第22回
また過激な物言いだった。
さすがの火威も、ここまで言葉をかわし、本性を知ると、本音かどうかかなりあやしいと鵜呑みにはしない。
またもや自分を弄ぼうと、淡く希望を持たせるためにしたはぐらかしで、そのときがくれば『人間の吐く言葉を信じたのか? 魅魎のきさまが』とかいけしゃあしゃあとほざき、たやすく破られる口約束ということも十分あり得る。
そもそも、結局は皆殺しにするのなら『今』と『もうすぐ』とでどう違うというのか。結末は同じだというのに、わざわざあんな手のこんだ真似をして、無駄に労力を費やしたりなどして。
しかもあれでは自ら破滅を招き寄せているようなものではないか。
まさかこの者に限ってそれが予想できないはずはないだろうからいちいち口にしたりはしないが、どう見ても自分の身が危うくなるかもしれないとのあせりは一切なさそうである。
ロではああ言いながら、この投げやりな態度。そのくせ、しょせん遊びと突き放して、1人高処から現状を楽しみきっているようにも見えない。
人間のダーンだけでなく、魅魎の火威から見ても、どうにもうさんくさい、何を考えているか見当もつかない者だった。
己に何かしら利がなければだれも危ない橋は渡らない。そんなこと、わざわざ教えてもらわずとも、子どもでも知っていることだ。
発覚すれば死罪というリスクを踏まえた上で、あえて行動するからには何か、どこかに狙いがあってしかるべきなのに、この術師に限っては見当もつかない。用いた言葉通り、火威が手足となって何もかも配したというのに。
はたしてこんなふるまいをするのはなぜか。
どこに魂胆があり、何を欲しているのかと考えこむ。
一方、自分の与えた疑惑がほどよく火威の胸に根づいたのを目の前にして、幾分満たされた思いで仮面の者は再び椅子へ背を預けた。
意識の大部分を思考することに奪われた火威の姿は、静観に値するものだ。
ほとんど着衣をせず、装身具などといった派手な装飾もあしらうことなく露わとなっている肉体は、全身が見事な筋肉で覆われてている。かといって、筋肉隆々というわけではない。
腕であれ足であれ、人であればどこかしら、より強い力を身につけようと気を配りすぎるあまりつきすぎた余分な筋肉というものがあって、それが全体の均等を微妙に狂わせ、見目良さよりも妙な違和感をかもしだすものなのだが、火威の肉体はほれぼれするほど全てがほどよく調和していた。
鉛色という肌のこともあって、まるで大陸でも屈指の彫刻家の手によって生み出された、完壁な体型を持つ塑像のようだ。
とはいうものの、彼は魅魎であるということを考慮に入れてみれば、自分自身で好きなだけ外見を整えられるのだ、完壁な肉体になるのは当然ではないか、という思いと、そこから奇妙な疑問が浮かぶ。
その容姿が、世間一般的に認められる魅魎の嗜好とは大分違っているからだ。
唯美主義の中級魅魎は、常に、より優れた美しい肢体を求める。
己の保持する力の及ぶ限りで完成されたそれは、100いるとすれば90まで女性的ななまめかしさを特徴とする。
弓弦のように細くしなやかな腕、つややかな脚線、洗練され抜いた面、鈴を転がしたような可憐な肉声。
他の追随を許さない、究極の優美さ、麗美さ、美々しさと、そういったものを追及した体は、自然と筋肉の盛り上がりとは無縁のものとなり、まるで南方の国にいる猫科の俊敏な大型肉食獣などを連想させる、なめらかで光沢のある仕上がりとなる。
この地上において最も残忍で冷酷非道な殺人狂という本性を包み隠すには、いささか上等すぎる代物。
しかしそういった美貌とは完全に趣の異なるあれが、彼の創造主の好みによるものであるとするなら、その者は魅魎のうちでも相当の変わり者であると言わざるを得ないだろう。
生粋の魅魎にあらず、魅妖や魅魔、魎鬼帝がありあまる力の一部を移送させて造った魘魅は、その基礎となる性質自体が主に似るという。
一生かけても回りきることは不可能とされるこの広大な大陸において、そう滅多やたらと出会えるものではない、めずらしい存在を自分は目のあたりにしているのだと、面白おかしく考える。
けれども仮面の者は、それがほんの、このわずかな一時しかもたない、持続性に欠ける満足感でしかないことも承知していた。
片隅で、冷嘲していた。
『何もかも思ったとおり。中級魅魎すら好き勝手に扱い、配下とした。人の身でこれほどの力を手に入れた者などいやしない。
もはや何も恐れるものはない』
退魔師であるからこそ分かる、肌に心地よい、至上の美酒。
めまいすら伴う快美感とはいえ、その酔いに飲まれようとあがいている自身の滑稽さが、何よりも愚かしい。
何者をも見下し、足下に踏み敷いて、その不様さをどれほど嘲ったところでもはやこの胸が満たされることはないのだ。
なぜなら、絶望が、仮面の者を空洞にしていたから。
深い失望による支配。
行きつく果てなど到底あるはずもない。
その先にあるのは、ただ、ただ、暗い虚無の闇のみ。
だれも気付かない。我執の虜となったガザンも、あの英邁なダーンも。
この人外の存在である火威すら、まるで気付いていない。
もう全てが終わってしまっているのだと。
存在価値を失った舞台は、今となっては見苦しい終幕を待つのみだというのに。
だれも気がつかない。なんという道化たちか!
「……望んだのは、ただひとつだ……」
忍び笑いが口をついて出る。
まだ、と捨てきれない、一縷の希望が胸でささやく。
まだ、幕は降りきってはいない。
これは道化による一人芝居、ただの喜劇だと結論づけるには、まだ、ほんの少し猶予がある。
最後の最後で結末が逆転するのは、こういった茶番劇にはよくあることだ。
女退魔剣師の登場、ここまでは予想できていた。
なにも驚くことはない。ここから先も予想したとおりであれば、あるいは。
あるいは、この手にとり戻せる。あの光輝に満ちた瞬間を。
かつてわが身の置き所だった、充足した安寧の日々。永劫と疑わず、ただ信じた――そのためにこの半年の間、ほんの一時たりとやむことのない、心をずたずたに引き裂く痛みにもじっと堪えてきたのだから。
その瞬間を思い描くことで、埋み火となりかけた心の闘志をなんとかかき上げる。
長くはない。ほんの少しだ。もう罠は完成している。あとはその瞬間の訪れを待つだけ。
それまでの一時、酔いに任せるように、仮面の者はグラスをかかげた。
下の方からじわじわと照らす蝋燭の火に浮かびあがった、紅い、血の色をほんのりまとったグラスの面を長く見つめる。
もはや無垢には戻れないそれを、哀れむ眼差しで……。
ここまでご読了いただき、ありがとうございます。
今回で第4章は終わり、次から「第5章 暗翳たる濫觴」が始まります。
第2章のあの人が出たりなど、クライマックスへ向かっていきます。
よろしくお願いいたします。




