信濃国攻防戦 2
■
決戦までに集める事が出来た兵士は1万5千。
御神楽の政治系スキル『緊急収集』で、なんとか5千の兵士を集めた。
政治系武将は目立った戦闘スキルこそ無いが、「縁の下の力持ち」的なスキルに優れる。
「御神楽、助かった。長居と留守を頼む」
「承りました」
御神楽を守将として2000ほどを守備兵として残し、戦場の諏訪湖南岸へと急ぐ。
「佐久間さん、ちょっと布陣を確認してもらえますか?」
進軍しながら布陣を確定していたぽえるに請われ、状況を確認していく。
万を超える戦闘になると、右翼、左翼、中央、後衛、遊撃の5陣に分かれて布陣を行う。
それぞれの陣部隊には複数の部隊が配置でき、統括する「大将」が配置される。
「大将」のうちの一人が、要の「総大将」になる。
大将が倒れると彼が掌握する陣の士気が半減し、他陣の士気も10減る。
2部隊潰れると士気が20落ちるので、戦線維持が難しい。
「配置しない」という方法もあるが、「複数の陣に囲まれると包囲効果発動」という包囲ルールもあるので、兵力の一点集中が唯一解ではない。
そこに、駆け引きが生きてくる。
今回は左翼に『諏訪大社』、中央に全軍を配置し、遊撃として佐野部隊という設定にしている。
右翼と後衛は無い。
戦場が狭い盆地なので、右翼は行動が制限され、あまり意味が無いからだ。
敵の布陣は、右翼にプレイヤ連合、中央に山県勢、左翼に真田部隊。
左右の翼を先行させた、鶴翼の陣として侵攻してくる。
「真田部隊をどれだけ早く落とせるかにかかってるよなぁ」
武田側は、信濃から甲斐に至る道筋にある3つの大砦の兵をほとんど投入し、真田部隊は4000、山県部隊は12000。
こちらの手兵は、急ぎかき集めた兵が14000。そして北征途中だった佐野が2万を保持している。
我々のもくろみとしては、真田部隊をうまく誘導して、山県部隊の参戦をできるだけ遅らせる。
左翼部隊と中央部隊を同位置に配置することはできないので、山県部隊が参戦するためには正面の真田部隊を迂回するか、突っ切るかの二択。
「突っ切る」は、代償として双方の部隊が一時的に「混乱」状態に陥る。
敵の眼前で「混乱」したら、知略系武将の『同士討ち』『罠』等の知略スキルの餌食となる。
彼我の知略差に自信が無い限り(例:呂布VS孔明)自滅一直線。
山県部隊が迂回する前に佐野が間に合うかどうかが、今回の山場になる。
間に合えば、兵数差で真田部隊を削った後に、山県部隊の包囲で勝てる。
迂回されたところで、兵数は同等。
防御に専念すれば持ちこたえられるし、佐野が参戦すれば持ち直せる。
「山県部隊が来るまでに、何処まで真田部隊を削れるか が勝負の分け目です。
出し惜しみ無しで行きましょう」
「調略とかで切り崩せないもんかなぁ」
「出来ればありがたいですけど、時間的にいけそうですか?」
「う~ん」
調略をするのであれば、魅力の高い俺自身が行くのが成功率が高い。
しかし、開戦直前に、総大将の俺が敵陣に行くのはリスクが大きい。
運よく捕縛されなかったところで、開戦に間に合わない可能性がある。
「無理だなぁ」
「せめて、『不戦』で戦闘領域から抜けてくれるだけでも大きいんですけどね」
AI武将相手の調略に成功すると、何段階かの反応をする。
『不戦』は、敵の武将が、何かしらの理由をつけて兵士ごと戦闘領域外に出てくれる。
最も効果の大きい『寝返り』は、武将が配下の兵士ごと戦闘中に寝返ってくれる。
兵数そのものの変化に加え、不意打ち扱いになるので、敵の士気が減少する。
他にも、武将が身一つで落ちのびてくる『引抜』などがある。
真田部隊が『寝返り』してくれれば、敵は山県部隊だけになるので、包囲効果で勝ちは確定したも同然。
「やるだけはやってみるかなぁ」
忍者を手配し、不戦の手紙を仕込ませてみる。
行軍状態や時間経過から推測して、開戦はリアルで明日になりそうだ。
もちろん、敵が不眠不休の強行軍をやれば開戦は早まる。
しかし、士気が半減した部隊なら、自動制御のAIですらなんとかできるところまで戦力が落ちる。
「ま、今日のところは布陣と警戒だけちゃんとしておいて落ちるか」
「ですね~。こういうとき、夏休み万歳です」
「そういえば、ぽえるは実家に帰らんの?」
「うちは代々、奈良住まいなのでここが実家みたいなもんなんですよ~」
「あ~うちも同じだ。江戸っ子ってやつ。一度実家に帰るとかやってみたい」
そんなリアルを話していると、相馬が慌てて走ってきた。
武力(体力やスタミナもこの能力)が一ケタの相馬は秋風の中でも、汗だくになっている。
「お館さま!ゼェゼェ 大変ですゼェ」
「どうした?伏兵でも見つかったか?」
相馬は慌てて顔の前で手を振る。
「違います。真田の武将が訪ねてまいりました。
我々に内通する準備がある と」
「なにぃっ!」
「幔幕の方に案内してあります。こっちですぜ」
相馬の案内で俺たちは走り出した。
■
幔幕の中には、真田部隊から来た軍使は、顔中が皺で覆われた老将が一人、床几に腰かけて茶を啜っていた。
元太とかえでさんが接待している。
彼は、敵陣にありながら落ち着いた雰囲気で座っていた。
老将は、幔幕に俺たちが入っていくと、一礼して迎える。
「話を聞かせてもらえないだろうか」
俺が話しかけると、彼はゆっくりと頭を下げてから口を開いた。
「我等は、佐久間殿にお味方しようと考えております。
海野の宗家は武田家の侵攻により滅ぼされました。
今は、不本意ながら武田についておりますが、武田家には恨みがあります。
さらに、我らは故郷である信濃に帰りたいのです。
小県の一郡を約束して頂けるのであれば、佐久間殿に付きましょう」
彼は、ゆったりとした口調で言葉を放つ。
「一郡を与える」というのは、言葉のあやであって、実際の処理としては
小県を掌握している「砥石城」の税収の一割を彼らに渡す事になる。
とはいえ、その額は40万石に及ぶ信濃全体から見れば、1%にも満たない。
「海野家が動かせる兵力はどの程度か?」
「我等単独で1000、支流の根津家もあわせ1500は動かすことができます」
「ふむ」
4000の真田部隊のうち、およそ4割が寝返ると影響は大きい。
真田部隊は、兵数の減少だけでなく、士気の大幅な減少(による兵士の脱走)で、壊滅は時間の問題だろう。
「少し、検討させてくれ」
そう言い残し、ぽえるとともに、幔幕を出る。
「どうする?ぽえる」
「かなり良い話ですよね」
ぽえるが、考え込んでいる時の癖で、おさげをひっぱりながら答える。
「彼らが寝返ってくれれば、敵左翼の真田部隊は壊滅します。
あとは敵中央の山県部隊だけなので、佐野さんが来れば包囲殲滅できますよ」
ぽえるが地面に簡単に絵をかく。
14000の我々と、その葉面に2500と1500に分割された真田部隊。
そして、真田部隊の後方に12000の山県部隊。
「この寝返り部隊に、1000ほど貼りつかせておけば、不意打ちは防げます」
計算上、真田部隊だけを見るのであれば、3倍の兵力差だったものが5倍差に広がる。
山県部隊が来る前に、壊滅させられる可能性が格段に上がる。
「うまく行きすぎている気がするんだよな。勘でしかないけれど」
どうも、首筋がかゆいような、変な思いがする。
冬になれば圧倒的有利になるはずの敵が、無防備にのこのこと出てきたり、
まるで「挟撃してください」と言わんばかりの日程であったり。
「でも、ここで申し出を受けなかったとしても、戦いになるのは変わらないですよね」
「だよな。寝返り部隊がどう動こうと、不意打ち効果が乗らなければ兵力差で何もできんしなぁ。
よし、受けよう」
幔幕に戻り、老将に受託した旨を伝えると、彼は喜び勇んで帰陣していった。
■
翌日、早めに夕食を済ませて夕方6時にログインする。
ゲーム内の時刻は、丁度リアルと12時間逆転した時間になっていたので早朝6時。
秋の朝6時なので、やっと日が出たばかりの薄暗がり。
兵士たちの炊飯の煙がたなびき、簡単な朝食を採っている。
「敵陣に動きは無いぞぉ。向こうも食事時だ」
昨日のログアウト後に合流したらしく、三毛村さんが答えてくれる。
「三毛村さん、間に合ったのか」
「うむうむ」
敵さんの位置は予想通り。
眼前には、簡易柵を巡らせて真田部隊が陣取っている。
山県部隊も佐野も、今日中には到着できる位置にあるようだ。
陣地を見回っていると、だんだんと日が昇り明るくなってくる。
士気は最大値。兵士たちの戦意は高い。
「おはようございます」
しばらくして、ぽえるがログインしてきた。
もう、お日様が完全に出て、周囲は明るく、兵士たちの準備も整っている。
「よし、全軍前進せよ!」
号令に従い、ほら貝の音が盆地に響き渡る。
先陣を切って元太と信康の部隊が動き始めた。




