状況整理をしよう
■ ■ 甲斐の山奥温泉
「久しぶりの酒は、身に沁みいるようじゃの」
一人の武将が、温泉につかりながら手に持った朱漆塗の杯の酒を干す。
「一度は死にかけた気分は如何ですかな」
傍らに控える、顔にツギハギのある男が応える。
彼は、医者の服装に身を固めている。
「金1000枚の価値があったわい」
温泉につかるのは、甲斐の虎、武田信玄。
信長の死に乗じて反撃に移り、いざ信濃奪還へ というところで吐血。
一時は命が危ぶまれ、豪族の名医、間黒男が呼び出された。
間の投与した秘薬により、奇跡的に死の淵から蘇生。
ひと月の安静を経て完全復活した。
「このような秘薬がごろごろあったら、困りものよ」
「秘薬とは、世に二つと無いものです。
であるからこそ、価値がある」
「ワシは生きながらえ、わが生涯の宿敵が消えた」
手に持った杯に酒をなみなみと注ぎ、傍らの岩の上に置く。
「生き残った者が勝者だ。悪く思うな」
そして、地響きを起こすような勢いで立ち上がった。
■
上杉謙信の死により、上杉家では後継者争いが勃発した。
史実で言われる「御館の乱」が幕を開ける。
長尾政景の子、上杉景勝。
北条氏康の子、上杉景虎。
上杉家と上杉友好プレイヤたちは2つの陣営に別れ、上杉家の跡継ぎをかけて争い始めた。
中部地方は、武田家を真中に、西を織田家、北を上杉、南を徳川が治める。
さらに関東地方では、北条家とプレイヤ連合『俳人旅団』が関東地方の覇権をかけて争っていた。
俺たちは、毎度のことながら集まって会議を開いていた。
「国替えした矢先にこれか~」
「信濃を地固めするヒマも無いですねぇ」
佐野と御神楽がため息をつく。
こうなってみると、病院のおかげで兵士を損耗せず、大兵力を温存できた事が大きい。
平和になった美作では、数万の兵士は「むだ飯食い」だったが、きな臭い中部地方では大きな力となる。
「今のところ、わかっている情勢をまとめてみます」
軍師のぽえるが、どこからか取り出したホワイトボードに情勢を書き込んでいく。
「今回のキーになりそうなのは、北条家が中心として『俳人旅団』に包囲網をひいていることです」
ホワイトボードに大きく包囲網と書かれる。
「上杉景虎は、北条家出身だけあって北条家とのラインを持っています。
北条家は包囲網を通じて、伊達家と関係を結んでいます。
そのため、景虎は北条家と敵対する俳人旅団と組むことはありません」
ぽえるは綺麗な字で、どんどんと情報を書きこんでいく。
「一方で、上杉景勝は謙信時代の遺臣からの信頼が厚く、大半の遺臣が景勝側についています」
景勝と北条家の間に、敵対を示す赤いバツ印が書かれる。
「武田家は、過去に俳人旅団と何度か戦っていますが、今は一時的な停戦協定を結んでいます」
武田と俳人旅団の間に 停戦と書き線を引く。
「北条家は、武田家との間に同盟を結んでいました。
しかし、武田家が俳人旅団との間に停戦協定を結んだ事に反発し、徳川家と同盟を結んだそうです」
※大まかな勢力影響範囲(一部支配含む)
福井県>柴田家(織田)
石川&富山&新潟県など>上杉家
山梨&群馬県>武田家
長野県>佐久間連合
愛知&静岡県西部>徳川家
栃木県とその周辺>俳人旅団連合
静岡東部から、埼玉東京神奈川など>北条家
「なんかさぁ、ものすご~く広範囲にわたってないか?」
ホワイトボードに書かれた東日本の勢力図を見ながら、佐野が呟く。
今までに書かれた勢力図は、せいぜい数県程度の大きさだったが、
今回は中部関東北陸東北にわたった、かなりの領域が描かれている。
「今回の上杉家跡目争いは、つまるところ、北条家融和路線の景虎か敵対路線の景勝かになっています。
この跡目争いの結果いかんで、関東地方の『包囲網』に影響がでる事は間違いありません」
俳人旅団は上杉家の後ろ盾で巨大化した。
景虎が勝利すると、上杉家の後ろ盾を失うどころか、上杉家まで包囲網に参加してくる。
「両方とも必死だな」
北条家にとっては正念場の戦いと言える。
ふと、北条幻庵じいさんの顔が思い出された。
あの時の鞍は、佐野が今も大事に使い続けている。
「この跡目争いが包囲網の勝敗を握るでしょうね」
「北条家以外の周辺大名は、どっちに付くかもう決めたのかな?」
「お市様は、柴田家に混乱に乗じて領地の切り取りを進めるよう指令を出したそうです。
織田家からも援軍の兵を出すみたいですね。
他の大名家の動きは、表面化していません……」
「で、俺たちはどっちを推すんだ?」
佐野が寝転がって、鳥の串焼きを頬張りながら尋ねる。
「う~ん、どこと結んで、どこと戦うか?だよなぁ」
みなが、う~んと唸リ始める。
「ところで、うちの連合にお市さまからの指令はあったのか?」
赤影さんが問いかける。
「無いですね。まぁ、従属しているわけじゃ無いからでしょうけど」
「そうですよ。やむなく国替えに従ったとはいえ、独立国家ですよ、うちは」
俺の回答に、ぽえるが口を尖らせる。
「いや、上杉に攻めるのであれば、俺たちも含めて同時に攻め込んだ方が良いはずだよな。
我々が攻め込めば、メリットはあるはずだ。
しかし、援軍を要請するわけでもなく、ほったらかしというところに違和感を感じてな……」
「何か、裏があるということですか?」
「すでに、どちらかの陣営とはネゴが取れている とかな」
そう言いつつ、赤影さんは援軍と記した凸型の図形を盤上に描き、北陸地方に移動させる。
「攻めると見せかけた援軍だ。敵陣営を裏をかける」
「これは、裏が取れるまでは下手に動けませんね……」
「ちょっと、調べてこよう」
そう言って、赤影さんは会議の場から姿を消す。
配下の忍者たちを引き連れて、情報収集に向かったのだろう。
「お市さまの出方がわからないうちは、手詰まりだな。足場固めから始めよう」
■
信濃は、俺たちが制覇しているわけでは無い。
内部では2つのプレイヤ連合が、独自に支城を持っている。
一つ目は、諏訪を中心としたご当地連合『諏訪大社』。
名前通り、諏訪湖周辺を根拠地とした連合。
地侍たちと力を合わせて支城を新築で作り上げたという経緯がある。
反武田の旗を立てており「諏訪湖周辺の自治」「布教(?)の自由」さえのめば敵対しない。
二つ目は、川中島周辺をうろつく『魔弾の射手』。
鷹目が率いる、女性のみで構成されたトリガーハッピーな小集団。
彼女たちのこもる海津城に攻めかかるものは、豪雨のような銃撃戦に、野原に屍をさらすことになる。
他に連合はいくつかあるが、フリーエリアの城を落とせるレベルまで勢力が大きいのはこの2つ。
連合間の交渉事は、リーダーである俺の仕事。
俺は彼らとの交渉の場へと向かった。
だんだんと全国区になりつつありますねぇ




