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クラスの氷姫と偽の恋人になったけど、最後には本物になりたい ―利用されたはずの恋は、すれ違いの果てにもう一度やり直す―  作者: ルキノア


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9/21

元カレとの遭遇

次の日の朝。

校門の前は、いつも通りのざわめきに包まれていた。

登校してくる生徒たちの声。

笑い声。

部活の朝練の掛け声。

その中に紛れて、俺は一人立っていた。


(……いるな)


少し離れた場所。

見覚えのある男子が、壁にもたれるように立っている。

制服は違う。

他校の生徒。

でも、間違いない。

雪城凪の元彼。


「……はあ」


小さく息を吐く。

昨日の会話が頭に浮かぶ。


“多分、来る”


本当に来た。


(まあ、そうだよな)


そして。

その視線が、誰を待っているのかも分かる。


「朝日奈くん」


後ろから声がした。

振り返る。

雪城凪が立っていた。

いつも通りの表情。

でも。

ほんの少しだけ、目線が揺れている。


「来てる」


俺が言うと、凪は小さく頷いた。


「うん」


それだけ。

でも、その一言に少しだけ緊張が混ざっている。


「……どうする」


凪は一瞬だけ元彼の方を見る。

すぐに視線を戻す。


「予定通り」


短い答え。


「……分かった」


俺は頷く。

そのまま、少しだけ距離を詰める。

昨日と同じ。

肩が触れるか触れないかの距離。

凪も、何も言わない。

むしろ、ほんの少しだけ近づいた。


(……大丈夫か)


そう思った瞬間。

凪が、小さく言った。


「……手」


「……ああ」


短く返す。

昨日の練習。

そのまま再現する。

手を伸ばす。

凪の手に触れる。

少しだけ冷たい。

そのまま、指を絡める。

しっかりと繋ぐ。


「……」


「……」


一瞬だけ、静かになる。

でも今は、それどころじゃない。


「行くか」


「うん」


二人で歩き出す。

校門へ向かって。

自然に。

当たり前みたいに。


そして――


元彼の前を通る。

視線がぶつかる。


「……おい」


声がかかる。

低い声。

昨日よりも少しだけ抑えられている。

でも、苛立ちは隠せていない。


「凪」


名前を呼ばれる。

凪の手に、少しだけ力が入る。

俺は、握り返す。

それだけ。

それ以上は何もしない。


「……誰だよ、それ」


元彼の視線が、俺に向く。

値踏みするような目。


「同じクラス」


凪が答える。

淡々と。


「で?」


元彼が一歩近づく。


「なんで手、繋いでんの」


分かりきっていることを、あえて聞く。

凪は一瞬だけ言葉を選んでから――


「彼氏だから」


そう言った。

周りの空気が、一瞬だけ止まる。

通り過ぎる生徒の何人かが、足を止めた。


「……は?」


元彼の表情が変わる。

明らかに、予想していなかった顔。


「いつから」


低い声。


「昨日」


凪は迷わず答える。


「……ふざけんなよ」


元彼の声が少しだけ強くなる。

でも、怒鳴るほどではない。

周りの目を気にしているのが分かる。


「昨日ってなんだよ」


「そんな急に――」


「本当だから」


凪は遮る。


「もう、終わってる」

「前からそう言ってる」


その言葉は、はっきりしていた。

逃げも、曖昧さもない。


元彼が言葉を詰まらせる。

その隙に。

俺は一歩だけ前に出る。

凪の半歩前。

自然に。

庇うほどでもなく。

でも、間に入る位置。


「……」


元彼が俺を見る。

少しだけ睨むように。


「……マジで付き合ってんのか」


聞いてくる。

試すみたいに。

俺は一瞬だけ凪を見る。

凪は何も言わない。

ただ、手を繋いだまま。


「……ああ」


俺は答える。

短く。

それだけでいい。

元彼は数秒黙った。

その視線が、俺と凪の手に落ちる。


絡まった指。

離れない距離。


「……」


小さく舌打ちが聞こえた。


「……そういうことかよ」


吐き捨てるみたいに言う。


でも――

その声には、さっきまでの余裕がなかった。


「……はぁ」


吐き捨てるような声。

元彼の視線が、絡まったままの手に落ちる。

それから、もう一度俺を見る。


「……お前、本気で言ってんのか」


試すような目だった。


「昨日付き合ったって?」

「そんなの、ただの言い訳だろ」

「だいたいなんでこんなやつなんだよ」


否定してほしい。

そう言っているようにも見えた。


「……」


俺は少しだけ息を吐く。

凪の手は、まだ繋がれたまま。

離れる気配はない。


(……やるって決めたしな)


中途半端にはしない。


「言い訳じゃない」


短く答える。

それ以上、余計なことは言わない。

元彼が小さく笑う。


「は、マジかよ」


乾いた笑い。

でも目は笑っていない。


「お前さ」


一歩、近づいてくる。


「こいつのこと、ちゃんと分かってんのか?」


その言葉に、凪の手がわずかに強くなる。

俺はそれを感じながら、視線を逸らさずに言う。


「これから知る」


一瞬、間が空く。

元彼の表情がわずかに歪む。


「……は?」


「昨日からなんだろ」

「なら、何も知らねえじゃねえか」


「だからだよ」


俺は言う。


「これから知ればいい」


それだけ。

特別なことは何も言ってない。

でも。

凪の指先が、少しだけ力を込めてきた。

元彼が言葉に詰まる。

何か言おうとして、でも出てこない。

その空気を、凪が切った。


「もういいでしょ」

「あなたとはとっくに別れたんだから」


静かな声だった。

でも、はっきりしている。


「……凪」


元彼が名前を呼ぶ。

さっきよりも少しだけ弱い声。

凪は一度だけ目を合わせる。

それから言う。


「ちゃんと終わらせたはず」


「……」


「なのに、来るから」


少しだけ間を置く。


「こうした」


繋いだ手を、ほんの少しだけ持ち上げる。

見せるように。


「……」


元彼は何も言わない。

言えない、の方が近いかもしれない。


「もう、来ないで」


凪が言う。

はっきりと。

逃げない言葉。

その一言で。

空気が、完全に変わった。

元彼はしばらく黙っていた。

視線を落として。

それから、小さく息を吐く。


「……分かったよ」


諦めたような声。

でも、どこか納得していない響きも残っている。


「……学校にはもう来ねぇよ」


誰に向けたのか分からない言葉。

それだけ言って、元彼は背を向けた。

そのまま歩いていく。

振り返ることもなく。

人混みの中に消えていった。


「……」


しばらく、その方向を見ていた。

凪の手の力が、少しずつ抜けていく。


「……終わったな」


俺が言うと、


「……うん」


小さな返事が返ってきた。

でも。

その声は、少しだけ震えていた。


「……大丈夫か」


「大丈夫」


即答。

でも、完全じゃない。


「……」


少しだけ考える。

それから。


「離すか」


繋いだ手を見ながら言う。

凪は一瞬だけ反応が遅れた。


「あ……」


それから、少しだけ視線を逸らして。


「……うん」


ゆっくりと手を離す。

指先が離れる瞬間、少しだけ名残があった。


「……ありがと」


凪が言う。


「助かった」


「まあ、約束だし」


俺は軽く答える。

凪は少しだけこちらを見る。


「ちゃんとやってくれた」


「そりゃな」


「……うん」


ほんの少しだけ。

表情が柔らかくなった。

その時だった。


「え、今の見た?」


「雪城じゃん」


「手繋いでたよな?」


周りの声が、一気に現実に引き戻す。

さっきまで立ち止まっていた生徒たちが、ざわざわと話している。


(……ああ、そうか)


これは、見られていた。

かなり。

凪もそれに気づいたのか、小さく息を吐く。


「……広まるね」


「だろうな」


間違いなく。

今日中にクラス中に。

いや、もしかしたら学年中に。


「……まあ、いい」


凪が言う。


「その方が、都合いいし」


「割り切ってるな」


「必要だから」


やっぱりそれだった。

でも。

さっきより少しだけ、表情が軽い。


「……帰るか」


俺が言う。


「うん」


凪が頷く。

二人で、校門を通り抜ける。

さっきまでとは、少しだけ違う空気の中で。

こうして。

“見せつける”は成功した。

元彼は引いた。

問題は、ひとつ解決した。


でも――


その代わりに。

俺たちの関係は、もう後戻りできないくらい、周りに知られることになった。

そしてその噂は。

思っていたよりも、ずっと速く広がっていくことになる。

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