閑話休題(次回バージョンアップ)
一旦、CMはいりま~す
「ふぁ~あ。ねみぃ」
夏休み直前の講義が、気だるい雰囲気の中で過ぎていく。
既に期末試験も終わって居ることもあって、出席している人の数もまばらだ。
授業終了15分前の11時45分、隣の席で寝ていた佐野が突然起きあがった。
時計をちらと見るとさっさと片付け始め、教室からこっそりと脱出していく。
俺も慌てて後を追い、食堂前で落ち合った。
食堂には、俺たちのようにフライングしている学生の姿がちらほらと見える。
「俺、コロッケカレー。後で払うから頼む」
そう言うと、佐野は手近なテーブルに荷物を置き、タブレットを弄り始めた。
「わかった」
俺は同じテーブルに荷物を置き、二人分の昼飯を買いに行った。
本日正午、「俺様の野望23」の次回バージョンアップの情報が公開される。
今頃、熱狂的プレイヤからのアクセス要求が連打されているだろう。
だが、一昔前の機器ならいざ知らず、現代の高速高性能機器は、
人力での「F5アタック」程度ではびくともしない。
激辛にしておいたカレーと、冷やし中華を両手に持って席に戻る。
「佐久間!今回は動画形式らしいぞ。今読み込み中」
こちらに向けられたタブレットには、読み込み中を現すくるくるマークが空回りしている。
佐野は、二人の席の間にタブレットを置いた。
十数秒待つと、くるくるマークが消え、動画再生が始まった。
■ ■
【俺様の野望23 今度のバージョンアップは、二度熱い!】
じゃじゃ~んと効果音付きで、黒字の背景に白い字が浮かぶ。
【その1 秘められたスキル、奥義 解禁!!】
映し出された場面が変わる。
そこは、植物がまばらに生えている、地面がむき出しになった荒野。
そこで、赤い胴丸の雑兵と青い胴丸の雑兵が争い、相手に刀を叩きつけている。
赤い側の兵士の方が、青い側よりも数が少なく、1:2、1:3の戦いとなって徐々に押されていく。
すると、赤い鎧を着た武将が前線に進み出てきた。
雑兵よりも頭一つ大きい巨漢である。
彼が放つ気合のせいか、青軍の雑兵は、彼の周りから離れていく。
青兵士たちは、しばらくの間彼を遠巻きに見守っていたが、やがて一斉に襲いかかってきた。
カメラが武将の口元を映す。
彼は口元をにやりと曲げると、身長よりも長大な大太刀を取出して構えた。
そして、気合一閃、野獣のように青い雑兵へと走り寄り、大太刀を旋風のように振り回す。
大太刀の間合いにいた雑兵が身体ごと宙に吹き飛ばされた。
返す刀を他の青兵士に叩きつけると、数人まとめて吹き飛ばされる。
カメラが、彼の激戦を中心に画面がズームアウトしていく。
モーゼの「海割」が如く、大太刀を振り回す武将が青い軍勢の中央を引き裂き、突破していく。
【一騎当千の奥義『剛力』】
筆で描かれたような太字が画面を踊る。
あからさまというほどに、武力極用のスキル。
一人で一軍に匹敵するだろう
「これ、すげぇ・・・・」
■
次の場面は、何処かの城下町が映し出された。
ぱっと見の大きさから、どこかの本城の城下町と判断できる。
それも、開発可能範囲が大きめの上国のようだ。
街の中心を貫く大通りを、派手な衣装に身を包んだ美女が艶っぽく歩く。
彼女が歩いた後に民衆が至る所から湧きだし、服が汚れるのも構わずに跪く。
あたり一帯が民衆に覆われ、主君を称える彼らの歓喜の声が町中に響き渡る。
美女は、彼らを気にもとめずに大通りを歩いていく。
そして、彼女の後を、民衆たちが相争って追いかける。
やがて、美女は街を出るが、民衆も彼女と共に街を出てどこかへ向かう。
カメラがズームアウトすると、民衆の行列はどこまでもどこまでも続いている。
街を空っぽにして、民衆は主君に従い、敵陣に向かって行進していく。
【民を魅了し、意のままに操れ 『偶像』】
「人海戦術か」
「これ、ある意味最終兵器だよな……」
■ ■
次に映し出されたのは、周囲全てが真っ白な空間。
白い空間の中に真っ白いテーブルがあり、その上に一丁の銃器が置かれている。
カメラが近づくとその姿が良く見える。
それは、何本もの銃身を束ねた火縄銃。
近代兵器でいう、ガトリングガンのような形状をしている。
一人の女性武将がカメラの死角から現れ、その銃器を取り上げて構える。
すると、彼女の後方に、3体の人を形どった標的板が現れた。
彼女は颯爽と振り向き、手に持った銃器を斉射する。
数発の弾丸が三枚の板を打ち抜き、標的板は四散した。
さらに、四方八方から同じような標的板が湧き出してくる。
流れるような動きでそれらの板に向かって銃器を構え、弾丸を命中させていく。
狙われた標的には次々と穴が開いていく。
そして、最後の標的を破壊したところで、彼女は銃器を置いてカメラの死角へと去って行った。
【異形の技術『二十連輪転式火縄銃』】
「もう、近代兵器じゃないか?これ」
「乱戦とかで打ち込まれるとやばいかもなぁ」
■ ■
【その2、新たな勢力が参戦!】
「やっぱ来たか~。曹操とかの三国志系じゃね?」
「俺は、那須与一とか源義経だと思うね」
たわいもない事を話しながら、画面が変わるのを待つ。
画面は一転し、大海原に変わる。
周囲に陸地も島も見えない。
「やっぱ、三国志だな。大陸から来るんだ」
「船でずらずらっとくんのかなぁ」
カメラの前をプロぺラ駆動の飛行機が横切っていった。
「え?」「今の、ゼロ戦?」
俺たちに構わず動画は進み、カメラは飛行機を追っていく。
すると、大海原を航行する、6隻の船が映し出された。
飛行機はそのうちの一隻に着陸する。
艦隊の先頭を進むのは、巨大な鋼の戦艦。
船首には、菊のマークが金色に光っている。
カメラの前をその艦が横切っていく。
三連装の主砲は砲身が無残に折れ曲がり、使い物にならないのが見て取れる。
他の船も相次いでカメラのフレームに入ってくるが、何れも艦体は損傷しており、戦闘の痕跡が生々しい。
カメラが戦艦の甲板にズームし、そこに立つ男を拡大する。
かれは、空を見上げながら呟く。
「いきなり霧に包まれた と思ったら敵の攻撃が止んだ……。
俺たちは死に場所を失ったか?」
彼の部下らしき男が駆け寄ってくる。
「主砲46センチ砲3基9門、いずれも使いものになりません。
随伴艦も本艦と同様、航行は可能ですが戦闘続行に支障あり」
画面が暗転する。
【敵か、味方か、それはキミの生き方が決める……】
■
「や、大和だ……」
「え!?ちょ、戦艦キタコレ」
佐野と俺は顔を見合わせる。
動画はここで終わっていた。
「これ、大和と同盟できるんだよな!?」
VRで再現された名城に入場することができるように、戦艦大和に乗艦できる可能性が高い。
「水軍を強化せねば!戦うにしろ同盟するにしろ、船が要る」
既に俺の心はゲーム世界に飛んでいる。
もはや、講義をぶっちぎって帰宅する気満々だ。
「落ち着けよ、佐久間」
「いや、だって、大和だぜ?同盟組んだら、きっと乗せてもらえるぜ!?」
「信濃に……、海は無い」
「あ」
佐野の言葉に、俺は膝から崩れ落ちる。
「これが、これが解っていれば、国替えなんぞ呑まなかった!」
「いや、落ち着けよ」
「許せん!織田市、許せん!」
「いや、まぁ、落ち着けって」
「きっと潰してやる……織田家ぇ」
運営のHPにアップされた情報によると、艦隊司令が大名、艦長が城主に相当する。
そして、各艦を攻め落としたり、調略して味方につけることができるらしい。
結局のところ、今までと同じ方法で彼らを攻略していけ ということだ。
もちろん、城が可動式で、近代兵器を持っている「チート大国」ではあるが。




