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クラスの氷姫と偽の恋人になったけど、最後には本物になりたい ―利用されたはずの恋は、すれ違いの果てにもう一度やり直す―  作者: ルキノア


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17/22

当たり前の隣

朝の空気は、少しだけ冷たかった。

校門へ向かう道を歩きながら、凪は自分の手元をぼんやりと見ていた。


(……昨日)


頭に浮かぶのは、放課後のこと。

陽真くんの言葉。


『好きなんだと思う』


あの時の声。

表情。

全部、やけにはっきり思い出せる。


(……)

小さく息を吐く。


胸の奥が、少しだけ落ち着かない。

でも、それを“恋”だとは思っていなかった。


(違う、と思う)

そう、何度も自分に言い聞かせる。


元カレのことが一段落したから。

変に追いかけられることもなくなって。


安心しているだけ。

それに――


(恒一とも、前みたいに一緒にいないし)


今まで当たり前だった距離が変わった。

その分、空いた場所に誰かがいるだけ。


(……だから)


陽真くんじゃなくても、きっと同じ。

そう思おうとする。

でも。


(……それなら)

どうして。

あんなに、嬉しかったんだろう。


「……」


足が少しだけ止まりそうになる。

その時。


「おはよ、凪」


聞き慣れた声。

顔を上げる。

少し先に、陽真くんが立っていた。


「……おはよう」


自然に返す。

それだけなのに。

ほんの少しだけ、胸が軽くなる。


(……ほら)

やっぱり、これも。

安心してるだけ。

そう思いながら、歩幅を合わせる。


二人で並ぶ。

何も言わなくても、自然と距離ができる。

それが、当たり前みたいに。


(……)


少し前までは、こんなことなかった。

一緒に登校することも。

並んで歩くことも。

全部、“最近”のことだ。


「……眠そう」


陽真くんが、ふとそんなことを言う。


「そう?」


「ちょっとだけ」


凪は少しだけ考えてから、


「昨日、少し考え事してたから」


と答える。


「……そっか」


それ以上は聞いてこない。


(……)

優しい、と思う。

踏み込まない距離。


でも。

(……少しだけ)

物足りない、と思ってしまった。


「……何考えてたの」


気づけば、自分から聞いていた。

陽真くんが少し驚いた顔をする。


「珍しいな」


「……そう?」


「凪から聞くの」


「……たまには」


少しだけ視線を逸らす。

陽真くんは小さく笑って、


「別に大したことじゃない」


と言う。


「昨日のこと、ちょっと考えてただけ」


「……」


一瞬、言葉に詰まる。

でも。


「……同じ」


小さく、そう言った。


「え?」


「私も」


それ以上は言わない。

言えなかった。


(……)

沈黙。

でも、嫌じゃない。


むしろ。

(……落ち着く)


そのまま、校門をくぐる。

周りの視線が、少しだけ集まる。


噂は、もう収まってきている。


前ほど気にならない。


(……)

隣を見る。


陽真くんが、普通に歩いている。

変わらない様子で。

それが、少しだけ安心する。


(……)


やっぱり。

これは。


(安心、してるだけ)


そう思いながら。

凪は、ほんの少しだけ歩く距離を詰めた。

気づかれないくらいに。

ほんの少しだけ。


---


教室。

席につく。

いつも通りの時間。

でも。


「凪」


声がかかる。

顔を上げる。

橘恒一だった。


「……何」


「ちょっといいか」


軽い調子。

でも、そのまま近くまで来る。


「最近さ」


何気ない声で言う。


「ちゃんと寝てるか?」


「……急に何」


「いや、顔に出てる」


じっと見てくる。


「昔から、無理するとすぐ分かるから」


(……)


その言い方。

懐かしい感覚。


「別に、してない」


「ほんとか?」


「ほんと」


短く答える。

恒一は少しだけ考えてから、


「ならいいけど」


と引いた。

でも。


「無理すんなよ」


最後に、それだけ言う。


「……」


その言葉が、少しだけ残る。


(……無理)

してる、のかもしれない。


でも。

何に対してかは、分からない。


ふと、視線を感じる。

見ると、陽真くんがこちらを見ていた。


目が合う。


「……」


少しだけ、気まずい。

でも。

陽真くんは何も言わない。

ただ、軽く目を逸らした。


(……)


その反応が、少しだけ引っかかる。

でも。

理由は分からなかった。


放課後。

教室には、まばらに人が残っている。

凪はノートを閉じながら、小さく息を吐いた。


(……)


今日一日、妙に意識してしまった。

隣の席。

視線。

ちょっとした会話。


(……前は、こんなんじゃなかったのに)


気にする理由なんて、ないはずなのに。


「凪」


名前を呼ばれる。

顔を上げる。

陽真くんが立っていた。


「帰るか」


いつも通りの声。

でも。

それを聞いた瞬間、少しだけ肩の力が抜ける。


「……うん」


自然に頷く。

鞄を持って立ち上がる。

そのまま並んで歩く。

教室を出て、廊下へ。


(……)


距離が近い。

でも、それが当たり前みたいになっている。


ふと。

陽真くんの手が、少しだけ動く。

一瞬だけ迷うように。


(……あ)


分かる。

昨日のこと。

手を繋いだこと。


「……」


何も言わないまま。

凪は、ほんの少しだけ自分の手を近づけた。

気づかれるか、気づかれないかの距離。


その瞬間。

そっと、触れる。


「……」


そのまま、自然に指が絡む。

ぎこちなさは、もうほとんどなかった。


(……普通だ)

そう思う。


昨日よりも、ずっと。

当たり前みたいに繋いでいる。


(……変なの)


こんなこと、今までなかったのに。

嫌じゃないどころか。


(……落ち着く)


そのまま、昇降口を出る。

夕方の空気。

少しだけ冷たい風。


「……今日さ」


陽真くんが、ぽつりと話し出す。


「なんか、いつもより静かだったな」


「……そう?」


「ちょっとだけ」


凪は少し考えてから、


「考え事してたから」


と答える。


「……朝も言ってたな」


「うん」


少しだけ間が空く。


「……内容、聞いてもいい?」


優しい聞き方。

強く踏み込まない。


でも。

ちゃんと、知ろうとしている。


(……)

少しだけ、迷う。

でも。


「……分からないこと、考えてた」


と答える。


「分からないこと?」


「うん」


凪は、繋いだ手を少しだけ見てから、


「これが、何なのか」


小さく言った。


「……これ?」


「この感じ」


うまく言葉にできない。

でも。


「楽なのは分かる」


「落ち着くのも分かる」


「でも、それが何なのか分からない」


正直な言葉だった。

陽真くんは、少しだけ黙る。

それから、


「無理に決めなくていいんじゃないか」


と言った。


「……」


予想していなかった答え。


「分からないなら、分からないままで」


「そのままでも、別にいいだろ」


軽い調子。

でも。

どこか、優しい。


(……)


胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「……そうかも」


小さく頷く。


(……この人は)


押し付けない。

決めつけない。

それが、楽だと思う理由の一つだと、なんとなく分かる。


その時。


「凪」


声がした。

反射的に振り返る。

橘恒一だった。


(……)


少しだけ、空気が変わる。

恒一は二人の手をちらっと見てから、


「仲いいな」


と軽く言う。


「……別に」


凪は短く返す。


「そうか?」


恒一は少しだけ笑う。

それから、陽真くんを見る。


「……ちゃんとやってるみたいだな」


何気ない一言。

でも。

どこか引っかかる。


「……何が」


陽真くんが聞く。


「彼氏」


短く言う。


「凪ってさ」


続ける。


「意外と無理するから」


「……」


「楽そうに見えても、合わせてる時あるぞ」


その言い方は、責めているわけじゃない。

ただの事実みたいに。

でも。


(……)


凪の中で、何かが揺れる。

さっきまでの“落ち着き”が、少しだけ濁る。


「……してない」


小さく言う。

でも。

完全に言い切れない。

恒一は少しだけ肩をすくめる。


「ならいいけど」


それだけ言って、


「まあ、無理すんなよ」


と、去っていく。


「……」


残された沈黙。

繋いだ手。

さっきより、少しだけ意識してしまう。


(……)


本当に。

無理してないのか。


それとも。

気づいてないだけなのか。


「……凪」


陽真くんが、少しだけ近くで呼ぶ。


「……ん」


「さっきの」


言いかけて、止まる。

それから、


「気にしなくていい」


と言った。


「……」


その言葉。

少しだけ、引っかかる。


(……なんで)


気にしてないって、言わないんだろう。


(……)


でも。

それでも。


「……うん」


頷いた。

完全に納得したわけじゃない。

でも。


(……大丈夫)


そう思えた。

隣にいるから。

繋いでいるから。

この距離が、あるから。


(……)


歩きながら、ふと思う。

もしこれが。

ただの安心じゃなかったら。


(……)


そこまで考えて。

やめる。


「……違う」


小さく、心の中で否定する。

これは、きっと。


(安心してるだけ)

そう思いながら。

凪は、繋いだ手にほんの少しだけ力を込めた。


離さないように。

無意識のままに。

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