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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第5章 暗翳たる濫觴

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第9回

●発  端


「あのひとのあんな姿を見たのは初めてよ」


 ぽつり、門までの道すがら、サリエルはそんなふうに話題を切り出してきた。

 帰りは1人になるセオドアのためにと、遠回りでも分かりやすい、大きめの通りを選んで歩いてくれているのだが、早朝のためかまだ人の通りは少なく、せいぜいが店の裏口を開けて荷運びをする仕出しや仕込みをする者たちだけだ。

 皆自分の事で手いっぱいと、すれ違う他人には目もくれず、せっせと立ち働いている。


 周囲には何の気を配る必要もなさそうだと見当をつけ、隣のサリエルへ目を移したセオドアは、いつの間にか自分を羨ましげに見上げていた緑の目と目がかちあうことになった。


「ふふっ」


 まごつくセオドアの前、屈託のない笑みで、サリエルは正面へ視線を戻す。


「ほんとよ? あのひと、絶対に私やほかの者にはあんな顔、見せないの。いつも毅然として、おちついていて。ときおり見せる笑顔なんかもすごく頼りがいがあるっていうか…そうね、余裕っぽいの。包容力があるっていうのかしら。このひとなら大丈夫、どんなことでもなんとかしてくれる、任せられるって、安心できて……ああだめね。隠しようがないわ。

 すごく驚いたの。あのひとにも、あんな子どもっぽいところがあるなんて。とても意外」

「そうですか……」


 わたしには、あれ以外のエセルというものが想像できません、と素直に答える。


「きっと、まるきり子どもで、対等に相手する存在だと思われてないんですね」


 口にした途端、先の口喧嘩を思い出して軽い弱さが胸を襲った。

 ばかなことを口にした。これじゃあ慰めてほしがってるみたいじゃないか。違うと否定してもらいたがってるようなもの。

 ぐっと喉をつまらせて自己嫌悪に黙したセオドアに、サリエルはちらとだけ視線を流してつぶやいた。


「なにも分かってないのね」


 風に乗って届く、朝告げ鳥の鳴き声にまぎれるように、くっきり紅をひかれた唇から漏れた、その研ぎ澄まされた刃物の先端を思わせる鋭利な言葉は、けれども自身の考えに没頭していたセオドアの耳までは届かない。サリエルの判断どおり。


 分かっていない。彼女はそれがどんな意味を持つのかを。

 まさかとわが目を疑ったあの瞬間が、どれだけサリエルの胸をかき乱したか。


「ところで、なぜ門へ向かっているのか、訊いてもいいかしら?」

「えっ? あ、はい。

 実は、王都への朝一の早駆けを、門守に依頼しようと……」


 口にした直後、唇をかむ。

 これは完全に越権行為だった。

 本来ならこの町を預かる町長と、そして退魔師のサリエルがしなくてはいけない報告義務である。怠った者には重い罰が課せられる。

 それをサリエルたちが知らないはずもないのに、なぜしないのか。それが分からないまま、はたして自分がしていいものか……。


「王都に?」

「……わたしも、そう長くはこちらに居られない事情があって。

 実は、ザーハへ赴任することになっているんです。だから遅くとも3日後には、ここを立たなくてはいけなくて……」


「まあ。そんな大変なときに、あなたを強引に呼びつけてしまったのね。全然知らなかったわ。

 あのひとったら、もう……」


 ごめんなさいね、と謝るサリエルに、あわててセオドアは「いえ! だれも知らなかったことですから!」と返答を返す。


「そうなの。

 でも、よくあのひとが王都に連絡をとることを承知したわね。彼らの目的には絶対それも含まれてる、思うつぼだって、あのひとが一番強く反対していたことなのに」

「あいつの了承はとっていません。これは、あくまでわたしの独断です。

 ですが、実のところ、わたしもまだ……迷っているんです」


 言いづらくて、喉につまらせつまらせ告げた。

 エセルの思惑に腹を立て、昨夜はああ思ったものの、よくよく考えてみるとこれがはたして最善の策となり得るかどうか、ためらいがあった。


 娘を誘拐され、心を乱した町長や夫人はともかく、このサリエルに限って保身の為に怠っているとは思えない。彼女は己の使命というものにとても忠実な女性だというのは昨日一日で十分悟れた。

 冷たい言いようと思われるかもしれないが、もう生死も定かでなく、救出できるかどうか不明の者よりも、再び多くの人命が失われるかもしれない可能性のほうを重視し、未然に防ぐため、義務を遂行しなくてはいけないと知らないはずがない。


 王都より攻撃系の退魔師を呼ぶこと。

 それをしていないということは、何かまだ裏があるのではないだろうか。加えて、昨夜エセルが退室間際に口にした言葉もひっかかる。


『狂言だな』


「……私も、そうするべきだと思うわ」


 知らぬうち、また自分の考えにばかり没頭していたのだろう。サリエルの唇から漏れた生気に欠けたつぶやきが、セオドアの注意を現実へ引き戻した。


「えっ?」

「私も、王都へ連絡をとるべきだって提案したの。

 くやしいけど、法師の私では魅魎をどうこうするなんてできないもの。しかも、相手が同じ法師までも内に抱え持っていては、ね。

 身勝手な自尊心なんかにかまってられないわ。目には見えない、おなかだってふくれない、そんなのを大切にしたせいで罪もない人たちを殺されたりしたら、それこそ悔やんでも悔やみきれない。

 王都から上級退魔剣士か剣師を派遣してもらいましょうって。

 わたしの意見にみんなも同意してくれたけど、でも、あのひとだけは、違っていたの」


 エセルは、セオドアも知っている内容を口にした。

 個人的な推測は飛ばして、彼らは自分たちに王都へ連絡をとらせたがっているかもしれない、との結論だけを。


「あいつは狂言だとか言っていましたが、なぜです?」


 自他ともに認める気のきかなさで、セオドアは率直に尋ねる。

 あいまいににごすことを許さない、強い命令の響きがこもっていることにも気付かずに。


 そのぶしつけな質問に対し、サリエルはどう言うべきか、ためらいがちな間をあけて、それでも答えた。


「今から2カ月と少しくらい前、似たような騒ぎがあったの。似た、といってもここまで悪質ではなかったんだけれど……町の内側で、魎鬼を見たといううわさが広まって……。西の区画の内壁についた、崩れた部分は、その魎鬼がつけたものだって。

 うわさの出所は不明。情報を収集して突き止めようにも私たちが知ったときにはすでに広がりすぎていたのよ。

 どうやら町の人たちは私を気遣ってくれてたみたいなんだけど……結界が役に立たないなんて、それこそ法師としての存在意義が問われることだから。


 それが、裏目に出たのね。でも私はやっぱりそんな気配はどこからも感知できなかったし、結界の乱れやほつれも察知できなかったから、違うって言ったの。その崩れた箇所も見てみたわ。たしかに彼らの言うとおり、すごい力で破壊されていたけれど、どこにもそれらしい痺気の痕跡は一切なかったし、それに、もし本当に魎鬼が暴れたのであれば、被害が壁の一角だけですむはずはないでしょう?

 それらしく見えるよう細工された、悪質ないたずらだと、町長に報告したわ。でも、頑固に言い張る者たちが出て……」


 それはセオドアも想像したとおり、町長に反目するガザンの一派だった。

 これに乗じて長側の管理能力のなさを問い、防衛の不備、対処の甘さ、そして事を隠滅しようとしていると強く訴えるという手段に出たのだ。


「彼らは魅魎の残虐さを目に見えない剣として掲げてとても精力的に活動し、町中に必要以上の恐怖を蔓延させたわ。

 魎鬼は生きながら人間を貧る。人の言葉など解さないから、いくら哀願しても無駄だ。手足を振じ切り、目の前でそれを食らうだろう。その驚異的な力はこんな家屋ぐらいひと薙ぎで破壊できてしまうほどで、鎧戸を閉めたくらいではとても防げない。

 相手は化物だ、命請いをしたところでかなえてはもらえるはずがない。このまま何も対策を講じなければ皆殺しだ、って。


 不安にかられ、仕事も何も手につかなくなり、私や町長のところへ逃げこんでくる者もたくさん出たわ。王都に連絡をとってほしいと懇願されて……結構激しい非難も受けたの。

 ガザンの言うとおり、自分たちに都合が悪いから隠し通そうとしてるんだろうって。


 ……つらかったわ。町長も、最初のうちは私を信じてくれていたの。私のした、あれは魅魎の仕業じゃないって判断を。でも……」


 王都への連絡をとるには町を預かり持つ長か、退魔師の許可が必要。

 実際、目撃したと口にする者はガザンに傾倒した者ばかりで、被害は内壁と南の無人地区だから2週間もすると下火にもなりかけたのだが、業を煮やしたガザンは、ついに独断で「王都に連絡をとる」と宣言をしに館へ乗り込んできた。


 他国であればともかく、この貴族体制の整ったシエルドーア国の法を思えば、通常不可能なことだったが、ガザンにはそれを可能にするだけの裏のつながりがあった。

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