第11回
「いたわ。ああ、いえ。いたと思う、と言うべきね。
相手がどこのだれで、どんな人なのかは知らないの。わたしがここへ配属されたときにはもう別れていたみたいだから。
よく部屋で声を押し殺して泣いていたわ。前の廊下を通るとかすかに聞こえてきて……。夫人も、気がついていらしたみたい。心配そうにシェスタを見つめているのを何度もお見かけしたわ。
相談に乗ってあげたかったけれど、でも、必死にわたしたちに気付かれまいとしているシェスタの姿を見ると、気付いているとは言いだしづらくて……」
「婚約披露の宴席での彼女の様子はどうでしたか? ティナは、とても嬉しそうだったと言っていましたが」
この問いかけに、サリエルの表情はますます曇ってしまう。
「それが……あの日は私のほうも忙しくて、それどころじゃなくて。宴席にもあまり出られなかったから、よく覚えていないのよ。
嬉しそう、だったかしら? 前の夜、ずいぶん長い間考え深げに庭へ出ていたのは見かけたけど。
でも、あれは婚約発表前夜で、緊張して気が高ぶっていたからなのかもしれないし」
そのときのことを細部まで思い起こそうとしているように、視線を空へ移してゆっくりゆっくり話していたサリエルの足が、そこでぴたりと止まった。
同じように止めた横のセオドアを仰ぎ見て、告げる。
「でも、すべて昔のことよ。そうでしょう? 彼女は上級貴族からの求婚を受け入れたんですもの」
「……そう、ですね」
彼女の幸せを望む、その言葉にあいまいにうなずきながらも、セオドアの胸の靄は、依然晴れてくれなかった。
(言葉を濁さずはっきりと、庭でそれらしい相手との文通の書面を見つけたと言うべきだろうか?)
だが、肝心の紙をなくしてしまっていた。
いつなくしたかは不明だ。おそらくは部屋への帰り道のどこかで手からこぼしてしまったのだろうとは思うが、エセルの発言の衝撃に囚われていたせいで帰り道自体の記憶がぼんやりとしていて……気付けば部屋の寝台に横になっていたようなあやふやなものだから、全く覚えていない。
そもそもが、手紙自体の存在を思い出したのも朝になってからだった。
だがきっと、見せてもサリエルには分からないだろう。文字だけで、名前も書かれていなかったし、と、この線についてはあきらめる結論を出したとき。
「ああほんと、どんなふうだったかしら。
だめね、お役にたてなくてごめんなさい。やっぱり思い出せないわ。ほかの人に訊いてくれるかしら」
心底から申し訳なさそうにサリエルが手をあわせてきた。
「はあ……」
ほかの者、というと。
あまり言葉をかわしたくない男の顔が即座に浮かんできたことに、またもため息が口をついて出た。
まだ執事か使用人にでも訊いたほうがマシかもしれない。
夫人なら、もしかしたらあの手紙の主にも見当が付くかもしれないが、昨日のあの様子ではシェスタについて訊くのは気がひけた。
執事のクレオもやたら涙もろくて、また「お嬢さまをお助けください」とか涙目ですがりつかれたりしたら、どうすればいいか分からないし。
使用人の仕事明けを待っていては時間がかかりすぎる。
しかたなし、午後に町を案内してもらうときの話題にでもしよう――そう、セオドアが結論づけたとき。
「あ、ほら、見えてきたわ。門よ」
サリエルの明るい声と、そして彼女が指し示した場に、あり得ない者の姿を見出した驚きで、セオドアの胸から瞬時に気欝が消失した。
「レンダー!?」




