信濃国攻防戦 1
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このゲームのフリーエリア(誰でも行けるエリア)には、「本城」「支城」「砦」という軍事拠点と、
本城、支城に付随する生産拠点「城下町」がある。
村(集落)も、各地にクエスト用に点在しているが年貢を取り立てられないので、
生産拠点とは成りえない。
「支城」「砦」は、銭さえかければ何処にでも建築できる。
砦は行軍や戦闘で減った士気の回復や、防御効果、近接道路の交通遮断といった効果を持つ。
大きさによって、小砦、中砦、大砦の3段階に分かれる
小砦は、柵に囲まれた野営地。
周辺部隊の士気を80まで回復させる。
防御効果はほとんど無いが、建設費用が安く済み建築期間は1か月ですむ。
中砦は、逆茂木や三重柵に囲まれた砦。
小砦同様に士気80を維持する効果に加え、そこそこの防御効果を持つ。
建築期間は3か月程度。
最大規模の大砦は、空堀や鋲門を備え、武器庫などの建造物も立ち並ぶ。
士気を100(最大)にまで回復させる効果に加え、籠城すれば支城並みの防御力を持つ。
だが、支城と違って城下町を持たないので、策源地とはなりえず、戦闘用に特化された出城だ。
大砦の建築には、『築城』スキルを持った武将が必要になるうえ、大量の銭と時間がかかる。
建築期間は、設置場所によって異なり、平地で半年、山地で1年ほど。
だが、それに見合うだけの効果を持ち、敵の侵攻に立ちはだかる。
信濃と甲斐を結ぶ大道にある、富士見、白洲、北杜の3つの砦は何れも大砦。
甲府と我々の間には、3つの壁が立ちはだかっている。
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俺たちは、真田昌幸の助言(?)に従って、
冬に備えて甲斐から繋がる大道の出口に中砦を建設することにした。
砦の中にいれば、『耐寒』スキルが無くても冬の寒さによる士気の減少を抑えられる。
雪解けまでの数か月の敵を足止めを期待していた。
しかし、初夏から晩秋まで、沈黙していた真田家がいきなり動いた。
神速の一撃を受け、砦建築部隊は壊滅。
幸い、建築部隊を指揮していた三毛村さんの機転によって、砦の施設を自壊させ、敵に奪取されることは防いだ。
三毛村さんは無事に撤退し、逃走兵を拾い集めながら深志城に向かっているそうだ。
急を告げる忍者からの報告が相次ぐ。
「真田昌輝が騎兵1000で急襲した模様」
「後詰の真田信綱の槍兵3000が真田昌輝部隊と合流」
黒ずくめの男たちが、入れ替わりに情報を報告していく。
「騎馬のみで奇襲にきましたね。
砦を奪取できれば という思惑があったのかもしれませんが……」
「およそ1日ほど後方に山県昌景配下1万余と豪族の追加兵力が侵攻中」
情報を聞きながら、ぽえるが状況をまとめていく。
「あわせて、2万弱ですね。
深志城まで来るのなら、急いで3日、普通の行軍で5日です。
信濃は彼らの旧領。土地勘も持っていますし、手ごわいですよ」
「御神楽、兵力の集合を頼む」
「了解。城下町を一回りしてきますよ」
御神楽が、走り出していく。
目先で手元にある兵力は1万。
全兵力が集結するまで、10日はかかる。
月山富田攻めで行った「不意打ち」を今度は、こっちがやられた。
ゲームのシステムとして、城下町の兵力は「最大数」でしか無い。
兵には「常駐兵」と「待機兵」があり、「常駐兵」には残業代でも出ているのか、
追加で銭や兵糧の消費が発生する。
節約のために、普段は守備兵力だけ「常駐」としておいて、大多数の兵士は城下町で待機させておく。
待機している兵士は、召集がかかると少しずつ集合してくる仕組みだ。
「北に向かった佐野の部隊も呼び返そう。まだ遠くに行っていないはずだ」
佐野に、進軍を止めるよう連絡する。
「彼らも運が悪いですね。佐野さんが部隊を率いて出て行ったすぐ後に侵攻するなんて」
佐野が兵力二万余の部隊を率いて征北に出陣したのはわずか2日前。
行軍中の兵は、防御兵である「常駐兵」とは別の換算になる。
武田勢は不運にも、こちらの戦闘態勢が整っている時に奇襲を仕掛けてきた。
「彼らは、3砦の兵力総てで攻め込んで来ているみたいですね」
「白洲砦の武田逍遥軒が、旗下の兵力を山県に預けたってことだよな」
「はい。3砦は各々5000超の兵力なので、そうなりますね」
「今、砦はほとんど空っぽってことかぁ……」
さすがの大砦も、守備兵力が枯渇していては、十分な守備力を引き出せない。
「なんか、うまい具合に釣り出されている気がしますけど」
「後ろから来ている兵力は無いんだよな?」
「えぇ。あと、『諏訪大社』から助力の申し出が来ています。
信玄が留守にしている今こそ、ちゃんすかもです」
豪族たちの兵力を、『諏訪大社』の側で面倒を見て貰えば、
武田勢は南北から取り囲んで一気に殲滅できそうな位置にいる。
「うますぎる気もするが、冬が来る前に敵戦力を削れるのはおいしいな。
佐野と足並みをそろえて、撃って出よう!」
「はい!」
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信濃国の森林をぬうように、一人の男が走る。
初秋の涼しい季節だが、汗が滝のように流れ、木綿仕立ての修行着が身体にべっとりと貼りついている。
(佐久間の先鋒2万が出陣していた!速く山県公に知らせねばわが軍は挟み撃ちにあう)
心でおのれの使命を反芻し、気力を振り立たせる。
彼の情報が届かなければ、主君が死地に陥る。
走り続けていくと、前方に六文銭の旗印が見えてきた。
数十人の兵士と、一人の鎧武者が山道を見張っているようだ。
真田の陣地が近付いた証拠であろう。
その姿は彼らに見とがめられ、誰何される。
「何奴!」
「じ、自分は、修行中の山伏でございます。
韮崎の山から来ました」
「ほほう、韮崎とな。ずいぶんと遠いところから」
「修験を修めるためゆえ」
男は呼吸を整えるふりをしながら、鎧武者の顔を盗み見る。
『韮崎』は、武田上層部では密偵を指す。
だが、鎧武者の顔色に変化は無い。
「ずいぶんと汗をかいているようじゃの。
水でも一口飲んでいきなされ」
鎧武者がそう言って、部下に用意させた竹の水筒を渡す。
いつもの癖で、毒を警戒しながら、一口ずつ口に含む。
「ははは、毒などは入っておらんぞ。安心せい。
ところで、北の方はどうだった?」
鎧武者が男に尋ねる。
彼は、その髭面に一瞬躊躇してから、情報を話すことに決めた。
六文銭の真田であれば友軍。
無駄に敵の奇襲にさらすことは無い。
「北の方角には、佐久間の軍勢がたくさん居ました。
戦に巻き込まれてはかなわないので、逃げてきたところです」
「ほほう、それは、良い事を教えてもらった」
次の瞬間、腹部を刀に貫かれて絶命する。
「その情報を持って帰られちゃぁ、俺らが困るんでね」
男が最後に見た鎧武者の顔は、白い仮面に覆われていた。
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時を遡り、数日前のこと。
山県昌景が真田家が籠る富士見砦に大部隊を率いて現れ、砦の大広間で真田信綱を前に一喝した。
「真田信綱!
貴様は憎き佐久間に一矢も放っておらん。
考えもあろうかと今まで黙っていたが、言語道断。
軟弱者でないのなら、兵を束ね今すぐ攻め込め!」
下座で、真田信綱は無表情に顔色を変えず、昌輝は怒りをおさえて真っ赤になっている。
山県昌景と真田信綱の相性は悪い。
史実では、山県昌景の兄、飯富虎昌の娘が真田信綱の母親なので遠い親族である。
しかし、義信事件に際して山県昌景は兄を征伐している。
そういった背景があって、二人の関係はかなり悪く設定されている。
いつもは山県が無茶を言い出したとき、武田家の一族である逍遥軒が取り持ってうまくやってきた。
しかし、山県昌景に従う中に、武田逍遥軒配下の武将や兵が居るのを見て、
真田信綱は抗弁を諦め、強引ともいえる山県の出陣に従った。
そんな経緯があるので、真田家陣営では山県に対する不満が渦巻いている。
得意な冬を想定して組み上げた戦略が壊され、
後ろから急き立てられるように出陣した戦に戦意は高まりようがない。
「あの上から目線は、俺たちをどう思っているのだ!」
真田家の陣幕の中で、真田昌輝が荒れる。
「山県公だけならまだしも、逍遥軒殿まで兵を出している。
我々だけが動かぬわけには行くまい」
「所詮、外様は外様ということか」
昌輝がやさぐれる。
彼らは、出陣が決まると同時に迅速に部隊を展開。
建造途中の佐久間の砦建造部隊を一蹴し、初戦を勝利で飾った。
しかし、武田逍遥軒から兵を託された山県昌景は、その程度で退くわけにはいかず、
信濃国に侵攻しつつある。
「敵方は兵を集めて前方に布陣したらしいな。兵力は2万とのことだ」
「決戦になるとは、我々は釣り出されたようなものだな」
「うむ。そのことよ」
真田信綱はため息をつく。
「我々の陣は、右翼(北)に豪族たち、中央に山県公、左翼(南)に我らが布陣している」
彼は落ちていた木の枝を拾って、地面に諏訪盆地付近の部隊展開図を描く。
北には、諏訪湖が広がる。
「諏訪大社が佐久間に与しているのは確実だ。豪族たちは諏訪の兵の押さえなので動かすことはできない」
「兄者、佐久間が深志城から出てくるとすれば、北上してくる事になる。
我等がヤツの矢面に当たるな…」
「詮無きことよ。我らは六文銭に恥じぬ戦いをするのみ」
「だが、勝ったところで褒美も無い戦に、将兵には妙な気配が漂っているぞ」
「うむ。どうも、昌幸が一枚噛んでいるらしい。
奴め、自分であれば今年中に旧領を回復して見せる 等と豪語しているらしい」
「昌幸をほっておいて、良いのか?」
「構わんよ。本当に真田の旗が旧領に翻るであれば な」
■白洲砦■
武田逍遥軒が、真田昌幸を前に酒を飲んでいる。
「そちのいう通り、兵を山県に任せたぞ。
これで、山県は大手柄が取れて万々歳じゃな」
「英断にございます」
容貌だけは兄 信玄に似ている逍遥軒を見ながら、昌幸は心の中で舌を出す。
(その兵は、二度とこの砦には戻るまい。
そして、その「期待」が山県の判断力を奪うだろう)
山県昌景は、兵を貸し与えられた手前、半端な手柄で「戦術的撤退」の出来る男ではない。
この砦に残る兵力は、100に満たない。
不意をうてば、昌幸が持つ手勢だけで掌握できる自信がある。
(だが、決起は勝報が届いてからだ)




