▼薄っぺらな虚栄心▼
船内に入ると、客室に案内された。周りをよく見ると、スーツを着たサラリーマンや初老の男女のグループが多かった。
「私たち浮いてませんか?」
「アヤちゃんもそう思う?」
「ま、教授からもらったチケットだし、このフロアは接待や団体に使われる比較的大きい部屋が多いってことだな」
案内された部屋畳が敷かれた座敷で、すでにつまみとビールが用意されていた。
ユウは真っ先に窓から夜景の見える位置に座り、その隣りに自然にミツヤが腰を下ろす。その向かいにアヤが進むと、これもまた自然にユウスケが隣りに座る。
カメラバッグを下ろしながらどうしようかとリサが怯んだ瞬間に、ユウが声をかけた。
「リサー、今日はここ」
自分の左となりの座布団をバシバシ叩いてアピールする。その行動をミツヤがやんわりと窘めた。
「ユウ、食い物がある前で埃たてるようなことはしちゃだめだよ」
「だってリサが隣りに来ないんだもん」
「え?あたしのせい?」
「そうだよ」
「悪いリサ、つまみが埃かぶる前に座ってくれ」
「わかりました」
内心でユウに感謝しつつ、リサは言われた席に落ち着いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
それぞれがプラスチックコップを片手に乾杯すると、各々の近況報告が始まった。
「そういえば、ユウと先輩ってこの間フランス行ったんですよね?」
「そうそう。有名なフォトグラファーの個展に行きたくてさ」
「婚前旅行じゃないんですか?」
「違うよぉ!!」
「リサ、その手の話はユウにプレッシャーになるからやめてくれ」
「了解です、そういえばアヤちゃん髪型変えたんだね?可愛い」
「ホントですか!?ありがとうございます」
「今日の浴衣によく似合ってる」
「ユウスケが選んでくれたんです」
「へぇ、さすが、そういう所は見る目あるよね」
ビールを口にしつつ、リサはアヤを眺めた。
ショートボブの黒髪と、勝気なのに垂れた目尻が少年ぽさを醸し出している。
紺地に薄いピンクの宵桜が流れる浴衣はボーイッシュな中の女性らしさをみせている。が、ユウのような色っぽさが無いのは、そこにあわせた白地に朱色のラインが入った帯があるからだ。
「色香がないのは男除けかぁ、残念だったね、アヤちゃん」
「なぁ、褒めてんの?貶してんの?」
「さぁどちらでしょう?」
「そういえばお前はどうなんだよ?」
「何が?」
「オトコだよ、オトコ、作んないの?」
仕返しとばかりに、ユウスケが問う。リサは内側に抱えたモヤモヤが暴れないことを祈りながらゆっくり息を吸ってから言う。
「…社会人はそんなヒマないんだよね、店に来る男性は皆将来の奥さん連れてるわけだし」
「あぁそっか、上手いこと言うな、リサ」
「褒めてんの?貶してんの?」
「さぁどちらでしょう?」
まったく逆の立場で口を尖らせながらリサが言うと、ユウスケはニヤリと笑って先ほどのリサの台詞を言った。
「そういえば、リサ先輩は浴衣じゃないんですね」
今気づいたとばかりに、アヤが聞いてきた。リサは口を尖らせながら答える。
「ギリギリまで仕事だったからね、あーあ、あたしも学生に戻りたい!!」
「そういや、お母さん調子どうだ?」
「今は落ち着いてるけど、定期健診で腫瘍が見つかればまた手術だね」
「そっか、お前、がんばってるよな~、俺だったら絶対無理」
「起きた事は仕方ないし、あたしが働けば妹は大学出られるから」
リサは自嘲気味に笑って一気にビールを呷ると、ユウスケを睨んだ。
「こんな話したら場のテンションさがるじゃん!なに考えてんの?」
「まぁまぁ、ビールをどうぞ社会人様」
「そうやってすーぐ誤魔化す」
そのやりとりでミツヤが大笑いし、アヤはリサに引っ付いた。すると、船内が薄暗くなりまもなく花火大会が始まるというアナウンスが流れた。
ヒューゥ…
ドオォォォーン
予告アナウンス通り、小さく丸い窓の向こうに欠けた花火が上がった。
ユウがデジタルカメラを持ち窓際に行き写真を撮ろうと四苦八苦するが、上手く撮れないようですぐに振り返った。
「デッキに行こうよ」
「いいよ」
「アヤちゃんもどう?」
「行きます」
「じゃ、皆で行きますか」
その言葉に嬉々としてユウが廊下へ向かい、ミツヤが立ち上がりユウの巾着を右手にとって続く。
ユウスケが自分のデイバッグからアヤのデジカメを取り出し、「落とすなよ」と言って渡すと廊下へと促した。
リサはカメラバッグから一眼レフを取り出し、一番最後に部屋を出て最初に預かった鍵で施錠した。
生暖かい風が、重くリサに纏わりついた。