第13話 新たな日常
——キーンコーンカーンコーン……。どこからか、チャイムの音が聞こえた。自分は、なぜか机に伏していた。「はい、ホームルーム終わりだぞー。新一年生の諸君、気をつけて帰るように。んじゃ、また明日。」若い男性の声を合図に皆んながおしゃべりをしながら身支度を始めた。あれ、なんでここにいるんだっけ?確か、自分は……。顔を上げようとすると、頭を何かでぽんっと叩かれた。「おいおい。入学初日に居眠りをする奴がいるか?俺の完璧なホームルームを聞かないなんてな。がっかりだぜ。」うっ、怒られてる……?顔を上げると、さっきの声の主がニヤニヤしながらこちらを見下ろしていた。どうやら怒ってはいないようだ。す、すみません……ちょっと眠くて。「まあ良いさ。俺は優しい先生だからな。だが、次からはちゃんと聞かないと成績下げるぞ?」は、はい……え、えっと……どなたですか?「……は?……おいおいおいおい……俺の自己紹介も聞いていなかったのか?まあいい、もう一度自己紹介をしてやる。俺の名前は日野智也。この一年A組の担任だ。気軽に下の名前で呼んでくれ。」そ、そうですか……じゃあ、智也先生、すみませんでした。「いや、良いってことよ。なにせ、お前より寝てる奴がいるからな。」えっ?自分の席は比較的後ろの方だ。だから智也先生はあまり気に留めていなかったみたいだが。視線を前に向けると、教壇の目の前で熟睡している深緑色の髪の少女……蓬が居た。え、ええ……なんだか、色んな意味ですごいな……。というか、先に蓬のことを注意した方がいいんじゃ……?「ああ、それな……。俺も何回も起こそうとしたんだぜ?だがな、あいつはうんともすんとも言わないんだ。」えっと、知り合いなんですけど……いつもあんな感じです。「……とりあえずあいつの授業態度は下げておく。」そうですね。そうした方がいいと思います。「随分協力的だな。」……色々してやられたので。そんな話をしているうちに、どんどん自分以外の生徒が下校していった。すると、行儀悪く机に座って他の生徒と喋っていたオレンジ色の髪をした橙子が蓬に近づき、蓬を担いで出ていった。「お、あいつやるなぁ。」あの子も知り合いです。「へぇ。お前すげぇな。」いえ。「じゃ、お前も帰れ。俺は職員室で仕事だ。」わかりました。これからよろしくお願いします。「おう。また明日な。」智也先生は笑顔で見送ってくれた。廊下に出ると、入学初日で浮ついた空気が流れる中、まだ生徒達が輪を作りながら話をしていた。自分は特に話をする相手はいないので速やかに家に戻ることにした。……あれ?何か首に違和感があった。首を直接見ることはできないので手探りで違和感を探すと、いつも付けている赤い雫型の石がついたチョーカーが無くなっていた。や、やばい……!あれ、お気に入りのやつだったのに!どこに落としたんだろう……。学校に着いた時はあったから、落としたのは学校内……今から探せば間に合うか……?いや、落とし物コーナーに……ああ、どこかわからない!焦りながら堂々巡りをしていると、後ろから、「ちょっとあんた。」と、女の子の声がした。えっ……?振り返ると、金色の綺麗な髪をウェーブにして、凛とした鋭い目の、いかにも一軍のような少女が立っていた。何かしちゃったのかな……!?こ、怖い……。は、はいぃ……なんでしょう……?と、情けない声しか出なかったが、かろうじて返事ができた。「これ、あんたのじゃないの?」と、何かを差し出した。恐る恐る見てみると、なんと自分のチョーカーが握られていた。え!?……あ、ああ、ありがとう……。とにかくお礼を言い、チョーカーを受け取った。ど、どうしてこれを?「さっきあんたが落としたのよ。まあ、ダサいチョーカーだけど、大事なものだと思ったのよ。」そうなんだ。本当にありがとう。すると、「……別に。じゃあ。」と言って、スタスタと去っていってしまった。あっ、待って……行っちゃった……。名前を聞きそびれてしまった。でも、同じ一年生ぽかったし、また会えるよね。疲れた……。自分は学校を後にした。
——初めての学校、緊張したな……入学式だったから、すぐ帰れたけどこれから部活もあるんだよね。楽しみだけど、少し不安だ。すると後ろから、「ハルさーん!」と自分を呼ぶ声がした。振り返ると、桃色の綺麗なロングヘアの桃花が小走りに近づいてきた。あ、桃花!お疲れ様。「うん!お疲れ様。今日、すっごくドキドキしちゃったなぁ……。でもお友達たくさん作れたし、これから頑張れそう!」もう友達作ったの?早いね。「えへへっ!わたし、おしゃべり好きだし!」ところで、みんな何組になったんだろう?「んっと、ちょっと待ってね……。」桃花がバッグの中からプリントを出した。「A組はハルさんと橙子ちゃん、蓬ちゃん、紅緒ちゃん。B組は碧ちゃん。C組は藍沙ちゃんで、D組は紫苑お姉ちゃんと葵お姉ちゃん。それとE組はわたしと黄菜ちゃんと白愛ちゃん!」同じ苗字が十人もいるからクラス分け、大変だったみたいだね。……あ、十一人か。「ふふふっ、そうだね。みーんな同じクラスがよかったけど……そういう訳にもいかないって感じかな?」そりゃそうだよ……。そんなことを話していると、また後ろから声がした。「桃花姉様、ハルさん!」この呼び方は……。きっちりとした制服姿の藍沙が手を振っていた。その藍沙に隠れている白愛も一緒だ。やはりこの二人は一緒に帰っていたようだ。「藍沙ちゃん、白愛ちゃん、お疲れ様!学校どうだった?」「そうですね……白愛と同じクラスになれなかったことが残念ですが、なんとかやっていけそうです。」「わ……わわ、私も……。」「そっか!ふふ、白愛ちゃんも楽しかったみたいでよかったな。」あ、そうだ。実は今日、自分がいつも付けてるチョーカーを落としちゃって……確か、金髪で青い目をした綺麗な女の子に拾ってもらったんだけど、誰かわかる?「金髪で青い目……?うーん、誰だろ?」「私も存じ上げないです……。」「……私のクラスにはいなかった……です。」そっか……お礼が言いたいんだけど……。「ふーん、あの子の話してるんだー。」急に左からにゅっと小柄な少女が顔を覗き込んだ。うわっ!?だ、誰!?「誰って、べにのこと忘れたの?マジそーゆーの無いわー。」突然のことだったので誰だかわからなかったが、声ですぐ理解できた。あ、ああ、紅緒か……驚かさないでよ。「紅緒じゃないし!べにって呼んでって言ったはずでしょ?」ご、ごめん。ついうっかり……。「べにちゃんお疲れ様!制服の着こなし、ばっちりだね。かわいいよー!」「ふふん、でしょでしょー♪スカートは短めで履かないとー。」確かに、紅緒のスカートはかなり短かった。「で、おねーちゃん達、麗奈の話してたんだー。」麗奈?「そ、麗奈。べにの大親友ー♪」あの子、麗奈っていうの?「だからそー言ってんじゃん。理解して。」は、はい……。「……麗奈さん、B組……。」「そーそー、明日話してみたら?……あっ、やば、時間じゃん。」え、なんの?「ちょっとバイトー。っと、その前にストバ寄らなきゃ。」え、なんで……?「じゃ、べに急いでるから。じゃね。」突然の嵐の如く、紅緒は去っていった。紅緒はいつも忙しそうだな……。「そうですね。べには現代っ子ですから。」藍沙もだよ。「……?」「ま、まあそれはいいとして……帰ろっか!」「……お腹空きました……。」同感……。四人で自分達の家に帰った。
——「ただいまー!」桃花が元気よく兄弟達に声をかけた。「お姉ちゃん達おかえりー!!」兄弟達は何十人もいる。……お気づきだろうか?この違和感に。実は自分達は孤児なのだ。……自分は少々イレギュラーだが、桃花達は親がいないのでこの孤児院で暮らしている。そういう訳だ。そしてその孤児院の設立者……母親は……。「おお、おかえり。どうだったんじゃ?学校は。」日向ぼっこをしながら編み物を編んでいる、寝癖が酷くとても長い黒髪に燃えるような真っ赤な瞳をした少女。……ではなく自称魔女の女性、麻璃亜だ。なぜ老人のような喋り方なのかは謎に包まれている。……そんなロッキングチェアでゆらゆらと揺れていると本当に老婆のように見えてしまう。この人は年齢不詳なのだ。ただいま、麻璃亜。みんなはもういる?「べに以外は帰ってきておる。お主らも含めてな。……紫苑は入学式に出なかったようだが……。」「紫苑お姉ちゃんは相変わらず、だね……。」桃花も呆れ気味だ。「疲れたじゃろ?部屋でゆっくり休むといい。」「はーい!じゃ、わたし、みんなと遊んでくるね。」みんな、とは動物のことだ。「私も剣術の稽古があるので失礼します。」「お花にお水をあげないと……。」藍沙も白愛も部屋に戻っていった。自分は何しよう……。すると麻璃亜が、「お主はまだ孤児院に部屋が無かったじゃろ?空き部屋があったから好きに使うといい。案内するぞ。」いいの?「うむ。着いてくるといい。」わくわく……!孤児院の奥の方へ麻璃亜と進んでいった。「掃除はしてあるぞ。家具は必要なものだけ置いておいた。あとは好きなようにしてよいぞ。」ガチャ……。ドアを開けると、確かに綺麗に掃除された清潔な部屋だった。家具はベッド、タンス、テーブル、イスが揃えられていた。こんな広い部屋、いいの?「うむ。成長して独り立ちした子が最近多かったからのう。空き部屋はもっとあるから大丈夫じゃ。」じゃあ、使わせてもらうね。ありがとう。「ふふ、のーぷろぶれむじゃ。」なんで英語……。「さて、わしは編み物の続きをするか……。」と言って麻璃亜は去っていった。早速、ベッドに横になってみた。うん、寝心地は悪くない。これならぐっすり眠れそうだ。でも家具の色が好みとは違うな……。また休みの日に買いに行こう。今日は疲れたし、少し昼寝でも……。コツン。……ん?なんの音?聞き間違いかな。コツン、コツン。今度は二回。窓の方だ。コツン、コツン、コツン。何かが窓に当たっている。石だろうか。もう、誰のイタズラ?と、呟きながらカーテンを開けると、紙が外から貼ってあった。え、なにこれ。「裏庭にて待つ。」……?ほ、ほんとになにこれ……。でも無視したらまた石攻撃に遭いそうだし、行ってみるか……?子供だったら叱ってやろう。そんな気持ちで裏庭へ向かった。――裏庭ってここだよね。全く、自分は昼寝しようとしてたのに。さっさとイタズラの容疑者を叱らないと。すると、容疑者は割とあっさり姿を現した。「いやー、わりぃっすねー。お休み中のとこ。」え、だ、誰?男性の声だ。若くて少しだらけたような……そんな声だった。振り返ると、深緑色の髪をした自分より背の高い男性が立っていた。服装はシャツにストライプのネクタイ。ゆとりのあるズボンにサンダル。髪の毛は右の方だけ長く三つ編みにしている。それと口の下にホクロがある。「えーっと、とりますまないっす。急だったからびっくりしたっすよね。」会って早々、謝られた。「まず自己紹介をすると、オレの名前はホタルっていうっす。よろしくっす。」は、はい。よろしくお願いします……?「ああ、君は自己紹介しなくていいっすよー。」ホタル、と名乗った男性はにこやかだ。少し優しい気がする……?と思ったが、次の一言を聞いた瞬間、その考えは無くなった。「君のことはよーく知ってるっすから。」!?ど、どういうこと?「まー、オレが知ろうとした訳じゃないっすけど……成り行き任せってやつっすねー。」へらへらした雰囲気だが、警戒した方が良さそうだ。な、なんで自分のことを知っているの?「だから、オレはあんまり知らな……まぁ、知ってるっすけど……。」なにやらもじもじとしだした。「難しいことはわかんないんっすよ……オレ、勉強はできないし……。」ホタルはがっくりと肩を落としているようだ。そんなホタルの姿に、少し緊張が和らいだ気がした。「それはそうとして、今日は挨拶と予告をしに来たんす。」挨拶と予告……?「挨拶はもう済んだっすよね。てことで話の本筋に入るっす。近いうちにお宅の子を呪うつもりなんで、覚えといてくださいっす。」のろ……え?わけがわからない。急に何言い出すんだ、この人。お宅って、この孤児院のことだよね。それはかろうじて理解できるとして、呪うというワードが引っかかる。比喩なのか、本気なのか……。「わざわざ来たっすけどこれ以上話すことはないっす。そんじゃ。」ホタルは背を向けてスタスタと歩いていってしまった。あ、ちょ、ちょっと待って!自分の声掛けを無視し、ホタルは去っていった。遠くでホタルが黒と深い赤色のローブを羽織ったのが見えた。
——一体なんだったんだ?自分は部屋に戻り、さっきのホタルという青年が話したことを思い返していた。まず、自分のことをよく知っていると口にし、その次は孤児院の誰かを呪う?……普通に考えれば馬鹿馬鹿しい。だが、この世界はどうやらそのようにはいかないようだ。馬鹿馬鹿しいことが現実になるのだ。うーん、脳が情報の処理に追いつかない。これは麻璃亜に相談した方がいいんじゃ……?麻璃亜ならきっとわかってくれる。うん、そうしよう。それじゃあ早速……。コンコン……。?ノックの音?誰だろう。「僕だ、碧だ。入ってもいいかい?」驚いた、碧が訪ねてくるなんて。入っていいよー!ガチャ……。「コホン、急におしかけて悪かった。だが、君にどうしても伝えなくてはいけないことがある。」碧とは、十つ子の六女、黄緑色のとても長い三つ編みの少女だ。……どうしても伝えなきゃいけないこと?「そうだよ。早速本題に入るとしようか。君、暁の宗教集団を知っているかい?」暁の……?なんて?「暁の宗教集団、だ。今僕達秘密組織が追っている重要指名手配組織だよ。」へ、へぇ……そうなんだ。でも、自分となんの関係が?「母さんから聞いたよ。君、二回ほど命を狙われなかったかい?」……ああ、確かそんなこともあったような……?「命を狙われた癖に覚えていないとはね……。ま、まあいいよ。君を襲った黒と深い赤色の服の男達……そいつらが暁の宗教集団と呼ばれる者達だ。」あまりピンと来ないんだよね。それがどうしたの?「どうしたも何も、君は重要指名手配組織に狙われているんだ。これは由々しき事態だよ。」……ああ、わかった!ファストフード店にいたやつらと路地裏にいたやつらのこと!?「だからそうだと言っているだろう?ファストフード店にいたやつらはある程度尋問ができたよ。リーダーの男は……病院に搬送されたが助からなかった。」そいつが生きてれば、もっと詳しいことが聞けたかもね。「ああ、そうだ。残りのやつらはあっさり吐いたんだ。尋問の内容を君にだけは伝えておくよ。」え、守秘義務はいいの?「僕は総統だよ?組織の長だ。もう手は回してある。」そ、そう。じゃあ教えてくれる?「ああ。まず、なぜあのファストフード店を襲ったのか、についてだ。やつらは口を揃えて上の命令だ、と言っていたよ。自分達も理由はわからなかったらしい。」目的の為に捨て駒にしたのかな?「いいところを突くね。その可能性は高い。だが、手下が捕まって情報を聞き出されるリスクを背負うのは割に合わない。」じゃ、じゃあ、ちゃんと手下も無事に帰って来られる自信があったってこと?「そうだよ。傲慢なやつらだ。リーダーは橙子をあと一歩というところまで追い詰めたそうじゃないか。あの橙子が遅れをとるとはね。」あの時庇えなかったら今頃どうなっていたか……。「橙子にも冷静さを欠かないよう叱っておかないと……。話を戻すよ。あのリーダーの男が橙子の件もあり、かなりの手練れだったと、僕は思う。」なるほど、雰囲気が一人だけ違ったし、ローブみたいな服を着てたんだよね。「服装が強さを示すのかもしれないね。他のやつらは黒と深い赤色が少し入っているくらいだったから。そのローブを着た男が、君達を殺すか……それ以上に酷いことをするつもりだったのかもしれない。」何であの店を襲ったのか、リーダーは知ってたのかな。「恐らくね。次の報告へ移ろう。次はなぜ君達の行動を予測できたのか、だね。」疑問しかないよね。それに、路地裏でも待ち伏せされてたみたいだし。「やつらはまた、上が特定した、らしいよ。かなり荒い尋問をしたが、それ以上は聞き出せなかった。」荒い尋問……ひぃ……。「べ、別に、普通にしてればされることはないよ。……コホン、暁の宗教集団は常に僕達を監視しているかもしれない。」あの日、自分達がファストフード店に行くこともバレてたってことか……どうやって監視してるんだろ?何だか怖いね。「どうやって監視しているか……そこはまた僕達が調査しよう。部下にも伝えておくよ。」その年で部下がいる……んだ。「本当に慕ってくれているのはほんの一握りだよ。……ちょっと厳しすぎるのかな。」……な、なんて?「いや、なんでもないよ。話に戻ろう。今僕達の組織の仮説は、なんらかの能力説、だ。」十つ子みたいな能力を、他の誰かも持っているってこと?「そうでなければ説明がつかないだろう?」でも……それって、信じてくれるの?「……残念ながら、信じる部下はごくわずかだよ。僕の能力だってほとんどの部下には言ってないし……。」純粋に聞きたいんだけど、十つ子以外で能力を持っている人って会ったことある?「無いに決まっているじゃないか。僕達が特例なんだよ。母さんは……能力ではなく魔法を使えるが……。」麻璃亜はそうだよね……自称、魔女だもんね。「母さんといえば……これからは身の安全の為、一人にならず母さんや僕達と行動することをお勧めするよ。」そっか、暁の……宗教集団のやつらに襲われるかもだもんね。わかった。気をつけるよ。「うん、そうだね。母さんが一番安全だが、母さんは忙しいからね。せめて戦える誰かと居ればいいよ。」麻璃亜って忙しいのか……暇そうに見えるのは自分だけかな……?「戦力になるのは橙子と僕と藍沙くらいか……本気を出せば、白愛も戦えるよ。」ええっ!?あの白愛が?「白愛は何にでも変身することができる能力を持っている。その気になれば、ドラゴンにでも変身して戦える。」お、恐ろしい……ドラゴンに変身するって、かなり強いんじゃ……?「でも、あの性格だからね。簡単には人を傷つけられないから望みは薄いか。」確かに……。「話が脱線したね。最後の報告だ。暁の宗教集団の首謀者は誰なのか……そして、目的は何なのか……だ。」首謀者……って、もしかして教祖?「当たりだ。連中は彼女を教祖様、と呼んでいたよ。」彼女?性別わかるの?「これはやつらの中の一人がうっかり漏らした情報だよ。教祖は女性だ。」ちょっと意外……?あ、差別か……。「その彼女を筆頭に何を企てているのか……それもまだ闇の中だ。」そっか……って、なんで自分にこんなに詳しく教えてくれたの?「それなんだが……少し交渉をしたいと思って。」交渉?嫌な予感が……。ちょ、ちょっとお手洗い……。「待て。まだ話は終わっていないよ。」だって……絶対なにかの実験体にさせられる……!「……はぁ。本当に僕を何だと思っているんだ……。もう話してしまうよ。暁の宗教集団の内部を探る為、君に……。」囮になれ、っこと!?「囮……まあ要すればそうだよ。」無理無理無理無理ぜっっったい無理!「……まあ、そうなるだろうと思っていたよ。」あと、わざわざ要さなくても……いや、わかりやすいけど……でも、嫌だよ!「そ、そんなにかい?……だが言っただろう?交渉だって。君が彼らの注意を引いてくれるなら、僕達はそれ相応の対価を払うよ。」それ相応の対価……?うーん、でも自分はあまりそういうのはいらないけど……。「対価がいらない?……そうか。……僕のお菓子一日分……とかはどうだい?」え……一番いらないけど。「うっ……かなり良い交渉材料だと思ったのに……。」碧がたじろいだ。どうやら碧にとっては囮に匹敵するほどの条件だったようだ。……でも一つだけ、払って欲しい対価がある。それは物ではない……情報だ。頭のいい人がやりそうな条件なので思いついた自分を褒めたい。じゃあさ、こういうのはどう?麻璃亜の秘密を教えてもらう代わりに、自分が囮になるよ。「……え?」――「しょ、正気かい!?……いや、喜ぶべきか……?」仕方ないけど、この条件なら覚悟は決めるよ。「……。」急に自分が開き直ったので碧はまた動揺した。意外とちょろいな、この総統。お菓子といい、精神面といい……。「わ、わかった。君がその気なら僕も応える。……だけど、僕も母さんのことはあまり知らないんだ。母さんは自分のことはあまり話さないし……。」やっぱそうだよね……言うと思った。麻璃亜は謎が多すぎる。だから聞いたんだけどね。「ふむ……じゃあこうしよう。僕が知りうる母さんの秘密を……少し心が痛むが……教えるよ。そして……。」そして?「謎の部分は、僕の考察を交えて話させてもらおう。」碧の考察?……まあ、わからないよりかはいいか。「むっ……僕が直々に考えて話してやるというのに……コホン、では交渉成立だね。それでは母さんのことについて、質問するといい。」じゃあ早速……。麻璃亜って何歳?「率直すぎるな……。正直僕……僕達もわからない。だが僕の考察としては、母さんは……かなり長い年月を生きている可能性がある。」かなり長い年月……か。麻璃亜ならあり得そうな話だね。「驚かないのか。まあ、薄々気づいていると思っていたよ。根拠としては、母さんの耳だ。」麻璃亜の耳……十つ子と自分の前では耳が尖ってるよね。魔法で変えてるのかな。「そう。いい着眼点だね。きっと母さんは魔法で耳の形を変えている。だが魔法で変えているのは丸い耳の方だ。」……というと?「おしゃれなのかなにかはわからないが、自ら尖った耳に変えているのではなく、僕達以外の前では意図的に丸い耳に変えているんだ。」!!なるほど……だけどそれが本当だとすると、麻璃亜は何者……?耳が尖っている人間なんて、見たことがないけど……。「母さんは……エルフだ。」エルフ……って何?ズルッ……。碧が転んだ。「ここにきてエルフを知らないなんて……。いいよ、教えてあげよう。」コホン、と碧が咳払いをした。「エルフとは、人間よりはるかに長い時を生きる長命種だ。姿形は人間とよく似ているが、特徴として尖った耳を持つ。そして、個体差はあるが魔力を有していて魔法の扱いに長けたものが多い……というのが本で読んだ僕の知識だよ。」長命……尖った耳……魔法……麻璃亜三点セットじゃないか!これが本当だとしたら大変だ。そんなおとぎ話のような種族がこの世に存在するなんて。碧!今すぐ麻璃亜に確認しに行こう!「えっ……今からかい!?」そうだよ、今すぐにでも確かめないと……!ほらほら、早く!碧を引っ張りながら麻璃亜の元へ向かった。――麻璃亜ー!!「ん〜?ああ、お主か。どうしたんじゃ?夕食はまだ先じゃぞ?」麻璃亜は編み物を完成させたのか、今度はとても分厚い古びた本を読んでいた。「む?それに碧も。珍しいのう。」ねえ、麻璃亜ってエル……むぐっ!?麻璃亜に話しかけるよりも速く、碧が自分の口を押さえた。そして背伸びをしながら耳打ちした。「しっ!声が大きすぎる。他の兄弟達もいるだろう?聞かれたらまずい。それに母さんにいきなり聞いても教えてくれるわけ……。」そ、それもそうだね。「なんじゃなんじゃ。わしがエルフだって?」そうそう、それを言おうと……え。なんでわかったの!?「わし、耳がいいんじゃよ。歳はとっておるがまだぴっちぴちじゃ♪」麻璃亜が頬に手を当ててロッキングチェアに寄りかかった。「わ、忘れてた……母さんが年齢不詳なこと。」碧は、はぁ、とため息をついた。「じゃがな、言ってしまうがお主らの推測はハズレじゃ。まだまだ青いのう。」ふふっ、と笑うとパタンッと本を閉じ立ち上がった。「さて、わしは買い物にでも行こうかのぅ。わしの正体、じっくり考えるといい。」そう言うと麻璃亜はリビングから出ていった。……な、なんだったんだ……。「母さんの謎は深まるばかりだ……。母さんは一体……?」碧でさえも状況を理解できていないようだ。今日はもう戻ろうよ。また今度考えよう。「……そうだね。」ずっと下を向いていた碧だったがまた顔を上げて歩き出した。「僕は訓練をしてくるよ。付き合ってくれてありがとう。囮の件は……また後日話そう。」あっ、そうだった……。えっと、またね……。碧を見送り、自分の部屋へ憂鬱な気持ちで戻った。




