信濃国攻防戦 5
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遠くから、馬の嘶きが聞こえてくる。
さっきまで戦場だった場所には、煙が幾筋も尾を引いて流れ、視線を阻害している。
馬たちが煙を恐れたせいか、さっきまで戦闘していた山県隊は一旦部隊を退き、視界の中には居ない。
信康を始めとした配下武将たちは、煙で軽くせき込みながら、立て直しの為に陣地を走り回っている。
ひとつため息をついてから額の汗をぬぐって、本陣の幔幕へと入った。
「おかげで助かったぜ」
「なんとか、立て直せましたかな」
そこには、渋柿色の頭巾を被り、杖を握った黒田官兵衛が笑っていた。
隣では付添の、秀吉長男、羽柴秀路が干し柿を焚き火で炙っている。
周囲を包む甘い匂いが、気持ちをリラックスさせてくれる。
ここに来るまでの間にちゃっかり手に入れて来たらしい。
有岡城に幽閉されていた、黒田官兵衛は無事救出された。
最近、目の前の対応に追われていて情報収集が疎かになっていたのだが、
毛利家の電撃的な参戦が行われ、有岡城の三の丸が陥落したそうだ。
土牢から救出された官兵衛は、湯治の為に信濃を訪れ、
戦闘の噂を聞きつけて助けに来てくれた。
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思い返せば、山県隊との開戦から、ほとんど時間はたっていない。
山県配下の精鋭騎兵は、うちの部隊を大きく抉った。
時間稼ぎのための硬陣を敷いており、一撃壊滅は避けられたものの、
予想を大きく超えた山県部隊の猛攻によって、大ダメージを受けた。
山県昌景は、騎馬適性Sのチート武将。
その洗礼は想像していた以上に苛烈だった。
兵数こそわが軍が勝っていたが、山県部隊の速攻に追いつくことができなかった。
その隙を突かれ、本陣近くにまで敵が侵攻される羽目に陥った。
黒田官兵衛の機転によって、山焼きが行われ、煙によって戦場の視界が極端に悪化。
同士討ちを恐れた山県部隊が退き、いっときの小康状態が訪れた。
リアルであれば酷い山火事の危険性があるが、そこはゲーム世界の事。
火計を使用した武将(放火した犯人)の知力に応じた面積を焼き尽くすと、鎮火する仕組みだ。
官兵衛の知力は極めて高いので、かなりの面積を焼いているが、何れ山火事は収まるだろう。
官兵衛たちと情報交換をしていると、三毛村さんと戦陣を見回っていたぽえるが帰ってきた。
「調べた感じだと、損失はおよそ3000です。敵に与えた損失は1000くらいですね」
「完全なワンサイドゲームというわけでも無かったんだな」
「佐久間さんとこの孫一さんが敵将を狙撃できたことが大きいと思います。
あれで、突撃のタイミングを逸した部隊がありましたから」
戦場では、何度も呪われた弾丸の悲鳴のような発射音を聞いた。
あの射撃のお蔭だろう。
「ちゃんと、ボーナス出しておかないとな」
そういいつつ、孫一の方を見ると、いつもは肩で風を切っている彼が、疲れたような顔で握り飯を喰っていた。
狙撃後、彼とその配下の鉄砲隊に敵が集中し、
大激戦の中心となってしまって、弾込めをする間すらなく斬りあって居たからだ。
手にした刀は、ぼろぼろに刃こぼれしている。
「あと、気になる情報があります」
「なんだ?」
ぽえるが三毛村さんの方をちらり と見る。
答えるように、三毛村さんが続きを報告する。
「どうも、山県部隊が距離を取りつつあるようなのだ」
本陣の真ん中に置かれた地図に飛び乗り、山県隊を示す赤いコマを、三毛村さんは、
肉球2つぶんだけ後退させる。
「ふ~ん、不意打ちを警戒したかな」
「そこに留まっていてくれると良いのだ……」
そこへ、横から、ひょい と秀路が顔を出す。
「このまま、諏訪の方に行かれるとマズイね~」
眉間にしわを寄せていた彼は、一点を指差しながら指摘する。
諏訪方面では、友好同盟の『諏訪大社』及び諏訪家が、武田家に付くプレイヤ連合軍と戦っている。
大多数の親武田家プレイヤは、信玄に従って上杉家の跡目争い「御館の乱」に参戦しているので、
参加者数は多くない。
「そうですね。『諏訪大社』さんに連絡して、一度、諏訪城に引き揚げてもらいましょう。
籠城戦に持ち込んで時間を稼げれば、佐野さんと連携して追い払えると思います」
「いえ、それは下策です」
ぽえるの発言に、官兵衛が横から異論を唱えた。
「私が聞いている限り、山県という男は野戦では無類の強さを誇り、引き際も心得ている。
籠城に持ち込まれる気配を感じたら、即座に退却を行うでしょう」
「だが、今の時点では、さほどの戦利は挙げていないと思うぞ?」
「いえ、見方を変えれば、十分に利を得ていますよ。
ここは、彼らにとって敵地です。
そこで戦を有利に進められたというのは兵たちの自信につながります。
さらに、力を持ちつつあった外様の真田排除にも成功している」
みんなの視線が、官兵衛に集まる。
「では、我々は追撃をするべきなのでしょうか?」
ぽえるが、地図に置かれた青い自軍コマを動かし、赤いコマに隣接させる。
「彼らもそれは意識しているでしょう。戦えば、向こうの思う壺です。
他の方法で、こちらが先手をうち、敵を翻弄せねばなりません」
「先手を打つ と言ってもなぁ。こっちの主力は槍兵だぜ?
騎馬隊よりも足が遅い。全員で移動すれば、途中で捕捉されるだろ?」
騎兵の主力は、佐野が引きつれて出征中。ここ居る騎馬は多くない。
「騎馬2000ほどで事は足ります。山県隊を奔走させましょう」
「囮という事か?うまく、引っ掛かるかな」
「ココを狙います」
黒田官兵衛は、地図の一角、真田家が守る富士見砦を指差す。
「なるほど、我らに寝返った海野氏を使者として、乗っ取りを行うのですね」
「はい。いかに山県が強者であっても、大砦を一朝一夕で落す事は出来ないでしょう」
「う~ん、でも2つ問題がある」
俺は腕組みをしてから問いかける。
「なんでしょう?」
「第一に、その交渉が成功するだろうか?」
「必ずしも成功する必要はありません」
官兵衛の言葉に、頭が混乱する。
「あ、なるほど」
ぽえるがぽんと膝を叩く。
「海野さんが真田家の旗を持っていますよね。
交渉の成否にかかわらず、『乗っ取られた!』って、
旗持って偽装した使者を山県隊に向かわせれば
動揺させることができます」
「はい」
官兵衛は、にっこりと笑って、俺に発言を促す。
「あともう一つの問題は何ですか?」
「あと一つは、目の前の山県隊が、騎馬隊を見過ごすかな?
なんか、あっさり追撃を受けて殲滅されそうな気がするんだが」
「佐久間さん、一つだけ方法があるじゃないですか。
山県隊が追いつけないほど速く、行軍する方法が」
ぽえると官兵衛の視線が、秀路の方を向く。
「おう、親父や叔父貴ほどじゃないけど、
2000くらいなら、俺でもやれるぜ」
炙り柿を頬張りながら、まだ幼さの残る表情でVサインを出す。
「まさか、おまえ、アレ使えるのか!?」
「俺だって、れっきとした羽柴家の男子だぜぇ」
むしゃむしゃと頬張りながら、ドヤ顔でふんぞり返る。
「【中国大返し】があるのか……」
【中国大返し】は、羽柴家特有の特殊スキル。
配下兵力の行軍速度を大きく跳ね上げる効果を持つ。
現在、使用が確認されているのは、羽柴秀吉秀長兄弟のみ。
かつて、50キロの道のりを1日少しで駆け抜けた。
「佐久間さん、急ぎましょう。じきに煙幕が無くなります。
煙幕があったほうが、騎馬隊の出撃がしやすくなる!」
ぽえるに促されて、騎馬隊収集の命を出した。




