有岡攻城戦前夜
物見撃退戦は、兵数の差もあって高山側の勝利で終わった。
高山友照は一度戦場を振り返り、聖職者らしく十字をきってから虐殺現場を後にした。
ゲームであるため、死体は残らない。
背後には、ぽつぽつと十字架の墓標が残されているだけだ。
そこで何があったのかを知る者はいない。
■
友照の後ろを騎馬で進んでいると、広い背中にいくつも赤黒い染みがこびりついているのが見えた。
法衣の場合の「装備の破損」という表現なのか、法衣(?)にこびりついた返り血が残っている。
ゲーム上、装備品には「耐久値」と「最大耐久値」がある。
使えば耐久度が減っていき、0になると修復するまで使用できなくなる。
何処の街にも一人は居る、「鍛冶屋」や「裁縫師」に見せれば、減った耐久度に応じた銀で修理を請け負ってくれる。
(もちろん、ヘタレ鍛冶屋やマヌケ裁縫師が最大耐久値を削る事もある)
そして、修復が終われば、新品同様の状態に戻るのだ。
通常、衣服系の損壊は「破れる」という形で表現される。
血まみれというのは始めてみた。
まぁ、衣服が血まみれになっているだけなら「暴力表現アリ」の年齢規制ゲームでは見かける光景だ。
しかし、俺が違和感を感じている理由はそこではない。
染みのいくつかが、どうにも「人の顔」に見えてしょうがないこと。
肩甲骨の下あたりにある二つの染みが大きく開かれた目、その下には苦悶に歪む唇。
じっと見つめると、こちらを見返してくるような悪寒がする。
「う~ん……」
意見を聞こうと横を進むぽえるを見る。
彼女は体を捩じらせた異様な体勢をしてまで、彼から目をそらし、どこか遠くの景色を見ていた。
その気持ちはわからなくも無い。
苦笑いを漏らしながら視線を戻すと、心なしか染みがさっきと違う形になっているような気がした。
慌てて目をこすって見直す。
だが、もう一度見直しても変化は無い。
しかし、心なしか、少し目を離すと表情が変わっているようで気になってしょうがない。
さすがは悪魔神官である。
■
高山砦に戻ると、留守居を行っていた右近が出迎えてくれた。
「爽やか」と表現したくなるような、右近の全身から発する雰囲気で、心が安らいでくるのを感じる。
砦の中を見回すと、遅着した孫一や岩斎他、うちの配下武将達が、兵士たちを指揮して露営施設を作り上げていた。
彼らは帰還した俺たちを目ざとく見つけ、駈け寄ってくる。
「大将、小屋つくっときましたぜ~」「ん、顔いろが悪いですな?」
「お、おぅ、ありがと」
慕ってくれる配下武将に囲まれながら、一息つく。
彼らはいつもの平常運転。
ちらりと横目で見ると、右近はにこやかに父親を迎え、戦果を問いかけていた。
「父上、いかがでしたか?」
「今日は20人ほど杭、改めさせたかな」
(いま、杭って言いましたよ!?)
ひそひそ声で話しかけるぽえるは、笑顔が引きつっている。
(いや、悔い の聞き間違いだよ)
自分も口元がひきつっているのを感じながら、ひそひそ声で返す。
「そうでしたか」
その先を言いかけた時、右近が立ち止まる。
そして、腕を上げて友照の歩みを制する。
「どうした?」
「いえ、父上。花を踏んでいます」
友照は慌てて踏み出した足を持ち上げる。
「小さな花であっても、天の父の作りたもうものです」
そう言って、目の前で十字を切る。
(うわ~、右近さん、マジ天使~ですよ)
右近のイケメンぶりに、歴女のぽえるもうっとりしている。
「話の途中でしたね。異教徒は肉片一つ残さず消しましたか?」
「当然だ」
友照は息子の問いかけに、胸を大きく叩く。
(親子揃って、マジ悪魔だろ)
( …… )
拭いきれない不安を胸に、その日は別れてログアウトした。
■
翌日。
ログインした時、ゲーム内では朝方だった。
現実とゲーム内では、ゲーム内のほうが速く時間が過ぎる。
その間、プレイヤキャラクタは「某かの用事で不在」という扱いもしくは、
それが難しい場合は、AIがそれなりに動かしている。
「大将~、すんませんが、ちと会ってほしいやつが……」
宿舎から出てきた俺を、いつになく歯切れの悪い口調で孫一が出迎える。
「相手は誰だ?」
「あ~っと、雑賀の郷の、なんというか、傭兵の取りまとめ役みたいな奴なんだけど」
「ふ~ん。じゃ会ってみるか。何処に行けばいい?」
そう言って門の方に歩きはじめる。
「お~っと、佐久間内膳正殿ではございませんか」
丸眼鏡をかけた小太りの男が、にこにこした男がやってきた。
傍らに、左目に眼帯をかけた大男を引き連れている。
大男の姿を見た孫一の表情が、嫌悪に歪む。
大男の方も怨恨が籠ったような目つきで孫一を睨みつける。
「自己紹介が遅れましたな~。ワイこういうもんです」
そう言って、丸眼鏡の男は、懐から名刺代わりの木の板を取りだす。
【雑賀衆傭兵連合 営業部長 土橋左馬の介】
「鉄砲隊が必要な際は、『おーさいか、おーさいか』(03150315)とご用命ください」
「あ、あぁ。覚えておくよ」
315だと「最後」になるんじゃないか?という疑問が頭をよぎる。
その傍らで孫一と大男は一触即発のガン飛ばしを始めていた。
「あぁ、孫一さんよぉ、どのツラ下げて近畿戻ってきた」
「はん、若太夫さんよぉ。鉛玉もう一発ぶっこんで、ツラ見やすいようにしてやるぞ、オラァ」
二人とも上背があり、口も悪いので一触即発の雰囲気が漂っている。
罵り合う声が徐々に大きくなり、こちらの「商談」の話がよく聞き取れなくなってきた。
左馬の介は「ちょっとすみませんね」と言って、にこにこしながら二人に近づいていく。
彼はわりと小柄なので、身長は二人の首元くらいしかない。
そのためか、罵り合う二人は左馬の介の接近に気が付いていない。
「オゥ、やれるもんならやって(ゴフ)」
孫一に掴みかかろうとした大男の鳩尾に、左馬の介のボディブローが綺麗に入った。
「商売の話邪魔してんじゃねぇぞ!こちとら、いま営業してんだよ。
喧嘩売る暇あんなら、戦の腕売れや!」
左馬の介の啖呵が、腹を抱えてうずくまった大男の上に降り注ぐ。
「ははは」
孫一がうずくまる若太夫を指さして笑い始めた瞬間。
左馬の介が抜く手も見せずに重厚な鉄砲を取り出し、孫一の脛に打撃を加える。
弁慶の泣き所と呼ばれるあの部分。
ごつっと鈍い音がして、脚を押えながら、孫一が涙目で地面を転がる。
見ているこっちまで痛くなってくる。
「テメェ、営業行く 言うたから旅費出してやったんやないかい。
毛利のボンボン落としたくらいで何調子のってけつかる」
「うぅ、ごめんなさい……」
彼は、のたうちまわる雑賀の猛将2人を背に、俺に向き直り、にこりと笑った。
「熟練の鉄砲大将と百発百中の鉄砲兵1000と弾込めを行う後続兵2000で、
1か月、銀10万から取り扱っております。
おぉっと、鉄砲と弾代は費用に含まれます」
にこにこと笑いながら続ける。
「銀」は、プレイヤ及びNPC間の流通の為にデザインされた通貨である。
主にクエストで手に入り、フィールドの雑魚敵を倒しても多少は手に入る。
銀の入手量は、クエストを回すことで頑張って一日に1000程度。
+2の業物がおおよそ1万なので、生産系の職人であればもっと稼ぐ事は不可能ではない。
しかし、兵1000に月10万ともなると軽々と手が出る数字ではない。
ちなみに、俺の所持金は20万程度。
レアスキル『山師』持ち武将が配下に居る事もあって、結構持っているはずと自負している。
「う~ん、余裕があったら かなぁ」
「はい、それでよろしゅうございます。
本日は、お時間を頂きましたお詫びに、こちらを」
彼は傍らに持った黒い革鞄から、『いってん』と書かれた手のひらサイズの木の板を出した。
「こちらは、雑賀ポイントカードです。
ご用命いただくたびに点数が増えていきます。
『じゅってん』から、点数に応じた特典をお付けいたします」
「ふ~ん」
受け取って、手の中で転がしてみる。
何の変哲も無いような白木の板に、墨痕鮮やかに『いってん』とかかれている。
どうも、この書体は何処かで見たような気がする……
「なぁ、これ使えるかな?」
アイテム袋から、ドラゴンの洞窟で見つけた『ひゃくてん』の札を出して、左馬の介に見せてみる。
左馬の介はちらりと札を見ると、無言で受け取り、何度もひっくり返したりして鑑定している。
しばらく時間が過ぎ、鑑定を終えた左馬の介が札を俺に返す。
「これは、本物の『ひゃくてん』札ですね。
ゴールドカードいや、ブラックカードと言ったところでしょうか。
さすがは佐久間様、御贔屓いただき感謝します」
「でも、これは拾ったものなんだよな」
「所有権は佐久間様にあります。問題はありませんよ」
左馬の介は営業スマイルを浮かべたまま答える。
「ほほう、で特典は?」
(1回無料とかだと良いなぁ)と思いつつ、淡い期待で聞いてみる。
「90%引きにさせていただきます」
「マジ?それなら、現実的な値段だ。今度頼むわ」
「はい、優良顧客様は神様です。勉強させてもらいま」
そう言い残し、左馬の介は大男を引きずりながら帰って行った。
「左馬の介……相変わらず容赦ない……」
涙目のまま、孫一が立ち上がる。
その時、東門の方が騒がしくなってきた。
相馬が俺を見かけて駆け寄ってくる。
「いたいた。探しましたぜ、お館さま~、羽柴の若殿が到着したみたいですぜ」
「おう。早速出迎えにいこか」
土橋左馬の介の名刺を懐に入れて、表門の方に走り出した。
機会があれば使うようにしよう。
■
砦の表門には、多数の羽柴勢兵士たちが続々と到着していた。
その中に、きんきらに輝く、一際派手な馬印が見える。
羽柴家の瓢箪の下には、秀路と秀長が居た。
羽柴秀路は魅力極。
まだ若い事もあり、総合値としてはそれほど高くはないが、魅力と知力に秀でている。
そのせいか、コネが出来たときに魅力が上がった。
門前に到着した時、高山親子が秀路の出迎えの挨拶をしていた。
「羽柴の若殿。初にお目にかかります。
私が高山友照、こちらが息子の右近重友。よろしくお願いします」
「お願いします」
友照の紹介の後に続いて、右近もお辞儀をする。
「おぉう、聞いてる聞いてる。よろしくな~」
秀路は、二人に出会えたことがうれしくてたまらないように、顔を輝かせる。
そして、好奇心を抑えきれぬ勢いで、キリスト教やクリスチャンに関して、いくつもの質問を始めた。
予め、予習でもしていたのか、その問いはすっ飛んだモノでは無い。
答える側の友照や右近も、答え甲斐のある質問に嬉々として答えていく。
「ときに若殿、それほど興味があるのでしたら、洗礼を受けてみませぬか?」
話題の切れ間を縫って、右近が秀路に問いかける。
「私自身、ジュストの洗礼名を持っております」
「やるやる~」
間髪入れずに承諾する秀路。
しかし、それを聞いた秀長があわてて横から割り込んでくる。
「待て、待て、まだお前は元服したばかりなんだから、
親父殿の許可を得てからにしような、な?」
「あははは。叔父御がそう言うならしょうがないや。
高山どの、親父に許可をもらってからにさせてくれ。
でもさ、たまには話聞きに行っていいだろ?」
「もちろんです!若殿」
じゃ~またな~ と手を振りながら、秀路は秀長に引きずられて、砦の横に作られた本陣に向かった。
「父上、なかなか手ごたえありですね」
「うむ。これは『国教化』もいけるかもしれんのう」
残された高山親子は、ガッツポーズをしながら熱っぽく話しあっている。
狂信者たちが、あっさり手なずけられた……
さすが、血は争えない。
秀路は、魅力極みの能力をフル稼働させ、高山親子をあっという間に陥落させた。
なんて、恐ろしい子……
茫然と秀路を見送っていると、早馬が門から駆けこんでくる。
「どうした?」
彼は黒田家の配下武将の一人。
ここに来るまでの間に、何度か官兵衛のそばで見かけた。
彼は、俺の引き留めにあって一瞬迷ったが、意を決して話し始める。
「物見に出ていた主君が、荒木方の兵に見つかり、捕えられました!」




