神の名のもとに
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仮想世界の中では春真っ盛り。
ところどころに配置された桜は満開。
リアルではなかなか会えない友人を誘って、リアルでは行けない桜の名所に行ける というのも、ゲームならではである。
そんな春の日の、良く晴れた昼さがり。
ぽかぽか陽気の中、だれた雰囲気の兵士を率いて、据え置きになっていた有岡城の攻略に向かっていた。
うちの連合から出陣しているのは、俺とぽえるの2人だけ。
佐野はリアルで赤点をたたき出したため、補修で不参加。
赤影さんはリアル仕事(花見?)で手が離せず。
御神楽は、本人の希望もあり新しく入手した伯耆の内政(街割り)を任せている。
かぽかぽとのんびり進む馬に乗って移動する我々の案内に、黒田官兵衛とその配下武将が数名が同道している。
何れも、強面の荒武者揃い。
そして、後方には秀吉の嫡男、羽柴秀路がまだ幼くして元服し、戦場に出ている。
年齢的には、一般的な元服よりかなり早い。
なんでも、秀吉自身が10歳になるかならないかで初陣を踏んだから という理由らしい。
(プレイヤの子供には元服は15歳 というルールが適用される。これはNPC限定のチート)
その周囲には羽柴秀長に加え、後に七本槍と言われる配下武将たちがきっちりガードしている。
予め官兵衛から教えてもらった情報では、
現在、有岡城周辺にはいくつもの臨時付け城が作られており、物資集積場を兼ねている。
目指すは北側に位置するひとつの砦。
ここは、お市さまに早々に降伏した高山親子が管理しており、高山砦と名付けられている。
史実通り、高山親子は敬虔な切支丹。
そのためか、仏教系の武将と折り合いが悪く、この砦の方面が手薄になっているらしい。
秀長、秀路率いる本隊は、一旦近江に行ってお市様にお目通りをしてから、有岡城に攻めかかる。
俺たちは、黒田官兵衛が率いる先鋒部隊の一翼として、足固めをしておく手はずだ。
なぜ、こうなったか……。
それは、「目指せ!100万石」として、秀吉と同盟を結ぶために姫路城に行った事から始まる。
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姫路城で俺たちを迎えた秀吉は、同盟を二つ返事で承諾してくれた。
しかし、その場で「そういえば……」と有岡城の事が出てきた。
中国地方が安定した事もあり、毛利に対する後詰は不要になる。
同盟の初仕事として、うちにも有岡戦線に出陣してほしい という要請だった。
うちの領地では、中国大戦に向けて兵力の増強をしすぎたせいもあり、兵力がだぶついている。
中国大戦での被害をもっと大きく想定しており、万の単位で増やしたのが裏目に出た。
いざ、大戦が終わってみると、攻め込む場所が見当たらないという状態。
俺たちは、渡りに船とその話に飛び付き、今回の出陣であった。
少し前の月例バージョンアップで織田家のあり方が変化した。
プレイヤに直接的な影響は無いものの、お市様をトップとする「織田家」から、五宿老(柴田、丹羽、滝川、羽柴、池田)の各家が独立。
各々が戦国大名となった。
彼ら五宿老は、織田家と「従属」状態にある。
宿老たちは、独自の外交ができるようにはなったが、織田家の要請があれば兵力を出さねばならないし、上納金も必要となる。
そのため、織田家優勢状態は相変わらず。
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高山砦に向かう傍ら、戦況を教えてもらった。
ゲームにおける有岡城は、遷都で生じた「遷都バブル」によって潤った。
荒木村重は、その金に糸目をつけずに、総構えで強化しまくった城塞である。
城内に蓄えられた金品も多く、雑賀者、伊賀者といった傭兵部隊を大々的に雇い、長々と抗戦を続けている。
ゲーム上、城下町からの納税や金山(港)からのアガリは、たとえ城が包囲されていても律儀に城に入るからだ。
だが、長く戦闘を続けると周辺の付城や砦は全て陥落済み。
本命の有岡城の陥落も、時間の問題と目されていた。
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高山砦は、丸太を組み合わせて出来た柵に囲まれていた。
東西に伸びた楕円形で、大きさは500m*200mほど。
有岡城に面した南側は斜面になっており、3重の木柵が築かれている。
木でできた櫓が設けられ、斜面を登ってくる敵を鉄砲で狙撃できるようになっている。
東西には深い空堀が掘られ、容易に近寄れない。
中心部には2-3階建てとみられる「本丸」がそびえている。
「砦」は、銭を大量に投入することでプレイヤも建設することができる。
うちの連合(約30万石)だと、おおよそ半月ぶんくらいの収入にあたる。
砦の防御はそれほど高いものでは無く、攻城兵器で簡単に突破されてしまう。
だが、砦は中にこもっている兵の士気を回復させる効果がある。
士気を回復する方法は限られているので、遠征地での長期戦を行うには必須の存在だ。
両開きの表門には、十字架が取り付けられていた。
本丸のてっぺんにも大きな十字架があり、一見すると教会のようにも見える。
周辺の柵に綻びは無く、事前情報通り、今回の戦は攻め手優勢で推移していることが予想できた。
到着すると、砦の門前で十字架を背に一人の武将が出迎えていた。
戦国武将では珍しく華奢な体つきで白皙の肌。
漆黒の髪を総髪にして後ろに流している。
全身を覆う真っ白な法衣が肌の白さを強調する。
胸には簡素なロザリオをぶら下げており、彼が敬虔なクリスチャンであることが見て取れる。
「ドン=シメオン、お久しぶりです」
高山右近は、官兵衛に向かって丁寧に頭を下げる。
響きのよい澄んだ声をしている。
「おぉ、ドン=ジュスト。出迎え感謝する。
紹介しよう。彼らが毛利を手玉に取った者たちだ。佐久間殿と江利津殿である」
「お噂はかねがね耳にしておりました。謀神を退けた、あなた方のお力があれば百人力です」
右近は、俺たちにも丁重なお辞儀をしてくれた。
【高山右近とコネが出来ました 魅力+1】
「お父上は如何なされた?」
「先ほど敵方の物見の兵が出たとの急報が入り、ドン=ダリオ(高山友照)は、撃退に向かっております」
右近がそう言って南の方を指さしたとたん、眼前にシステムメッセージが流れた。
【戦場クエスト 『物見隊隊長を捕獲せよ!』が発生しました】
戦場クエストは、戦場にありがちな特定の目的が指定される。
「一番槍」「総大将鹵獲」など味方と競り合うものもあり、達成は至難ではあるが、そのぶん実入りも大きい。
「では、佐久間殿、我々も様子を見に行ってみよう」
「はい」
言っちゃ悪いが、毛利元就と比べれば荒木なんぞ大したことは無い……
そう思った俺は、黒田官兵衛の提案に乗り、クエスト達成のため一目散に南を目指した。
あんな事態になるとは、思いもよらずに。
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高山砦から南に向かって馬を走らせると、すぐにまばらな林が見えてくる。
随従しているのは、武力型の配下武将と100人程度の騎兵のみ。
敵さんが数百人規模の「大物見」ではなく、100人程度の「物見」なので、速度を優先して構成している。
切り株だらけの寂しげな林を抜けると、ひらけた荒野に出た。
軍勢が何度も通って踏み固めた道の脇に、木でできた十字架がぽつんと一基立っていた。
地面に出ている部分は、高さ1mを超える程度。
上から30センチくらいのところに、縄でしっかりと横木を縛りつけただけの素朴なもの。
下の部分は杭のようにしてあるのか、しっかりと地面に突き刺さり、一見すると墓標のように見える。
「墓……かな?」
「えぇ。高山友照どの、洗礼名ドン=ダリオが立てた兵の墓標です」
ふと漏れたつぶやきに答え、黒田官兵衛が解説をしてくれる。
「さすがは敬虔なクリスチャンですねぇ」
ぽえるが感慨深げに十字架を見つめる。
ゲーム世界では、雑兵にしろ武将にしろ、死んだら肉体は消滅してしまう。
死体を目にする機会はほとんど無く、それがこの仮想世界での「ルール」である。
だが、律儀に墓標を立てて弔っているというのは、高山一族はよほど信仰が篤いに違いない。
そんな事を思いながら、さらに道を進むと、墓標の十字架が徐々に増えてきた。
視界の中にある十字架はすでに100を超えており、墓地と言っても過言ではない。
「戦場とはいえ、すごい数ですね」
「あぁ。昔見た、ドラキュラの映画を思い出した……」
「ドラキュラ……、串刺し公のヴラドですね。
ヨーロッパ側では、最前線でオスマン帝国と戦い続けるた英雄ですよ」
軍事方面の話となると、ぽえるはイキイキとしてくる。
彼女のトリビアを聞きながら進むと、小高い丘に差し掛かった。
丘の向こうから、小規模な戦闘音が聞こえてくる。
馬を走らせて丘の上に立つと、そこは戦場だった。
予想通り、敵味方あわせて100人を超える程度の小規模な戦闘が行われている。
敵将を求めて周囲を見渡すと、異様な雰囲気の一団が目に入った。
高山家の家紋「七曜星」の旗と、十字の旗を掲げた異様な集団。
揃いの法衣に身を包み、血走った目で戦場を横行している。
その中心に、一際大きな体の武将が居た。
一般兵よりも頭ふたつは大きく、背中に何本もの「十字架」の杭を背負っている。
それがひときわ異様さを醸し出していた。
視界のなかで、巨漢の武将は敵将の胸倉をつかむと、軽々と持ち上げる。
そして、割れ鐘のような大声で問う。
「お前は、神を信じているか?」
「信じます、信じています!」
中空に釣り上げられた敵将は、半泣きになりながら叫ぶ。
「心の底から?」
「はい、はいぃぃぃ」
「では、祈りの言葉を言ってみろ」
「えっ……、な~むあみだぶ~つ?」
敵将は外国人が日本語を喋る時のような、妙な抑揚をつけて南無阿弥陀仏を唱える。
一瞬の沈黙の後。
「悔い改めよ!」
彼はそう言い放つと敵将を地面に叩きつけた。
そして、にぶい音を発して地面でバウンドする体を、手に持った十字架の杭で串刺しにした。
断末魔の絶叫と返り血を残して、敵将が消滅する。
唖然としながらも彼を観察すると、右近と同じような法衣を着こんでいる。
返り血であちこちが赤黒く染まっていて、とても同じ服には思えなかったが。
顔色は病人のようにどす黒く、目の下の隈と相まって凶悪な形相をしている。
戦場には惨劇の痕跡と思われる、血まみれの十字架が何本も乱立していた。
「ひ、ひえぇぇぇぇ」
目の前で行われている15禁すれすれの行為に、ぽえるが目を真ん丸にしておびえる。
この世界に「ジョブ」という概念があるのなら、彼はどう見ても「悪魔神官」だ。
敵将が倒れたことで、敵部隊の士気は崩壊し、残存兵は逃散していった。
返り血に染まった武将は、こちらに気が付き、親しげに寄ってくる。
「おう、ドン=シメオン。今日も罪人を十字架にかけてしまったよ」
「相変わらずですな、ドン=ダリオ」
苦笑いをしながら、官兵衛が答える。
「ところで、そちらの御仁は?」
「かの毛利元就を退けた、佐久間殿と江利津殿だ」
「ほう」
ドン=ダリオこと高山友照は、十字を切ってから俺たちに向き直る。
「十字架の前で、祈りの言葉を言ってみろ」
高山友照は背中の十字架を一本取り出して、俺の前に付きつけた。
「うえぇぇ!?」
鬼の形相で見つめる悪魔神官の前に、脳裏に走馬灯が走る。
中学校、小学校、保育園……。
「う、あ、天にまします我らの父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。アーメン」
混乱の中で、かつて何度も繰り返した保育園の「食前の祈り」を口走る。
「ふふふ、佐久間殿は腹が減られたか?砦に戻ったら食事を用意させよう」
一応、合格であったらしい。
彼は笑いながら十字架を降ろした。
SLGであるはずなのだが、「ホラー」とは違った、「スプラッタ」的な恐怖を感じた。
一方、ぽえるはすらすらとお祈りの言葉を唱え、危なげなく合格する。
「うち、ミッション系なんですよ。まさか『礼拝』の授業が役に立つとは思いませんでした」
ひそひそ声でネタを教えてくれる。
ミッション系の女子校とは心躍らせる言葉であるが、目の前の悪魔神官からのプレッシャーでそれどころではない。
【高山友照とコネが出来ました 信仰+1】
「信仰」という耳慣れない能力値に突っ込みたい気持ちと、これからの事との板挟みで頭痛がしてきた。




