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Iの証明  作者: みやさか
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1話_⑤

「少佐! どこですかー!」


 漠夜に遅れてトランスポートで転移した冷は、鬱蒼と茂る森の中で一人佇んでいた。

 早く現場に到着したからといって、漠夜がパートナーを待つような人物ではないと十分心得ていたつもりだったが、その彼を探そうにも予想以上に木が生い茂っていて人影を見つけることすら難しい。


 野生動物が多く存在していることは想像に容易く、下手に大声を上げ続けるのも得策ではない。

 一度だけ大声で呼んでみたものの答える声は無く、ほとほと困り果てた冷は当てもなく道なりに歩いている所だった。


「せめて応答してくれたらなあ……」


 森に到着してすぐ漠夜へ通信機で呼び出しをかけてみたが、彼がそれに応じる気配はまるでない。

 うんともすんとも言わない受信用通信機を揺らしながら途方に暮れて歩いていると、ひときわ高くそびえる大木が目に入って足を止めた。


 樹齢数百年は下らないような太くて立派な幹から力強い霊力は感じ、これがこの森の霊域としての効果を高めているのだと魔術師として未熟な冷でも一目でわかる程だ。

 感嘆の息を漏らして近付き、幹にそっと手を添える。静謐としていて根強く泰然とした霊力は、まるでつい最近まで生きていたような気配さえ感じさせた。


「……あれ?」


 その根元に腰を降ろして一息つこうと思って下を向いた冷は、そこで初めて足元に何かが落ちている事に気が付いた。

 蝶の絵があしらわれた美しい赤い着物を纏い、頭には大きなリボンを結んだ小さな人形のようだ。

 極東の海に浮かぶ小さな海洋国家で好んで制作されている人形の特徴を備えたそれは、中央大陸で作られる磁器人形とはまた違った雰囲気を持っており、一瞬目を奪われた。


「犠牲になった方の持ち物かな?」


 報告書によると、被害者の中には商人のキャラバンが含まれていた筈だ。

 極東から仕入れた荷物を移送している最中に被害に遭い、落としてしまったものが回収される事もなく打ち捨てられてしまっていたのかもしれない。


 拾い上げて観察してみると新品のように傷一つなく、地面に接していた部分に少し土埃が付いているだけのように見えた。


(任務が終わったら届けてあげよう)


 どこの誰が落とした物かわからないが、これだけ珍しい物だったならきっとすぐに持ち主が見つかるだろう。

 そう判断した冷が人形に目線を落とすと、不意にその人形と目線が合った。


「――お兄さん」

「うわっ!」


 本来ならば開くはずのない部分から漏れた声に、冷は思わず人形を取り落とす。

 かしゃん、と小さな音を立てて落ちたそれは、驚くべきことに自らの手足で器用に立ち上がってじっと冷を見つめている。


「こんな寒い所でどうしたの? 迷っちゃった?」


 それは鈴を転がしたような音だった。無垢な少女のように軽やかでころころとした声は静寂の中に良く響いている。

 作り物特有の温度のない容貌さえなければ、きっと本物の少女と錯覚すらしていただろう。不可思議な現象に一瞬眉を顰めた冷だったが、すぐに表情を青ざめさせて息をのんだ。


(もしもこの人形が被害者の遺物というだけではなく、魂を取り込んでしまった人形だとしたら……)


 この大樹の霊力をもってすれば、現場に発生した未練を人形に定着させてしまう可能性は十分にあり得る。

 それどころか、妖の類になってしまっていも不思議ではないだろう。


 もしそうだとしたら、最悪の場合は破壊することになる。脳裏をよぎった最悪の展開に、冷は神妙な面持ちで人形を見つめた。


「私とおんなじだね……」


 人形の迫力に圧倒されて思わずその場に座り込んでしまった冷に、彼女はゆっくりと近寄ってくる。

 彼女自身が大きな蝶のように袖を揺らしながら優雅に動き、朗々と言葉を紡ぐその姿は少女のようでいて、しかしどこか達観したような雰囲気さえ感じさせた。


「え、あ……」

「私、ずっと一人で寂しいんだ……お兄さんは一緒にいてくれる?」


 貼り付けた笑顔のまま、少女が泣いている。

 球体関節がむき出しの指先がこちらに伸ばされる。


温度のない指先が首筋に触れた途端に背筋を悪寒が突き抜け、冷は思わず音にならない声で漠夜の名前を叫んでいた。


「今度の芸風は捨て子か?」


 コンクリートを壁に叩きつけたような鈍い音が響いて、冷は瞑っていた目を見開く。

 開けた視界の先では、どこからか突然現れた漠夜が人形を蹴り飛ばしていて、いとも簡単に吹き飛んで行った少女の人形が草むらの影へと一瞬で消えていく。

 視界を埋め尽くしていた深紅が白へと姿を変え、眩い白銀が冷と少女の間に立ちはだかった。


「……やあ、久しぶりだね」


 予期せぬ闖入者に吹き飛ばされた少女はまったく痛がる様子もなく立ち上がると、その表情をひどく歪んだ笑みへと塗り替える。

 作り物の口から放たれる声音はおぞましい邪気が感じられるようなものへと変貌し、少女は今の一瞬でまるで別人のように様変わりした姿で草むらから平然と歩いてきた。


「捻くれたところは何も変わってねえな――末羽(まつは)


 彼女の名前と思しき単語を漠夜が発した瞬間、足元から冷気が突き刺さる。

 大幅に体温を奪っていくそれは末羽と呼ばれた少女から発せられているもので、あまりの禍々しさに冷は思わず身震いして一歩後ずさる。


 狂気や怨念の塊――そうとしか形容できない、得体の知れない何かがそこにいる。


「未羽の仇討ちのつもり? 君ってそんなに情熱的だったかな」

「そんな綺麗なものじゃねえよ」


 不思議そうに首を傾げながら挑発するような言葉をかける少女にも、漠夜は至って冷静に懐から札を取り出して気を窺っているようだ。

 それよりも冷が気になったのは、末羽が発した『未羽の仇討ち』という言葉。

 

冷が聞いている限りでは漠夜のパートナーである如月未羽は事故死であり、仇となるような存在などいない筈だ。しかしはっきりと彼女は自らを仇敵と表現し、漠夜もそれを肯定した。

 それが導き出す事はつまり――


「殺された……?」


 冷の表情が驚愕に染まる。

 漠夜の前パートナーであり、中佐にまで上り詰めた特攻隊長の片割れ。その彼女が末羽に殺されたのだとしたら、冷では敵うはずもない相手だ。


 事の真偽を確かめるべく漠夜へ視線を移すが、彼の背中はこれ以上の深入りを拒絶するような雰囲気を纏っている。


「俺は、あの時お前を仕留め損なった責任をとらなきゃならねえんだよ」


 漠夜の手にした札から炎が勢いよく燃え上がり、漠夜の姿を包んでいく。

 炎の中で一際眩い光を放つ彼の左手薬指に嵌められた指輪が、明滅しながら光の魔法陣を映し出していくのがおぼろげながら視界に映る。


「あの日あの場所で、お前は殺しておくべきだったんだ」


 漠夜からの明確な殺意を向けられて、末羽の顔は至極満足そうに塗り替えられた。

 それはまるで、欲しかった玩具を与えられた時のような純粋で混じり気のない狂気。


 それに一瞬で気圧された冷の身体は、彼女を討伐しなければならないという使命感に反して指一本動かすことが出来なかった。


「お前はここで破壊する」


 光度を増しながら明滅を繰り返し、光はやがて足元を起点に大きな魔法陣を完成させる。

 中心に位置する漠夜の足元から巨大な炎の柱が噴出し、周辺一帯の木々を薙ぎ払いながら天高く飛翔していった。

 懐から紫の符を取り出した漠夜は詠唱を紡ぎながら名前を刻んでいき、刻んだその端々から一瞬で炎が生まれ、高く渦を巻いて燃え上がっていく。

 その様を見ているしかできない冷には何が起こっているのか理解が遅れていたが、その時はっきりと思い出した言葉がある。


「紅蓮の炎で焼き尽くせ“    ”!」


 轟音を立てながら炎が巻き上がる音に、最後に唱えた言葉がかき消される。

 炎がとぐろを巻き、生き物の姿を形作るさまをただ見つめながら、冷の脳裏に過ぎるのは漠夜とパートナーになった当初にかけられた言葉。


──あれは悪魔に魂を売った化物だ。


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