有岡城の虜囚(後編)
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日付と場所が変わって高山砦。
丸太を組んで作られた砦に、友照と配下兵士たちのジャイアニズム讃美歌が響く。
その傍らでは、戦績稼ぎのPT募集シャウトが飛び交っていた。
俺は、喧騒を避けるように、砦の片隅で坂田との話をぽえるに伝えていた。
「う~、妖精武将うらやましいです。わたしも欲しい……」
「領地を歩き回ってたら、いつかは出るさ」
妖精武将とは、動物の姿をした武将の事。
プレイヤの領地で、守り神的に1体存在しているが、出会うのは難しい。
うちの猫武将、三毛村さん(知力系)、御神楽の象武将、長居(武力系)、坂田配下の猿忍者 猿助(技術系)。
いずれも、一芸に秀でた良将だ。
ふと、「人面魚」の忘れようとしても忘れられない顔を思い出した。
十中八九、アレが佐野家の「妖精武将」であるような気がする。
「昔、兵士をタダで増やしたくて、山賊がでるクエストを毎日10回やってたからなぁ。
結構、領地は歩きつくしたよ」
今となっては懐かしい思い出だが、1銭でも惜しい序盤の頃。
山に行き山賊を退治するクエストが、何回でも繰り返し可能なのを良い事に、出現した山賊を『勧誘』スキルで兵士化していた。
そして、無料で作り出した部隊で戦場に行ったっけ。
そんな思い出に浸っている時間を切り裂くように、突然、視界の中をシステムメッセージが流れる。
【殿上人クエストが発生しました】
【依頼者の元へ赴き、クエストを受領してください】
「あ、官位クエスト起きた」
官位は「五位」より上は「殿上人」(貴族)と呼ばれる階級に入る。
「六位」までは、ぶっちゃけ、カネとコネで上げることができる。
しかし、五位から先は、官位上昇クエストをクリアしていくことが条件に加わる。
どれだけの名声を積んでも、実力を持った人からの「推薦」が無いと官位が上がらない。
このクエスト、発生のしやすさが政治能力に依存する。
これまで、なかなか発生せず、官位が六位で据え置きになっていた。
ぽえるに断って、ステータス画面からクエストリストを確認し、依頼者を確認する。
このクエストは、官位奏上を推薦してくれた人が依頼者となる。
依頼者の欄には、「織田 いち」とあった。
それは、あまりにも予想外。まさかの織田家当主のお市さま。
彼女とはコネどころか、ましてや直接会った事もない。
毛利家との戦争の件なら、今更でもあるし、秀吉が依頼者になりそうなものである。
なんとなく、嫌な予感が頭を掠める。
「う~ん、なんでかは解らないけど、お市さまから殿上人クエストが来た」
「さ、佐久間さん、いつの間に貴族なんかに……ジョンブルの犬め」
ぽえるも、天文博士という七位職を持っているくせに、無茶を言う。
「みんなの官位も上がるように頑張るから手伝ってくれよ」
俺は苦笑いしながら、ぽえるのご機嫌を取る。
この手の難易度の高いクエストは、大抵、本人の能力だけではクリアできない。
案の定、ぽえるは喜々として食いついてきた。
「よろこんで!」
「よし、まずはお市さまの所に行ってくるかぁ。悪いけど、兵士たちの留守番よろしく」
「いってらっしゃ~い」
ぽえるに見送られ、俺はお市さまの待つ、ネオ安土城へと向かった。
■ネオ安土城
瞬間転移を利用して、一気に近江国へとすっ飛んで行く。
さすがに、近畿地方メインでやりこんでいると、このあたり何度も通過しているので目新しい物は無い。
ネオ安土城は、信長の「安土城」の再現。
但し、安土城は、姫路城などの現代まで残っている名城と違い、現物は残っていない。
そのため、歴史研究家が「こんな感じ~」と書き上げた予想図を元に作られた。
多層建築で、豪壮な天守閣がある派手な建築物。
しかし、本能寺の変とともに崩れ落ちた。
ネオ安土城は、その仮想安土城の跡地に作られた巨大建造物。
誰が考えたのか、女性らしさを表すべし とのことで曲線を多用した、お城っぽくない建物となっている。
鉄柵が組み合わさった表門で門番に話しかけると、クエストのせいか、簡単に中に通してもらえた。
瞬間転移で案内された先は広大な奥の間。
ぱっと見、百畳を超えるような広さに、度肝を抜かれる。
いつの間にか、部屋の隅に立っていた侍従が「お市さまのおなり~~!」と声を上げる。
すると、きらきらと装飾の施されたふすまがからりと開き、十数人の侍女を引き連れたお市様が現れた。
さらさらと衣擦れの音を残しながら、上座に座る。
「佐久間内膳、本日呼び立てたのは、やってほしい事があるからです」
お付きの侍女が話し出す。
「憎き荒木の手に、黒田官兵衛が囚われています。
捕虜返還交渉を行いますので、あなたは、織田家の使いとして、有岡に向かいなさい」
一瞬、言われた事が解らずに呆然としてしまったが、よくよく考えると、
黒田官兵衛は、秀吉の部下というわけではなく、いちおうは織田家の直臣である。
捕虜返還交渉に踏み切るかどうかは、全て当主であるお市さまの決断にかかっている。
「お市さま直筆の書状を、荒木に渡してきて下さい。
交渉の成否は問いません。戻り次第、朝廷に官位奏上を行いましょう」
侍女のボス格なのか、お市さまの隣に立っている老女が全てを話し、お市さまは口も開かない。
侍女からアイテム「お市さまからの書状」を託され、追い立てられるようにネオ安土城を後にした。
■
クエストの表記では、「単身で有岡城に赴き、書状を荒木に渡してこい」と書かれている。
侍女が言っていたように、交渉に失敗したとしてもクリアになるのは気楽だ。
ネット情報では、この「貴族昇進」クエストはわりあい面倒なモノが求められる。
かぐや姫ではあるまいが、最高級の食材や芸術品、干し柿1年分といった大規模輸送もあったらしい。
腕っぷしだけでは見つけられない、一筋縄ではいかないものばかり。
それに比べれば、いくら敵対国とはいっても「手紙」を渡すだけならたかが知れている。
最悪捕まったところで、ここはゲーム世界。
プレイヤを殺すことは出来ないし、牢屋からの緊急避難もできる。
鼻歌交じりで馬に乗り、かぽかぽと有岡城を目指す。
それは、何度か出撃した、高山砦~有岡城間の道。
相変わらず十字架が針千本のように丘に突き立っている。
ぽえるが心配して、部隊を連れて露払いしようか?と言ってくれたが、丁重にお断りした。
見渡す範囲では、戦闘は行われていない。
ゲーム内での乗馬スキルは、プレイヤが全員標準で持っており、普通に乗るだけなら問題は無い。
初夏の陽気の中、俺は南へとむかって、のんびり歩いて行った。
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そして、その日の夜。俺は官兵衛が捕まっている土牢の中にぶち込まれていた。
官兵衛とお向かいの一等地(?)である。
一般兵に腕を捕まれて、乱暴に牢屋にぶち込まれた。
「命知らずめ!」「バカにしやがって!」
「何故に佐久間殿は捕まったのですか?」
兵士たちが見えなくなってから、微妙に憐れみが混ざった視線で、向いの官兵衛が問いかけてくる。
着ているモノはぼろぼろだが、目や声は力がある。
「あ~、実は……、俺にもよくわからん」
昼過ぎ頃、俺は意気揚々と有岡城へと向かって歩いていた。
こちらは、正式な使者なのでこそこそと身を隠す必要も無い。
そう考えていたら、荒木側の大物見にしっかり見つかり、廻りを兵士で取り囲まれて有岡城へと連れて来られた。
そして、そのまま大広間に案内された。
現れた荒木村重は、「清州会議」でちらと見た、ちょび髭の中年おっさん。
長い籠城生活のせいか、生え際が交代しつつあり、脂光りしている。
「佐久間内膳と言ったか。本日はどのような用件じゃ?
投降しろ という話なら聞く耳もたん!」
神経質に貧乏ゆすりをしながら、一気にまくしたてる。
「え~と、捕虜の返還交渉に来ました」
そう言って、懐から「手紙」を取り出して近習に渡す。
渡した段階で【クエストクリア!依頼人に報告をしてください】とシステムメッセージが流れた。
ずいぶんと簡単なクエストであった。
お市さまから返事をもらえとは言われていない。
「じゃ、これで」と言って帰ろうとしたとき、手紙を読んでいた荒木が、ぷるぷる震えながらこちらを向く。
「さ~く~ま殿」
顔を真っ赤にしてこちらを向く。
「内容は知っておるかね?」
「? いえ全く」
ぽかんとした俺に、荒木がこちらに手紙を向ける。
手から零れ落ち、ぱらりと開かれた中は、白紙だった。
「あれ?」
荒木が畳に拳を振り下ろし、絶叫する。
「バカにするのもいい加減にしろ!こやつをひっ捕らえよ!」
そして、武力の低い俺は、あっという間に駈け寄った武将達に捕まり、現在へと至る。
「それは、失礼ですが、まるっと嵌められて死地に追いやられたとしか……」
なま暖かい目でこちらを見る官兵衛。
お前が言うな!と言いたいが、とりつくろってもしょうがない。
「はぁ。しょうがない、忍者に手引きさせて脱出するか」
脱出コマンドは一度使うごとに手持ちの銀を半分消費する。
名声値も下がるのであまり使いたくは無いが、背に腹は変えられない。
辺りに見張りが居ないのを見計らって、通路越しに声をかける。
「俺は、忍者の手引きで脱出するけど、どうする?」
「自分は、天下国家の100年先のため、もう少し思索に耽りたい。
もう少しで、何か、こう解りそうなのだ」
そう言うと、官兵衛は壁の方を向いて座禅を始めた。
どうも、覚醒まではまだ経験値が足りないらしい。
本人の希望でもあるし、ほっておくことにした。
ステータス画面から「脱出」を選択する。
「脱出を手引きいたします」と、何処かから忍者が無数湧きでてくる。
彼らの手引きということで、問題無く自領地まで脱出が出来た。
プレイヤ的には、一瞬で自領地に転移しただけ。
しめて、銀3万……。
懐に厳しい忍者軍団である。
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結構手間取ってしまったが、官位クエストがこの程度の出費で済んだとすれば、十分に幸運と考えてよい。
これが、レアリティランクの高いアイテム要求であればこの程度では済まない。
金の鱗を持ったアユの為に、1週間徹夜を続けたプレイヤが入院した事件は記憶に新しい。
任務達成と得られる報酬に心躍らせながら、ネオ安土城へと向かう。
五位の官位となるといろいろとかっこいい名乗りがそろっている。
三成で有名な治部少輔は従五位だし、なんとかの守というのも概ね五位だ。
前回と同じように、門番に話しかけると奥へと通された。
大広間へと、お市さまが侍女を引き連れて現れる。
その中に「勅使」と解るような物々しい出で立ちの男が上座に座り、お市さまと侍女たちは少し離れた横手に座る。
勅使は重々しく口を開き、宣言した。
「佐久間どの、信濃守の官位を与えよう」
信濃守は、れっきとした五位の官位。
これで殿上人(貴族)の仲間入りだ。心の中でガッツポーズを取る。
それを宣言し終わると、勅使は何処かへと消えてしまった。
ステータス画面を確認すると、官位の欄が「信濃守」に更新されている。
思わず、笑みがこぼれる。
「佐久間どの、此度は私が誤って白紙を渡してしもうた。申し訳ない」
筆頭の侍女らしき老女が、ちっとも申し訳なさそうでなく、ふんぞり返っていた。
気が付くと、いつの間にかお市さま一行が上座に並んでいる。
あの面倒も含めての超難関「官位クエスト」だと思えば、その程度は誤差範囲。
「いえいえ、そういう事もありますよ」
にこやかに返答をするくらいはできる。
「本題ですが、この度は信濃守拝命、喜ばしい事です」
おつきの老女が喋りだす。
「ありがとうございます」
苦労もしたが、実入りも大きい。
これで、名実ともに一国一城の主。今までのように、伝手外交を行わずにすむ。
にまにましている俺の前で、老女が言葉を続けた。
「で、佐久間どの。朝廷の意向とあらば仕方ない。
滝川が持つ信濃を与えるゆえ、早々に美作、伯耆より移られよ」
「は?」
「信濃は40万石の上国ぞ。あわせて30万石にもならぬ美作伯耆よりも良き国であろう。
これは、お市さまのご厚意である。早々に国替えの準備に入られよ」
「く、くにかえ?」
老女は、さらに追い打ちをかけるように畳み掛けてくる。
「逆らえば朝敵であるぞ。ゆめゆめ、おろそかになさらぬようにな」
呆然とする俺をしり目に、彼らは奥に引っ込んでいった。
お市さまがにやりとほくそ笑むのが見えた。
「え~~~~!!」




