第14回
息子だと!?
思わず口走りかけた言葉を、セオドアはかろうじて喉で押しとどめめた。
魅魎の内通者の処罰に例外はない。ただでさえ説得なんてことは苦手だというのに、それが身内の者であってはまず不可能だ。
剣士を内にかかえているというのが魅魎操作の自信の一端であるのなら、その者に手を引かせればあるいはと思ったのだが……やはり甘かったか。
ぐっと奥歯を噛みしめたセオドアをよそに、ご迷惑をおかけした、と、シャリドに負けず劣らじの狸顔でつけ足すレンダーを、シャリドが肩越しに振り返る。
館へ戻りかけた足の動きをとめて、ほんの少し、シャリドが再び2人へと正面を向けてくるわずかな間の沈黙。
シャリドの目許が、現れた最初のときと違い、わずかに張りつめている気がして、セオドアはいつの間にか握りこんでいた汗ばんだ左手の力をさらに強めた。
「ダーン、とおっしゃるのですか? あなたさまのお訪ねになりました剣士のお名前は。
ダーンさまでしたら、たしかに当方の御子息でございます」
「ほお? しかし先の折り、知らないと言ったではないか」
シャリドの肯定を聞いて強まったレンダーの語気を受け、シャリドはとまどうような苦笑を返す。
「それはあなたさまが剣士とお尋ねになられたからです。当館の主はガザンと申しまして、この国では誰一人知らぬ者はないと言われるほどの指折りのキサラ商人でございます。
一人息子であられますダーンさまはその跡継ぎ。とても、剣士などといった称号とは結びつきませんでした」
「だが、剣を所持しているだろう」
この問いに、シャリドは即座に首を横に振った。
「あいにくですが、あの方が所持してらっしゃる姿をわたしは目にしたことはありません。
もっとも、わたしはこの館の執事として雑務に追われる毎日をすごしておりますし、館内はごらんの通りの広さです。くわえて、ダーンさまはほんのひと月ほど前まで王都でご勉学に励んでおられまして、その間は数えるほどしかお会いしておりません。
王都からお戻りになられてからもあの方はよくお出掛けになられますので顔をあわせる機会は少なく、ほんの2~3度しかお会いしてないというのが実情ですので、断言はできかねますが……」
途中、一応は考えこむようなそぶりを見せて、無難な返答を口にする。これでは言質のとりようがない。
「それで、ダーンさまにどのようなご用件でしょうか?」
「友人から預かってきた物がある。それを渡してくれと頼まれた」
「そうですか。では、わたしがお預かりし、責任をもってダーンさまにお渡ししましょう」
「いや、本人に直接会って手渡したい。伝えたい伝言も預かっているからな」
とのレンダーの言葉に、シャリドは心 底からすまなさそうにこう言った。
「申しわけありませんが、ダーンさまはあなたさまのおいでになるほんの少し前.に外出されまして、現在この館にはいらっしゃらないのです」
「ではいつごろお戻りになられるかご存知か」
「申しわけありません、わたしはそのときちょうど留守にしておりましたので。ですが、部屋付きの者にすぐ戻るとおっしやってから出掛けられたそうですので、お時間がよろしければ中でお待ちになられてはいかがでしょう?」
この提案に、レンダーはうなずいた。ではと隣の門番に指示を出し、門を開かせたシャリドは先に立って館へと案内をする。
庭も含め、館内は村長の館よりもよほど近代的な装いをしていた。素人目にもはっきりと違いがわかるほど、この館は高級品であふれかえっている。廊下に敷きつめられた緑の絨毯・絵画・陶器。
あの外観といい、これではこの館を町長の館と間違って訪問する旅の者もいる というのも十分うなずける。
用心棒気取りで各々の部屋から姿を現して自分たちを出迎え、無言で威圧してくるいかにもといった男たちの方はべつになんともないが、花瓶の中の花から始まって、周囲にあるすべての物が「自分を見て! 誉めて!」と自己主張しているようで、なんだか気持ちがおちつかなかった。
場違いな連和感に、なんとも肩身の狭い思いで廊下を歩いている途中、2人ほど召使いとすれ違ったあと、とある客間へ案内された。
「この部屋で少しの間お待ちになってください。今飲み物を手配してまいります。どうぞ椅子にかけられ、おくつろぎください」
入室早々、すぐ後ろでパタンと扉を閉ざされた。有無を言わせない素早さに、このまま閉じこめられたりはしないかと一瞬疑いが芽吹いて扉を見つめていたが、鍵のかかる音はしない。
まあ、正面の窓からそのまま庭に出られるような作りの部屋で、閉じこめるも何もないだろう。すぐそう納得して、レンダーへと目を戻した。
レンダーは何を思ってか、窓の外に目をやっており、逆光に少し目を細めたあと、部屋の中央にある長椅子におちついた。剣は2本とも横に立て、背尭れに浅く背を預ける。
「おまえも座るといい」
セオドアが自分を見ていることに気付くと、自分の隣を目で指す。彼の指示に従い長椅子に回りこみ、遠慮がちに腰かけたものの、所在なさそうにちらちらと周囲に目を向ける彼女を見て、レンダーは苦笑した。
「どうした」
「え? あ、はい。……いえ、なんでも……」
まさか部屋の豪華さに圧倒されて、どうにも息がつまる、とは言えない。
ここは敵地かもしれないんだ、どこでどんな目が光ってるかしれない、みっともない真似はするまいと決める。そんな彼女に聞こえるくらいの静かな声で、レンダーは言った。
「気配はないな」
「……はい」
あまりに自然なつぶやきだったので独り言かと瞬間とまどったものの、レンダーが何を指してそう言っているのか悟って、同意を返す。
セオドア自身、この館に足を踏み入れて以来、ずっとさぐってきていたことだった。
ここの空気には、監禁されている女性のストレスの波も魅魎独特の痒気も混じっていない。さまざまな人が住んで働いているのだからそれなりの感情が入り混じっているし、千々に乱れてはいるが、全部、『人の思考の余波』のひとくくりですむ。
たしかにあまり人間的によくないやからの発している殺伐とした気配や不穏な空気、それにおびえる者たちの押し殺したような息遣い――これはおそらく先にすれ違ったような召使いたちのものだろう――は多いけれど、多いか少ないかという程度の違いでどこにでもあるものだ。
「この館の造りは王都やその近辺の街でよく見かけるものだ。砂に対する防備が薄く、室内をより広く、より絢爛にと、柱が目立たないように小さくして、窓を大きくしてあることから耐久性もあまりない。
見かけだおしで、とても砂漠の入り口の町に適しているとは言えない。おそらく数年ごとに建て直してもいるのだろう。
こんな館は監禁の場にはまずなりえない。第一、退魔師である自分たちを館内へすんなり入れたというのも妙だろう。あわてる素振りもない。
この館の者は無関係で、だれも事件を知らないのか、知っていて、その上で証拠が見つからないのを確信して安堵しきっているかのどちらかだな。
どちらにせよ、シェスタ嬢の居場所はここではないだろう。
もっとも、地下に閉じこめられているという可能性も捨てきれないが」
「そう、ですね……」
地下の密閉空間までは読むことができない。
いっそ、部屋を抜け出して地下への入りロを探してみようか、そう考えながらレンダーの推論に相づちを打つ。
しかしレンダーはすぐに首を振って自分の発言を否定した。
「この造りの家屋に地下はない。おそらく。また、たとえあったとしても彼女はここにいないだろう」
「えっ?」
「理由は、館を出てからだ」
見ろ、とレンダーの目線が入り口の扉を指す。直後、扉打され、シャリドに続いて召使いが飲み物の乗ったトレイを運びこんできた。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
笑顔ですすめながら自分たちの前の長椅子に腰をおろす。
それから小一時間、シャリドとのたわいない雑談で過ごし、2人はダーンの帰りを待ったのだが、結局彼は戻ってこず、レンダーが他に用事があるとの理由からおいとまを申し出、昼すぎにまた訪ねるということにして館を出た。
すみません! 公開予約をミスっていました!
二度とこのようなことのないようにします。




