第12回
●再 会
あまりの驚きに、つい叫んでしまった。
額に巻かれた略式のターバンや外壁の影に入っているせいで顔は見づらいが、門守と話している男は、まぎれもなくイルで別れた『流れ』の下級退魔剣士・レンダーだった。
「お知り合い?」
セオドアが驚きに釘づけになっているのを見て、視線を追ったのだろう。サリエルの問いに彼女の存在を思い出したセオドアは、思わず駆け寄ろうとしていた足を止めてうなずいた。
「そうです」
「そう。
あ、じゃあ私、悪いけどここでお別れさせてもらうわね。もう門は見えているし、私の目的はこちらの道だから」
そう言うと、サリエルは手を振って横道へ入って行った。
その背に向かい、頭を下げる。
「案内をありがとうございました」
家屋1つ分隔てた奥の道をよぎって、真っすぐ歩いていく背を見送ってから、セオドアも門へ向けて歩を進める。
(レンダーがリィアに?)
およそ信じがたいことではあったが、見間違いではと疑うほどの距離はなかった。
イマラを預け、足元に荷を降ろしたレンダーのほうも自分へ近寄ってくる彼女に気付いて、門守の肩越しに目線を彼女へと向ける。
「どうして……たしか、あなたの隊は、シールンへ向かったのでは……」
「隊は昨日の夕刻入った」
質問に答えつつ、剣帯に長剣を装着する。その手にはもう1つ、深緑の鞘をした長剣が握られていた。
見覚えのある鞘。
セオドアが問いかけようとしたとき。
「ほらよ、兄ちゃん。番号札」
イマラをつなぎとめてきた門番がこちらへ歩いてきて、途中から、イマラの手綱につけた物と同じ番号を刻んだ木札を放ってくる。
彼は、受けとったレンダーの向こう側にセオドアの姿があることに気付いた途端、にちゃりと愛想笑いを浮かべた。
「よお。お仲間さんの到着だよ。さっそく迎えにきたってわけか。
ところでその後、どうだい?」
にやにや笑ってなにやら意味深気な言葉をかけてくるが、セオドアにはそこに含まれたものが解せない。
「だからー、町長の館に入ったんだろ? 昨日。サリエルさんと、会ったよな? あんた」
セオドアの無言にじれた男がつっかかるように再度言ってくる。その言葉に、ああとセオドアはようやく男が何を知りたがっているのかに気付いて、答えた。
「会った」
直後、はあ? と男はすっとんきょうな顔になる。
「……うん、そうさ。あのひとも退魔師だもんな。あそこでお世話になってるし、そりゃ会うよ。
それで?」
男は根気よく、尚もねばってセオドアから何かを聞き出そうとしているようだったが。
(それでと言われても……)
と、正直セオドアはまごついてしまった。
どうやら返答を間違ったようだが、はたして先の質問で他に何を求められているのか、見当がつかない。
レンダーは寡黙な人なので、他人の会話にロを差し挟むことはしない。
せめてもう少し詳しく、何が知りたいのかはっきり問い直してくれないかと、黙して待っていたら、男はみるみるうちに苦いものをかみつぶしたような不機嫌顔になって下を向き、はあっと息を吐き出した。
「ああそう。はいはい、そーおですか。そーだよなー。あいつがそんなヘマするわきゃないよなー」
一人納得して、ぼそぼそつぶやいている。
さすがにその姿にはムッときて、「何がそうなんだ、言ってみろ」と問い詰めてやろうかと思った矢先。
門にもたれてこちらの様子を伺っていたもう1人の門番が、笑いながら近寄ってきた。
「いーのいーの、ほっときな。そいつ、サリエルさんが目当てなだけだから。
どうせあんたが現れたことであの2人の中がこじれてくれないかとでも思ってたんだろうさ。あわよくば濡れ手になんとやら、ってね。
ばっかだろ? あり得るわけねえって。あのエセルに限ってそんな手抜かりがあるわけないじゃんか。
なあ?」
どうやらこの発言はみごと的を射ていたらしく、はっはっは、と高笑いをした同僚に、男が恨みがましい視線を送っている。
「さて」
会話が途切れる頃合を見計らっていたように、今度は背後に控えていた門守が自分のほうへ注意を向けさせた。
「どうしようか。とりあえず、きみの出した希望に見合った宿名の写しだけれど、こうして迎えが来たのなら、もう不要かな?」
門守もやはりセオドアをレンダーの出迎えと見たらしい。
にこやかな面で立つ彼の姿に、セオドアは、自分がなぜここにきたのかを思い出したものの、道すがらにサリエルから詳しい実状を聞いた今は、王都へ早馬を依頼することにためらいが生まれていた。
通報は退魔師の義務だ。だがそれをすると、サリエルや町長たちが窮地に追い込まれてしまうかもしれない……。
「もらおう」
無言・無表情で立ち尽くしている、そんなセオドアをちらと見て、レンダーは門守の言葉を否定も肯定もせずに、一言告げて門守の指から紙を抜き取った。
「行くぞ」
ついてこいと言わんばかりにセオドアの肩をトンとたたいて脇を抜けて行く。
セオドアは、門守とレンダーを見比べ、どうしたものか数瞬の間迷ったが、結局レンダーのほうへ駆け寄った。
「レンダー、どうしたんですか? あなたが隊を離れるなんて」
横につき、顔色をうかがいながらおずおずと訊く。
立ち入ったことを、とは思うが、隊に雇用されている彼が契約期間中に隊を離れ、しかもよりによってこの町を訪れたことを思うと、訊かずにはいられない。
直後、まさかとのいやな考えがよぎって、思わず目をそらした。
(まさか、解雇された? 砂漠での魎鬼襲来の、あの一件で)
隊に損害を出すような剣士は要らないと、解雇されてしまったのだろうか……。
彼の足を引っ張ってしまったという負い目から、セオドアはのどを詰まらせる。
レンダーは相も変わらず前方だけを見て歩きながら、短く返答した。
「この町の住人への、届け物を頼まれた」
その一言に、ほっと胸を撫でおろす。
このひとが言うからには本当だろう。どうやら自分の懸念したようなことではなさそうだ。隊のだれかに依頼されて、使いとしてやってきただけなのだろう。
そう思って安堵しながら角を曲がったとき。
門番たちからの視線が切れた所で、突然レンダーの歩みが止まった。
「おまえはどうした」
強い視線で真正面から問われる。
「あの場に来たということは、門守か門番に用があったのだろう。切り出しづらい何かのようだが、本当にいいのか?」
見抜かれている、とその瞬間に悟った。
聰い彼のことだから、そうじゃないかとはうすうす思っていたりもしたのだが、やはり先のは口ごもった自分を察して動いてくれたのだと確信する。
こぶしをつくった直後。
「どうすればいいのか、分からないんです。もう、何がどうなっているのか……」
否定やごまかしの言葉を思いつくより先に、真実がこぼれた。
途端、胸がきゅうっと縮まって、手足が冷たくなっていく。
裏通りとはいえ、時間がたって、人の姿は先より増えている。これ以上へたなことをに口にしてはいけない、慎まなくてはと、うなだれることで腹の奥からこみ上がってきたものをじっと噛みしめ、必死に平常に戻ろうと努めているセオドアを見ていたレンダーは、おもむろにその手を取ると、どんどん路地奥へ向かって歩を進め、そこにあった階段の端へ彼女を誘導して座らせた。
「あ、あの……?」
彼の行動が理解できず、一時ためらったものの、無言で見つめる誠実な紫紺の瞳に意を決めたセオドアは、ぽつりぽつり話しはじめた。
シェスタのこと、ガザンのこと。エセルのした憶測、サリエルと町長の立場。王都への連絡の困難さ。
自分は名前だけの存在と評価され、肩書きを利用されているのだということ以外、包み隠さず打ち明けた。
階段の上にある通りの雑踏から彼女を隠すように、前かがみ気味に正面に立ったまま、レンダーは話の重大さにも顔色ひとつ変化を見せず、まるで当たり障りのない日常の会話でも聞いているように、黙したまま聞いてくれている。
意見を挟もうとも補足を求めようともしないで、ただ、黙ってそうしていた。
「……わたしは、魔断を持たぬ身です。幻聖宮に所属しているとはいえ、それは候補生としてであり、出立もしておらず、正式な退魔師ですらありません。何の権限も持ちあわせていないんです。
ましてやこの町の者でもなく、ガザンと町長の仲裁を図るなど、とてもできません。だから、王都から正規の退魔師を派遣してもらうつもりでした。
けれど、それもできないとなると……もう、どうすればいいのか……」
言葉として口にした途端、自己嫌悪の嘔吐感がのど奥を突いた。両膝に額をすり寄せ、どうにかしてこらえたが、胃の辺りがむかついて、どろどろしているのが分かる。気分が悪い。
何もできない、何も成せない。ただ生きているだけの自分が、心底から呪わしかった。
これほどまでに自分を疎んだことが、かつてあったろうか。
レンダーに告げたところでどうなることでもないことは、はじめから分かっていたことだ。
彼に何ができる? 魔法を使い、今すぐ自分にぴったりの魔断を袖の下から出してくれると? 彼が正式な退魔師にしてくれて、そして自分はその力を用いてこの町の問題をどこからも苦情が出ないほど完壁に解決でき、万々歳と手をたたいて喜べるか。それがかなうとでも?
ばかげたことだ。あまりにばかげたこと。
自分がしているのは、分別も育っていない幼子がする、ないものねだりでしかない。
どうにかしなければと思いながら、結局『どうにかしてくれる手』を待ち望んでいるだけなのだから。
だから彼も何も言わないのだろう。こうして、ただそばにいてくれているのだろう……。
わたしは、愚かだ。
セオドアは、己のなかにある卑しさをはっきりと眼前につきつけられた思いで、顔面をおおった。
まるきり子どもではないか。もう自分は子どもじゃない、大人なんだと言いながら、こうして無関係な他人を巻きこもうとしている。
だれにもどうにもできないと分かっているなら一切ロに出したりせず、自分だけで解決法を探せばいいのに。
助け手を、いつだって期待している。なんてずるい。
「すみ、ません……すみ…………ん……」
のどで詰まらせながら、切れ切れに口にする。
セオドアの中で荒れた感情の波が再び 静まるまでの間、レンダーは何ひとつ言葉を発しようとはせず、ずっと、小さく縮こまってしまった彼女を見つめていた。
ふと、その背が正された気がして面を上げる。
彼が身動いだせいで、それまで隠されていた朝の光が正面からセオドアの顔を照らし、そのまぶしさに、つい目を緬めたとき。レンダーは言った。
「ついてこい」




