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私は初めて『恋』を知る【後編】

「やっほー朧来たよ!」

私は天狗の家にたびたび訪れるようになった。

日曜日の午前。

いつも夕日に照らされた庭と違って明るい陽射しを浴びた花壇は新鮮で良いな。

「朝から騒々しいな」

「おはよう。天狗もトースト食べるんだね」

庭に響く声を聞いてドアからトースト咥えた天狗が出てきた。

そしてため息。失礼な。

人喰いなどの噂も嘘だった。天狗は普通にご飯(炭水化物)をとるし新聞を読むし洗濯もする。

恐ろしい言い伝えと逆に、ここで過ごすうちに私は彼に親近感を一番抱いていた。



「うー……ん」


そして私は休日になると彼の庭に来てやることがある。

絵筆を持って庭に咲く花をじっと見つめ描いていると彼が声をかけた。

「絵画が得意なのか」

「うん。絵本作家になりたいんだ」

私は絵が得意で絵本作家になることが夢だった。

「赤毛のアンに憧れてたの。同じ赤い髪だし境遇的に勇気貰えるし。絵本もそれで大好きになったんだ」


「そうか」

「今度コンテストがあるから練習中なの……っていっても、私って髪がこれだから学校でもめることが多くて、そんな人間が絵本作家目指してるって変かもしれないけど」

「なぜ髪で争う」

「目立つと浮くし、気に食わないと目をつけられるからね。女子高生は大変なの」

「綺麗な髪だと言った」

「あ、ありがと」

「誇れる夢だろう。朱梨・・は絵も上手だし、自信を持てばいい」


名前、初めて呼ばれた。

真っ直ぐ真剣な目でそんなこと言うから、照れてしまう。


「いいな、夢があるというのは」

「朧だってあるでしょ。“皆と桜を見る夢”」


「たしかに、そうだな」

感情の機微の少ない彼が表情を綻ばせたのを私は見逃さなかった。笑うと年齢より幼く見えて可愛い。

(可愛いって、私ってば)

こそばゆい感覚に、つい話題を変える。

「そ、そういえば集落の仲間たちと連絡とってるの?」


「ああ、100年程とってない」


「100年!? そんなに!?」


「最後にやり取りした手紙だ。集落の場所も記してある」

「うわボロボロ」

出された封筒はだいぶ年期が入っていた。

やっぱり天狗と人間では時間の感覚が違うんだな。

「返事は書かないの?」


「送ろうとしたが、長らく連絡が途絶えてしまった。新しい集落での生活も大変だろうし、もしかしたら自分のことを忘れてるかもしれないからな、そう躊躇っている間に月日が経ってしまった」


会いたいのに仲間のことを考えすぎて手紙を出せなかったんだね。


「でも朧は待ってるんでしょ。仲間たちと会うために屋敷に残り続けてるんだよね。なら、それが全てだよ」

「……そうだな。うん、そうだ」

朧は私の言葉に深く首肯いた。

「でも返事送ったらいいのに」

「送らない」

「ちぇ」



◇◇◇



あれから学校で宮本先生を見てもどうも思わなくなった。

(どうしてあんな人好きだったんだろう)

朧のおかげで私は教室でも絵が描くようになった。

一心不乱で絵を描いてるとクラスメイトからも声をかけられるようになった。私を目の敵にしていた先輩たちは声をかけてくることはなくなった。


「朧聞いて! 今度学校の文化祭のポスター頼まれたんだよ!」

朧の屋敷にて。

私は仕事部屋で机に向かう彼に嬉々として語った。

『いい加減庭で騒ぐのはやめろ』と、彼は屋敷内(仕事用の応接間)に入れてくれるようになった。

彼は人間とほぼ同様の生活をしており、人間のふりしてライターの仕事をしている。

「そうか。よかったな」

「うん! あ、仕事の原稿書いてるの?」

「手紙を書いているんだ」

「えっ」


それって、


「集落の皆に手紙を送ってみようと思う」

朧は封筒を持っていた。

「朱梨が夢に向けて前に進むのを見て俺も感化されてな。勇気を貰ったよ」

「朧……」


嬉しかった。

彼が自分から仲間に歩みかけてくれたこと、こんな自分でも誰かのためになれたことが。

「絶対喜ぶよ! 仲間たちに私のこと紹介してよ! 皆の似顔絵全員分描くから!」

「わかったから抱きつくな」



◇◇◇



ポストを開けては閉じる日々が続いた。

朧が手紙を送ってから何週間も過ぎたが、未だ返事は送られてこない。


「そう頻繁に見るな。何度開けても同じだ」

「でも」


きっと忙しいんだよね。

もう少し待てば来るかもしれないよね?


一週間、二週間、……一ヶ月と経過しても返事は来なかった。


「あれ」

ある日、私が屋敷を訪ねると屋敷には鍵がかかっていた。

「留守? どこ行ったんだろう」

彼が屋敷にいないなんて珍しい。

「町に降りるわけないし……朧が行くところって」

なんとなく心配でドア前に座って待っていると、空からブワっと風が吹いてきた。


「あ、朧!」


彼は黒い翼を仕舞うと、無言で地面へ降りる。

心なしか顔色が悪かった。

「朧?」

様子がおかしい。

「朧……朧ってば! どうしたの? 何があったの」

「……集落はなかった。とっくにそんなものはなくなっていた」

「え?」



――その日、朧は仲間たちの住む集落へ自ら向かったのだという。

手紙に記された場所に到着するも、そこには荒れ地が広がるだけだった。明らかに襲われた後だった。

地形から見て大分前と分かり、彼らが朧に手紙を出してすぐ襲われた可能性もある。否、手紙を出した時には既に集落は危険な状態だったのかもしれない。



それを聞いて私は唖然とした。

「私のせいだ。私が手紙を出そうなんて言ったから」

「違う。朱梨のせいではない。俺が自分の意思でやったことだ」

朧にとって残酷な真実を知ることになってしまった。

「ごめん、ごめんね」


後悔と自責の念で彼を抱き締める腕が震える。

「遅すぎたんだ。呑気に再会を待つばかりで仲間の死すら気づかなかった、俺は薄情者だ」



夜になっていた。

項垂れ地面に頭を垂れる彼はこのまま宵闇に溶けて吸い込まれてしまいそうだ。

絶望のなか桜の木を見上げる。

再会はもう叶わない。灰色の枝だけ残る木は亡骸のようで残酷だ。


「……? っ見て! 朧!」


桜の枝に何かとまった。

淡い光だ。


夜空には無数の光の粒が輝いている。花弁のように舞う光は庭の桜の木に次々と留まり、まるで桜の花が咲いているようだった。


「綺麗」


花あかりに誘われるように、私たちは光宿る木の方へ歩き出す。


温かい光だった。



“朧、会いに来てくれてありがとう”


“おかげでこうして我々も会いにくることができた”



声が聞こえた気がした。

隣に立つ朧も目を見開いている。


「もしかして……お前たちなのか」



“すまない。君が傷つくのを恐れて姿を現すことが出来なかった。君は待っていてくれたというのに”



そっか。

桜のように咲き誇るこの光の群れは、集落の仲間たちの魂なんだね。

「ずっと……こうやって見守ってくれたんだな」



“朧、君が思うよりずっと近くに我々はいる。悲観することはない。君の歩む未来を見守っている”



夜空の下で輝く桜はとても美しくて。

儚くて。

私たちはいつまでもそれを見つめていた。


隣で見上げる彼の頬に一筋の涙が伝うのを見て、私はこれからの未来も彼と迎えたいと思った。


私は恋を知ったのだ――






読んでくださりありがとうございました!

楽しんでいただけたら幸いです。

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