表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスの氷姫と偽の恋人になったけど、最後には本物になりたい ―利用されたはずの恋は、すれ違いの果てにもう一度やり直す―  作者: ルキノア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

過去の影

夜。

スマホの画面が、小さく光る。

ベッドに寝転びながら、凪はその画面を見つめていた。


【陽真くん:明後日、土曜日予定ある?】


シンプルなメッセージ。


(……)

少しだけ考える。

それから、画面をタップする。


【凪:ないよ】


送信。

すぐに既読がつく。


(……早い)

ほんの少しだけ、口元が緩む。


【陽真くん:じゃあ、昨日言ってたやつ】


【陽真くん:どっか行くか】


(……)

昨日の会話。


「今度どっか行くか」


その言葉を思い出す。


(……)

少しだけ、迷う。


でも。


【凪:うん】


短く返す。

それだけなのに。

胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。


(……)

続けて通知。


【陽真くん:お昼からでいいか?】


【凪:いいよ】


【陽真くん:じゃあ駅前で】


【凪:分かった】


会話は、それで終わる。

無駄に長く続けない。

それが、ちょうどいい距離。


(……)

画面を閉じる。


でも。

すぐにはスマホを置けなかった。


(……)

なんでだろう。


ただの約束なのに。

(……少しだけ)

楽しみだと思っている自分がいる。


(……)


でも。

すぐに、思考を切り替える。


(違う)

これは、きっと。

元カレのことが落ち着いたから。

誰かと普通に出かけられるようになったから。


それだけ。

(……)

そう思い込む。


画面がもう一度光る。


【陽真くん:あとさ】


少し間があって。


【陽真くん:楽しみにしてる】


(……)


その一文。

シンプルなのに。

少しだけ、心臓が強く鳴る。


(……)

数秒、固まる。


それから。


【凪:私も】


と、返した。

送ったあとで。


(……)

ほんの少しだけ、照れる。


でも。

嫌じゃない。

むしろ。


(……気分が良い)

そう思ってしまう自分がいた。


---


翌日。

昼食の時間。

教室には、いつものように夕方の光が差し込んでいた。


「陽真くん」


凪が声をかける。


「今日、少しだけいい?」


「……いいけど」


陽真くんはすぐに答える。


「どうした」


「その……」


少しだけ言葉を選んでから、


「土曜のこと、決めたい」


と言う。


「……ああ」


納得したように頷く。


「どっか行きたいとこあるか?」


「……特にない」


正直に答える。

すると。


「じゃあさ」


少し考えてから、


「買い物でも行くか」


と提案される。


「……買い物?」


「私服、見てみたいし」


(……)


一瞬、思考が止まる。


「……私の?」


「うん」


当たり前みたいに言う。


(……)

少しだけ、視線を逸らす。


「……別に普通だよ」


「いいだろ、別に」


軽く笑う。

その反応が、少しだけずるいと思う。


(……)


嫌じゃない。

むしろ。


(……少しだけ)

見せてもいいと思っている。


「……分かった」


小さく頷く。


「じゃあ決まり」

「昼に駅で電車乗ってショッピングモール行こう」


陽真くんが言う。

そのやり取りが。

自然すぎて。


まるで本当に。

普通のカップルみたいで。


胸の奥が、また少しだけ揺れる。


(……違う)


すぐに打ち消す。

私にとってこれは、そういう関係だから。


練習で。

偽物で。

必要だから。


そう思っているのに。


「……楽しみ?」


不意に聞かれる。


「……え」


「顔に出てる」


少しだけ笑いながら言われる。


(……)

そんな顔、してたのか。


「……普通」


そう返す。

でも。


「そっか」


それ以上は突っ込んでこない。

やっぱり、この距離が。

ちょうどいい。

その時。


「凪」


声がした。

振り返る。

橘恒一だった。


(……)


一瞬で、空気が変わる。


「珍しいな」


と軽く言う。


「また一緒に食べてんの」


「たまたま」


短く返す。

恒一は、ふたりを交互に見てから、


「どっか行くんだって?」


と言った。


(……)

一瞬、止まる。


「……なんで知ってるの」


「さっき聞こえた」


あっさり言う。


(……)


少しだけ、距離が近い。

会話の中に自然に入ってくる感じ。


前と同じ。

でも。


(……少しだけ、違う)

今は、そこに陽真くんがいる。


「まあいいけど」


恒一はそう言ってから、


「気をつけろよ」


と続ける。


「……何を」


「無理すんなってこと」


また、その言葉。


「凪さ」


少しだけ真面目な声になる。


「昔からそういうとこあるだろ」


「……」


「周りに合わせすぎるっていうか」


淡々とした言い方。

責めているわけじゃない。

でも。


(……)

胸の奥が、少しだけざわつく。


「別に、今は」


言いかけて、止まる。

言葉が続かない。


(……本当に?)

一瞬、そんな考えがよぎる。


「……」


沈黙。

その空気を切るように、


「大丈夫だろ」


と、陽真くんが言った。


「……え」


「凪、無理してる感じじゃないし」


自然な言葉。

強くもなく、弱くもなく。

ただ、そのまま。


「……」


恒一は少しだけ目を細める。


「……そう見えるだけかもな」


ぽつりと言う。


その一言。

さっきまでの空気が、少しだけ揺れる。


「……まあいいや」


恒一はそれ以上は何も言わず、


「じゃあな」


と去っていく。


「……」


残された沈黙。

さっきまでの空気が、少しだけ変わっている。


(……)


胸の奥に、残る言葉。

“無理してるかもな”


(……)


ふと、思う。

もし。

本当に、そうだとしたら。


(……)


隣を見る。

陽真くんは、いつも通りの表情で立っている。

変わらない。


「……陽真くん」


名前を呼ぶ。


「ん?」


「私」


言葉を探す。

でも。

うまく出てこない。


「……なんでもない」


そう言ってしまう。


(……)


言えなかった。

分からないから。

何を考えてるのか。


自分でも。


(……)


でも。

ひとつだけ、はっきりしていることがある。


「……土曜」


「うん」


「ちゃんと行く」


それだけ言う。

陽真くんは少しだけ笑って、


「当たり前だろ」


と返す。


(……)


その言葉で。

少しだけ、安心する。


でも同時に。

胸の奥に、小さな引っかかりが残る。


(……昔から)


(……合わせすぎる)


(……無理してるかも)


言葉が、頭の中で繰り返される。



そして。

ふと、思う。

“昔”って、どこまでのことを言ってるんだろう。


(……)


気づけば、考えていた。

知らないこと。

知らない時間。

知らない凪。


(……)

その“過去”を。

あいつは、知っている。


(……)


夕方の光の中で。

凪は、静かに目を伏せた。


その時の自分は、まだ知らなかった。


“昔の自分”を誰かに語られることが、

どれだけ今の関係を揺らすことになるのかを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ