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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第5章 暗翳たる濫觴

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第17回

●疑惑の発露


「ご迷惑をおかけしました」


 鼻をすすりあげながらそう言って、きまり悪気に自分から離れたセオドアに、レンダーは一向に変わらない無表情な声で言った。


「ここがなぜ朱の広場と呼ばれるか、分かるか」


 突然の思いもよらなかった言葉に一瞬気を抜かれたものの、首を振る。


「夕刻、陽が落ちる寸前この一帯は西日で朱金に染まる。その光景を前シエルドーア国王がいたく気に入っていたため、この広場だけは壊滅前のリィアと同じ造りで復元された。

 そのためか、朱金に染まった一時、前リィアの民の無残な姿がときおり蜃気楼のように浮かびあがって見えるのだそうだ。

 当時、この町を襲った魅魎は特に残虐な性質の持ち主だったようだな。血の海と化した一面におびただしい数の死体が積み重なり、瓦礫片1つ見えなかったそうだ」


 胸に浮かんだ光景への悼みにそっと半眼を閉じる。

 レンダーが何を伝えようとしているか、分かる気がした。


「気をつけます」


 そう返し、決意をあらためて顔を上げたとき。

 レンダーの肩越しに見覚えのある男の姿が視界に入って、セオドアは知らず眉をひそめ、肩を落とした。



「セオドア、こんな所にいた!!」



 こんな人通りの絶えない広場で、された本人がどう思うかなどまるで眼中にない大声で名を叫び、早足で近付いてくる。

 たったかたったか、石畳を蹴る足音は異様に軽い。その軽さと反比例するように重く沈んでいく自分の胸に、セオドアはため息をついた。


 なんでこいつとはこうも折りあいが悪いんだ。会いたくないと思っているときに限って現れる。

 どうして会うときぐらいもう少しタイミングを合わせてくれないのか。まるでわざとそういうときを見計らっているようじゃないか。


 もちろんそんなことエセルの責任でないことは、セオドアも承知している。

 重々分かっては、いるのだが。


 どうにも折り合いがつけられずにいるセオドアの前、エセルは振り返った男がレンダーと知って眉を寄せると、彼を無視してセオドアの横につき、ぽんと気安く肩に手を乗せた。


「やーっと見つけた。

 こんなとこでなにしてんだよ、おまえ。門に行って用事すませたらさっさと戻るって約束だったろ?」

「おまえこそどうしてここにいる」


 横に半歩ずれ、肩から手を落として問い返す。

 その言葉にエセルは目を丸くして口先をとがらせた。


「もう昼すぎじゃんか。午前中だけで軽く10回は往復できる道のりで、どうして戻ってこないのか考えたら思いつくのはひとつだろ?

 おまえこの町は初めてだし、ティナだって心配して「早く捜してあげたほうがいいわ」って言ってたんだぞ」


 反論のしようがないその言葉に胸の内で舌打ちをする。ティルフィナにまで心配をかけてしまったと知り、あとで謝らなくてはと思った。

 広場に来る途中、エセルの姿を見かけたことを思い出して、あのころから捜されていたのかと自分のいたらなさを悔やんだりもしたが……ふと疑問がわいた。あれは昼前だったと。


「おまえ、午前中はティナの相手をしてたんだよな?」

「? もちろん」


 突然の質問の意図をつかみかねたのか、エセルは首を傾げたものの、はっきり肯定する。

 うそをついているのか、それともやはり自分の見間違いだったのか。


 あまりにはっきりとした肯定だったものだから、一瞬迷ってしまう。

 そんなセオドアの腕を突然エセルがつかんで、ぐいと自分のほうへ引き寄せた。


 驚きに軽く目を瞠ったセオドアの面を、まじまじとエセルは見つめて、さらに不機嫌そうな顔になる。


(なんだなんだ? 一体?)


「おまえ、泣いてたのか」


 そっと目許をなぞったエセルの指が、頬を包み込む。

 言われて、セオドアは自分の目の腫れたような熱を意識すると同時に、またもや不規則な動悸を打つようになった自分の胸に疑問を抱きつつ、エセルの手から顔を外した。


「おまえに関係ないだろう」


 へたなごまかしと分かってはいるが、他に言いようがない。

 エセルはそれまで無視していたレンダーを振り返った。

 彼を見つめる目は、おまえが泣かせたのかと言っているようだ。

 レンダーを敵を見るようににらむエセルを見て、エセルが口を開く前に「よせ」とセオドアが制止の手で服をつかんだ。


「この方は関係ない。わたしの不徳ゆえの自戒だ」

「それなら俺以外の男の前で泣くなよ!」


 ――はあ!?

 なんだそれは?


 まさかそんなことを言い出すとはと、目を丸くするセオドアの前。エセルは不服そうな表情で、親指でレンダーを指した。


「大体、こいつなんだよ? なんでシールンへ行ったはずの隊の『流れ』のこいつがここにいるわけ?」

「いて悪いか」


 おまえには関係ないことだろう、と続けたかった言葉の先をふさいで、エセルは胸のところで腕を組み、さらに言う。


「ああ悪いね。契約違反だろ。『契約期間中、いついかなる場合においても被雇用者は雇用側の利益を第一とし、己と己の財産・関連物・私事一切を優先させてはならない』。鉄則じゃないか。

 契約期間中隊を離れるなんてことは『流れ』にとって一番の禁事だ。その野郎がどうしてこの町にいるんだよ」


 ふてくされての言葉は、しかし論を通していたためセオドアも返しきれずに一瞬詰まってしまう。


「ちゃんと理由はおありだ。ここにいる剣士に、形見の品を届けにこられたのだ。それに納得されたから、隊の方々も許可を出されたのだろう。

 いついかなる場合でも、というのが原則としてあるのは分かるが、だからといって、例外がないわけではない。それに、雇用側が納得してでの上なら何も問題はないだろう」


 考え考えのながら返答になるため、きれぎれになってしまったが、満更でもない内容だった。レンダーも意義を唱えないところをみると、まるきり的外れというわけでもなさそうだ。


「ふーん。そう。

 で、その形見とやらは届け終わったの?」

「それが、相手は不在で――」

「ダーンなら今ごろ館に着いてるよ。おまえ、もう一度行ってみれば?」


 レンダーを指差して、いかにも「おまえだけ行け」の意のエセルの返答を聞いて、ますます立腹したセオドアは、じゃあ行こうかとエセルを無視してレンダーのほうへ一歩踏み出したあと、はたととある事に気付いて足を止めた。

 くるり、回れ右をして、再びエセルの面を凝視する。


「今、ダーンと言ったな?」


 声に感情が出ないことが悩みの種のセオドアだったが、不機嫌になったときだけは別で、その意味を相手にはっきりとくみとってもらえる。(これは単に、普段の声が与える印象と、彼女のそのときの感情が合致するだけなのだが)

 しかもこのときの相手は隠したいことまで読みとられてしまうエセルだ。セオドアの、あきらかに不穏なほうへ変わった声のトーンに、エセルも、しまった、という顔をする。だがもう遅い。


「おまえ、剣士の存在を知ってたのか?」


 でなければ剣士=ダーンという連想はできない。

 へらりといつもの愛想笑いを浮かべてごまかそうとするエセルの間合いに、ずいっと一歩踏みこんだ。


「この町に剣士がいることを、なぜ隠していた」

「だって……言ったって意味ないだろ? あいつは正式な剣士じゃないし、下級だし。反対にとがめられるだけじゃん」


 今みたいにさ、と両の手のひらを前に出して、まあまあと怒りを抑制しようとしてくる。


「そりゃ……だけど、だからって――」

「ガザン側の者だから? でも翌日に町へ戻ってきたあいつが関わっているようなところは見当たらないし、おまえにした状況説明だってうそはついてない。それを聞いたおまえ自身、これは剣士が関係しているような内容じゃないって判断してたんだろ?

  おれだって、訊かれてたらちゃんと答えたよ」

「でも、あの――」

「ダーンは下級退魔剣士としての力は持つけど、幻聖宮に正式に認められた剣士じゃない。ハイおわり!」


 ぱしばしばし。両肩に降ろされたエセルの手に、妙に釈然としないものを感じたが、言い返せる言葉が何も浮かばない。

 何か、話の軸を巧妙にそらされたような、自分が訊いたことと半身ずらした答えを返されたような気がするのだが……。


 まあいい。戻って、直接本人と話してみればすむことだと再びレンダーの方を振り向いたとき、そこにあったのは人の波だけで、レンダーの姿はどこにもなかった。


「レンダー?」

「あいつならさっき行ったよ。1人で」


 きょろきょろ周囲を見てレンダーを捜していたセオドアに、エセルが言う。


「……えっ?」

「俺たちが話してる途中で、会釈していった」


 見てなかったのか? と首を傾げるエセル。

 セオドアはとまどい、おいてけぼりをくった気持ちでもう一度人波に視線を向けた。だが左右のどちらを見ても人と店ばかりで、レンダーらしき後ろ姿はない。

 ダーンが館に戻っていると聞いて、向かったのだろうと想像はつくが……。


 場所は見知っている。途中自信のない道もあるが、あの館を知らない者はまずいないだろうし、ひとに聞けば分かるだろう。追って行こうかとも思ったが、彼は自分1人で十分と思ったからこそいなくなったのだと思うと、それをするのも気がひけた。


「じゃあ行こうか。昼飯まだだろ。ここからだとちょっと歩くことになるけど、すごいおいしい所知ってるからそこ行こう。

 ちょうどひとが切れる時間になるだろうから、窓際の席が取れるといいな」


 セオドアの手をつかんで、エセルは先立って歩き始める。

 まだ状況を把握しきれないでいるセオドアは、「あ、ああ……」と返しつつ、引きずられるように彼について歩いた。

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