1話_④
漠夜のパートナーになってから、約一か月。
彼の行動パターンを少しずつ把握してきた冷は、任務に置いて行かれることが少なくなってきていた。
先回りできているわけではなく、トランスポートの付近で待ち伏せるようになっただけなのだが、それも成長と言えるだろうと思っている。
その日も無事に漠夜を捕まえられた冷は、遠方の地で発生した魔物被害に対処してきたところだった。
「あれ、報告書を書きにいかないんですか?」
待機室に向かうとばかり思っていた冷は、全く違う方向へ足を向けた漠夜に疑問を抱いて声をかける。
彼が向かう先にあるのはエントランスホールで、基地の敷地外に出るつもりなのだろうかと首を傾げた。
「俺は寄るところがあるから、お前は先に戻ってろ」
彼は冷の疑問にそう返すと、話は終わりだと言わんばかりに立ち去ってしまう。
漠夜が自分の行動について詳しく話さないのはいつものことだが、その様子に何かを感じ取った冷は少しだけ悩んでからその後を追うことにした。また冷を置いて違う任務に行くのかもしれないと、そう思ったのだ。
長い回廊を抜け、硝子張りのエントランスホールを出た更に遠く。
基地から歩いて十分ほどの小高い丘に来た漠夜は、その一角に作られた小さな墓地に来ていた。
(ああ、どうしよう……明らかに駄目なやつだ)
そこは魔天軍の共用墓地、帰す家の無い者たちが眠る場所だ。
声をかけるのも憚られて、冷は気まずい気持ちで目線を落とす。かつて漠夜のパートナーで死人が出たと言われたことがあるが、まさかその関係だろうか。
今すぐ立ち去るべきだと思った冷が踵を返そうとしたのと、漠夜の声が耳に届いたのは同時だった。
「――よう、戻ったぞ」
それは、耳を疑うほど静かな口調だった。
漠夜と組むことになってからおよそ一か月。毎日のように叱られてきたが、こんな静かな口調で語りかける姿を見たのは初めだった。
彼の変化の理由が知りたくなり、立ち去ろうとしていたことも忘れてその場に立ち尽くす。
「今回も駄目だったよ」
深いため息と共に、漠夜が小さく零す。彼の雰囲気は少しだけ柔らかなものになっており、口調も心なしか優しい。
いったい誰に語り掛けているのだろうと、冷は物音を立てないよう注意を払いながら彼の目線の先を見ようと目を凝らした
墓石に刻まれた名は『如月未羽』。
(あの名前、たしか事故で亡くなったっていう……)
噂で聞いた、一年以上も前に事故で死亡した漠夜の前パートナーの名がそこに刻まれていた。
『――業務連絡です』
墓前に立つ漠夜の姿を見つめていた冷は、突如聞こえてきた声にはっとして顔を上げた。
常に装着を義務付けられている二連ピアス型の通信機から聞こえるのは、入隊してから何度も聞いた一番隊総司令官──輝の声だ。
『月折漠夜少佐、葉邑冷一等兵。いますぐ執務室まで来てください』
通信機を通した無機質な声に、冷はおろおろと両手を彷徨わせて漠夜の動向を窺う。
任務から帰還してすぐに総司令から呼び出されるとなれば、用件は一つ。任務に関しての報告書を提出するようにとの催促だろう。
まもなく通信が切られ、冷は飛び跳ねる心臓を抑えるように深く息を吐きだす。
「ああビックリし……あ」
深く息を吸って、吐いて、呼吸を整えた冷が顔を上げる。
そこには、心底から嫌そうにこちらを睥睨する漠夜が立っていた。
先ほど通ってきた道のりを、今度は総司令官である如月輝大佐の執務室に向けて歩き出す。トランスポートの管理室は東館の二階にあるが、彼の執務室は小走りで言っても五分はかかる位置にある本館Aブロックの三階だ。
呼ばれてしまった以上は待たせるわけにはいかないと、冷は漠夜の後ろを小走りについて行った。
「これが今回の資料です」
漠夜が執務室に入ると、挨拶もそこそこに分厚い書類が手渡される。
この執務室の主である輝は、当然行ってくれるだろうという余裕を全面に押し出しながら微笑んでいる。
彼から資料を受け取る漠夜の仕草からは相変わらず遠慮が感じられず、冷は勝手ながら毎度ハラハラしている。
とはいえそれを口にできるわけもなく、冷はたどたどしい手つきで敬礼をし、輝が話し始めるのを後ろに手を組みながら静かに待った。
「それから葉邑一等兵、任務お疲れ様でした」
「あ、いえ……恐縮です」
彼から直接かけられた労いの言葉に冷は何と答えていいかわからず、わずかに口ごもってしまう。
何度か任務を共にしているが、冷は置いて行かれるか何もできないかのどちらかで、労われるようなことは何もできていないのが現状だ。
輝はそんな様子も意に介さない様子で漠夜へ一瞥を送ると、微笑みを崩さないまま再び口を開いた。
「戻ったばかりで恐縮ですが、貴方がたには再び任務に出ていただきます。ランクはA、本土の東部に位置する森林地帯の一角にて発生した連続殺傷事件の元凶を討伐する事」
漠夜が手元の資料を開いたのを見て、隣から冷も覗き込む。
右上に描かれたアルファベットは任務の危険度を表しており、最低のDから最高の特Sまで段階的に区別されている。Aということは、それなりに危険性の高い任務ということになる。
そんな大それた任務が与えられると思っていなかった冷は、身震いする心地で下の概要を読み進めていく。
東部の森林で発生した殺傷事件は、猟師や商人のキャラバンなどの襲撃から始まり、その勢力を徐々に拡大していっているという。範囲は森のほぼ全域。
一か月ほど前から毎日のように死体が発見されるようになり、今日に至るまでに約百人は犠牲になっているのだという。
犠牲者の数を増やす原因となったのは、獣の牙や爪による咬傷・裂傷が見当たらなかったことから人為的な事件と判断され、初動捜査に正規軍が出動したことだ。
人の出入りが増えたことにより、被害は目に見えて膨れ上がっていった。そうした末に危険度がAまで跳ね上がり、特攻隊にお株が回ってきたという事である。
「今はAランクの任務に就ける隊員が貴方しかいません。受けていただけますね?」
「一葵と月華はどうした?」
「彼らもそろそろ戻る頃あいかと思いますが、事は一刻を争います」
先ほどの任務で魔力を消耗していることは輝も十分承知の上だろう。それでも彼が漠夜に任務を渡すしかないのは、Aランクの任務を請け負う事が出来るのが今は漠夜しかいないからだ。
ランクは危険度を表すのと同時に、隊員の能力値に合わせて適当に分配するための目安として定められている。
Aランクから特Sまでの任務には身体能力値の平均がAA以上、もしくは『特攻隊』を最優先で充てる規則なのだ。
「葉邑一等兵には荷が重すぎるかと思いますが――」
「構わねえ、置いてく」
輝が全てを言い終わらないうちに、漠夜は資料を閉じてさっさと踵を返してしまう。
おそらく任務に向かうのだろうが、冷の処遇については宙に浮いた状態だ。暫定的なパートナーとして漠夜と共に行動していたが、さすがに今回の任務について行っていいのかは冷自身も甚だ疑問だった。
なぜなら、己の身体能力値は白鷺一番隊の選考基準ギリギリの範囲でしかない。特に体力の面ではCという評価を受けており、本来ならばAランクの任務など受けられる権利がない。
(とはいえ登録上はパートナーだから、少佐がああ言っても僕も着いて行かないと)
輝に指示を仰ぐかどうか迷ったが、おそらく彼は漠夜と組んでいるのが冷であることを承知の上で任務を渡している。それはつまり、行けと言う事ではないのだろうか。
必死に考えそう結論付けた冷は、輝に向かって一礼すると慌てて駆けだして漠夜の後を追った。扉を閉める瞬間に微笑みを浮かべたまま小さく手を振る彼の姿が見えたが、その意図が掴めなかったため小さく会釈してその場を去った。




