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月に懸る雲

「真田十勇士が一人、猿飛佐助。ここに見参!」

信濃国の本城、深志城。その城下町、松本。


深志城に入城しようとした俺たちの前に、一人のプレイヤが立ちはだかった。

赤影さんに似て非なる黒い忍者装束に全身を包み、素顔はちゃんと晒している。

眉毛の太い、気の強そうな顔立ちだ。


真田十勇士というのは、講談で人気が出た架空の猛者(フィクションヒーロー)たち。

元ネタと言われる武将は居るが、「真田十勇士」はゲーム上に登場しない。

彼は、単なる「猿飛佐助」のロールプレイをしているプレイヤである。

ご丁寧に、真田家の六文銭を忍び装束に染め抜いているところが凝っている。


ゲーム内での時刻は、初夏の風が涼しい、ピーカン晴れの真昼間。

俺の周囲には連合の仲間たちや配下武将に加え、たくさんの兵士が居る。

路の向こう側では、通りすがりの町人や農民たちが遠巻きにして彼を指差している。

冷静に考えると、余りにも目立つあの恰好はコスプレと言うべきなのだろうか。

戦国時代であっても、ちょっとやりすぎ感が漂う。

(赤影さんは、目立つ場所では、さすがに変装をしている)



佐野が俺をかばうように、猿飛との間に割り込んだ。

「ひとつ聞いて良いか?」

「なんだ?」

「十勇士というのなら、他の面子はどうした?」

「絶賛募集中だ」

「……」


あまりにも哀しい返しに、皆が固まる。

猿飛はその隙を逃さず、俺たちに苦無を投げつけてきた。

佐野が苦無を叩き落とすと、苦無に結びつけられた煙玉から、もうもうと白い煙が噴き出す。

白い煙に包まれ、視界が真っ白になった。


ゲーム設定上、通常状態の市街地では、PvP(プレイヤ同士の戦闘行動)は出来ない。

刀でぶん殴ろうが、火罠に嵌めようが、ダメージが適用されない。

唯一の例外が自滅行動によるダメージであるが、これは自分とパーティメンバのみだけ適用される。

しかし、煙罠のような、ダメージが発生しない「嫌がらせ」は市街地でも可能である。

やりすぎると黒服に捕まるけど。



煙はしばらくの間その場に揺蕩っていたが、風に散らされ、徐々に薄れていった。

猿飛は何処に行ったのか、姿がない。

ばら撒かれた煙には、妙な成分が入っていたらしく、しきりに涙が出てくる。

その上、喉がとてもいがらっぽい。

「ゲホゲホ」「こほっ、目に沁みます」

佐野やぽえるも煙に巻き込まれて、混乱していた。



ぼろぼろと涙が出て周囲がよく見えない。

「う~、目にくるなぁ」 

そう感想を漏らした途端。

「お館さま、どうぞ」

と、誰か気の利いた武将が水筒を差し出してきた。

「ありがとよ」

目をこすりながら水筒を受け取り、一気に飲み干す。

冷たい水の感触に、「ぷは~っ」と息を吐いたのも束の間。



でろでろでろりん という音と共に

【猛毒状態になりました】

残酷なシステムメッセージが流れた。



「ははは。佐久間、恐れるに足らず!さらばだ」

どこからから、猿飛の声が聞こえてくる。

ゲーム処理上、「服毒」は自滅扱いになるらしい……

とか思っているうちに、毒により、マッハでHPが削られていった。

よっぽどのヤバイ毒が盛られたようだ。

10秒と立たずに、俺は「うぉうっ」と断末魔(?)の声をあげて、地面に倒れ伏した。



視界が暗転し、ログイン時に似た浮遊感を感じる。

そして、自領地の入口で目が覚めた。


「ぐぉぉぉ、ぬ、抜かったわぁ……」

倒れた時の土の味が苦い。

「大丈夫かぁ?」「平気ですか!?」

頭を振りながら起き上がると、佐野やぽえるたちからコールが届いた。

声の調子からして、どう見ても笑いをかみ殺している雰囲気がある。

「大丈夫だ。が、移動にちと時間がかかる。

そっちで城の受け取りを進めといてくれ」

「わーった」

後は佐野に任せて、ゆっくりと立ち上がった。

ステータス画面を開き、松本に居る配下武将たちに、佐野の命令に従属するよう指示を出す。

こうしておけば、彼らは佐野の命令を聞くようになる。



「また、松本まで行くのか……」

自領地の「引っ越し」は、行った事のある国にしか行けない。

だから、まだ自領地の出口は美作にある。

そのため、兵士移動を兼ねててくてく歩いて信濃に行ったのだ。


城下町に「到着した」と判断されるのは、その街の目抜き通りまで行かなければならない。

猿飛はその辺まで考慮していたのか、目抜き通りの直前で襲撃してきた。

結果、俺はまた信濃の松本までてくてくと歩いて行かねばならない……

しかも、悪い事に、配下武将の主力は兵士を率いて松本に居る。



自領地に残っているのは、領地守備用に残しておいた武将たちだけ。

最低限の面子しか残していないので、彼らを連れていくわけには行かない。


ため息をつきながら、俺は、転移を使用してとりあえず尾張まで行った。

移動する距離では、飛騨が一番近い。

だが、飛騨のルートは山がちで治安が悪く、山賊が出やすい。

一応は武力40あるので、押しとおることも出来るのだが出現頻度が高い。

万一、連続で山賊が出てきて、2乙をしてしまうと皆にあわせる顔が無い。

岐阜からのルートでもよいのだが、思い立った事があり、尾張周りのルートで松本に向かうことにした。



松本の城下町は、開発領域が22*22マスのかなり大きな城下町である。

そのうちの何か所かは「プレイヤ開発不可」が設定されている。

この開発不可地域は、その場所が川や山裾という地形問題が大半であるが、

アンテナショップが立ち並ぶ、スポンサー用広告エリアの場合もある。


松本で見た広告エリアは、屋台で信濃軍鶏の山賊焼が良い感じで焼け、香ばしい匂いが広がっていた。

そして、向かいの小川の横には、小さな水車をかけた、風流な藁ぶき屋根の家屋に「信州そば」の暖簾。

ほえもんさんに聞いた話だと、信州仕込みの黒い蕎麦で、蕎麦の香りが強く、慣れると日本酒のつまみに蕎麦を手繰る というのがやみつきになるらしい。

そして、B級グルメの定番、伊那ローメンにソースカツ丼。

それらの「試食のできるアンテナショップ」の広告料で、ゲーム運営は成り立っている。

味覚、嗅覚まで再現するVRだからこそ、試食できる広告店が成り立つ。



「ちくしょう、猿飛めぇ……」

松本の光景を思い出しながら、奥歯をギリッと噛みしめる。

それらの店には、後で食べ歩きに行こうと思っていた。

だが、あの忍者のせいでしばらくお預けである。

食い物の恨みは、確実に晴らしておかねばなるまい。


奴へのリベンジを心に誓いつつ、

尾張のアンテナショップでみそカツをほおばり、食べ物の恨みをヤツ当たりで晴らす。

いくら食べても太らない、VRでの特権。

そして、攻略サイトで信濃の再確認を始めた。


ゲーム内における信濃は、山に囲まれた土地。

これはリアルでも同じ。

そのせいで、「中央道」にあたるルートでしか甲斐に大軍を送ることができない。

小部隊限定なら、山間を抜けていくこともできるが、ゲームと言えども土地勘が無いと遭難する。

さらに、ここらの山岳地帯は、一日行軍すると兵士が1割脱落する。

奇襲作戦ならできるだろうが移動できる兵力には限りがあり、城攻め砦攻めには不向きである。


そのため、滝川一益は物資集積場として、信濃から甲斐に向かうルートに3つの砦を構築した。

信濃側から順に、富士見砦、白州砦、北杜砦。

各々の距離は、徒歩の兵を普通に移動させておよそ半日の間隔にある。

3つの砦は、中央道を行軍するのであれば避けて通れない。

これらの砦は、今は武田側に奪い取られ、俺たちの侵攻を阻む壁として造りかえられた。



第一の砦、富士見砦は真田信綱が一族を率いて籠っている。

彼は、真田幸隆の嫡男。

真田幸隆は既に病死し、家督を継いでいる。

彼は、武田の主要な戦いで、父親と共に先鋒をつとめた勇将。

武力は高いが、知力はチート真田家としては低いほうだ。


第二の砦は、武田逍遙軒こと、信玄の弟、武田信廉。

信玄の一族武将であり、影武者としても有名。(画家としても)

彼はどの能力値もそこそこ高く、特に政治力が高い。


そして、最後の砦、北杜砦を守るのは、武田四天王の一人、山県昌景。

彼は武田信玄の重臣中の重臣。

最強部隊「赤備え」を率いる猛将。

武力が群を抜いて高く、配下部隊の攻撃力UPの隠しスキル持ち。


3人とも、武田二十四将に数えられる有名人だ。

彼らを突破しないと、信玄の居る甲斐には行けない。


このゲーム内では、長篠の戦いが発生していない。

史実では上洛作戦は有耶無耶のまま退却となったのだが、ゲーム内では武田の敗北で終わった。

兵力は減ったものの、まだ「寿命」が来ていない武将たちは生き残った。

その結果、今の武田家は、兵力は少ないが武将力(?)が高い。

上洛大敗とその後の戦闘を経て、武田家の推定兵力は、3万から5万。

史実として考えればかなりの数だが、ゲーム世界の兵力としては、大きめのプレイヤ連合と同程度。

そのため、それら3つの砦に常駐している兵力も数千でしか無い。

しかし、武田家には友好的プレイヤも多く、彼らの兵力はバカに出来ない。

付け居る隙があるとすれば、譜代の家系である山県と、外様上がりの真田の仲の悪さ。

しかし、彼らの間に逍遙軒が入り、双方をしっかりと纏めている。



こちらの利点としては、南に織田家と友好同盟の徳川家が居る。

かつての三国同盟(武田、今川、北条)は、今川が滅び、北条が「包囲網」に加わっているので、動ける武田の味方は居ない。

さらに、北の上杉も健在で、南を伺い、宿敵信玄を睨んでいる。

東に延びれば、南から叩かれ、南に挑めば北と東から攻撃を受ける。

今の武田家は、3方向を敵に囲まれている。



「徳川と組めれば一気に抜けるかな~?

それに、上杉(の軒猿さんたち)は、親切だったし、手伝ってくれないかなぁ」

北陸を旅した時に、飛騨の美味いものマップをくれた野木さんたちを思い出す。

みそカツを食べ終えた俺は、初夏の街道をかぽかぽと北へ向かうのだった。



■ ■

「遅い……」

岐阜から松本へと向かう街道の片隅で、山伏姿の男たちが石に腰掛け、休憩している。

彼らの頭領と思われる男は、藁で編んだ笠を深くかぶり、顔を隠している。

武田家に属する者が彼を見たら、「真田源五郎どの、何故ここへ?」と声をかけるだろう。


真田源五郎昌幸は、リアルでは「表裏比興の者」と言われた大名。

しかし、このゲーム内の立ち位置は、兄信綱が存命であるため、真田家の家督を継いでいない。

武勇に優れる(逆に言えば、武勇特化の)兄に使われる配下武将にすぎない。


目をつぶり、何かを待つ彼のもとに、農民の服装をした男が駆け寄る。

「主君!配下の者からの急報です。

佐久間信濃が、尾張周りで松本に入ったようです」

「!」

周囲の山伏たちが色めき立つ。

「ふふ、流石は甲府を焼いた男。裏をかかれたか」

「どういたしましょうか?」

「おとなしく兄の待つ砦に帰るさ。

殺った手柄で領地300貫とも思っていたが、これなら上手く付き合えそうだ」

ニヤリと片唇を釣り上げて「悪人笑い」を漏らす。

そして、松本の方角を向いて独り言を漏らす。

「ワシも、いつまでも使われる側は御免だからのう」



■ ■

同日、深夜。春日山城


越後の龍、上杉謙信、死す。

それは、戦国時代を大きくかき回すことになる始まりだった。



長野県、広すぎッス・・・

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