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クラスの氷姫と偽の恋人になったけど、最後には本物になりたい ―利用されたはずの恋は、すれ違いの果てにもう一度やり直す―  作者: ルキノア


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16/21

やっぱり好きだ

朝。

いつも通りの通学路。

変わらない景色のはずなのに、どこか違って見える。


(……なんだろうな)


理由は、分かっている。

昨日の帰り道。

手を繋いだこと。


それよりも――


「離れるの、やだなって思った」


あの一言。

思い出すだけで、少しだけ胸の奥がざわつく。


(……やめろって)


自分に言い聞かせる。

あれはあくまで、“練習”だ。

そういう設定。

そういう関係。


……のはずなのに。


(……)

無意識に、ため息が漏れる。


「朝日奈」


後ろから声がかかった。

振り返る。


「おはよ」


友人の男子が軽く手を上げる。


「ああ、おはよ」


何気ないやり取り。

でも。


「昨日さ」


そいつがニヤっとする。


「雪城と一緒に帰ってただろ」


(……またか)


思ったより早い。


「見てたやつ多いぞ」


「らしいな」


適当に返す。


「上手く付き合ってんだ?」


「……まあ」


曖昧に濁す。


「うわ、マジかよ」


驚いたように言ってから、


「いやでもさ」


少しだけ声を潜める。


「正直、違和感みたいなのあるよな?」


「……」


その言葉に、ほんの一瞬だけ引っかかる。


「悪い意味じゃなくてな?」


慌ててフォローが入る。


「雪城ってさ、ほら……あれだろ」


「氷姫」


誰かがつけたあだ名。

近寄りがたい美人。

クールで、隙がなくて。


「お前は普通にいいやつだけどさ」


「……」


「なんかこう……タイプ違くね?」


(……)


否定できない。

というか。

自分でも思っている。


(……そりゃそうだろ)


凪は、目立つ。

俺は、目立たない。

それだけの話だ。


「まあ、でも」


男子が笑う。


「お前がいいならいいんじゃね?」


軽い調子。

でも。

その言葉が、少しだけ残る。


(……俺がいいなら、か)


それってつまり。

“俺がどう思ってるか”ってことだ。


(……)


そこまで考えて、思考が止まる。


(……どう思ってるんだよ、俺)


答えは、なんとなく分かっている。

でも。

はっきり言葉にするのが、少し怖い。


教室に入る。

いつもの席。

いつもの空気。


でも。

視線が、自然と一つの方向に向く。

窓際の席。


雪城凪。


(……)


今日も、いつも通りだ。

静かに座って、本を読んでいる。

周りと距離を置いたまま。

それでも、目を引く存在。


(……昨日、あんな顔してたのにな)


ふと、思う。

昨日の帰り道。

少しだけ柔らかく笑った顔。

学校では見せない表情。


(……)

そのギャップが、頭から離れない。


「……陽真くん」


名前を呼ばれる。

顔を上げる。

凪がこちらを見ていた。


「おはよう」


いつもと同じ、落ち着いた声。


「……おはよう」


自然に返す。


「……」


一瞬、間が空く。

凪は少しだけ迷うようにしてから、


「昨日」


と言いかけて、止まる。


「……いや、なんでもない」


視線を逸らす。


(……なんだよ)

少しだけ気になる。

でも、それ以上は聞けない。


「……」


凪はそのまま席に戻る。

でも。


(……)


さっき、一瞬だけ。

少しだけ、照れているように見えた。


(……気のせいか)

そう思いながらも。


胸の奥が、少しだけ落ち着かない。

授業中。

ノートを取りながらも、集中しきれない。

理由は分かっている。


(……近いんだよな)


隣の席。

凪の存在。

距離が近い。

それだけで、意識してしまう。

ペンを持つ手。


横顔。

髪が揺れるたびに、少しだけ視線がいく。


(……何やってんだよ)


自分で自分に呆れる。

こんなの、今までなかった。


(……)


ふと、思う。

前から気になっていた。

それは間違いない。


でも。

今は、それだけじゃない。


昨日から。

明らかに、何かが変わっている。


(……)


チャイムが鳴る。

授業が終わる。

少しだけ、息を吐く。

その時。


「朝日奈」


声がした。

顔を上げる。

橘恒一だった。


(……)


ほんの少しだけ、空気が変わる。


「ちょっといいか」


軽い調子。

でも。

どこか引っかかる言い方。


「……何」


「別に大したことじゃない」


そう言いながら、ちらっと凪の方を見る。

それから、俺に視線を戻す。


「お前さ」


一瞬だけ間を置いて、


「ちゃんと見てやってる?」


と、言った。


「……何を」


「凪のこと」


あまりにも自然に、その名前を呼ぶ。


「昔から、無理するタイプだからさ」


「……」


「気づかないうちに、合わせてること多いんだよ」


その言い方は、責めているわけじゃない。

むしろ、普通の忠告。

でも。


(……なんだよ、それ)

胸の奥に、少しだけ引っかかる。


「……別に」


俺は短く答える。


「無理させてるつもりはない」


「つもり、な」


恒一は小さく笑う。


「まあいいけど」


それ以上は何も言わない。

でも。


「ちゃんと見とけよ」


最後に、それだけ言って離れていった。


「……」


その背中を見ながら。


(……)


言葉が、残る。

“ちゃんと見てやってる?”


(……)


ふと、凪の方を見る。

変わらず、静かにしている。


(……)


俺は。

ちゃんと見てるのか。


(……)


分からない。

でも。

少なくとも――


「……」


目を逸らすことは、もうできなかった。


放課後。

教室に残る生徒は、もうほとんどいない。

夕方の光が、窓から差し込んでいる。


(……)


ノートを閉じながら、小さく息を吐く。

頭の中は、昼のままだった。


“ちゃんと見てやってる?”

橘の言葉。


(……)


正直、分からない。

凪が無理してるかどうかなんて。

気づけてる自信は、ない。


(……)


でも。

気づきたいとは思ってる。

それは、はっきりしていた。


「陽真くん」


名前を呼ばれる。

顔を上げる。

凪が、机の横に立っていた。


「……帰る?」


いつも通りの声。

でも。

ほんの少しだけ、柔らかい。


「……ああ」


頷く。

鞄を持って立ち上がる。

そのまま、一緒に教室を出る。


廊下。

並んで歩く。


(……)


やっぱり、少しだけ距離が近い。

意識してしまう。

でも、凪は気にしていないみたいに、普通に歩いている。


(……)


昇降口で靴を履き替える。

外に出る。

夕方の空気。


「……」


しばらく無言で歩く。

その沈黙は、嫌じゃない。

むしろ落ち着く。


でも。

今日は、少しだけ違った。


(……聞くか)


ふと、思う。


「……凪」


呼ぶ。

凪がこちらを見る。


「ん?」


「無理してないか」


言葉にした瞬間、自分でも少し驚いた。

凪は、一瞬だけ目を瞬かせる。


「……どうしたの、急に」


「いや」


少しだけ視線を逸らす。


「なんとなく」


正直に言う。

嘘をつく必要はない気がした。


「……」


凪は少しだけ考えるようにしてから、


「してないよ」


と答える。

即答だった。

でも。


「多分」


と、付け足す。


「……多分?」


「うん」


凪は小さく頷く。


「自分でも、よく分かってないから」


その言い方は、曖昧で。

でも、正直だった。


(……)


橘の言葉がよぎる。

“無理するタイプだからさ”


(……)


少しだけ、踏み込む。


「じゃあさ」


「うん」


「今はどうなんだ」


凪は、少しだけ足を止める。

それにつられて、俺も止まる。


「……今?」


「今」


凪は、少しだけ視線を落としてから。

ゆっくりと顔を上げる。


「……楽だよ」


そう言った。


「陽真くんといると」


まっすぐな目だった。

嘘がない。

飾りもない。

ただ、そのままの言葉。


(……)


胸の奥が、じわっと熱くなる。


「無理してる感じも、あんまりない」


「……あんまり?」


「うん」


少しだけ考えて、


「少なくとも、前よりは」


と、続けた。


(……前)


それが誰を指しているのか。

聞かなくても分かる。


「……そっか」


それだけ返す。

でも。

それだけで、十分だった。

凪は少しだけ息を吐く。


「なんで、そんなこと聞いたの」


「……気になっただけ」


曖昧に答える。

橘のことは、言わない。

言う必要もない気がした。


「……そっか」


凪はそれ以上は聞かない。

しばらく、また歩く。

夕方の道。

いつもと同じはずなのに。


(……違うな)


確実に、何かが違う。


「……陽真くん」


凪が、少しだけ声を落として言う。


「ん?」


「その……」


言葉を探している。

珍しく、少しだけ迷っている。


「昨日さ」


「……ああ」


手を繋いだこと。

自然と分かる。


「嫌じゃなかった?」


少しだけ不安そうな声。


(……)


一瞬、間が空く。

でも。

答えは、もう決まっている。


「嫌じゃない」


はっきり言う。


「むしろ」


そこまで言って、少しだけ迷う。

でも。


「……良かった」


正直に言った。

凪の目が、少しだけ見開かれる。


「……そう」


小さく言う。

でも。

その口元が、ほんの少しだけ緩む。


(……)


その表情を見た瞬間。

胸の奥が、大きく揺れる。


(……ああ)


分かる。

これはもう。

誤魔化せない。


「……なあ」


思わず、声が出る。

凪がこちらを見る。


「……うん?」


その目を見て。


(……)


少しだけ、息を吸う。

逃げるのは、やめようと思った。


「俺さ」


言葉が、ゆっくり出てくる。


「前から、凪のこと気になってた」


凪の目が、少しだけ揺れる。

でも、逸らさない。


「でも」


続ける。


「昨日から、なんか違くて」


うまく言葉にできない。

でも。


「多分、ちゃんと考えたら」


一瞬、間を置いて。


「……好きなんだと思う」


そう言った。

風が、少しだけ吹く。

凪の髪が揺れる。


「……」


凪は、何も言わない。

ただ、じっとこちらを見ている。


(……やばいな)


今さら、少しだけ後悔する。

でも。

言ってしまったものは仕方ない。


「……ごめん」


思わず言う。


「変なこと言った」


「……ううん」


凪が、小さく首を振る。


「変じゃない」


少しだけ間を置いて。


「……ありがとう」


そう言った。

その声は、とても小さかったけど。

はっきり聞こえた。


(……)

胸の奥が、強く鳴る。


「……でも」


凪が続ける。


「今は」


少しだけ迷ってから、


「このままが良い」


と、言った。


「……このまま?」


「うん」


凪は頷く。


「今の関係のまま」


「……」


それは、曖昧で。

でも。

拒絶ではない。

むしろ――


(……大事にされてる感じかな)


そう思った。


「……分かった」


頷く。

無理に進めるつもりはない。


「……ありがと」


凪が言う。


「ちゃんと言ってくれて」


「……別に」


照れ隠しに、視線を逸らす。

その時。

凪が、そっと手を伸ばしてくる。


「……」


軽く、触れる。

それから、ゆっくりと繋ぐ。

自然な動きだった。

昨日よりも、ずっと。


「……これくらいなら、いいよね」


凪が小さく言う。


「……ああ」


短く返す。

でも。

それだけで、十分だった。


手の温度。

距離。

全部が、少しだけ変わっている。


(……)


歩き出す。

並んで。

手を繋いで。

夕焼けの中。


(……やっぱり)


心の中で、もう一度思う。


(好きだな)


それは、さっきよりもずっとはっきりした感情だった。

もう、疑いようもなく。

ただ一つの、確かな気持ちとして。

胸の中に、残っていた。

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