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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第5章 暗翳たる濫觴

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第6回

 ずいっと顔に顔を寄せられ、あの魅了の力にあふれた紅玉の瞳で真正面からのぞき込まれて。

 一気に心拍数が跳ね上がった。


「……ばっ、……わたしは、た、ただでさえ、ぴりぴり緊迫している空気を、これ以上手前勝手で、わやくちゃにひっかき回すなと――」


 いきなりの距離の近さにセオドアは動揺しつつも、なんとか頭に浮かんだ文字をつなげて言葉を作ったのだが。

 エセルは一言も聞いていない様子で表情をやわらげ、にんまりと笑った。


「そっかー、おまえ、そんなに俺のことが心配だったのかぁ。おまえに心配かけさせるなんて、悪いことしちゃったなー。

 でも大丈夫だよ、俺って自他ともに認める要領いいやつだから。必ずどうにかなるの。ほら、ルビアでだってそうだっただろ? これってほんと、天賦の才だってよく言われるし。

 だから絶対今セオドアが思ってるみたいな目にはあわないから」


 安心してね。そう締めくくりかけた次の瞬間。

 聞く耳持たずのエセルの頭はセオドアの有無を言わせない暴力という制裁を受けていた。


「だれがきさまの話をしているか!」

「そーやってすぐ殴るーっ。セオドアってば絶対手が早い! ロより先に殴るんだもんな!」


 ちゃんと力加減はしてあったので痛みはないはずなのだが、丸太ででも殴りつけられたかのように殴られたところを大げさにさすっては非難がましく見てくるエセルに、きさまのようなやつは一度瀕死の重傷を負って10日くらい生死の狭間をさまよってみればいいんだ、そうすれば少しは人生観も変わってそのお気楽な性格も矯正されるだろうよ、とばかりににらみを入れたセオドアは、ふん、とそっぽを向いた。


 完壁はぐらかされている。


 思えば、いつもこれだ。いくらこっちが本気で接しようとしても、すぐに本筋をはずされる。真面目になればなるほど、真剣さを望めば望むほど茶化され、会話が一向に成り立たない。


 サリエルにはあんなに誠実な応対をしてたじゃないか。できないわけじゃないくせに……つまりはそれだけの相手とも思われていなかったというわけだ。はじめから。

 それに今まで気付かなかった自分のほうが、こいつにしてみればだまされて当然のまぬけというわけか。


 苦々しい思いで前髪をかき上げる。


 そう思うならもう一切何も話すまいと硬く口を閉ざせばいいものの、セオドアは、彼女自身いやになるほど律義な性格の持ち主だった。


「たしかにおまえが何を口にしようとそれは全部おまえの勝手で、そのせいでどんな目にあおうが自業自得だ。だれが制することもできないが、せめて言われる相手を思いやれ。どうせその場限りと軽はずみな発言をして、ひとを翻弄したりするな。皆が皆、おまえのようにさっさと割り切れるような心を持ちあわせてはいないんだ。

 ティナはまだ幼い。どれほど願おうと、期待が、いつのときもかなうことはないのだということを知るのはまだ先でもいいだろう」


 どうせ気にもとめられない言葉となるのは分かりきっていたけれど、とにかく別れる前に言いたいことは全部言ってしまっておこうと告げる。

 その言葉に対し、エセルは反論こそしなかったが、真剣味の足りないきょとんとした顔でぽりぽり鼻の頭をかいていた。セオドアがはたして何を言わんとしているのか全く分からない、と小首を傾げているようにも見える。


 そのまま、会話は途切れる。

 2人だけしかいない部屋で、気まずい沈黙が生まれた。


 無視することもできず、息をすることにも気をつかう、こんなギクシャクとした歯がゆさをエセルとの間に感じるのは初めてだった。

 イルからの道中ですら、なかったことだ。無言でも、あのときは自然でいられたのに。

 思わず舌打ちがもれる。


 この男とこんな時間を持つのはたまらなく、いやだ。


 そう考えたとき。


「……おまえはそうやって、ほかのやつのことは思いやれるんだな」


 ぽつり。軽さの消えた、いつになく真面目な声がエセルから発せられた。

 先までと全く違う声に何かを感じてエセルへと目を戻すと、エセルは今まで見たこともないような真剣な表情でセオドアを見ていた。


「なのに、なぜだ? どうして俺にはそれをしない?」

「いきなり、何を……」


 言っている?

 さっぱり分からない、と思いながらも、エセルのまとっている雰囲気から、反論を赦さないとの圧を感じて口を閉じる。

 おそらくエセルは表情から、そんなセオドアの胸の内を読んだのだろう。眉をひそめていやそうな顔をし、顎を引く。


 ひとからは鉄仮面とまで言われるセオドアの無表情を貫いて、その内側で展開している思考を察するとは驚異的な能力だが、今、セオドアにはそのことについて驚いている余裕はなかった。


 無言で、エセルは距離を詰めた。

 さらに頭を下げて不機嫌そうな顔を近づけ、責めるように言う。


「おまえ、ゆうべ俺がそばにいるって言ったのに、必要ないって押しやっただろ。俺はおまえといたかったのに、あっちへ行けって」


(……宴席でのことか?)

 そんなことをしたかな? と、そのときのことを思い出そうとするセオドアだったが、ふと上から影が落ちかかって、エセルがさらに詰め寄ってきていることに気付いた。


「あ、あれは、サリエルが……」


 もう一歩、どちらかが前に出たなら胸が触れあいそうだ。落ち着かない圧を感じて、うまく言葉をまとめられない。

 もう少し距離をとろうと後ろへ下がったセオドアは、踵と背中が壁に触れたことに気付いた。

 いつの間に追い込まれていたのか。内心驚くセオドアに、エセルが声を落として言った。


「彼女は関係ない。俺とおまえのことだ。

 俺は、行く必要はないと言ったのに、おまえが俺はいらないと、俺を突き放したんだ」


(……そう、だったかな……?)

 ドキドキとうるさい心臓の音に意識の大部分を奪われながらも、必死にセオドアはそのときのことを思い出そうとし、自分が何を思ったか考えようとする。が、どうにもエセルが気になって考えがまとまらない。


「とにかく、もう少し、離れてくれないか……頼むから」


 間に差し込むように手を上げて、下がってほしいという考えを示し、促したのだが、エセルは気にしている様子もなく、微動だにしない。

 どころか、さらに声を深めて言ってきた。


「しかもそのあと、俺から逃げて隠れただろ、おまえ」

(!!)


 心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。

 木の影に身を潜めていたとき、エセルの視線がこちらへ流れたと感じたことを思いだす。

 やっぱり気付かれていたのか、と視線を泳がせたセオドアの意識を自分へ集中させるように、ばんっと顔の横にエセルが手をついた。


「どうして俺を避けるんだ?」

「いや、あれは、そういう意味じゃなくてだな……」

「そうだな。そんなふうにおまえから避けられたり遠ざけられて、俺がどう思うかなんて、おまえは考えもしないんだ」


 皮肉げに口端をゆがめて言うエセルに、セオドアは胸を突かれた気がした。その痛みに、思わず胸元へ手をあてる。


 そう、だ……。わたしは、わたしのとった行動に、エセルがどう感じるかなんて、考えたことがなかった……。


 いつもこいつはわたしのことを茶化してきて、言葉尻を捉えては揚げ足取りな発言をしてくるから、そういうやつに遠慮は無用と、わたしもきつい言葉で応戦して……それが普通になってしまって、言われたエセルがどう思うか、感じるかについて、考えるのをやめていた。


『おまえがそうしろと言うなら』


 あのとき、たしかエセルは不満そうな声でそんなことを言っていた。

 エセルからすれば、あのときのわたしは、彼がそばにいるのを嫌がって突き放したように感じられたのかもしれない。

 そしてそのあとも、エセルの言ったとおりだ。宴席をこっそり抜け出したわたしを捜しに来てくれたのに、彼を避けて身を隠した。

 もちろんそれは、近づいてきたのがエセルだと分かっていて、わざとした行為ではなかったわけだが……。



 本当に?

 わたしはあのとき、わたしを追ってきたようなあの足音の主がエセルだと、気付けていなかったのか?



 エセルという男のことを知っていれば、きっとそうすると分かりそうなことじゃないか?


 わたしは自分の考えにばかりとらわれて、彼とは一番会いたくないと思ったが、それを知らないエセルからすれば、わたしが彼を拒絶しているように見えただろう。

 一緒にいたくないと突き放し、顔を合わせたくないと、隠れて避けた。


 そんなことをされたら、だれだって気分は良くないに決まっている。


「……昨夜は、悪かった」


 うつむき、素直に謝った、その直後。

 ふと思った。


 なぜ昨夜のことでわたしが謝罪させられているんだ?

 そのあとに起きたことを思えば、わたしこそ、こいつを責めていいはずじゃないか?


 だが、それを口に出すことははばかられた。

 努力の甲斐あって、どうにかエセルのたてた目論見の合理性を認め、そう思われていてもしかたないと割り切れるところまでもっていけたのだ。この上それを知っているなど知られたなら、どうしてもその傷を表舞台へ出さずにはすまない。

 険悪の度合いを増す怒鳴り合いだけは絶対したくなかったし、そうしたところでエセルの論法を崩せない以上、こちらがますますみじめになるだけなのは目に見えている。


 見えているのだが……こっちこそ謝ってほしい、との理不尽さがなかなか消せず、うつむいたまま無言でいるセオドアの耳元で、突然爆弾級の言葉がささやかれた。


「ところで青藍の瞳の人ってだれ?」

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