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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第5章 暗翳たる濫觴

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第16回

 館内に、内通者がいるのだ。


 町長たちを裏切った何者かが内部から彼女の誘拐の手引きをし、朱の広場で彼女を魅魎に引き渡した。あるいは、直接監禁場所へと連れこんで、さも魅魎にさらわれたように虚偽の報告をさせた。


 前者の場合、なぜそんなまわりくどい手を使ったのかという疑問が残るが――もしかすると、サリエルがいる場に間隙を開くことができなかったかもしれない。いくら守護結界を破かれていなくとも自分がいる家屋内に間隙が開き、魅魎が出現すれば、サリエルも気付く。


 サリエルに感知され、邪魔されないための用心に、館から離れた地まで人の手を使い運び出したというのは十分あり得ることだ。


 内通者がだれか……まさかすぐに(いとま)をとるようなことはしていないだろう。それこそ自分は関係者であるとばらすようなものだ。とすると、館へ戻り次第、クレオか侍女かをつかまえて、宴席で姿を見なかった者はいないか訊くしかない。


 だがそれで見つかるか? 見つかったとして、証拠は? 何の証拠もなしに「はい、自分です」と認めるとはとてもじゃないが思えないし、間違っていたらそれこそ――。


「――ドア」


 唐突に名を呼ばれ、肩に触れた何かにびくりと身を強張らせる。それが、ずっと自分1人の考えの中に没入していた自分の注意を現実へ向けさせようとしたレンダーの手であったことに気付いて、急いでセオドアは警戒を解いた。


「すみません、つい……」


 セオドア本人は笑おうとしたものの、やはり根っからの鉄仮面は凍りついたままで微動だにしてくれない。

 彼女のかすかにひきつった頬に、眉を寄せてむずかしい顔をしたレンダーに、申し訳ない気持ちで俯いた。


「1度、泣いたほうがいいな」


 どちらともなく黙りこんだ、短い沈黙の後、ぽつっとレンダーがつぶやく。


「……は?」

「なぜわたしがここにいるかと訊いたな」

「はい」


 なんだ? と小首を傾げつつもレンダーの表情から察して、きっと良いことではないのだろうと直感的に感じ取る。



「カディスが死んだからだ」



 レンダーは先までと声の調子ひとつ変えず、衝撃の事実を告げた。


 声も、表情も、仕草も、あまりにも静かで、何の感情も読みとれなかったので、一瞬、彼が何を言ったのかセオドアには理解できなかったほどだ。

 だが、他にとりようのない言葉。


(カディスが、死んだ……?)


 直後、脳裏をよぎった屈託のない笑顔に、まさかと面を上げて彼と視線を交わせる。

 言葉の意味を完全に理解した瞬間、すうっと血の気が遠のいた。レンダーから支え手が伸びなければ、その場に膝をついていたかもしれない。


 悪い冗談と言いたかったけれど、レンダーという人間がそんな最低の偽りを口にするはずがないことは、短いつきあいながらも重々知っているため、開いた唇からは何も出てこなかった。


「立てるか」

「……は、い」


 返しながらも、セオドアはまだ立ち直りきっていなかった。それを悟ってか、レンダーも支え手を放そうとしない。


「大丈夫、です。

 ……これは、当然予測し得ることだと、頭では分かってるんですが……難しい、ですね……」


 蒼白した面で言う。

 とても頼りなげで、どこか遠くから聞こえる虚ろな声だと、セオドア自身思った。


 カディスは退魔師だ。レンダーも、自分も。

 どれだけ優れた能力者であろうと魅魎の手にかかって命を落とし、生き別れる確率は、他のどの職についた者よりも高い。

 どれだけ再会を誓おうとも、別れにはいつも、これが最後となる可能性がつきまとう。

 

 ルチアという前例もあり、そう、頭では理解して、覚悟を決めているつもりでも、いざこうしてその事態に直面すると、やはり慣れることはできないのだと思い知らされた。


 最後にカディスを見たのは、どんな姿だったろう? とぼんやり考える。

 たしか、イルに入る前だ。門前にできた列に並ぶため、イマラの上から手を振って離れていった、あれが最後だったのか。


 屈託ない笑顔が浮かんだ。

 彼はいつも笑っていた。怒っているときでさえすぐ笑顔になって「ま、いーか」と取るに足らないことにように、怒りを解いていた。

 だから、カディスのことを思い出すと、笑顔の彼しか思い浮かばない。

 これが初めての旅だという彼女を気遣って、いろいろと教えてくれた……。


 全身が萎え、気が遠くなる思いだというのに、涙は出ない。

 目の周りが熱いだけで、1滴も流れてくれない。


 彼のことをぼんやりと思い起こしていたセオドアの右頬を、レンダーがぱんっと軽くはたく。


「レンダー?」

「泣いていい。知りあいが死んだんだ。もう二度と会うことはない。

 たとえ退魔師であろうと、予想され得た結果であろうと、死への心構えなどは立ち直りに多少必要とするくらいで、慣れるためにあるものじゃない。

 第一、それが相手へのたむけだ。やつは、泣いて見送るに足る男だった」


 泣いていいと、くり返される。

 ささやかれた、幾度目か。とうとう自分のなかの(たが)を弾き飛ばしたその言葉に、レンダーの姿が突如にじんだと思うや熱いものが頬を伝った。


 今、きっと自分は無様な顔をしている。あまり人目につかない木陰にひっこんでいるとはいえ、全然ないわけじゃない。

 レンダーに迷惑だとこすっても、こすり終えた先からどんどんにじみ出てきて間にあわない。

 じいんと耳の周辺から冷たい痺れが起きる。肩を伝い、やがて指が震えに動かなくなり、もうだめだと思ったとき。唇からしゃがれた声が飛び出していった。

 のどが擦れて痛い。そんなになるまで堪えていたのかとセオドア自身驚きながら幾度も咳こむ。


「すみません……」


 周囲の人の目を気にして必死に涙をぬぐおうとするセオドアを、ふいにレンダーの両腕が覆いこんだ。

 胸に押しつけるように抱き寄せられ、髪を梳かれる。

 その、いたわりを含んだ優しい仕草は、いつかどこかで感じたことがある気がして……それが蒼駕だと思い当たった瞬間、ふっと心のどこかで何かが一気に緩んだ。


 あたたかくて頼もしい腕で包みこむように抱きしめられ、とくん、とくんと、その心音をただ聞いているだけで、気持ちがやすらいでいく。

 今、見えるのはレンダーだけ。感じられるのもレンダーだけだ。


 そのことにほっとして、何もかもが少しずつ薄らいで、そうして自分の中が真っ白になっていくことに気持ちよさを感じるのと同時に、頭のどこかが駄目だと警告を発しているのを感じる。


 まだ何も片付いていない。流されて、気を緩ませてはいけない。

 ひとに頼ってばかりはいけないと思ったばかりではないか。こんなもの、結局この一時の錯覚でしかないのだ。


 そう。一時の錯覚。


 思いつつ、それでも乱れきった胸が静まるまでの一時と、セオドアは目を閉じてレンダーの背に手を回し、彼に身を委ねた。

ここまでご読了いただきまして、ありがとうございます。


レンダーが第二のパパに(笑)。

セオドアはまだ気付いていないかもしれせんが、彼女が蒼駕に求めているのは「父親」です。

自分を護り、世界の全てが彼女の敵となろうとも自分の絶対的な味方となる存在。

何があっても自分を傷つけない存在。安心できる存在。


レンダーはセオドアと10歳と離れていないんですが、パパ認定されちゃいましたね(笑)。

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