信濃の暑い夏
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諏訪湖周辺を支配下に置く連合『諏訪大社』は、AI武将とプレイヤの合議制を取っている珍しい連合である。
史実において、諏訪大社の大祝である諏訪家は、武田信玄の侵攻により当主諏訪頼重が幽閉・自刃。
諏訪本家は途切れた。
だが、ゲーム世界において、諏訪家を奉じるシンパが集まり、諏訪家落胤を探し出して諏訪家を復興。
苦難の道のりの末、諏訪湖周辺を手におさめた。
さらに、彼らは諏訪家とお金を出し合い、諏訪湖周辺に支城 諏訪高島城を築城した。
豪族連合のリーダーと諏訪家頭領の合議制をもって、周辺を支配している。
まず訪れたのは、彼ら『諏訪大社』の拠点、諏訪高島城。
湖面に映る白亜の城壁がまぶしい。
『諏訪大社』のリーダー、取方氏は城門前で出迎えまでしてくれ、歓迎ムードの中、俺たちは諏訪高島城の茶室に案内された。
茶室の主座に、まだ若い諏訪家頭領が坐している。
取方は真っ白い髭を生やした、中国の仙人のようなアバターを使用している。
もっとも、外見はいくらでも変えられるVR世界なので、実際の年齢が何歳かはわからない。
だが、外見が老人であると、なんとなく敬語を使ってしまう。
「初めまして。今度信濃に来た、佐久間です」
「自分が連合『諏訪大社』を取り仕切る、取方です。
直接お会いするのは初めてですが、以前、あなたを見かけた事がありますよ」
彼は、ににこにこしながら、俺に握手を求めてきた。
差しだされた手を握り返してから、問いかける。
「すみません、覚えがありませんが、いつのことですか?」
「あの、甲府大炎上の時です」
「げっ……」
「あの混乱のおかげで、甲斐の寺に幽閉されていた若殿の救出が成りました。
そこから、我ら『諏訪大社』が始まったのです。
あなたには、何度お礼を言っても言い足りないくらいですよ」
「ははは……」
取方は俺の手を取って、ぶんぶんと振り回す。
まさか、こんな所でそんな昔の話をされようとは……。
その後も、いくつか彼らの苦労話が披露された。
我々は、和やかな雰囲気のまま会見は終了。
諏訪家頭領の許諾の元、彼らと従属関係を結ぶことができた。
従属関係は、織田家と秀吉たち宿老が結んでいる関係。
支配側と従属側という形になり、従属側は支配側に「年貢」を出す。
他にも、戦闘参加等の命令をされることもあるが、内政面では自治独立を認められ、軍事援助を受けることが出来る。
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「良いことはしておくもんですね~」
交渉に同道したぽえるが、くすくすと笑いながら横を歩く。
同じく、用心棒としてくっついてきた佐野は爆笑している。
「とりあえず、諏訪家はこんなもんで良いかな~」
そう言いつつ、佐野を蹴っ飛ばしておく。
たいしたダメージは与えられないが、そうでもしなければ気が収まらない。
魅力スキルによる交渉は、プレイヤ相手には効かない。
プレイヤ相手には、贈り物として業物のアイテムも用意していったがそれらの出番は無かった。
反対に諏訪の特産銘菓をたんまりと頂き、途中の茶店で味わった。
「元々、反武田色の濃い連合でしたけど、従属までしていただけるとは、いい意味で予想外でしたね」
「軍事力はいまいち強くなさそうだけど、味方が増えるのはいいことだ」
初手の交渉成功に気を良くした我々は、予定通り、諏訪からさらに北へと向かう。
目指すは、鷹目たちの連合が籠る海津城。
そもそもリーダーの鷹目とは、何度も一緒に戦った仲だ。
足取りも軽く、街道を北へと向かう。
ゲーム内の季節は、既に夏真っ盛り。
山間では木漏れ日が降り注ぎ、森を抜けた涼しい風が吹く。
のんびりとしたハイキング日和である。
「あ~、なんかこのまま寝そうだな」
佐野が馬の鞍で器用に寝そべりながら、もらったお菓子をぱくついている。
彼は業物の鞍に乗っている上に、『乗馬』スキルを持っているのでそんな芸当が可能なのだ。
「ちっ、落馬しろ」
「ははははは」
そんな事を言い合っていると、前方からしゃりん という音が聞こえてきた。
ふと見ると、十数人の山伏がすれ違うように歩いてくる。
しゃらしゃらと、彼らの錫杖が鳴る。
アバターの上に「名前」が見えないので、『隠匿』等の特殊なスキルを使っていない限り、彼らはプレイヤでなく、AIが動かすNPCとわかる。
俺は、ステータスを見て『逃げ足』スキルが反応していない事を確認する。
このスキルは、物理的攻撃にしか反応できない。
こないだのような謀略的な手段(毒殺)には無力だが、刀を振り回す脳筋暗殺者集団や伏兵には反応がでる。
しかし、いぜんスキルは沈黙している。
(ここは、うちの勢力範囲。敵ではないよな……)
詰めていた息を吐いた瞬間。
「止まって下さい、佐久間さん、佐野さん」
鋭い声をぽえるが挙げる。
そして、馬の脚を止めさせ、向こうから来る山伏の一団を待ち受ける。
「彼らの能力値、ちょっと高すぎます」
「ん~、山伏なら一般人より少しは高くて当然だろ?」
佐野が頭の上で手を組んだまま答える。
一般人の能力値平均は、10程度。
しかし、この数値は平均値であって、職業に応じ商人なら知力や政治、職人なら技術が高めである。
募兵し、訓練を積んだ兵士は、武力が20から30に達する。
日常的に山歩きをし、薬草にも詳しい山伏なら、能力が全体的に高めであってもおかしなことは無い。
「全員が武力60超えはおかしいですよ。
それに、前から二番目の人は、知力が100を超えています」
そう言われて、まじまじと「二番目の男」を見るが、山伏のアジロ笠を間深く被っているせいで顔は見えない。
『隠匿』等のスキルを使わない限り、能力の高低は知力の高いものは、立ち居振る舞いから看破できる というのが、このゲーム世界のルール。
「あなたたち、何者ですか!?」
声の届く距離まで近づいてきた彼らに、ぽえるが緊張感を伴った声で誰何する。
山伏たちは、その声に面食らったような感じで足を止め、私語を始めた。
しかし、ぽえるに注意されていた俺たちには、彼らが「二番目の男」をかばうように、立ち位置を微調整しているのが解った。
しばらくの睨みあいの後。
「よせ。なまじっか隠そうとするだけ無駄だ」
二番目の男が、周りの山伏たちを押しのけて前に出てきた。
「俺は真田昌幸。兄、信綱の命を受け、信濃の地侍の調略を行っている」
笠を脱いだ下からは、30代の精悍な悪人面が現れた。
こちらは、武力極みの佐野を含め3人、対する向うは武力60程度で十数人。
我々は騎乗で、向うは徒歩。
襲われても、佐野が殿をすれば、俺たちは十分逃げきることができる。
一方、こちらが襲いかかっても、彼らが街道を外れ山に逃げ込めば、取り逃がすだろう。
(何かあったら山道で逃げるための『山伏』か)
「佐久間信濃。そう、怖い目をしなさんな。
四六時中、敵対していたら、疲れちまうわ」
こちらの考えを読みとったのか、顔に薄笑いを張り付けたまま、真田昌幸が数歩前に出る。
値踏みするような鋭い視線が突き刺さる。
「調略は失敗。今から富士見砦に帰るところさ」
澄みとおる声で話す。悪意を欠片も感じない。
そう言ってから、我々の進行方向を避けるように道の際に避ける。
別れしな、真田昌幸が一人だけ前に出て、俺に握手を求めてきた。
杖を配下に渡した丸腰の姿。
俺が武力極であれば、一刀両断できる距離に入ってくる。
差し出された手を握り返したとき、彼は囁くような声で独り言をつぶやいた。
「ここいらの寒さは身に沁みいるぞ」
周囲の人間には聞こえていないだろう。
その言葉を聞いた瞬間、真田家の意図が見えた。
「次は戦場で会おうぞ」
俺の逡巡をよそに、真田昌幸はにっこりと笑うと、去って行った。
世に「冬将軍」という言葉があるように、冬の寒さは兵たちに襲いかかる。
それを現すため、このゲームでは一部地域で、行軍や戦闘行動を起こすと寒さで士気が激減していく。
部隊を城や砦から出すと、1週間持たず部隊は士気崩壊を起こして自然分解する。
しかし、北国出身の武将は、寒さの士気減少を緩和する『耐寒』というスキルを持つ。
このスキルを持った武将が居れば、冬でも軍事行動ができる。
うちの連合は、近畿・中国地方といった、比較的温暖な気候風土で育ってきたため、自然の脅威と対面することがなかった。
そのせいで、配下武将に『耐寒』スキル持ちが居ない。
ここ信濃は、冬は氷点下になり、厳冬に襲われる地域だ。
当然ながら、信濃出身の真田一族は、『耐寒』スキルを持っている。
真田一族に冬場で戦闘を挑まれると、こちらの士気はマッハで落ちていく。
彼らの背中が十分遠ざかってから、ぽえるがふぅっと息を吐く。
「なんか、思っていたよりも良い人ですね。宇喜多さんより真面目そうです」
「だな。宇喜多の『罵声』、横で聞いてるだけでも恐ろしくなるからな」
悪人談義に花を咲かせる佐野とぽえる。
「どうした~佐久間。考え事か?」
佐野が俺の様子を見て、話しかけてくる。
「いや……。冷静に考えたら」
「考えたら?」
「信濃の冬って、雪はどのくらい降ったっけ?」
「あ~、そういえば、長野ってうちの実家(北海道)よりも雪が降るんだったよな」
「えぇ。確かこのあたりは積雪が多いので、リアルでは上杉チート謙信の防壁ですよね」
得意げに話に割り込んできたぽえるが、急に顔色を変える。
「あ……。佐久間さん、佐野さん、配下武将に『耐寒』持ち居ますかっ!?」
「え?居ないけど」「うちにも居ない」
ぽえるが、慌てた時のくせでお下げを引っ張りながら話し始める。
「後で、赤影さんや御神楽さんにも聞いてみないとですけど、
雪が来てから攻め込まれると、手も足もでませんよっ」
佐野も事態が飲み込めたのか、絶句する。
「夏のうちに、無理してでも攻め込むか?」
最近の連戦や国替えの影響もあり、兵たちは本調子ではない。
しかし、冬場に戦闘するよりはマシであろう。
「真田家の守る砦にか?あそこはマジでやばいぞ」
以前に、真田幸隆に何度も煮え湯を飲まされた佐野が、苦い顔でつぶやく。
「彼らが待ち構えている という事ですか?」
「可能性はある」
ふと空を見上げると、さっきまではあんなに気持ち良く見えた夏空が、「早くしないと冬になるぜぇ?」と、俺たちを急かしているような気がした。
(どうして真田昌幸は、このことを教えてくれたのだろう……
単純に、罠にひっかけようとしているだけなのか?)
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「たとえ、毛利に勝てたとしても、信濃の冬には勝てまい」
富士見砦の広間で、真田信綱が笑う。
その場に居るのは、長兄の信綱、次男の昌輝、三男の昌幸の3人。
四男の信尹は甲府に詰めている。
彼らの父親、真田幸隆は先年病死し、今は嫡男の信綱が真田家を率いている。
「お館様の屈辱は我々で雪ぐ。そうすれば、譜代衆も我々を認めようぞ」
「おうよ、兄者。真田の六文銭、雪の中に輝かせて見せよう」
自信満々に語る長兄に、真田家の次男、真田昌輝が同調する。
この二人は武力寄りの性格をしており、ウマが合う。
しかし、兄弟の中でも、知力(謀略)寄りの性格の昌幸、政治寄りの信尹との間には溝がある。
「ところで、昌幸。豪族どもの調略は成ったのか?」
「申し訳ありませぬ、兄上。不調に終わりました」
「まぁ良い、佐久間に与する者たちも、雪の中では満足に援軍も出せまい。
昌輝、お前が先鋒を率いよ。信濃陥落の暁には、一家を立てさせてやろう」
「本当か!?兄上。甲府の放火魔、俺たちで殺ろうぞ!」
「うむ」
信綱はその言葉に、深く頷く。
「冬が来るまで、物見も控えよ。無駄に刺激して防備を整えられてもつまらん。
今は時を待つ。冬至り次第、反撃に移るぞ!」
昌幸が自室に戻ると、何処からか音も無く一人の男が現れた。
百姓が野良作業で着るような、ぼろく垢じみた服を纏っている。
「霧隠の手下か。どうだった?織田の市姫のほうは」
「無事、話がつき申した」
「よし。次は山県公のところへ向かう。その間身代わりを務めろ と霧隠に伝えよ」
「しかと」
そう言い残して、男の気配は消えた。
「時を待つ、とは生ぬるいことですな、兄上。
俺はもう、待ってなど居られぬ」
昌幸は夏の月にひとり、呟く。




