有岡城の虜囚(前篇)
プレイヤを捕虜にすることはできない。
プレイヤは有能な武将で、一般人(能力ALL10)より、遥かに優秀である。
だが、所詮は一個の人間でしかない。
武力極であっても、数百人の敵兵を相手に戦う事は出来ず、いずれは力尽きる。
しかし、ゲームとしての都合上、拘束プレイは楽しいものでは無い。
そのため、自領地への「帰還」は、いつでもできるようになっている。
「脱出」コマンドを使えば、黒づくめの忍者が現れ、プレイヤを救出してくれるのだ。
もちろん、代償はある。
所持している銀が半減する、配下を置き去りにするので彼らの忠誠度が下がる 等だ。
そのため、「どうせ死なない」事もあり、力尽きるまで戦う(逃げる)事も多い。
(そして、力尽きたとしても、やっぱり忍者が助けてくれる)
同様に、捕虜になったとしても、忍者が派遣される。
忍者は、檻のカギを開け、見張りを眠らせ、プレイヤを自領地まで逃がしてくれる。
プレイヤにとって、このゲーム世界は「安全」に戦国時代を体験できるようになっているのだ。
しかし、普通のNPC(AIキャラクタ)はプレイヤとは違う。
脱走には、外部からの助力が必要である。
成功率は低く、敵方の武将を「籠絡」して力を借りるといった、救出作戦を考えないといけない。
他の手としては、外交での捕虜交換という方法もある。
金銭か業物か、何らかの代償と引き換えに交渉を行うことになる。
ステータス画面のコネ欄で確認すると、官兵衛が死亡を現す薄字になっていない。
彼が存命であることは解っていた。
■
「官兵衛捕わる!」の報を受け取った後。
プレイヤ達は集まって、情報交換をしていた。
場所は、高山砦の一角。
参加しているのは、先日の中国大戦で共闘し、顔見知りとなった面々である。
話の中心は、官兵衛と共に物見に出ていた、こげ茶色の髪の女性。
彼女は地元福岡の歴史に接しているうちに、黒田家に興味を持った、いわゆる「歴女」である。
ゲーム開始当初から黒田家の一武将として仕えてきたそうだ。
とはいえ、黒田家専門なので、ぽえるのように各地の戦争に通暁しているわけではない。
このゲームでは、彼女のように、独立せず、AI大名の臣下として働くプレイヤも居る。
自分が存在することで変わっていく、「if」の歴史を楽めるのが、このゲームの醍醐味。
その楽しみ方は、自分が大名として覇者を目指すだけに限るものでは無い。
黒田家だと、温厚な栗山善助、剛毅な母里太兵衛、派手好みの後藤又兵衛といった二十四騎も存在している。
彼らと戦場に赴き、共に戦い、泣き、笑い、主家の栄枯盛衰を楽しむというのも、れっきとしたプレイスタイルである。
自分は東京の出身。
地元の東京(江戸)を領していた徳川家に思い入れがあるかと言われると、ほとんど無いと言い切れる。
俺をこのゲームに引き入れた佐野は、北海道出身。
北海道は明治から開拓が進んだこともあり、地元大名が居ない。
そのせいか、奴も特定の大名への思い入れは無いそうだ。
そういった環境にある自分たちから見ると、彼女のように強い思い入れのある「御当地大名」を持っているというのは羨ましくもあり、眩しくもある。
彼女によると、有岡城を偵察に行った官兵衛一行は総勢十数名。
止めれば良いのに、調子に乗って深入りしたらしい。
気がついた時には、敵の制圧圏内に深々と入り込み、官兵衛が仕掛けられた投網の罠に引っかかって、宙吊りになったそうだ。
そして、助けようとする間に敵兵に取り囲まれていたそうだ。
しかし、そんなことで折れないのが、クロカンクォリティ。
二重、三重の投網にくるまれ、木の上に吊り下げられながら、知力系スキル『説得』を使用。
旧知の荒木と話をするために訪れた という苦しい言い訳をなんとか敵兵に信じ込ませ、解放させることに成功した。
但し、会合に行くのは彼ひとりという条件。
官兵衛はその条件をのみ、単身有岡城へと向かった。
そして、官兵衛は帰ってこなかった。
■
「これは、きっとアレだよねぇ」
「だな~」「間違いない」「やっぱり来たね」「強制イベントキター」
彼女の問いかけに対し、満場一致で賛同が起きる。
皆が「アレ」と言っているのは、史実でも存在した「官兵衛、有岡城に乗りこんで1年幽閉」の件だ。
歴史小説では「覚醒」イベントとして書かれる事が多い。
この幽閉を超えることで、単なる「優秀な軍師」であった彼が、秀吉の天下取りを傍らで助ける「覇者の宰相」となった と言われる。
このゲームをプレイしているプレイヤは、大なり小なり、歴史に興味を持っている。
目の前にそんな大イベントがぶらさがっているのを邪魔するような無粋さは持っていない。
こげ茶色の髪の彼女は、女性ながら武力極。
薙刀使いの猛将として、黒田家で前線を駆けている。
その気になれば、官兵衛一人くらい、小脇に抱えて逃げられたと思うが、わざと逃げずに、歴史イベントに従ったらしい。
AIが動かすNPC武将達の会合は悲嘆的らしいが、プレイヤ側の会合に悲観的な要素はまるで無い。
プレイヤにとって、これは予定調和のようなもの。
運営に対する不満は細々とあるものの、その一方で、歴史に関しての運営に対する信頼は厚い。
「楽しみだわ~」
「次回、『如水爆誕』かぁ。見せ場回だね」「まだ号はつけてないって」
そんな雑談を聞きながら、うれしそうににんまりと笑いを浮かべる彼女に、一人のプレイヤがズバリと切りこむ。
「でも、それって1年待機する ということ?」
「そうね~。でも、待つ時間も楽しみじゃない?」
さすがの歴史オタクたちも、そこまでは付き合っていられないのか、返答を濁して顔を見合わせる。
「まぁ、忍者に様子を見に行かせて、『覚醒』しているようなら助けに行こうや」
秀吉方連合『千成瓢箪』のリーダーが出した、当たりさわりの無い意見にまとまり、今回の会合は終わりになった。
そして、その後はプレイヤ間の雑談が始まる。
「『洗礼』受けた?」「あれヤバいよなぁ……」
「ドラキュラの影響受けすぎだろ」
そんな当たり障りのない雑談の中、一人のプレイヤのシャウトが響き渡る。
「お~い。このまま有岡城放置しておくのもなんだし、何人かで軽く攻め込まないか?」
MMOのパーティ募集さながらに、攻城戦メンバの募集がかかる。
始めは、「官兵衛が捕虜なのに攻め込んで良いのか?」という囁きも出たが、既に長期戦となっている有岡戦線では、捕虜の交換は日常茶飯事で、気にすることはないらしい。
「兵士は1000人まで、できれば槍兵。正門前でクエストがあるから受けといてね~」
鉄砲兵でも良いですか?とか、何処から攻める?といった質問が周りからあがる。
さらに、あぶれたプレイヤ達で第二隊、第三隊まで組まれ始めた。
攻城戦によって削った城の防御力は、修理によって徐々に回復していく。
補修コマンドを使うと、「妖精さん」のような工兵が何処からか現れ、崩れた塀の穴埋めや門の補修を行う。
せっかく崩した防壁の修復を防ぐため、定期的に戦闘を繰り返し、修理を邪魔しておく必要があった。
工兵妖精さんたちは、敵性部隊が近くに来ると、仕事を放り出して雲散霧消するのだ。
プレイヤ達には好きなタイミングで有岡城に攻め込む自由が与えられており、砦の正門前にいる担当者に言って登録すれば、戦場クエストを受領できる。
戦場クエストでは、漸減させた敵戦力に応じた褒美に加え、指定された敵将を捕獲できれば大ボーナスがもらえる。
そのため、有岡城は大規模戦闘の場となっている。
もちろん、有岡城側も負けてはおらず、高額で傭兵を雇っている。
分は悪いが、オッズは高い。
有岡城側に付いて荒稼ぎしているプレイヤも居た。
「佐久間さんも参加しませんか?」
ぽえるは、早々に参加を決め、第一隊で攻め込む準備に入っていた。
配下武将に準備をさせる傍ら、俺も誘いに来る。
中国大戦では、毛利元就にあこがれたプレイヤが毛利家に多かったせいか、敵方に知力極が多く、策も罠も不発ばかりで、うっぷんがたまっているらしい。
「俺は、ちょっと忍者を動かしたいから、一度領地へ戻るよ」
「官兵衛さんのことですね。こないだ騙されたのに、律儀ですね~。
戦国時代で長生きできませんよ?」
「まぁ、先々の事を考えてね」
そう言って別れてから、配下武将たちに、兵の待機を支持し、表門へと向かった。
「転移」は砦の中からでは出来ないので、一度砦の外に出ておく必要があるからだ。
表門は、これから出陣する予定のプレイヤ達でごったがえしていた。
第一陣の一部は既に砦の外で整列しており、行軍準備に入っている。
その姿を横目で見ながら、自分の領地へと「転移」を行う。
現在位置は摂津の北側。
目的地の自領地は、引っ越しで移動した伯耆中心部。
直線距離にしておよそ100キロ超を、銀100の消費で一瞬にして移動する。
ひさびさの自領では、領民たちが挨拶してくる。
今では、俺も一国一城の主。
貫禄がついたはずなのだが、領民たちの挨拶は未だに「おっす、お館サマ」であるのが空しい。
実際の戦国時代と同様、真正面からの城攻めは難しい。
十分な準備を備えて籠城された場合、一つの門を突破するのに丸一日かかることはざら。
ちんまりとした支城でもそれだけの防御力があり、本城の巨大城塞ともなると落とし切れない事も多い。
そのため、調略や大砲等の攻城兵器、敵軍の野戦への釣りだしといった、諸々の手管が必要になってくる。
うちの連合も何度も城攻めを行っているが、ガチな城攻めは今回が初めてである。
当然のことながら、攻城兵器など持っていない。
(移動型の大砲は、維持費がバカ高い上に故障しやすい……)
今まで、何度も有岡を攻略しても落せなかったのであれば、別の方面からの策略が必要になると思っている。
それが何かは、まだわからないが、とりあえず、有岡城の正確な地図がほしいと思った。
そのため、自領地に赴き、忍者育成施設「修験寺」で教官を務める流水斎のところに向かう。
■
ぱっと見は、普通の寺のように見えながら、そこかしこに隠し通路のある施設。
それが修験寺である。
その片隅で、流水斎が茶を飲みながら、後進の修行を見ていた。
忍法「へそ茶沸かし」。
一家に一台欲しいものである。
「流水斎。有岡城の地図を作りたい。配下を率いて行ってくれ」
「お言葉ですが、お館さま。有岡は、この老骨にはちいと広すぎます。
時間が無いのであれば、腕の立つ者がひとりふたり欲しいですな」
有岡城は総構えのだだっ広い城郭を持つ。
地図作りには、優秀な忍者の手が何人も必要になる。
だが、赤影さんは今ゲーム世界を不在にしているので、彼の配下を動かす事が出来ない。
流水斎に匹敵するほどの、忍者が何処かに居ないか。
そう考えたとき、俺には思いつくことがあった。
■
フレンドリストを確認しながら、『松下村塾』の坂田にコールする。
2,3度目のコール音の後、眼鏡特有の神経質な声が聞こえた。
最近の彼は、VS大友の前哨戦に備え、海峡警備を行っているらしい。
「何だ?」
「坂田、頼みがあるんだ。官兵衛が有岡城に捕まった」
「ほほう。ついにアレが来たか」
「そうそう。で、猿助の力を貸してほしいんだ」
「猿は荒事には向かないぞ?」
「問題ない。まずは、有岡の地図を作りたい。
どうも、最近の土木工事のせいで、昔の地図が使えないらしいんだ」
「よし、フグ釣りにも飽きてきたとこだし、見に行ってやろう」
いつもながら、上から目線の眼鏡くんを味方につけ、有岡攻略が始まろうとしていた。




