▼過去への告白▼
デッキはむわっとした夏特有の空気と人の多さで、思っていたほど涼しくはなかった。
ミツヤとユウスケが、気を利かせてドリンクを持ってくると言い出した。
「私レモンサワー」
「アヤは?」
「じゃぁユウ先輩と同じで」
「了解」
「おつまみいる?」
「何でリサが行くんだよ」
「先輩もあんたも、手は二つしかないでしょうが」
「三つぐらい大丈夫だよ」
「ユウスケが大丈夫でも、万が一誰かに引っ掛けたら大変でしょうが」
リサはそう言って、自分のカメラをユウに預ける。
「ユウ、カメラよろしくね、それは趣味の安い奴だから何かあっても大丈夫だから」
「安心して、絶対落とさないから」
「信頼してる」
「じゃぁ俺がおつまみ部隊になろう」
「え?いいんですか?」
「一応年長者なんで、女性一人で歩かせないってことで」
「ありがとうございます」
「ってわけでユウスケ、先にドリンクコーナー並んでてくれ」
「わかりました」
「いってきま~す」
「いってらっしゃい」
ミツヤが先に立ち、人並みを掻き分ける後ろをリサがついていく。十分距離が離れ人が少なくなったところで、ミツヤが切り出した。
花火に近付いているのか、先ほどよりも音が一段と大きくなっていた。
「今日は悪かったな」
「何です?」
「聞こえないふりしやがって、ユウスケのことだよ」
「あぁ、気を遣わせてすみません」
「いや、いいけど、こっちこそ悪かったと思ってな」
「わかってて参加したの私だし、それに、今日はサヨナラを言いに来たので」
「そうか」
「そうです」
「ところで先輩、焼き鳥と焼きソバ買っていいですか?」
まっすぐ前を向いてミツヤと目を合わせなかったリサは突然顔を上げた。
その表情は片方の口の端を上げ、ニヤリと笑っているようにも、無理やり笑っているようにも見えた。
「お前、まだ食うのかよ」
「ここで夕飯食べて帰るつもりなんで、あ、二次会は出ませんよ?」
「ま、そうだよな、わかった、俺たちが奢るよ」
「やった~!!ご馳走様です」
つまみを右腕にぶら下げドリンクコーナーへ急ぐと、ちょうどユウスケが注文するところだった。
「レモンサワー二つとビール二つ、それと梅サワーを一つの計五つで」
「よく私のオーダーわかったね」
「お前、ビールは最初の一杯だけだもんなその後はだいたい梅酒だろ」
「あの苦味が苦手、ドイツのは飲めるんだけどね」
「贅沢な舌だなぁ」
「リサはその辺の付き合い広いよな」
「美味しいもの開拓が好きなんです」
三人でドリンクを受け取って元の場所に戻ると、ユウとアヤが見知らぬ男たちに囲まれていた。
アヤが必死に抵抗して大きな声を出していた。
「やめて下さい!!」
「彼氏がいるんでお断りです」
「いいじゃん二人ともさぁ、ちょっとだけだから」
「カレシ戻ってくるまででいいからさぁ、ちょっとあっちで飲もうよ」
その姿が目に映った瞬間、ユウスケの雰囲気が一変した。
それを感じ取ったリサは重い風を感じながら言った。
「ドリンク持ってるよ、貸して」
プラスチックカップを二つ差し出され、リサは器用に受け取った。ユウスケは周囲の気温を下げる雰囲気でアヤたちに近付いた。
「先輩も行かないと、ユウが一人になってナンパヤローに拉致られますよ」
「悪いな」
「いえいえ」
リサはおどけた口調でミツヤを嗾けると、ミツヤも鋭い眼差しを見知らぬ男たちに向けたまま返しそのままユウを救出に向かった。
ユウスケはアヤの背中に手を沿え自分のものだとあからさまに主張し、ミツヤはユウにドリンクを渡し空いた腕にユウをしがみ付かせ見知らぬ男たちから引き離した。
突然背後から現れたユウスケとミツヤの纏う空気に男たちは恐れおののき、その場で固まったまま四人を見送っていた。その姿に苦笑しつつ、リサは止めとばかりに声をかける。
「お兄さんたち、ちょーっと相手が悪かったね、他の子あたったら?」
リサに声をかけられ我に返った男たちはそそくさとその場を後にした。
「ドリンクお待たせ」
「結局リサに持たせちゃったな」
「お気遣いなく、はい、アヤちゃんの」
「ありがとうございます」
ヒュゥゥゥゥー…
ドンドオォォォォン
アヤにドリンクを渡した時、赤い花火が数発打ちあがりデッキの上を赤く染めた。
赤く染まったアヤの顔を見ていられず、リサはすぐにユウに向き直る。
「四人の写真撮るからカメラ返して」
「はい」
「ありがと、ほら皆固まんなよ」
手で集まるようなジェスチャーをして四人を集合させると、リサはファインダーを覗いた。
ヒュゥゥゥゥー…
ドンドオォォォォン
色とりどりの花火が上がったタイミングを見て、シャッターを切る。連写して何枚か撮って、ディスプレイで確認してからOKサインを出す。
「どんなの出来た?」
「出来てからのお楽しみ」
片方の口の端を上げニヤリと笑うリサを見て何かに気づいたユウは、ミツヤに声をかけた。
「ミツー、私も写真撮りたいから巾着返して」
「ほら」
「ん、アヤちゃんも撮りに行かない?」
「え、でも…」
「ほら、いいからいいから、課題の練習にちょうどいいでしょ?」
「二人だけだとまた絡まれるぞ」
「ミツも一緒に来て」
「わかったよ」
アヤとミツヤの手をぐいぐいと引っ張って、ユウは手すりの近くへ移動した。その様はまるで、大人を引っ張ってはしゃぐ子供の様だ。
ユウの勘の鋭さと優しさに感謝しつつ、どう切り出そうと考えながら梅サワーを口にした。
「…俺さ」
「うん?」
「卒業したらアヤ連れて田舎に帰ろうと思うんだ」
「写真やめちゃうの?」
「芸術的な写真ばかり求めてたら食っていけないからな、いつまでも親元離れてフラフラしてられないし」
「そっか」
「でもアヤが承諾しない」
「なんで?」
「本当は違う人を連れて行くつもりだったんじゃないかって、何考えてんだか」
「それだけ?」
「他にも、女の子全員に優しいんじゃないか?とか、違う人が好きなんじゃないか?とか言われてさ」
「うん」
「止めが優柔不断だって、俺、そんなに優柔不断か?」
「それ、あたしのせいだね」
「は?」
「女の子全員と違う人って、多分あたし個人を指してるんだと思うよ」
「なんでだよ?」
「さっきドリンク渡す時にすごい顔で睨まれた」
赤く染まったアヤの顔を思い出して、リサは自嘲的な笑みを浮かべる。そう、あれはまるで般若の面のような迫力があった。
「あぁ、嫉妬されてるんだなって思った」
「リサ」
ユウスケが悲痛は面持ちで声をかけるが、リサはユウスケの方を向くことは出来なかった。
「あたしさぁ、大学にいた頃ユウスケのこと好きだったよ」
先ほどから纏わりつく生暖かい海風が、少しでも鎧になればいいと思いながらリサは続ける。
「でも、今、ユウスケはあたしの隣りにいないから」
青い花火が上がり、あたり一面を青く染める。どこからか「玉や~」と興奮した声が聞こえてくる。
「あの時、ユウスケはあたしを選ばなかったから」
「だから…」
「サヨナラを言いに来た」
ユウスケに振り向いたリサの顔は、金色に染められていた。