因縁の地へ
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武田家の上洛作戦後、織田家は滝川一益を主将として反撃に転じた。
史実と異なり、近畿地方が平穏であった事が大きい。
激戦の末、織田家は信濃国(長野県)を確保。
さらに兵をすすめ、武田本領、甲斐の国に橋頭堡となる『砦』を築く。
しかし、信長の死を好機として武田家の反攻作戦が始まる。
中国地方で羽柴VS毛利の戦闘が行われていたころ。
武田信玄は自ら兵を率い打って出た。
その老虎の爪は未だ鋭く、甲斐から織田家を排除した。
一益が甲斐に築き上げた砦は全て陥落し、それらは武田家の前線基地となった。
そして、信玄は信濃奪還に向けて、虎視眈々と西方を睨んでいる。
一方で上杉家。
彼らは関東地方の押さえとして、プレイヤ連合と組んでいた。
しかし、プレイヤ連合は調子に乗り、人員規模を大きく拡大。
北条家を含めた、関東地方全域を敵とした「包囲網」を発生させた。
プレイヤ連合で最大規模となった『俳人旅団』の包囲網は東北地方にまで巻き込んだ大乱と化しつつある。
そのせいで、北条家は中部地方に手が出せなくなった。
それらの情勢が相まって、現在の中部地方では、上杉、武田、織田&徳川の3者がしのぎを削っている。
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俺たちの連合がお市さまから押し付けられた無理難題。
それは、安全地帯の中国地方から、血で血を洗う信濃国(長野県)への国替え。
拒否れば、織田家のみならず、朝敵にまでされるというおまけつき。
国替えの準備期間は1か月。
その間に引っ越しを終わらせなければいけない。
織田家と敵対関係になると、織田家に従属している羽柴、毛利の両家とも険悪関係に陥る。
その大問題を前に、俺は皆にどう切り出そうか悩んでいた。
今の領地は、秀吉を始め、尼子、宇喜多の友好的勢力に囲まれ、毛利家とも停戦状態。
安全地帯ではあるが、それは、何処にも攻め込む事が出来ない。
はっきり言えば「刺激が少ない」環境。
SLGで直面する、各国の戦力バランスが固まり、うかつに手が出せない小康冷戦状態。
個人的には、この刺激的な申し出に、飛びついてみたい気持ちが大いにある。
とはいえ、皆で頑張って大きくした領国である。
ゲームでは、各プレイヤが自分のものとして持っている自領地と、切り取りを行っているフリーエリア(日本全図)の2つがある。
自領地は、制限があるが「引っ越し」が出来る。
今回のようにフリーエリアで国替えがされた場合、行先の国に向けて自領地を「引っ越し」すればいい。
そのため、自領地の再開発を考える必要は無いが、フリーエリアの城下町は再開発をしなければいけない。
せっかく今まで開発してきた城下町なので、愛着もあるし、ぽえるや御神楽がどう考えているか、きちんと聞いておかないといけない。
既にリアル時刻は0時を回っている。未成年の二人は既にログアウトしていた。
ため息をつき、明日話すか と考えていたら、
「補習の宿題、ようやく終わったぜ!」と、補習を終えた佐野がログインしてきた。
「おう、佐野」
「どした、合戦で負けたか?」
佐野とは、リアルで長い付き合い。
口調から、何か勘づくことがあったらしい。ヤツに隠し事は出来ない。
かくかくしかじかと今までの事を話す。
佐野はいつになく、真面目に話を聞いていた。
「俺は、信濃に行きてぇな。武田にリベンジしたい」
そう、はっきりと言い切った。
佐野は、東の方に自領地があった。
そこで、β時代の友人と連合を組んで、武田や上杉と戦っていた。
しかし、上洛作戦のごたごたで兵力を損じた所に夜討ちにあい、自領地が半壊した。
その後、復興しては攻め込まれの繰り返しの中、連合リーダーがリアル都合により脱退し、連合は空中分解。
心機一転、佐野はうちの連合に入り、切り込み隊長として戦場を走りまわってきた。
「そうだな。俺も、毛利元就がお隣だった頃のピリピリした刺激が、また欲しい」
現状で、毛利元就と張り合えるような「武神」はほとんど居ない。
その点、武田、上杉の両家は、掛け値なしに「武神」と言える。
相手にとって不足は無い。
「行くか!」「おうよ!」
俺たちは、どちらともなく、くさい友情ドラマのように手を握り合った。
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翌日。
みなに声をかけて、うちの領地に集まってもらう。
大広間に集まった彼らを前に、現在置かれている状況を説明した。
これからに関わる大事な話だけに、皆は真剣に聞き入っている。
「私たちが思っていたよりも、お市さまは策士ですね……」
ぽえるが、おさげをふりふり、腕組みをして考え始めた。
そして、「半分は想像なのですが」と前置きして話し始める。
「うちの連合、秀吉さんと組んでいろいろやってきました。
お市さまは、秀吉さんとうちの連合を切り離そうとしているんじゃ無いでしょうか?」
「知る人ぞ知る というやつですからねぇ」
御神楽がお茶をすすりながら頷く。
中国大戦では、毛利元就の本隊に突撃してガチ勝負をかまし、一矢報いた『千成瓢箪』が功績一番として有名になった。
うちは、どこの戦場でも派手な功績は無いが、地味に名前が売れ始めて来ている。
「信濃だと、中国地方との間は、織田家直轄領を通らないと行き来出来ません。
完全に切り離されましたね」
ぽえるが発言した途端、からりっと襖が開き、一人の男が姿を見せる。
「50点といったところでしょうか」
廊下から現れた武将は、青白い顔色、女性のような細い姿形。
彼は、俺のほうに一度会釈をした。
昨晩、彼の方から「少し、話がしたい」との連絡があった。
そのため、今日の会議に呼んだのだ。
官兵衛が居ない今、情報通として彼以上の人間はいない。
「佐久間殿、お久しぶりです。他の方は初めましてですな。
私は、竹中半兵衛重治と申します」
官兵衛と並ぶ秀吉の右腕は、ゆったりとした動作で空いている座につく。
「本日は、私の独断で来ております。
決して殿のお考えとは関係ありませんよ」
にこにこ笑いながら、話し始める。
「はいはい、で、残りの50点は?」
俺が催促すると、彼は間をすこし外してから話し始めた。
「もし。羽柴家が毛利家と組んで織田家から独立したら、あなた方はどうしますか?」
半兵衛は、いきなり核心をついた質問をする。
そのあたりが、官兵衛とは違い、裏表のない好感をもたれる理由である気がする。
「そうだな。今までの事もあるし、毛利と羽柴が組むのなら、織田家側に付く理由は無い」
赤影さんがはっきり答える。
毛利家とは激戦を行ったが、最後は毛利元就とコネが出来た。
そのコネは彼が死んだ今も生きている。
その影響もあって、毛利家との関係は「怨敵」ではなく、「良き敵」という扱いになっている。
外交上、邪険にされるということは無い。
「そうなると、宇喜多、尼子は東西のラインで、分断・包囲されます。
彼らは必然的に羽柴毛利同盟に入らざるを得ません。
それに、彼らはあなた方と親愛関係があります。
たとえ同盟に入らなかったとしても、我々に批判的になることは無いでしょう。
これで、十中八九、中国地方と近畿西部は纏まります」
半兵衛のいう事を反芻しながら、頭の中で勢力図を描いてみる。
本州最西部を治める毛利。兵庫県まわり(播磨、但馬など)を治める秀吉。
その二者に挟まれるように、南北に尼子(出雲)うち(美作、伯耆)、宇喜多(備中など)が並ぶ。
「お市さまは、自身に忠実な勢力を美作に配置し、羽柴、毛利の連携の可能性を摘み取ろうとしています」
天才と名高い彼に、そのように言われるとそうであるような気がしてくる。
(刺激が無い)と能天気に思っていたが、裏ではいろいろな思惑が火花を散らしていたようだ。
完全に、後手に回っている……
しかし、このゲーム、AIの性能が高すぎないか?
「お市さま」を演じている女優は、戦国時代系SLGでマゾプレイに興じ、
アレやコレの弱小大名を使うことでゲーマー内部では有名な話。
だからといって、「お市さま」まで、その域にする必要は無いのではないだろうか……。
「他の宿老方も似たような状況ですね。
領地を削られ、もしくはお市さまの息のかかった目付が送り込まれています」
物思いにふけっている間に、半兵衛の話は進んでいた。
「武田家は佐久間殿と結ぶことは無いでしょう。ねぇ『甲府の放火魔』殿」
半兵衛がにやり笑いながら、過去の黒歴史を掘り返す。
「続けてくれ」と、俺は仏頂面で先を促す。
「美作に配置されるのは、一門の誰か……。
そして、大きくなりすぎた羽柴家の、先鋒であるあなたを武田家に始末させる。
これぞ、一石二鳥の連環の計!」
コミックなら、ビシッという擬音が付きそうなポーズを決める半兵衛。
「今、秀吉が織田家から離反するという事は無いかな?」
「ありません。向うの打つ手が早すぎました。
我々は黒田官兵衛を失い、毛利家は吉川元春を人質に取られています。
彼らを取り返さない事には、軽々しく動けません」
「打つ手無しですか」
ぽえるがしょげかえる。
「今は時を待つ時です」
半兵衛がぽつり と発言し、この場から去っていった。
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「自分は、信濃に移ってもいいですよ。信濃は支城がたくさんありますし」
御神楽が半兵衛の残した雰囲気を掃き出すように、明るい口調で口を開く。
彼が言うように、信濃国は広いだけあって10個近い支城がある。
そのうちのいくつかはプレイヤの持ち物だが、大半は織田家(滝川家)のものであるので、国替えと共に引き渡される。
加えて、本城の深志城の城下町(現在の松本市)はかなり広い。
美作に農産物収穫量増加というお国柄(国別ボーナス)があるように、信濃は「馬産地」というお国柄。
信濃で牧場を建てると馬の産出量が多く、名馬が出やすくなる。
さらに、金山や温泉という隠し要素まであるので、なかなか面白い土地だ。
「俺は、どっちでもいいぞ~。きな臭い方が楽しそうだけどな」
赤影さんが口元だけにやり と笑う。
「せっかく作り始めた真田丸がもったいないですが、皆さん賛成ですね。
引っ越しの準備をしますかぁ」
ぽえるがそういったことで、俺たちは新たな戦場へ向かうことが決まった。
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「例の豪族たちは、国替えに従うようです」
お市さまの前に、一人の優男が座り報告をする。
「つまらないわね」
白く細い指の爪に、マニキュアを塗らせながら、お市さまは寝そべって報告を聞く。
「もう少し骨があるか と思っていたけど。猿の方はどう?」
「面倒な荒小姓どもが居ない隙に、潜り込みました。しかし、未だ尻尾は掴めません」
その言葉を聞いたお市様は、突然笑い始める。
「あはははは。
冗談が上手いわね。ニホンザルの尻尾は短くて掴みにくいものね」
そして、次の瞬間、信長に似た鋭い目つきに変わる。
「気にする必要は無いわ。あなたは、私が遣わす者たちを補佐すればいい。
頑張ってね、三成クン」
「はは」
茶坊主あがりの側近は、深々と頭を下げた。




