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Iの証明  作者: みやさか
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1話_②

「貴方のパートナー候補の名前は月折漠夜(つきおり ばくや)。階級は少佐、特攻隊の隊長を務める人物です」


 輝の執務室に到着すると、世間話もそこそこにいくつかの資料を手渡される。応接用のソファを促された冷は、軽く会釈をして腰かけてから資料に目を通した。


「少佐で、特攻隊長……?」

「ええ。ご存知の通り、我々は能力の序列を表す記号として正規軍の階級制度を採用しております。よって一等兵の貴方とは実力差がかなりありますので、本来なら候補に挙がることも無いのですが……少しばかり事情がありましてね」


 輝の説明を聞きながら、渡された資料に目を通す。


 そこにはパートナー候補の略歴や能力などの項目が並んでいたが、その中でもひときわ目を引いたのが彼の能力に関する補足事項だ。


「事情というのは、この魔術タイプの記載が関係しているんですか?」


 そう言いながら、冷は恐る恐る資料の一項目を指で示す。信じられないという気持ちと、ただの不備ではないかという疑いの気持ちとで、その声音は語尾が微かに震えていた。


「いいえ、合っていますよ。漠夜は特例中の特例、全ての項目に特化した魔術師です」


 訝しげな冷の言葉も軽く笑って否定した輝は、さらに追加として直近の能力測定の書類を提示した。そこに書かれた能力値を見た冷は、どうして自分がこんな人のパートナー候補なのかと思わず空を仰ぐ。


 漠夜はタイプS【(すめらぎ)】、タイプM【(みささぎ)】──両項目とも最上位の魔術師だと、全ての項目が示している。


「そんな人が本当に存在するんですか……? 疑うわけではないんですけど、聞いたことが無くて……」


 魔術にはいくつか系統があり、帝国摩天軍では大きく分けて皇と陵のどちらかに分類されることになっている。攻撃系魔術に特化した者と、防御・回復などの支援系に特化した者の二種類だ。


 個々の得意魔術の差はあれど、基本的に攻撃に長けたものは支援系の魔術を使えないというのが大きな特徴である。当然ながら逆も然りで、支援専門の魔術師は攻撃に特化した魔術を使う事は不可能であるとされていた。


 ゆえに冷はたちの悪い冗談だと言ってほしい気持ちで問いかけたのだが、返って来たのはやはり微笑みだけだ。

 笑ってごまかすどころか、笑顔という圧を掛けられている。


「まあ、だからこそ誰も組みたがらないわけでして……」


 曖昧にごまかす輝を見て、最初によぎったのは「どうしよう」という感情。

 彼の口ぶりからして自分の相方になる人物が複雑な事情を抱えているのは察していたが、どう考えても冷は力不相応だ。


 入隊して間もないながらも、特攻隊の噂はわずかだが耳に入っている。

 それは危険度の高い任務を優先的に割り振るための小隊であり、成功報酬がやや上乗せされる程度ではわりに合わない仕事が多いと聞く。

 そんなところに所属してやっていけるのかと聞かれたら、冷は迷わず否と答えるだろう。


 一等兵は階級としては最下級にあたり、言ってしまえば限りなく一般人に近い能力しか有していないのだ。

 無理だ、断ろう。冷はそう結論づけて口を開こうとした。

 しかしそう考えているのを見透かされたのか、輝は小さく笑って机の資料をまとめ始めた。


「……もちろん、これは暫定的なものです。能力がかけ離れた者同士を組ませるのは私としても本意ではない」


 能力の測定値に関する資料も本来ならおいそれと見せるようなものではないらしく、手を差し出して促す彼に資料を手渡す。とたんに手持無沙汰になってしまった冷は、行き場を失った手を膝の上に揃えて置いた。

 輝は回収した資料を机の隅に寄せると、悠然と指を組みながら言葉を続ける。


「ですが、一時的にでも漠夜と組むことはむしろ貴方にとって好都合では?」


 まるで冷が喜んで頷くと確信しているような口調だった。

 その意図がわからずに困惑していると、彼は一瞬だけ資料の束に目線を向けてから冷の目を見つめ返す。

 表情こそ柔和でありながら、その青く怜悧な双眸は冷の心を探ろうしているかのように鋭い。


「貴方が入隊を決めた動機は強くなるためだと聞いています。そういう意味では、我が白鷺一番隊の事実上のエースである漠夜の戦い方を間近で見られるのは良い経験になるでしょう」

「それは……」


 先ほどまで断る気でいた冷だったが、輝の言葉を聞いてわずかに目の色を変える。

 冷は【陵】──支援系に分類される魔術師だ。

 特に結界の展開や治癒などの護りに特化しており、単体では戦闘に向いていない。そのため、冷とはスタイルそのものが違う【皇】の魔術師と組んだところで参考にはならないと思っていた。


 しかし、漠夜が両方の術を使えるとなっては話が違ってくる。

 どのような系統を得意としているかはまだわからないが、冷が己の術を扱う上で参考にできる部分はきっと多いだろうと思えた。


「たしかに他の人が魔術を扱う場面をあまり見た事がありませんし、興味があります。是非やらせてください」


 命を落とす可能性が高いことと、自分が得られるものと天秤にかけて、冷は後者を選択した。

 漠夜は複雑な事情を抱えているのだろうが、冷だって特殊な事情を抱えている。

 万が一のことがあったとしても、失うものが限りなく少ないのだ。

 それこそ身の安全を無視するだけで強くなれる可能性が高まるというなら、むしろ安いものだろう。


 冷はとにかく強さを求めていた。一人で生きて行くための強さを。


「それは良かった。できるだけ早めに正式なパートナーを探しておきますので、すみませんがしばらくお願いしますね」

 冷が頷いたのを見て表情を緩めた輝は、先ほどの探るような視線から打って変わって申し訳なさそうに眉を下げる。

 彼も色々と苦労しているのだろうと思うと、苦手意識が少しだけ緩むような気がした。


 輝につられて小さく息を吐いた冷は、脱力してソファの背もたれに身を預けた。

 その拍子に背中のあたりがじくじくと痛んだ気がして、軽く目を閉じて深く息を吐く。

 不慣れな環境というのもあり、ずっと気を張っていた疲れが一気にきたのかもしれない。



 それからしばらくは無言が続き、忙しそうな輝に話しかけることもできず、ぼんやりと輝の背後にある資料棚に収められている資料を上から順に眺めている時だった。

 遠くから足早に近づく靴音が聞こえてきて、冷は入口の方へと顔を向けた。


「戻ったぞ」


 ノックもせずに入って来たのは、背の高い男性だった。


 まず目に入ったのは、白い隊服にべったりと飛び散ったカラフルな液体。

 大量発生した小型の魔獣を駆除しに向かったと聞いていたので、おそらくそれらの血だとか粘液のたぐいなのだろう。


「やっと戻りましたか、漠夜。貴方のパートナーが待ちくたびれてますよ」


 輝に促された青年が、冷の方へと目線を向ける。


 冴え冴えとした月のような男だと思った。

 青い切れ長の瞳と美しい銀色の髪を持ち、白い隊服に身を包んだ漠夜はとにかく色彩に乏しく、しかしなにより美しかった。

 今は色とりどりの液体にまみれているものの、それが彼の威容を損なうことなく、むしろ浮世離れした様相を際立たせている。


 ただ美しく、生とはかけ離れた場所に立つ青年。それが漠夜の第一印象だった。


 そしてその印象が覆されるのに、およそ一分。


「いらねえって言ってんのに、またかよ」


 思わず挨拶も忘れて漠夜の姿に見入っていた冷は、大きな舌打ちが聞こえて目を丸くした。

 配慮の欠片も無く吐き捨てられた言葉は、まさに目の前の青年から発せられたものである。


「貴方を放し飼いにするなって、上から小言を言われるんですよ。私の立場も汲んでいただけると助かりますね」


 漠夜の態度に全く動じず軽口を投げかける輝を見る限り、この反応は想定内だったのだろう。

 嫌そうに眉間に皺を寄せる彼に用件を伝え終えた輝は、さてどうぞと言わんばかりに冷へと目配せをした。

「あの、本日付で配属されました葉邑冷です。よろしくお願いします!」


 輝に合図されて我に返った冷は、まず名乗らなければと慌てて立ち上がる。

 名前を立ち上がってみて改めて感じたのは、漠夜が冷と比べてかなりの長身であることだった。

 さすがに頭一個分とまではいかないが、それでも彼と目を合わせるには見上げる必要がある。


(身体的にも恵まれているなんて、不公平だなあ……)


 彼は魔術だけではなく身体能力も秀でていると聞いていたからか、その理由の一端を見せつけられたような気になり、冷はため息をつきたい気持ちをぐっと堪えた。


「……」

「あの……?」


 冷の心を知ってか知らずか、漠夜は無言でこちらを見つめるばかりだ。

 何を言うべきか。それを計りかねた冷は次の言葉を続けることができず、なぜか輝も助け船を出さず、気まずい静寂がその場に横たわる。

 それから何秒経ったか、やがて沈黙に耐えきれなくなった冷が手を引っ込めるよりわずかに早く、彼は踵を返して部屋から出て行ってしまった。


「ええ……」

「文句を言わないということは、拒否ではないのでしょう。追ってください、葉邑一等兵」

「はい……」


 無言で立ち去った漠夜の背中を呆然と見ていた冷だったが、特に動じていない様子の輝に執務室から追い出されてしまい、しぶしぶながらその背を追いかけた。


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