表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/9

聡明な青年

 

 今日も父さんはいない。

 陽はとっくに暮れていた。村の警邏隊の活動時間は、危険な魔物の行動が活発になる夜半だ。警邏隊長である父さんも必然的に夜は忙しく、家にいる事が少ない。特に近頃は家にいないのが当たり前になっていた。それというのも、本来ならば比較的温厚な草原の魔物達が、どういうわけか妙な動きを見せているのが原因だった。


 村の警邏隊は主に有志から成り立っている。つまり、強制ではなく希望性。それでも村の若者はほとんどが入隊する。警邏隊に属することで一人前の男と見做されるのだから、血気盛んな――リックチックのような――若者は警邏隊に憧れすら覚えているようだった。僕も父から一通りは訓練を受けているが、16歳未満の者は危険だという判断で入隊が禁止されていた。僕は正直な所、入りたくなかった。村を守るのは誇らしいけれど、それ以上にやりたいことがあるからだった。


 椅子に座る。食事の用意は我ながら手慣れたもので、考え事をしながらでもきちんと完了していた。

「大いなる女神様、大地の恵みに、感謝を捧げます」

 静かに目蓋を閉じる。

 

 魔物が活性化した理由はわかっていない。一週間ほど前にも村人が襲われた。父さんは、子供が心配することはないと笑うけれど……。他の地域でもこのような事態が起こっているのだろうか。村に入ってくる情報は少ないというより、ほとんどないと言っていい。月毎に村に寄ってくれる馴染みのキャラバンもいるが、あの人達はどちらかと言うと変わり者に分類されるだろう。自給自足が可能なこの村においては、商売がそれほど必要とされていないのが現状なのだ。オラガ村は自然、閉鎖的な村だった。


 簡単な食事を終え、食器を片付ける。残ったものは父さんが帰ってきた時に温め直そう。そういえば、〈発火石〉が少なくなってたっけ。早いところサッジョ様に頼んでおかないと。懐から捨て紙を取り出し、この間作製した〈独立筆〉で書き付けておく。

 インクを溜める容器を内蔵したことによって、インク壺から独立した筆、〈独立筆〉。書き心地と染料の滲み具合はまだまだ改良の余地がありそうだが、試作品としてはまずまずの出来だ。〈セテの実〉の抽出液を用いた速乾性のインクさえ完成すれば、かなりましになるはず。

 この段階まで達することは、「彼女」との出会いなくしては無かっただろう。


 かーん、かんかん。

「わっ!」

 突然の大きな音に驚いて、僕は皿を落としてしまう。陶器の皿なら真っ二つに割れてしまうだろうが、生憎そういうものはこんな田舎村にはない。うちにあるのは平原の東に生えている堅い木を荒く削ったかなり頑丈な皿だけ。しかしだからと言って皿が、

「おっとと、とと……あ」ばきっ

 割れないとも限らないわけで。

 気付くと、落とした拍子に出した足が皿を踏み抜いていた。とりあえず足をどけて、ふたかけの皿を拾った。しばし皿を見つめる。


 

 かーん、かんかん。

「……」

 まったく、こんな時間に一体誰だろう。わざわざ戸金とがねを鳴らすということは、父さんではない。皿の事は後でいいか。拾った皿を机に置いて僕は玄関へと向かう。

 かーん、かんかん。

 この無駄に大きな鳴らし方は確か、と二人ほど思い当たる。とはいえ訊ねてみる。

「どなたですか」

「ルート君? サルビアだよ、開けて。お肉持ってきたの」

 間髪入れずに返ってきた声は半ば予想通りのものだった。一人で出歩くなんて物騒じゃないかなどと考えつつ、僕はゆっくりと扉を開けた。しかし目に入ったのは予想とは少し、いやかなり違う光景。戸口にいた人間は一人ではなく二人だった。


 一人は勿論よく知っている少女、サルビアだった。僕もリックチック達も親しみを込めてサアと呼んでいる、村で一番小さな女の子。言うなれば皆の妹分のようなものだろうか。

 もう一人は、白い髭を蓄えたお爺さん。背は高く、真っ黒な杖をついている。見覚えは無い、一体誰だろう。キャラバンが着いたという話はない。年齢から考えて長老やサッジョ様の個人的な知り合いだろうか。だとしてもこの家に何の用があると言うのだろう。

 とにかく挨拶をするのが無難かな。

「こんばんはサア、それと……」

「おお、すまないの。私は夢乃という」

 僕が言葉に詰まったのを察して、お爺さんはすぐに助け船を出してくれた。知らない人間との会話はやっぱり緊張してしまう。

「ユメノ、さん」

 僕はゆっくりと反芻する。この辺りではあまり聞かない語感だった。

「もし言いにくいのなら、爺でもお爺さんでも何でも好きに呼んでおくれ」

 ユメノと名乗るお爺さんは、くしゃっと皺と笑みを浮かべながら驚くほど真っ黒な瞳を僕の方に向ける。品定め、とは少し違うが、瞳の奥が試すように光っている気がした。

 僕は挨拶もそこそこに、二人を家に上げた。





 エカチェ夫人の家と同じように、ルート少年の家でもホシの貝殻が煌々と部屋を照らしていた。部屋は質素で特に変わり映えはしない。大きな四角机が一つに丈夫そうな椅子が二つ、相違点はそれこそ椅子の数くらいなものだろうか。机の上には何故か二つに割れた皿のようなものが置かれている。

 肉塊のお裾分けを終え、私とサルビアは木杯に入った特製の飲み物で持て成されていた。少々えぐみがあるが、体に良いそうだ。異境の水は合わないというが、胃腸なら若い頃随分と鍛えられているので大丈夫だろう。そう都合良く考えることにした。

 少年は端正な顔に明らかな疑問符を浮かべている。年の頃は十代半ばか、背丈はサルビアより頭二つほども高く、青年と称して差し支えない。丁寧な鼻筋と瞳の造りはどことなく纏う雰囲気が精霊のヘルスロース嬢と似通っているように思えた。切り口が揃った前髪は大人しい印象を与える。


 髪といえば、サルビア一家のブラウン系のものとはまったく異なる、翡翠を思わせる鮮やかな緑の髪が一段と特徴的だった。こちらも家系だろうか。

 青年は知らない人間の訪問に緊張しているようだった。無理もない。夜、突然怪しい爺が現れても冷静でいられる状況というのは、日本ではキリストの降誕祭くらいなものだろう。いや、昨今の時勢ではサンタですら通報されてしまうか。

「サアの用事はわかりましたけど、お爺さんはどういったご用件でいらしたのですか」

 ルートが慣れない様子で会話の端緒を開く。サアと言うのはサルビアの愛称らしい。

「いや、用件と言うほど大層なものでもないのだが……ふむ。これを知っているだろうね」

 私は懐から件の地図を取り出した。

「それは僕の……なぜ」

 私が取り出したものが何なのかを察するや、青年は不思議そうに呟いた。

 聞けば、いくらか前に村に住む友人に売った物らしい。すると、本当にこのあどけなさの残る青年があの精緻な地図を描いたのか、と私は感嘆した。才は歳にあらず、か。これくらいの頃、私などまだまだ鼻ったれだった。

「あの、お爺さん」

 青年はおずおずと口を開いた。

「見たところお爺さんは商人様ではありませんよね。何をしてらっしゃる方なんですか。それでまたどうしてこんな村なんかに。この地図のことも含めてよろしければお聞かせ願えませんか」

「おや、どうして私が商人でないと思ったんだね」

 私は意地悪にも話の腰を折る。この老人は、妙なところで話の腰を折るのが嫌いではないのだ。脱線と長話の通奏低音は余生でしか楽しめないのだろう。悪い癖で、妻にたしなめられることも多かった。

 僅かな動揺を立て直して、青年は答える。

「ええと、お爺さんを商人でないと思った理由は三つほどあります」

「ふぉふぉ。聞こう」

 真面目な子だ。


 向かいに座る青年が指で示しながら説明する。私は腕を組み、青年を見据える。サルビアはきょろきょろと私達の間に視線を泳がしている。

「まず一つ目。お爺さんがお一人だという点です。ほとんどの商人様は単独では行動されません。一人で商売を行うのはこのような辺鄙な村では損こそあれ得などないでしょうから。魔物も出ますしね。従って一人で行動されているお爺さんは商人ではない、という推測が立ちます」

「ふむ、確かに私は一人だの」 

 青年の言うとおり、行商なら小さくとも商隊でも率いるのが普通だろう。まして〈魔物〉などという物騒なものが出るのだから。護衛を雇うなりすれば商隊の規模ももう少し大きくなる。単独というのは論外、ということか。

 指を増やし青年は続ける。


「二つ目は、商人ギルドのエムブレムをされていないという点です。この辺りの商人様なら何かしらの商人ギルドに属しているのが普通です」

「私はこの辺りの商人ではなく、遠い国の行商人なのかもしれないぞ」

「確かにその可能性はあります。しかしこの村は国外へ続く大きな行商路から外れているので、そもそも商人様は滅多にいらっしゃらないんです。これも魔物の関係があります。よってどちらにせよ可能性は除外されます」

「むう」

 エムブレムを失くした、という可能性も商人にはあるまじきことと除外できるか。


「三つ目は、説明するのが難しいのですが。いわゆる〈探知魔法〉です」

「〈魔法〉ときたか」

 不思議な力の代表格〈魔法〉。西洋の竜退治物語などで有名な、魔術師などが扱うとされる〈魔法〉。 精霊のお嬢さんもそういえば何か話していた。この世界に〈魔法〉は存在する。

「その〈探知魔法〉とやらはたとえば、商人と船乗りと貴族を見分けられるような特別な〈魔法〉ということかの?」

「いや、特別というほどではありません。それに、人間そのものを見分けられるわけではありません。僕は高位の術者ではありませんから。せいぜいその人の持ち物がわかる程度です」

「持ち物か。なるほど。私は確かに商人らしい物は何も持っておらん。だが商人がいつも商人らしいものを持ち歩いているとも限らないだろう。それだけの根拠では少し性急な気もするが」

 まあ、先程のエムブレムの件を除くと仮定して、の話ではあるが。

 青年は首を振る。

「いいえ、やはり『持ち歩いていない』ことが問題なのです。商人様が必ず持ち歩いているものが少なくとも一つあります。それは誰でも持っているものですから、普通なら判断の指標にはなりえません。しかし、それをお爺さんはお持ちでない」

 私は首を傾げる。サルビアは残っている健康飲料に舌を伸ばし、苦虫を噛み潰したような表情。

「誰でも持っていて、私は持っていない。そして商人ならば絶対に持っている何か……それは一体」

 青年は私が考えをまとめるのを待ってくれているようだ。私は降参とばかりに腕をあげて、首を横に振る。サルビアが青年の表情を楽しそうに窺っている。

 やがて青年が口を開く。


「簡単ですよ、答えは『お金』です」

「ほう!」


 私は少々感嘆した。まったく頭に浮かばなかった、持っていて当たり前のもの。誰でも持っていて私は持っていない。そうだ、この世界の通貨を私は持っていない。そもそもこの世界の人間ではないし、この世界に来て日も浅い。紙幣なり硬貨なりを私が持っていようはずもない。

 そしてまた一文無しの商人なぞ、どのような世界であれ流行らない。

「ふむ、納得したよ」

「それは良かったです」

 丁寧な言葉遣いと物腰、それに確かな知性。才気溢れる目の前の若者は、いまや緊張をすっかり解いていた。


「それはそうと、お爺さん」

「む、なんだね?」

「どうしてお金を持ってらっしゃらないんですか」

「え、おじいさんお金持ってないの? どうして?」

 大人しく様子を窺っていたサルビアも机に前のめる。嘘をでっち上げても仕様がない。いよいよ、これまでの事情を話すしかないようだった。少々突飛な話で申し訳ないが、と前置きして私は大きく息を吸った。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ