイヤの不在時、キャラクタはプレイヤの性格にあわせたAIが適当に動く。

今も不在用AIが軍を率いているだろう。


「近くまで来ていることは確定だ。

うまく行けば、本隊と挟み撃ちができるだろう」


まずは隠密行動をして富士見砦に行く。

ダメもとで、寝返った海野氏に守将と交渉してもらい、

ダメそうなら、作戦を切り替え、派手に囮役をやりながら、北上して佐野と合流する。

敵のかく乱が出来れば、後は地の利はこちらにある。

「よし、富士見砦へいそげ~!」

「おう!」




■ 富士見砦付近

疾走を続けて、小一時間が過ぎた。

リアルであれば、鞍でケツが痛くなってくるだろうが、

ゲームでは多少の不快感だけで済む。


眼前には、富士見砦がそびえる。

甲斐と信濃をつなぐ山間の道に築かれた難攻の大砦。

巨大な丸太をくみ上げた城壁は5mほどの高さがあり、銃眼が開いている。


鋼の板を張り付けて補強された正門は、今はハの字に大きく開け放たれていた。

それだけでも異様なのに、砦の中からは兵の居る気配が感じられない。

城壁の上に目を向けると、武田菱があるはずの最も高い矢倉上には真田六文銭の旗が翻っている。


周囲を見渡してみても、武田菱の旗はかけらも見えない。

戦場から駆けつけてきた身には、このあまりにも平穏で静かな風景が警戒心をあおる。


そんな風景の中、砦の門前では三人の男が我々を待ち構えて居た。


先頭に立っているのは、真田昌幸。

今日は山伏の変装ではなく、のしの利いた狩衣(正装)を纏っている。


鋭い目つきが、こちらを値踏みするように身体を貫く。

残る二人は見覚えが無い。

一人目は、身体に縄をうたれた、腰の曲がった老人。

ゆったりとした道服を身にまとっている。

最後の一人は、その老人の縄尻を持ち目深に兜をかぶった兵士。


「佐久間殿、話がしたい」

声が届く程度の距離に近づくと、真田昌幸が声をかけてきた。

配慮がされているのか、砦からは十分な距離があり、狙撃の危険性は低い。



「罠……ですかね?」

ぽえるが、訝しげな顔をしながら近づいてくる。

「用心にこしたことは無いです。

あと、あのおじいさん、たぶん、白洲砦の武田逍遥軒さんだと思います」

ぽえるに言われて、縄のかかった老人を見てみる。

彼が武田逍遥軒信廉であるなら、初対面である。

そのため、名前は表示されていない。


武田信玄ならスクリーンショットで顔写真が出回っているので、俺も見たことはある。

確かに、その老人は信玄に似ているような気がするが、

どことなく、表情や顔立ちが写真で見た信玄よりもみすぼらしく感じる。


「会った事があるのか?」

「はい。川中島の戦場イベントに参加した時に、彼の下で戦いました。

途中でログアウトしたので、向こうは覚えていないと思いますが…。

やっぱり、信玄さんの影武者だけあって、良く似ていますよね」

「そんな重要人物が捕まっているからには、罠じゃないかもな。ぽえる、後を頼む」

「はい」

護衛に岩斎を引き連れ、話をするために前に出る。


俺たちが十分近づくのを見計らって、真田昌幸が口を開いた。

「佐久間殿、取引をしようではないか」

「取引だと?」

「あぁ」

彼は、自信に溢れた表情で話を切り出す。

「汝の甲斐入りを邪魔する3砦、全てわが手の中にある」

そう言いつつ、昌幸は背後に翻る、六文銭の旗を指差す。

「その3砦と引き換えに、砥石城と小県を我に頂きたい」

晩秋の風の中、昌幸の声が響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ