静かな場所の夕陽
私は廃墟にいた。持ち物は愛用のクロッキー帳と4Bの鉛筆そんなものだった。
ここはどこだろう、と漠然とした問いを投げかけようとするが、答える相手がいないようではと口を閉じる。少なくとも私は答える術を持ち合わせていなかった。
辺りを散策したが、目ぼしいものは無い。廃墟も、以前はロココ建築にも似た独特の曲線美を描いていたであろうと推測される一部の柱と壁を残しているのみで、私を導いてくれそうにない。
祭壇のような石棺。祭事を司る建物だったのか。そんなことを考えていると、日が傾いてきた。
「ほお、これは……」
夕陽には、これまで感じたことのない荘厳さがあった。この廃墟は小高い丘に位置しているらしく、光の差し込みがきつい。もはや原形の見当たらない幾つかの彫像が、妙なる影のコントラストを壁面に映し出す。計算された配置が私にははっきりと見て取れた。
そうして、夕陽の描き出す芸術を暫くの間、ぼうと突っ立って眺めていた。頬に手をやると、いつのまにか私は泣いていたようだった。零れた涙が石畳にぽたぽたと落ち続ける。陽が暮れるまでそうしていた。
夜が来て、細い月が見下ろしていた。
これは神様とやらの気まぐれに違いないと、不意に思った。静かな場所へ行きたいというささやかな私の願望を聞き届けてくれたのだと。
とにかく、私は手頃な場所で石を枕に眠ることにした。歳のせいか、石のせいか、体の節々が痛かったがあまり気にはならなかった。胸につかえていた重みがほんの少し減ったような気がした。
その日は珍しくぐっすりと眠ることができた。