第10回
『よいでしょうな? 長殿。わたしにはもうこれ以上若い衆を抑え続けることに承服できかねますからな。
シエルドーア国王よりじきじきにこの町を預かり受けた長殿の双肩にかかる責任は並ならぬほど重く、長殿には長殿の、何かしらお考えなり都合というものがおありでしょうが、彼らにも町で安心して暮らす権利というものがありますれば、その生活の全般を預かり持つ長殿には、彼らをおびやかすものを排除するよう動かねばならぬ義務と責任があります。よもやお忘れではありますまい。
であるのに、ただのうわさの一言で一蹴し、彼らの願いに耳を傾けずにいるなど、上に立つ者として言語道断ではありませんか?
なぜ動かれぬのか、そのお考えはわたしには到底理解できませんが、きっと長殿にはわたしに見えぬ何かが見えているのであろうと、これまでは長殿を尊重し、お顔を立てて、なんとかわたしの力で下の不満を抑えてきました。
ですが、これ以上はご期待に添えかねますな。こう、申し上げたくはないのですが、このまま町民の意向を無視し続けるのであれば、長殿は王のご不興を買うことを恐れておられるのだとの下々の雑言を真に受けざるを得ませんので。
さしでがましい真似をと思われるかもしれませぬが、長殿のためを思ってこその差し出口でありますれば、どうぞお許し願いたいものです』
感心してしまうほどよく回る舌で淡々と告げた、この老獪な男は、言葉と正反対のそらぞらしい薄笑みを浮かべてリランドを覗き上げた。
はたしてここまで建前と本意を切り離せた者がいるだろうか。しかも裏の魂胆までも隠そうとせず、前面に押し出してくる。
自分の誼を用いてまでこの町のためにつくそうとする、この男の真の目的はそんなことではなく、町長リランドへの威圧と町民へのアピール、アジテーションであるのはあきらかだったが、こう出られてはもはやつっぱねることは不可能だった。
『ご心配をおかけして申しわけありませんでした。魅魎出没の証拠として王の御前に呈示できるだけのものがなく、被害も軽微であるため、もう少し状況を見極めてからと思っておりましたが、どうやら事態を軽視しすぎていたようです。
ですが、あなたのお手をわずらわせるまでもありません。さっそく明日にでも早馬を手配します』
席を立ったリランドはガザンの前で机に向かい、要請書をしたため――かくて王都配属の退魔剣師が、王の名代であることを示す銀細工の指輪を携えて派遣されてきたのだった。
『魅魎の気配はありませんね』
サリエルの案内で町を見て回った剣師とその魔断は、家屋の損壊も内壁の破損も、魅魎の仕業でなく人の手によるものと断定した。そして事と次第を聞いた剣師は、出所も定かでないうわさで軽々しく動き、いたずらに町民を惑わせたことに腹を立て、さらに熱を煽ったガザンもきつい叱りを受けた。
「思うに、そのときの恨みもあったんでしょうね。魅魎を介入させて、目撃者をたて、そのくせ痕跡や物的証拠は残さない」
「だから、狂言にすると?」
セオドアの問いに、サリエルは肩を竦めた。
「呼べれば、の話ね。
1度ああいうことを起こしているんだもの、町長の信用も落ちて、もう目撃証言だけでは王都も動いてくれないわ。誘拐なんて民間の問題は地元の力で解決しろって言われるでしょうし……表向きは誘拐でも、これは結局ガザンと町長との間の確執なのは、2人を知る者にとっては明白なことでしょうから。
2人ともそれなりに地位と力を持つ者だし、そういうことに介入することを上の人たちは極端にきらうの」
分かるでしょ? と同意を望む視線で見上げられて、セオドアもうなずく。
そして一方で、エセルのした考えも読めていた。
狂言騒ぎを起こしてまだ間もないが、それでも呼ぶことはできるだろう。法師のサリエルと町長の名が入った許可書と要請書があり、正規の手続きを踏めば、王都側もさすがににぎりつぶすことはできない。
でも、そうして招いたら今度こそ彼らはガザンに足元をすくわれ、排斥されるだろう。
彼女の言うとおり、物的証拠は何ひとつない。シェスタの誘拐も、犯人側からなんら要求を呈示されていない以上、いくら「彼女はそんな娘じゃない」と説いたところで、結婚をきらっての失踪と思われるのが関の山。
先の王位継承争いで敵側についていたことでもともと王の心象が悪いことに加え、2カ月前の件もある。おそらくリランドは町長の役務から解任されて謹慎を命じられ、今度こそ爵位を剥奪されるだろう。永久国外追放もあり得る。
サリエルは、なんといっても貴重な退魔師なのでそこまでひどい扱いは受けないだろうが、それでもきついお咎めを受けることになるのはあきらかだ。
エセルは、彼女がそうならないために動いたのだろう。サリエルを守るために、シエルドーアとはなんのつながりもない退魔師である自分を――しかも『幻聖宮の』という、詐偽まがいのはったりまでつけて――呼びよせ、ガザンを牽制に出た。
それがどれほどセオドアを傷つけるか承知の上で、かまいもせず。
『あいつには、何もさせない。
魔断のない剣師に何ができるのか。あいつもそれをよく知ってる。
それ以上は俺だってはじめから期待しちゃいない』
「セオドア? どうかしたの?」
知らず、口元をおおって立ちどまっていたセオドアに気付いたサリエルが、不思議そうな顔をしてぱたぱた戻ってくる。
「気分が悪いの? そういえばさっきから顔色も芳しくないようだけど。
やっぱり昨夜の宴席が無茶だったのね。まだ旅の疲れもとれないのに、あんなふうに騒ぎたてて、無理をさせてしまって」
「あ、いえ。……なんでも――」
エセルにとって自分がどの程度の存在か、もう、とっくに分かっていたはずなのに。思い出したとたん、また胸が鉛のように固まってしまったことにセオドア自身滅入りながら返す。
いけない。まだ話は終わっていない。ここにはサリエルもいる。自分1人じゃないんだ――そう、心を奮い立たせて、胸の中のエセルを押しやった。
そういう出来事があったのだ。また、彼らの立場は町にも直接影響が出る。娘のシェスタのため、一刻も早く穏便に事を解決するため、ガザンの要求どおり町の権利や爵位を与えてしまえとは言えない。
所得税の徴収から商隊の商業権税、通行税など、税率一切が引き上げられたりすれば苦しむのは町民だ。確実に商隊の逗留も減る。そのせいで町が衰退しようがおそらくガザンはかまわないだろう。彼の目的はあくまで爵位で、町そのものは無価値と思っているとエセルは言っていた。そんな暴君に主導権を握られては、町民会の弱体化も目に見えている。
エセルのした判断は、町のためでもある。セオドアの痛みはこの町のためとなるのだ。
「……なんでも、ないです」
どうやら達観できるようになるにはまだまだだと、肩に重いため息をつきながら、セオドアは前髪を指で梳き上げた。
それが町のためで良策と分かっていても、自分が利用され、ないがしろにされているということへの胸の痛みは消えてくれない。
こうして事情を聞いても薄れるるどころかむしろますます強まるばかりで……。
それとも、この胸の痛みは、まったく見当はずれのことで起きているのだろうか?
この事件に関してじゃなく?
そんなことを片隅で引きずりながら、セオドアは自分を気遣う彼女の気をそらすべく、とりあえず、前々から気になっていたことを訊いてみた。
「エセルが」
「え?」
「あ、いえ。あの肖像画を見て、思ったんですが、シェスタ嬢はとてもおきれいな方ですね。リランド殿がおっしゃっておられたんですけれど、これまでに大勢の男性から求婚されたとか。うなずけます。あれほどの美貌の持ち主は、大陸広しといえど、そうそうおられないでしょうから」
「そうね」
とサリエルも同意をみせる。
「それに、とてもいい子よ。わたしが言うのもあれだけれど、察しのいい、とても賢い子で。本を読むのが好きで、商隊が来るたびに町へ出ては両手にたくさん購入していたわ。見かけは儚げで柔順そうに見えるけど、芯は強くて、頑固な一面もあって」
「特定の、決められた方はいらっしゃらなかったんでしょうか?」
あれだけの美女だ、その可能性は高いとの意味を含んだ質問に、サリエルは少しの間押し黙り、周囲に視線を巡らせるなど他人の目を意識しつつ、低いつぶやきで答えた。




