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Iの証明  作者: みやさか
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1話_③

 ──漠夜のパートナーを務めるのは、冷が想像するより遥かに過酷な仕事だった。


「チっ……めんどくせえな」


 冷の背後で、漠夜が忌々しそうに吐き捨てる声が聞こえる。

 ちらりと様子をうかがうと、彼は片手に携えた細見の長剣を握り直して空を睨みつけているところだった。


 人々が遠乗りに出かけるような快晴の空の下。普段ならば牛や羊が放牧されていそうな広大な草原の上空で、大きな影がいくつか動き回っている。

 その影は鳶のようにも見えるが、よくよく目を凝らしてみるとそれは鳥なんかではないことがわかる。細い触手のような六対の足に、固い外角に覆われた丸みのある体、そしてトンボのように薄くて半透明の羽を広げて飛翔するそれは、紛れもなく異形の生物そのものだった。

 普段ならばこの牧場に放牧されている家畜たちを狙ってやってきたのか、それらはまるで獲物を探すように上空を旋回し続けている。


「おい、へたり込んでねえで数を数えるくらいしとけ!」


 上空を飛び交う異形の甲殻生物を睨みつけていた漠夜が、身を寄せていた大岩を勢いよく蹴り上げる。

 靴底の硬度が高い特別製の靴は大岩に僅かな亀裂を生じさせ、がつんと大きな音すら立てて、反対側で岩に寄り掛かっていた冷の身体を揺らした。


「はい! すみません!」

 

 彼は漠夜の声に驚いたように肩を竦ませると、慌てたように飛び起きて両目を瞬かせる。


「ええと……」

「隙だらけだ、もっと周囲に気を配れ!」


 無傷である漠夜とは対照的に顔や手を擦過傷だらけにした冷の背後で、爆音と共に大きな落下音が響く。

 それに驚いた彼が更に身を縮こませながらそちらを見遣ると、たった今数えていたばかりの甲殻生物が頭と胴を寸断されて落下してきたところだった。


「すみません、気をつけます!」

「いちいち謝るくらいなら最初から着いてくんじゃねえよ」


 謝罪の言葉に対し、漠夜は心の底から面倒くさそうな言葉を返す。

 それに対して謝罪の言葉を重ねようとした冷を一睨みで黙らせて、彼は大岩を足場にして高く跳躍して頭上の甲殻生物を一刀両断にしていった。


「お疲れ様でした月折漠夜少佐、葉邑冷一等兵」

「あ、お疲れ様です」

 長距離移動用転送装置――通称トランスポートの響かせる特殊な作動音が止むと同時に声をかけられた言葉に冷は会釈を返すが、漠夜は見向きもせずに一言だけ告げて去って行く。


 その態度に慌てたのは冷の方で、心の中で謝りながらもう一度会釈をしてから漠夜の後を追いかける。声をかけてきたのはトランスポートの管理を務める青年であり、先ほどの挨拶だって社交辞令のようなものだ。

 そう理解しているからこそ会釈を返したのだが、そうしなかった漠夜に対して冷は心配を募らせていた。

 漠夜の態度に青年が顔を顰めたのがはっきりと目に入ってしまったのだから、余計に。


「Aランクの任務で傷一つついてないのか……化け物」


 その小声までしっかりと聞き取ってしまった冷は、こちらを振り返らない背中を見つめる。

 漠夜は真っ白だったはずの軍服を緑とも紫とも形容しがたい液体で染めてしまっており、肉片までこびりついているので衛生的ではないだろう。

 しかしそれ以外にも、冷は漠夜の何が青年の気分を害させたのかをよく理解していた。


「少佐、待ってください」

「なんだ。報告なら俺がやるから、お前は勝手にしてろよ」


 百八十を越える長身の漠夜は、百七十にも満たない冷とは歩幅が全く違う。

 その背を追いかけるうちに息を切らしてしまった冷の事を鬱陶しそうに振り返るが、やはり言葉の中身は素っ気ない。


「……おい、あいつもう帰って来たぞ」

「相変わらず澄ました顔だな……格下には興味ありませんってか」


 ただ歩いているだけなのに、あちこちから漠夜に対する負の感情が投げかけられる。

 口があまり良くない事に加え、パートナーも必要としない。さらに漠夜は身体能力値が全ての項目でAA以上を誇る白鷺一番隊のエースであるため、嫉妬や嫌悪などを集めやすい人間なのだろう。

 入隊して間もない己がどうして白鷺一番隊のエースとペアを組むことになったのかと最初こそ悩んだものだが、その理由はこの嫌われぶりを見れば察するに余りあるというもの。


 過酷な任務に、不愛想で口も態度も悪いパートナー。

 入隊早々にそんな苦行を強いられるなんてと、冷に向けられる目線に憐憫が宿るまでにそう時間はかからなかった。


「たしかに強いかもしんないけどさ、だからってあれはないよな」


 悪意の言葉に漠夜も気が付いているだろうに、それでも彼は一度も歩調を緩めることない。

 悪意をものともせず背筋を伸ばして歩く彼の姿が、冷にはただ眩しく見えた。



「あんたも、あんなのと組まされて大変だよな」


 後ろから声を掛けられて、冷は足を止めてそちらを振り返る。気が付いたら姿を消してしまっていた漠夜を探していたのだが、どうやらそれを哀れに思って声を掛けたようだ。

 男女二人組が、苦笑を浮かべてこちらを見ている。


「……そうでしょうか」


 何と答えるべきかと逡巡し、曖昧な笑みだけを返す。先ほどまでロビーを中心にあちこち行ったり来たりしていたので、それを何度か目撃していたら事情を察するのは容易いだろう。

 しかし、困っていたら声をかけようという気持ちこそ理解できるものの、彼らの様子を見ていると気分がどんどん重くなっていくのを感じる。


「ほら……あの人、少し個人主義なところがあるじゃない?」

「はあ……」

「少しパートナーのこと軽視しすぎなんだよな。死人が出たこともあるって聞くし、捨て駒にされないうちに変えてもらった方が良いって」


 湧き上がる嫌悪を噛み殺して、へらりと笑いながら再び「はあ……」とだけ返す。

 彼らが言わんとしていることも、本音もわかってしまうだけに返答のしようがないのだ。


 だてに物心ついた時から他人の機嫌を伺いながら生きてきたわけではない。


 さも冷のことを心配しているような顔で、漠夜への不満を発散しにきただけなのだと。

あわよくば冷からも同意を引き出して同じ穴の狢にするか、『憐れで可哀想な少年』を助けてやろうという無意識の本音すら透けて見える。

 どうしようもなく不愉快だった。


「お気遣いありがとうございます。気にかけていただいて嬉しいです」


 彼らの顔を上手く見ることができず、頭をかくフリをしてわずかに目線を下げる。

 否定をせず、悪口にも乗らず、この場をはぐらかすのが冷にできる精一杯の反抗だ。


「辛くなったらいつでも頼ってよ、仲間なんだからさ」


 予想した通り、哀れな少年に手を差し伸べた気になって満足したらしい二人は上機嫌な様子で去って行く。

 一礼してその背を見送り、冷は再び漠夜を探すために足を動かした。


(はあ……ああいう人達が一番苦手だ……)


 彼らは悪人ではないのだろうし、実際に助言を求めたら親身になってくれるだろうと思う。

 それこそ、冷が彼らの求める言動をしているうちは。


(変な話だけど、少佐の傍の方が落ち着くんだよな)


 なんだか嫌な気分になってしまったと思いながら、ぼんやりと廊下を歩いた。

 ロビーを抜け、漠夜が主に使用している特攻隊の待機室へと続く階段を上る。

 基地三階のやや奥まった場所という不便さはありながらも、壁の一部が大きなガラス張りになっていて日当たりだけは抜群に良い部屋だ。

 また冷を置いて任務に行っていたとしたら、報告書を作成するために十中八九そこに立ち寄るだろう。


「あ、少佐!」


 階段を昇りきって、執務室へ続く廊下の角を曲がる。すると廊下の先に見慣れた姿の男がいて、冷は表情をパッと明るくした。


「今お戻りになられたんですか?」

「ああ」


 ちょうど待機室に入るところだったらしい漠夜は、興味が無さそうに冷を一瞥するだけだ。

 相変わらず素っ気ない態度だったが、もはや慣れたものである。


 漠夜の後に続いて待機室に入った冷は、まず最初に窓際へと向かう。

 換気をして、お茶を出して、たまに羽ペンのインクや報告書用の紙を補充するのが冷のルーティンだ。

 最初は何をしたら良いのか逐一確認していたが、よほど変なことをしない限り文句を言われないと気付いてからは好きなように過ごしている。


「何か手伝えることとかあります?」

「ない」


 自分のデスクで仕事をし始めた漠夜に尋ねるも、あっさりと断られてしまう。とはいえこれもいつもの事ではあるので、冷は部屋の隅に設えられた机へと向かう。


 机の上には積み木のようなものが散らばっており、冷は手持無沙汰な時にはたいていこれを触っている。

 今はただの立方体の木片だが、上手く魔力を通すと形や色が変わる仕組みになっており、魔力制御の訓練に用いられている物だ。


 角と角を合わせるように積み重ねながら、漠夜をそっと窺う。


(どうしたら、あんな風になれるんだろうか)


 強くなりたいなら参考になるという理由で推された彼は、まさに冷の理想像だと言っても過言ではない人間だった。

 好奇と嫌悪の視線に晒されながらも堂々としている彼のようになれたら──と、いつも思ってしまう。

 とはいえ性格だけは一朝一夕で変えようがないので、今の冷にできることと言えば身体能力や魔術の腕を磨くことだろうが。


 先は長いな、と冷は小さくため息をついた。


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