プロローグ
六月。季節は梅雨入りをし、雨が降り続くじめじめした日が続いている。
街行く人々は皆傘を差し、ただでさえ人通りの多い道は隙間を見つけるのが困難なほどに色とりどりの傘に覆われている。
そんな中、朝霧優依は手に持った傘を差すことなく、全身を雨に打たれながら当てもなく街を彷徨っていた。
目に映るのはもう見慣れたはずの街。しかし、今の優依にはまるでまったく知らない街へ来たように感じる。そして、迷子になった子供のようにあちらこちらへと視線を動かしながら歩を進める。
だがその足取りは重く、おぼつかない。それも当然だ。徐々に気温が上がってきているとはいえ、冷たい雨に打たれ続けた身体はとうに冷え切っている。
そんな状態でずっと歩いていたせいで、すでに身体の感覚はほとんどなく、最初に感じていた濡れた服が肌に張り付く不快感も感じなくなっていた。そして熱も出始めたのか視界はぼやけ意識も朦朧としている。
それでも優依はその足を止めようとも傘を差そうともせず、ふらふらとした足取りで歩き続ける。
そんな優依をすれ違う人は怪訝な表情で通り過ぎていく。だが、今の優依には何も気にならない。気にしている暇などないのだ。
優依には探さなければならない人がいる。大切でかけがえのない親友であり幼馴染である碓氷紗友里を。
いつでもどこでも、何をする時もどこへ行く時も一緒だった彼女。だが今、彼女は隣にいない。
もちろん、四六時中常に一緒などというわけではない。
しかし、彼女が何の連絡もないまま消息を絶って今日で一週間になる。その間、どれほど探し続けようとなんの手がかりも見つかりはしなかった。
いや、見つかるはずもないのだ。彼女がこの世界に存在していたという事実がまるで初めからなかったかのように、この世界から彼女に関係するすべてが消えてしまっているのだから。
優依以外の誰の記憶にも、何の記録にも残ることなく。彼女の両親でさえも子供はいないと言うのだ。
彼女は本当は初めからこの世界に存在しなかったのではないのか。すべては私の錯覚だったのではないのか、という思いが頭をよぎる。
そんな思いを振り払うように優依は傘を強く握りなおす。それはこの世界に唯一残った紗友里の傘。彼女がこの世界にいたと証明する唯一の証。
優依はそれを胸に抱きひたすら歩き続けた。