第8回
「だめ。俺、今日は食後にティナと一緒にいる約束があるから」
その約束をセオドアは知らなかったが、サリエルは聞いていたか、その場にいたのだろう。エセルの返答に、今思いだしたという顔をした。
「そうだったわね。じゃあ……私とセオドアと、2人で門まで行きましょう。セオドアは、用事をすませたらまっすぐここへ戻るといいわ。
わたしは仕事があるから戻れないけれど、そのあと2人でゆっくり見て回ったらどうかしら?」
この案に、エセルはしぶしぶといった様子で妥協を示した。
「ちゃんとすぐ戻ってこいよ、ちょろちょろ脇に目え振って、寄り道してるんじゃないぞ。迷い子になるからな」
と念を押して、部屋を出て行く。
小さな子どもに言うも同然のその注意にカチンときて、ばかにするなと言い返してやりたかったが、またもや背後から聞こえてきたサリエルのくすくす笑いに自重した。
どうにもきまり悪さを感じずにいられない。
が、とにもかくにもこれでやっとあいつから解放されたとの思いで振り返ったセオドアの前、いつの間にか笑いを止めていたサリエルの表情は、何を気に病んでか曇ってしまっていた。
「サリエル? どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないの。ちょっと考え事してただけ。
それよりセオドア、その他人行儀な敬語もやめてほしいわ。さっきあのひとにしていたみたいに、普通にしてちょうだい。
ね?」
「はあ……」
そうは言われても、エセルに対する態度はセオドアにとっての『普通』ではないので、返答に詰まってしまう。
礼儀を知らず、言いたい放題のエセル相手ならば遠慮は不要と思えるが、あんな態度でこのサリエルに接しては失礼というものだ。
歯切れの悪い言葉で黙ってしまったセオドアに、それと察したサリエルが話題を変えた。
「ところで、その格好でいいの? 何か持っていきたい物とかあるなら、部屋に取りに戻るくらい待つわよ?」
「あ、はい。大丈夫……。行くつもりで、まだ早すぎるかと思ってここで時間をつぶしていた、だけだ……です、から。
すみません」
やっぱりだめだ、と口元に手をあてる。
年齢も経験も豊富な退魔師と対等な口をきくなんて。どうしても、おこがましいにもほどがあるだろうと思ってしまう。
「剣も? 見たところつけてないみたいだけど。退魔師は町中でも帯剣していいのよ?
ほら、わたしも護身用の短剣だけど、こうして身につけているわ」
見せるように腰に佩いた短剣に手を添えた。
白い鞘に少しだけ銀の装飾が施されているだけの、地味な短剣だった。服にまぎれて目立たず、接する人に警戒されないようにと配慮された品。
似たような短剣をセオドアも持っているが、今は例の魔導杖と一緒に荷袋の中だ。
「わたしは候補生ですから。長剣の帯剣は、原則的に禁じられています」
本当はそんなかいがいしい理由でなく、単に、自分のような未熟者が退魔師然と町を歩くのはおこがましくて恥ずかしい、という完全に個人的な劣等感からなのだが、あえて口にはしなかった。
「まあ。宮の目の届かないここでまで律義にその教えを守っているの? あなたってほんと、真面目なのね。あのひとの言っていたとおり」
案の定、サリエルは言葉のままに解して頷き、感心しているようだ。
誤解の上に誤解が積み重なって、どんどん墓穴を掘っている気がした。やはりこれはエセルばかりを責められない、自業自得の部分があるな、と思うものの、とはいえ現時点ではどうしようもないので、セオドアとしては沈黙するしかない。
(早晩、誤解を解けるときが来ればいいのだけど……)
はたしてそんな日は来るのだろうか。
少々滅入りながら、足早に玄関へと向かう。
「じゃあ、行きましょうか」
玄関で合流したセオドアにそう言って、サリエルが先に立って歩きだす。
どうせ門までの道を往復するだけだと軽く考え、セオドアは何ひとつ持たないから手で、促されるまま彼女について歩いた。
これが大失態だったと心底から悔いる、窮迫した己の未来など、まるで想像だにせずに……。




