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Iの証明  作者: みやさか
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1話_⑥

 燃え盛る炎より生まれ出たのは、真紅の羽毛に覆われた霊鳥・フェニックス。

 かつて偉大な魔術師に捕われ使役された七十二の悪魔のうちの一柱、不死と謳われる業火の悪魔。


「うそ……召喚魔術……」


 漠夜の魔術によって生み出された最高位の悪魔の姿を瞳に写しながら、冷は感嘆とも怯えともとれる息を吐き出す。


 魔術師が集う帝国魔天軍の中で、召喚系の魔術を使うことのできる人間は限られている。

 彼らが魔術を使うためには己が生まれた時の星の並びによって定められた媒体を必要としており、それは自然界のあらゆる物質の数だけ存在している。

 召喚系の魔術を使用するには、精霊などとの契約の他に、媒体が非常に重要な要因なのだ。


 媒体と召喚魔の相性こそが最重要事項、それは軍に入隊する前に叩き込まれた基本中の基本。

 召喚魔と媒体の相性が悪ければ、その四肢は相反する魔術によって塵芥へと切り刻まれてしまう。


(少佐の媒体は紙……木属性だ。相性が悪いはずなのに、どうして炎系の召喚魔を召喚できるんだ? それにあれは――)


 術を発動した瞬間に燃え尽きてもおかしくない紙を媒体に炎系の悪魔を召喚しただけでも十二分に驚くべき要素だが、それよりも召喚した悪魔こそが冷の心に引っかかる。

 フェニックスを始めとする七十二柱の悪魔は、“決して従わせる事のできない召喚魔”として魔術師の間では広く知られている。それこそ歴代の高位魔術師の誰しもが成し得なかったことだ。


 化け物。その言葉が意味する本質の一端を垣間見た気がして、冷は小さく身震いした。


「その程度、蹴散らしてあげるよ」


 フェニックスの降らす火の粉を躱しながら、末羽は右手で剣印を結んで文字を描く。

 漠夜の魔法陣のように浮かび上がる梵字は彼女の身の丈程に肥大し、火の粉を消滅させながら光を増していく。


「まさか、式神を召喚するつもりじゃ……!」


 梵字の中心部から勢いよく水が迸しり、その中心部に踊る一匹の龍のような影を見ながら、冷は信じられないとでも言うように目を凝らしてその正体を探る。


 式神は召喚魔のように詠唱や契約を必要とせず、己自身の魔力によって作り出される妖のような物だ。

 魔術師の中には実在する妖怪をそのままなぞらえる様に式神を従える者も多く存在しており、おそらく彼女もその中の一人なのだろう。


「この子を漠夜に見せるのは初めてだったかな?」


 末羽によって作り出されたのは、海底を移しこんだように青く光る瞳と白銀の鱗に覆われた肢体を持つ、巨大な蛇。

 その長大な肢体を蠢かせながらフェニックスを見定めるように瞳孔を光らせ、末羽を守るように薄い水膜を張り巡らせる。

 超音波のような咆哮を上げる蛇の姿を視界に入れながら、漠夜の顔は憎らしげに歪んだ。


「ミズチじゃねえか……またとんでもないもん作りやがったな」

「私は、殺した人間を糧にして強くなるものでね」


 互いに隙を探るように軽口を交わし合う二人の姿を、地面に座り込んだまま眺めていた冷は、ここに何をしに来たのかを思い出して息を飲んだ。

 二人の圧倒的な実力の前に呆然としていたが、冷は漠夜をサポートし末羽を破壊するという目的でここに居る。

 目の前に立つことすら畏怖してしまいそうな、この強大な力に向き合わなくてはいけないのだ。


(やらなきゃ……僕はそのために来たんだから……)


 意を決して冷が腰をあげた瞬間に存在をようやく思い出しのか、漠夜の眼が一瞬こちらに向けられる。

 僅か数秒の事だったが、末羽が先に攻撃を仕掛けるには十分すぎる時間を意図せず与えてしまったことに、冷は気付くことができなかった。


「バカ野郎、伏せてろ!」

「え?」


 蛟の口から響く耳を劈くような高音に耳を塞いだ冷は、漠夜が声を張り上げた気配を感じて反射的に問い返す。

 彼が何を言っていたのか気付いた時には青い水が視界いっぱいに広がっていて、漠夜の姿を覆い隠す。


 蛟から発せられた高圧の水柱は真っ直ぐに冷を狙っており、全く反応出来ていない冷は格好の的だったのだろう。

 彼の反射速度では到底躱しきれないと早急に判断したのか、漠夜は素早く身を翻すと呆然としている冷の体を迷わず蹴り飛ばした。


 漠夜によって飛ばされた冷は水柱の軌道から逸れて草むらへと倒れ込み、腹部から背部にかけて広がる鈍痛に呻き声を上げる。

 水柱から突然草の中へと視界が目まぐるしく変わっていく状況が把握できず、痛みに顔を顰めながら少しでも情報を集めようと上体を起こした冷は、その瞬間に視界に入った後ろ姿に思わず声を張り上げた。


「――っ少佐!」


 真後ろにいた冷を蹴り飛ばしたことで自分は避けることが出来なかったのか、水柱を真正面から受けた漠夜の姿がそこにある。

 木々をなぎ倒すほどの水圧を正面から受けるその姿を目にした冷は、悲鳴交じりの声を上げながら立ち上がった。


「少佐、大丈夫ですか!」


 漠夜のもとへと駆け寄った冷は、彼の負った傷を確認するために視線を上から下まで走らせる。

 どれほどの深さかはわからないが、あれほどの水圧だったのだから体の内側が深刻なダメージを受けている可能性がある。

 もしもそうだった場合は、冷が治癒魔術をかけなければ漠夜は立つ事すら困難だろう。


 そう思って観察していると、ふと違和感があることに気が付いた。

 水柱の直撃を受けたことを物語るように漠夜の周辺は深い水たまりを作っていたが、肝心の彼は衣類どころか足元すら一滴の水分に侵されてはいない。


「え……?」


 漠夜の体を注視していた冷は、一つの札に気付いて視線をそこに留める。

 彼の手に握られていたのはフェニックスを召喚したものとはまた別の青い呪符。役目を終えたように光を収縮させて行く札の正体がわからず戸惑った冷に答えを与えてくれたのは、敵であるはずの末羽だった。


「ははっ、随分と思い上がってるね。その程度の魔力なら後ろで縮こまっていた方がまだ役に立つんじゃない?」


 その言葉を聞いて唖然とする冷に追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ彼女の横では、蛟が次々と水柱を二人に向けて放水させていく。

 けたたましい音を立てて水柱を弾いていく漠夜の術――結界を見ながら、冷は彼女の言葉の意味を痛感して唇を噛み締めた。


「君は用無し、ただの足手纏い」


 本来ならば不可能な筈の二系統の魔術を、漠夜は適切に使い分けながら一人で末羽と渡り合っている。

 その姿は彼女の言葉を肯定しているようにも思えて、末羽の言葉が冷の意識深くまで侵食し、戦意の一片すら葬り去ろうとじわじわ染み込んでいく。


「余計な口叩いてんじゃねえ末羽っ!」


 冷を庇って防戦一方だった漠夜が、彼女の言葉を遮るようにフェニックスの炎術を発動させて水柱の全てを蒸発させる。

 大量に発生した水蒸気は冷の姿を覆い隠し、辺り一帯の視界を遮るように包み込んでいく。


 視界が悪いうちにと思ったのか、漠夜は再び冷を近くの草むらへと蹴り飛ばすと、末羽に向けてフェニックスをけしかけながら追加で魔術を発動させた。


「おや、怒っちゃったかい?」

「お前はそうやって、何人も殺してきたのか」


 フェニックスが発生させる火粉と蛟の発生させる水滴の間を掻い潜り、漠夜は自らの呪符によって作り出した長剣を末羽に向けて振り下ろす。

 しかし、もともと背丈が小さく的としては狙いづらいせいもあってか、彼女へと振り下ろされた剣先は空をかすめ木の幹を抉るだけだ。

 向けられる剣を躱しながら、末羽は弾くように氷柱を漠夜に向けて発生させていく。

 その一つ一つがまるで弾丸のように漠夜を狙い、時にはフェニックスにさえ当たりそうなほど正確に飛んでくるのだから彼にとっては動きにくいことこの上ないだろう。


「くそったれが……」


 雨としか形容できない程膨大な量の氷柱を打ち付ける末羽に舌打ちをした漠夜は、僅かに息を切らしながら懐から新たな呪符を取り出した。

 数十枚が束になった赤い符を扇状に広げ、剣先から発生させた気流に乗せて空高くへと舞い上げる。


「爆炎舞!」


 巻き上がった赤い符が、まるで重量を持っているかのように垂直に落下し、物体に接触した瞬間に爆発を繰り返していく。

 符一枚でも小型爆弾と見紛う程の爆発力を誇るその術は、漠夜が好んで使用するものの内の一つだと聞いた。


 爆符と銘打たれた赤い札が大量に舞う様子は、曼珠沙華の花びらが風に煽られる様子とよく似ていて、己の置かれた状況を忘れるほどに美しい。


 風によって縦横無尽に巻き上げられた爆符は無差別に周囲のものを爆発させ、瞬く間に森の一角を火の海に変えていく。

 鳴り止むことのない爆音の中で蛟の悲鳴が途切れ途切れに鼓膜を突き刺し、その刺すような痛みは軽い頭痛へと変わる。


「うわっ!」


 サポートにと着いて来た冷ですら、初めて目にする漠夜の術に驚きの声を上げた。

 咄嗟に頭を庇うように腕を上げるが、すぐ頭上で響いた爆発音に自分が漠夜の結界に守られているのだと窺い知れた。冷静に神経を集中させて探って初めて、己が隔離されているのだと気付く。


(なんて強い結界……こんなの如月大佐でも作れるかどうか……)


 すぐ目の前で繰り広げられる水と炎の攻防を眺めながら、ただ呆然と座り込むしかできない。

 現役の少佐である漠夜に対し、冷はただの一等兵。


 術の質も、経験も、魔力の膨大さも、全てを遥かに上回る実力をまざまざと見せつけられた冷が感じるのは計り知れない無力感。


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